宇宙船は順調に、宇宙を駆けている。
（よし、このまま突っ走れば、あいつらを振り切れるぞ）
アルマイトは心の中でうなずくと、レーダーに目を移した。やや後方に二つの光点が見える。
（しかし難所はこれからだ。気ィ入れて行かなきゃな）
操縦桿を握り直したアルマイトの耳に、実況中継のアナウンサーの声が聞こえてくる。
『第２２回ゲッセネマリング一周レースアマチュアの部、第一ポイント通過時点でトップに立ったのは、アルマイト・カラコルム、バード航宙大学パイロット科２年、１９歳。機種はヤーレー・リリス７０年型。続いて、ソゾリエ・オリバー、同じくバード航宙大学パイロット科２年、１９歳。機種はビースト・ハパロフ７６年型。３位は、ネフロ・ジェル、オキマパイロット養成学校２年、２０歳、機種は、マイネ・リシュラン７５年型。トップと３位の差は１０タイン、まだまだ結果は分かりません』
（ふざけるな！　私の立場がないじゃないか！）
アルマイトはむかついてＴＶを消した。
（確かに、この船は中古だよ。でも問題はパイロットの腕前じゃないか。……しかし、あいつらなかなかあなどれないぞ。……おっと！）
不意に目の前に岩が近づいてきたので、アルマイトはあわてて船体を傾けた。レーダーを見ると、光点はさっきよりも後ろに迫ってきているようだ。
（畜生、賭のためにもここで負けるわけにはいかないんだ）
　ここで、アルマイトの賭とやらを説明しなければなるまい。アルマイトと現在２位のソゾリエは、同じ学校からのエントリーということもあり、予選会から親しくつきあっていた。そんなある日、話のついでにお互いのガールフレンドの話になった。こういう話になると、どうしても誇張せざるを得なくなる。アルマイトの場合も例外ではなかった。ついつい、「自分はもてるんだ」と言ってしまったのだ。
「ふーん。でもやっぱ本命っていうのはいるんだろ」
「そりゃあ、まあ……。なんなら今度引き合わしてあげてもいいぞ」
　そう照れ笑いした直後、アルマイトは思いっきりあわてた。
「ああっ！　い、今の取り消し！」
「なにいってんだ、男に二言はないぞ」
ソゾリエは頑として受け付けない。アルマイトは矛先を転じた。
「じゃゾル、お前の本命を見せろ！　不公平だ！」
　ソゾリエはあわてた。彼自身もさんざん自分のモテぶりを披露してきたところだったからだ。額に皺を寄せながら答える。
「それじゃこうしよう。本戦で私がお前に勝ったら、恋人を紹介する。もし私が負けたらその反対だ」
「いいだろう、望むところだ」
この時点で二人のとんでもない賭が成立した。予選通過タイムはほぼ同じだったので、勝負は互角になるはずだった。そして予想通り、二人は優勝まで賭けたデッドヒートを繰り広げているのである。
　第二チェックポイントを過ぎた辺りから、岩塊の数が多くなってきた。それに比例して後続の二人との差も少しずつ縮まってきた。
このレースでは、進行上やむを得ない場合、岩塊は破壊して進んでも構わない。アルマイトはかわしながら進むよりも、備え付けのビーム砲で撃って撃って撃ちまくるほうが得意だった。が、それは後続の通り道を作ってしまうことになる。彼はやむなく避けの一手に転ずることにした。
ところが、追っ手の二人は避けもめっぽううまい。当然、苦手なアルマイトとの差が縮まってくる。このままでは賭に負けてしまう。そうなると「本命」を見せなければならない。
　正直言って、アルマイトにはガールフレンドと言えそうな女性は一人しかいなかった。高校時代に知り合ったレオドール・バンフリーだ。デートの真似事のようなことを何度かしてはいたが、「本命」と言えるかどうかは彼にもまだ分からなかった。もしソゾリエにレオドールを見せるということになると、恋人宣言をしたに等しくなる。彼女の気持ちを確かめたわけでもないのに、それだけは絶対に避けたいとアルマイトは決意していた。
　などと逡巡しているうちに、ソゾリエの宇宙船はすぐ後ろに迫っている。アルマイトはかわし作戦を捨てた。とりあえず、行く手を邪魔している岩塊にビーム砲の照準を合わせる。そのままトリガーを引くと岩は粉々に吹っ飛んだ。バリヤーを張っているので船体には傷一つ付かない。だが、背後のソゾリエはかなりあわてたらしい。隕石の雨をまともに食らってしまった。
（大丈夫かな）
アルマイトはちらと振り返った。が、いきなり視界に飛び込んできたのはジェルの宇宙船だった。
（ヤバイ！　あいつに優賞を取られてたまるか！）
アルマイトは向き直ると、操縦桿を思いっきり倒した。宇宙船が加速する。

　第三チェックポイントを過ぎた。いよいよ最後の難関、岩礁地帯に入る。
　この間に、アルマイトはジェルをかわしたものの、ソゾリエには追い抜かれてしまった。やはり道を作ってしまったのがまずかったらしい。岩に照準を合わしている脇をすり抜けていったのだ。
（ジェルには負けてもいい。でも、あいつにだけは負けたくない！）
今のアルマイトの正直な気持ちだった。
　その間にも、熾烈な戦いは繰り広げられている。すいすいと岩をかわしていくソゾリエと、撃って撃って撃ちまくるアルマイトは、いかにも対照的だ。だが、アルマイトはなんとなく気になっていた。ソゾリエのバリヤーが、不規則に震えているのである。これはただ事ではない。
（制御装置がおかしいのか？　あいつのは新品のはずなんだが）
そう思いながら、アルマイトが岩を撃ち砕いたときだ。ソゾリエの宇宙船が激しく輝いた。見ると、宇宙船のバリヤーが消えている。なおも悪いことに、アルマイトの撃った岩の破片がエンジンに突き刺さり、暴走を始めている。
　アルマイトはあわてて通信機のスイッチを入れた。本部に報告するためだ。
「了解。レースを続けて下さい」
通信員の声が帰ってきた。その間に、宇宙船は視界の外に消えていた。
（どっちみちソゾリエは失格だな。これで賭は勝ちだ）
そう思ったアルマイトだが、何か後味悪いものが心の中に漂っていた。
（あれは、私のせいかもしれん……）
だが、彼の脇をジェル艇が駆け抜けていった。
（おっと！　折角の優勝が！）
アルマイトは、宇宙船に加速をつけて飛び出した。

　ジェルを抜き返し、ようやく岩礁地帯を抜け出しかかったときだ。前方に巨大な岩塊が見えてきた。さすがのアルマイトでも、これを破壊するわけにはいかない。十分な距離を取って回り込もうとする。が、その正体を見切ったとき、そのまま通り過ぎるわけにはいかないことに気づいた。岩塊は、岩の固まりの中に突っ込んだソゾリエの宇宙船だったのだ。ここからではよく見えないが、船体には穴は開いてないらしい。ただ気になるのはソゾリエの安否だ。
（なあに、ちょっと寄り道しても遅れはすぐ取り戻せるさ）
　アルマイトは宇宙船の前方に回った。
「ヤバい！」
思わず声があがる。フロントガラスの破片とおぼしき物が、辺りに漂っているのだ。
（フロントガラスは二重構造のはずだから、大丈夫だと思うけど）
不安が胸にこみ上げてくる。なんだかんだ言っても大事な仲間なのだ。
　カメラをズームにして宇宙船の中をのぞき込むと、ヘルメット姿の頭部が見える。ソゾリエはまだ中にいるらしい。
（救護船はまだ来てないのか？　しょうがないな）
アルマイトはまずソゾリエを呼び出した。が、応答がない。本部に状況を連絡すると、
「現在、救護船がそっちに向かってます。レースを続行して下さい」
という、素っ気ない答えが返ってきた。
「そんな悠長なこと、言ってられるか！」
微笑む通信員に怒鳴ってから、アルマイトはビーム砲のスタンバイを始めた。
（一刻も早く助けなきゃ。そのためには……）
　スタンバイが完了すると、アルマイトはソゾリエの宇宙船を取り巻く岩塊の一つに照準を合わせ発射した。
（よしよし、いいぞ、アルジェ）
全部破壊しなくてもいい。宇宙船の通り道が作れればいいのだ。そうすればハッチを開けて、彼を助け出すことができる。アルマイトは慎重に、しかし迅速に、岩塊を破壊していった。
　あっという間に通り道ができた。だが問題はこれからだ。アルマイトは苦心して、自分の船のバリヤーをソゾリエの船のハッチに近づけた。
（念のため持ってきて、本当に良かった）
アルマイトは、船外活動用のブースターと命綱を付けて外に出た。宇宙船までは一息で行けた。が、ひしゃげてるハッチをこじ開けるには、アルマイトの装備は貧弱すぎた。救護船が来る気配はない。
（だめだ、私には力不足だ。……でも、あきらめられるか！）
　アルマイトが渾身の力を込めて扉に体当たりした、その時だ。不意に、体がはじけるような感じが走った。宇宙が歪む。次の瞬間、アルマイトは硬い物質の上に立っていた。
（一体、ここは）
視界にひび割れた強化ガラスが入る。動かない計器。そして。
「ゾル！」
　アルマイトは、パイロット席に突っ伏しているソゾリエを抱き起こした。グローブを外し脈を取ると、どうやら動いている。船内に酸素が残っているのを確かめてから、ソゾリエのヘルメットを取った。何度か体を揺すぶると、ソゾリエはようやく目を覚ました。
「アルジェ、レースはどうしたんだ？」
「レース？　あ、そういえば、すっかり忘れてた！」
「全く、お前って奴は……」
ソゾリエは苦笑いした。その時だ。
「こちら救護艇。応答願う」
コンソールから声がする。ソゾリエがヘルメットのマイクで応答した。
「こちら、エントリーナンバー１４番、ソゾリエ艇、大丈夫です。あ、１５番のカラコルム君も一緒です。私も助けに来てくれたんです」
「カラコルム君は、どうしてここに」
その声は不思議そうだった。
「私は、彼の宇宙船がリタイアしているのを発見し、応答しないので気になって、中に入ったんです」
アルマイトはここで、なぜか中に入った瞬間の記憶がないのに気がついた。が、今はそれどころではない。
「ともかく、一刻も早くお願いします。レースに戻りたいんですから！」
最後は、完璧に自己主張になっていたアルマイトだった。 　２ミネガ（分）ほどして、救護艇がやってきた。船には、一人のバードマンが同乗していた。アルマイトは彼に、驚くべき事実を知らされた。
「ハッチがこじ開けられた形跡はなかったな。大体、普通の人間では開けられる状態じゃなかったよ。君は、瞬間移動したのではないのかね」
「瞬間移動？」
　アルマイトは、それからしばらくの問答を経て、どうやら自分にはテレポート能力があり、ソゾリエを助けたい一念で発揮されたらしいということを知った。
「ともかく、私は行きますから」
ソゾリエをバードマンたちに任せて、アルマイトはやっと自分の船に戻った。ＴＶをつけてみる。
『トップは、ダントツで４３番、ネフロ・ジェル、続いて、３９番、ソマリス・グレイ、５６番、ナジシュラ・パラス・ラ……。ジェルは、トップ二人のアクシデントに助けられて二位以下を大きく引き離し、第五チェックポイントを通過しました。ゴールまで、後３００タインです！』
（こうしちゃいられないぞ！　それ行け！）
　アルマイトは飛ぶように（いや、本当に飛んでるんだっけ、失礼）宇宙船を走らせた。レーサーたちは、すぐ横をレーザーのようにすり抜けていく宇宙船を見て、怖じ気づいた。
『カラコルム艇、すごい勢いで下位集団を追い抜いていきます！４０位から、一気に１８位！なおもスピードは衰えません！どうです、解説のアリア・バルさん』
『はっきり言って無茶ですよ。若い者だからできることですな。ま、テクニックに自信がないと、今頃とっくに自滅してますね。それだけ強運の持ち主なんでしょうかね。ハハハ……』
この二人の物言いを耳にしたアルマイトは、烈火のごとく怒った。
「なにをっ！　絶対にトップを取り返して、あいつらに目にもの見せてやる！」
『さあて、この猛攻どこまで迫るか！　しかし、トップは後７０タインでゴールインします！』
（畜生！　こんな時こそ、さっきのチカラが出ればいいのに……）
　が、世の中はそう都合良くはいかない。前方を蹴散らしてきたビームガンのエネルギーが切れてきたのだ。さしものスピードも落ち始める。計器を見るのに一所懸命になっていたアルマイトは、岩石が迫っているのに気づかなかった。
（ええい、邪魔するな！）
あわててビームを発射するが、反応がない。メーターを見たアルマイトは愕然とした。
「ゲッ！切れてる！」
気づいたときには手遅れだった。宇宙船は岩石に正面衝突している。
「な、なんで、こうなるの？」
　ひびの入っていくフロントガラスを見ながら、茫然自失のアルマイト。静まり返った船内に、とぎれとぎれのＴＶの声が流れてくる。
『ゴールイン！　ジェル……、一位でゴー……ンです！タイムは２……１７ミネガ……あ、只今連絡……ました、例のカ……ム選手、やはり事故……脱落した……。どう……、アリラさん』
『いやあ、……は、技もテクニ……一流で、え？カラ……ですか？……当然の結果……。たまに……人がいる……。無茶……、やけ……いうか……』
「やかましい！　私の勝手だ！！」
　アルマイトは、ＴＶ画面をぶっ叩いた。それがいけなかったのだ。ＴＶはショートし、宇宙船は今度こそおしゃかになった。
「ア、アタシが、何をしたっていうんだよ……」
アルマイトはつぶやくと、プッツリと気を失った……。
　「フン、これで賭は引き分けだな」
レース後、ソゾリエは得意満面な顔でアルマイトに言った。
「いや、私はお前より進んだ！　だから勝ったんだ！　『完走したら』なんてお前は一言も言っとらん！　さあ、約束は守れ！」
「あら、なにやってんの？」
不意に二人の後ろで女性の声がしたかと思うと、アルマイトの方がそわそわし始めた。
「船がメチャメチャだって聞いたから、てっきり怪我してるんじゃないかと思って駆けつけたのに、ずいぶんお元気なようね」
「そうか、彼女が本命か！」
　突然ソゾリエが叫んだ。アルマイトは今度こそ進退窮まり真っ赤になる。それに、レオドールが追い打ちをかけた。
「ねえ、本命ってなあに？」
「……」
アルマイトはコホンと咳払いをすると言い放つ。
「ち、ちょっと、トイレ行ってくる！」
そして、レーザービーム顔負けの速度ですっ飛んでいった。その背中に、ソゾリエが叫んだ。
「いっちょ前に、純情してんじゃねえよ！」

　結局、このレースでアルマイトはとんでもないゴボウ抜きをやったということで敢闘賞をもらった。だが、それよりもビックリしたのは、半年ほどたったある日、アルマイトのもとへ一人のバードマンが尋ねてきたことだった。彼の目的は、バードマン養成学校への入学の誘いだった。どうやら、あの時のアルマイトの行動とテレポート能力が、本部の気を惹いたらしい。
　アルマイトは、半分好奇心も手伝って、「入ってもいいよ」と答えた。それが、彼の運命を大きく変えることも知らずに……。


【あとがき】
　本作は高校時代に執筆したものを一部整えた作品です。『Ｐ・Ｐ・Ｓ・Ｓ』の設定に則っており、アルマイトのガールフレンドはレオドールになっています。