夏の夜はすでに更けようとしている。いつものように、アルマイトは円盤で空を飛んでいた。いつもと違うのは、傍らに客人がいることだ。
「バードマン、これからどうするの」
ミツ夫、いやコピーミツ夫は、窮屈そうに円盤の隅に立っている。
「あの様子じゃ、まだ１号のところには戻れないだろ」
「うん……」
下を向くコピーに、アルマイトは呼びかけた。
「とりあえず、ご飯でも食べるか」
「でも、ここじゃちょっと」
コピーが言うのももっともだ。山の方に来てしまったらしく、明かりらしきものはほとんど見えない。
「お、あそこがいいな」
モニターで下界を調べていたアルマイトが、何かを見つけたらしい。円盤は山中のかすかな明かりめがけて降下した。
そもそも、コピーがなぜここにいるのか。たまたま通りかかったアルマイトの目に、コピーが窓際で叫んでいる姿が飛び込んできた。普段からミツ夫にこき使われるのに疲れ果てたコピーを見かねて、アルマイトは「しばらく私のところにいなさい」と言ってしまったのだ。
事情をコピーから聞いた後、アルマイトはコピーを伴って１号に会ってきたが、やはり１号は事の重大さを分かっていなかった。追いかけてくる１号をかわして飛び去ったのはいいが、今後の予定は全く立ってなかった。
円盤が降り立ったのは、山の上の展望台だった。かなり開けた場所らしく、ベンチや売店が並んでいる。だが今は、街灯がぽつりと点っているだけで、誰もいない。トイレを見つけたコピーが、あわてて円盤を降りた。
「僕、トイレ行ってくる」
「ああ」
コピーが離れたのを見届けると、アルマイトはパトロール船「ヤミ」へ通信を入れた。
「ちょっと用事ができたんで、しばらく地球に残ります。それじゃ」
『おい、ちょっと待て』
向こうでアレイ隊長の声が聞こえるが、無視して通信を切った。パトロール船に戻ればゆっくりできるのだが、コピーを連れて行くにはリスクが大きすぎる。幸い、ここなら朝まで誰も来ないだろう。
「とりあえず、ご飯の用意、と」
アルマイトが円盤のロッカーをあさっていると、コピーが戻ってきた。アルマイトは両手に食料を持って呼びかける。
「さあて、よりどりみどりだ」
「みんな保存食じゃない」
あからさまに顔を曇らせるコピー。確かに、アルマイトの手にあるのは、カップ麺や缶詰ばかりだ。仕方なくコピーは、カップ麺をつかんだ。アルマイトは、そのカップ麺を取り上げると、イスに座り直した。
「ちょっと円盤を隠してくるから、その辺のベンチで待っててくれ」
円盤を山中に隠してきたアルマイトは、下界を見下ろすベンチに座っているコピーに近づいた。両手はカップ麺でふさがっている。
「お待ちどうさん」
「ここって高尾山だよ。看板に書いてあったんだ」
「有名なのか」
「僕は来たことないけど、ミツ夫君は遠足で来たことがあるみたい。東京のはずれだよ」
本人の記憶が残っているのだろう。（コピーというのは便利だな）とアルマイトは思った。
町の灯を見つめながら、夕食が始まった。静寂の中に、虫の声とラーメンをすする音だけが響き渡る。
（あーあ、こんなことになるなんて思わなかった）
（私もだよ）
コピーの心中のつぶやきに、アルマイトは密かにうなずく。それでも、今後のことは説明しなくてはならない。
「今夜はここで泊まるか」
「ここで？」
不安げなコピーを諭すように、アルマイトは話し続けた。
「寝袋を貸そう。なあに、朝までの辛抱だ」
「それじゃバードマンが」
「心配するな」
コピーは何か言いたそうだったが、アルマイトが食事を再開したので、黙って割り箸を持ち上げた。
食事がすむと、二人はベンチに座って下界を見つめるしかなかった。町の灯も次第に消え、夏とはいえ、山の上は涼しい風が吹いている。
沈黙を破ったのはコピーだった。
「ねえ、コピーロボットって、本当に本人のコピーなの」
「そりゃ一体、どういうことだ」
コピーはゆっくりと話しだした。
「この前僕、ユキちゃんって女の子と仲良くなったんだ。ミツ夫君は幼なじみのミッちゃんが好きだってことは知ってるけど、僕はそれほどミッちゃんは好きじゃないんだ。でも、ユキちゃんには、僕のことを好きになってもらいたい。できれば独り占めしたい。こんな事考えるなんて、絶対僕おかしいよ」
思ったよりも深刻な事態になっているようだ。
「ミツ夫は、そのことについてどう言ってるんだ」
「最初は怒ってたけど、『友達なら』ということで許してもらったんだ」
「なるほど。案外いいとこあるじゃないか」
アルマイトは明るく答えるが、コピーの気持ちは晴れそうもない。ついに、核心に迫る言葉をきり出した。
「バードマン、僕ずっと疑問に思ってたんだけど、僕はミツ夫君と会う前に、誰かのコピーだったんじゃないの」
「そんなことは、ない」
きっぱり否定するアルマイト。
「じゃ、どうして初めてミツ夫君と会ったとき、バードマンのことを知っていたの」
「そ、それは、ミツ夫が私のことを知っていたからに決まってるじゃないか。それに、君の電子頭脳は経験を積めば積むほど成長するからな。おかしいどころか、立派に成長している証みたいなものだ」
「そうかなあ」
小首を傾げるコピーの背中に、アルマイトは右手を回した。
「そうだ。あんまりくよくよしてると、いつかは夜が明けることまで忘れてしまうぞ」
「ありがとう、バードマン」
コピーにようやく笑顔が戻ってきた。
「じゃ、少し早いが寝るか。向こうの屋根の下に移動しよう」
アルマイトは中央の東屋を指した。
東屋のベンチの上で、アルマイトは持ってきた寝袋を広げた。コピーが入っても半分くらい余ってしまう大きさだ。
「バードマン、いつもこれで寝ているの？」
「仕事で泊まらなきゃいけない時だけだ。あ、鼻に気をつけろよ」
コピーと会話しながら、アルマイトは隣のベンチに腰掛けた。
「明日にはミツ夫も気が付いてくれるといいな。それじゃおやすみ」
「おやすみなさい」
コピーの寝息が聞こえ出すのを見届けてから、アルマイトは先ほどのベンチに戻っていった。さきほどまで明るかった夜景も、今では赤い色ばかり目立っている。地平線近くに見えるのは新宿の高層ビル、そこからやや離れた光は東京タワーだろう。
（それにしても、コピーがあんなこと言い出すなんて。なんとかごまかしたけど）
アルマイトは、地球行きの前に起こった出来事を思い返していた。
※
「へーえ、これがコピーロボットか」
アルマイトの手には、赤い鼻しかついてないクリーム色の人形が握られている。
「初めて見たようなこと言わないでほしいな。君だって研修受けたのに」
バードマン本部の研究棟、第３開発室。アルマイトと話しているのは、研究員のイリメン・アソウ。二人は学生時代からの親友でもある。今日はコピーの受け取りにやってきたのだ。
「僕らにもこれがあったら、研究が二倍はかどるんだけど、パーマンたち優先だからね」
「僕にも欲しいな。イリメン、なんとかならんのか」
「なりませんよ。それより、そろそろ地球行きの準備をしないとまずいんじゃないの」
「まあ、いきなり全員選ぶわけじゃないし、地球見物でもしながらのんびりやるさ」
アルマイトはミリゲル茶を飲み干す。それを見たイリメンは、ポットから新しいお茶を注いだ。
「ところで、１号候補くらいは考えてるよね」
「いんや、ニホン地区に置くことくらいかな、決まってるのは」
「なぜ、そこに」
「地球では比較的治安がよく、文明度も高い、地域の大きさに比例して自然災害が多い、といったデータに、人事部からの指示を加味、といったところかな」
得意げに説明するアルマイトに、イリメンは冷静に突っ込みを入れる。
「でも、パーマン１号になる子は大変だね。データは全部コピーを通して管理されるし、彼らの結果次第で、地球のパーマン計画の将来が決まるんだから。しかも監督が君と来た日には」
「そりゃちょっと言い過ぎだろ」
二日酔いのように頭を抱えるアルマイト。
「ごめんごめん」
イリメンの言葉に苦笑いしながら立ち上がる。
「そろそろ帰るか。報告書も書かなきゃいかんしな」
「結果を楽しみにしてるよ」
その夜。本部の西棟にて、アルマイトはレポートを書いていた。本部の中心部である「タワー」は、東、西、北の三棟から成り立っており、北棟は司令部、東棟は会議室や人事部、西棟には職員の宿泊施設が入っている。パトロール母艦勤務のアルマイトは、クラムにいるときはこの施設に寝泊まりしていた。
「ウーッ、疲れたな」
思わず伸びをするアルマイト。ここに入ってからずっと机に張り付いているのだ。イスを回すと、ベッドの上に先ほどもらってきたコピーロボットが転がっている。アルマイトは立ち上がると、コピーを取り上げた。
「このちっこいのが、ここをポチッと押すと大きくなるなんて」
言いながらつい鼻に触れてしまう。とたんに、コピーの体がむくむくと膨れ始める。
「ウワッ！」
思わずコピーを取り落とすが、自分で立ち上がり膨張し続ける。気が付くと、眼前にうり二つの男が立っていた。
「はじめまして」
男はにこやかに挨拶する。思わず手を上げて答えるアルマイト。
「や、やあ。とりあえず座ってくれ」
二人はベッドに並んで腰掛ける。アルマイトはしげしげとコピーを観察した。鼻が赤みを帯びているが、それ以外は鏡を見ているような不思議な気分だ。
（僕の記憶も全部持っているんだよな。試しに聞いてみるか）
「小学３年の時、隣の席だった子の名前、覚えてるか」
コピーはしばし考えてから答えた。
「モーリセンだ」
「さすが、僕も忘れてたのに。君のことを見込んでぜひ頼みがある」
「頼み？」
「僕の代わりに報告書の続きを書いてくれ。じゃ、おやすみ」
アルマイトはそのまま大の字に倒れ込んだ。
安息の時間は長くは続かなかった。部屋中に叫び声が響き渡ったからだ。
「なんてことを！ 早く元に戻せ！」
目を覚ましたアルマイトの視界に、イリメンの顔が近づく。あまりの剣幕にアルマイトも押され気味だ。
「わ、分かったよ」
アルマイトはふらふらと立ち上がると、ドアのそばに呆然と立っているコピーの鼻を押した。コピーはすぐに縮み始め、元の姿に戻ったが、イリメンはいつになく真剣な顔つきで話し続ける。
「コピーロボットは何にでもコピーできるから、最初にボタンを押した人間を標準として記憶させるようになってるんだ。だからあれほど言ったのに」
「すまん、つい」
頭を掻くアルマイト。媚びるようにイリメンの目を見る。
「イリメンなら、何とかなるんだろ」
「何でもできるわけないけど、とりあえず電子頭脳を初期化しよう。これ食べて、報告書の続きをやってて」
イリメンは右手に持っていたサンドイッチの皿をアルマイトに押しつけると、コピーを拾い上げ、白衣の下に隠して出ていった。
「さて、どれほど進んでるかな」
アルマイトは報告書の前に座り直す。だが、眠る前と何も変わっていない。おおかたコピーも寝ていたのだろう。
「コピーも所詮、コピーか」
アルマイトは軽いため息を付くと、サンドイッチにかぶりついた。
その後、速攻で報告書を仕上げたアルマイトは、イリメンの報告を待たずに研究室へテレポートした。背後から肩を叩かれたイリメンは一瞬動きが止まる。
「眠る前に気になってな」
「何度やられてもビックリするよ。もうすぐだから大人しくしてて」
アルマイトはその言葉に従い、椅子に腰掛けた。眠気をミリゲル茶でごまかしながら待つこと１０ミネガ（分）、ようやくイリメンがコピーを持ってきた。
「うまくいったはずだよ。理論上はね」
「ありがとう、助かったよ」
「この貸しは高いよ」
イリメンは微笑みながら言うと、自分のお茶を飲み干した。
「分かった、分かった」
アルマイトは追われるように部屋を出ていった。
※
（それで、見返りっていうのが『試作品のテストにパーマンたちを協力させろ』だもんな。本当、いいように使ってくれちゃって。それにしても、本当にコピーの記憶が残ってるのなら、約束不履行でチャラだな……）
考え込んでいるうちに、眠気が出てきたようだ。座り込んだまま、いつの間にかアルマイトは意識を失っていた。
朝の光が、山頂を照らし始めている。静かだった空間に、カラスの鳴き声と羽ばたきが時折混じり始めた。よく聞けば、町のカラスと山のカラスの声が混じっているのが分かるだろうが、こんな早朝に自然観察に来る者はいない。
と思いきや、登山道からほうきを持った神主姿の老人が姿を現した。老人は、ベンチにうずくまる大きな赤い固まりに気づいた。
（野宿か、困ったもんじゃ）
老人の気配に気づいたのか、固まりがもぞもぞ動き出した。
「おはようさん」
老人が声をかけた途端、人影はびくりと頭を持ち上げ振り向いた。黒いくちばしを持っている。
「カ、カラス天狗さま」
老人はその場にへたり込むと、深々と地面に頭を下げる。おそるおそる頭を上げると、そこには誰もいなかった。
「ほ、本当に、天狗さまじゃ」
老人は手を合わせた。
「はぁ、危ないとこだった」
空の上で、アルマイトはため息を付いた。
「おっと、このままじゃコピーが危ない」
アルマイトはあわてて円盤に舞い戻ると、物質転送機を作動させた。いい迷惑なのはコピーの方だ。突然上空に持ち上げられた上に、茂みの上にたたき落とされたのだ。
「よ、おはよう」
涼やかな顔で挨拶するアルマイトに、コピーは顔を真っ赤にして抗議する。
「おはようじゃないよ」
「人が来始めたんでな。とりあえず、ここで朝食にしよう」
「ここで？」
コピーは寝袋を脱ぎながら辺りを見回す。ここは完全に山の中だ。もみの巨木が視界を遮っているので、どこかは分からない。コピーは円盤に腰掛けると、アルマイトが差し出した缶詰を開けた。肉と穀物と豆の煮物らしい。蓋についているスプーンで食べる。
「うまいか」
同じ缶詰を食べているアルマイトが尋ねる。
「うん」
コピーは素っ気なく答えるが、アルマイトには、彼の気持ちは筒抜けだ。
（そろそろ帰りたいな……）
（コピーがこれだけ落ち込んでるのなら、向こうもそろそろ）
アルマイトは、努めて軽く切り出した。
「食べ終わったら、１号の様子でも見に行くか」
「うん！」
コピーの食事のペースが速くなった。
翌日。アルマイトはバードマン本部の研究棟を訪れていた。眼前にはいつものごとくミリゲル茶と、ロールケーキが置かれている。
「運がいいね。みんなに振る舞う前に来るなんて。で、今日は何の用」
「わざわざ朝早く来たのには訳がある。君の名誉に関わるからだ」
アルマイトはロールケーキの輪切りに勢いよくフォークを刺した。
「そりゃまた大きく出たね」
余裕のイリメンだったが、アルマイトの話が進むうちに、表情が変わってきた。
「まさか、そんなことが」
「コピーが真実に気づいたらどうするんだ。もう一度初期化するわけにはいかないぞ」
「定期点検はしばらく先だし、もう少しごまかしててくれないかな。代わりといっちゃ何だけど」
イリメンは、棚の上からたくさんのコピーの入った箱を取り出した。中から黒いコピーロボットを取り出す。
「実験用に長期稼働のデータが必要なんだ。普段ここにいない君なら、都合がいい。やってくれるかい」
「本当か！」
アルマイトはコピーをひっつかむ。
「条件は、一般生活を送らせて、定期検査を受けること。職場は本部の指示に従うこと」
「職場ってことは、給料も出るんだな」
「そこまでは、保証できないよ」
イリメンの言葉に、アルマイトの勢いは止まった。逆に、イリメンの弁舌は止まらない。
「あ、この中のコピーはみんなデータ取ってない物だから、よかったら持ってって試してくれないかな。これはコピーに起動させると、性格が正反対になる『孫コピー』。これは、本人の行動を補正してより高い能力を発揮する『優良コピー』。これは……」
アルマイトは悲鳴を上げた。
「結局、僕にみんな押しつけるのか、ヘコーッ！」
（完）
