１．配置希望

　「それじゃ、今日の授業はこれで終わりだ。配置希望用紙の提出は明日までだから、必ず出すんだぞ」
「ありがとうございます」
教官に終業の礼をしたアルマイトは、バードマン養成学校の教室を出ようとしたところでクラスメイトのインガに呼び止められた。青髪、藍眼、褐色膚のローゲナ人種の青年だ。
「おいアルジェ、お前どうするつもりだ？」
「どうするったって……」
口ごもるアルマイト。
「やっぱり、ガザンか」
「できればな」
ルーズリーフをもてあそびながら、アルマイトはつぶやくように言った。
「やっぱりそいつは無理だぜ。大体、新人をあんなガザンに卒配するほど、本部も馬鹿じゃないぜ」
「それは十分承知さ」
「やっぱり、親父の眠る地だからか？」
アルマイトは、それには答えず切り返した。
「そういうインガはどうなんだ」
「そうだな。俺はどこでもいいけど……でも、へんぴな所はごめんだな」
「ふうん」
『動路』に乗りながら、アルマイトは思った。
(地球もやっぱり、へんぴな所なんだろうなあ……)

　アルマイトが『地球』と本格的に出会ったのは、養成学校での宇宙地理の時間だった。
『４２星区−黄色恒星と８つの惑星から成り立つ太陽系。第三惑星には人間型生命体が存在するが、内政がまだ不安定なため、銀河連邦は正式に接触していない』
その時見た教材ビデオの一場面が、妙に彼の心に引っかかったのだ。それは、輝く地球の映像の上に、テロップが重なっているものだった。
『−私は、ワープ終了地点を間違えたのかと思った−
アイリー・ノーブル「銀河の大家族」より』
　アイリー・ノーブルとはバード連邦勃興期に宇宙を駆けめぐり、知られざる星区を次々に探索していった探検家だ。彼が地球を初めて肉眼で見たときの思いを記した言葉だという。アルマイトは、分かるようで分からないこの言葉を、何故か忘れることができなかった。
　再びアルマイトがその記憶を呼び覚まされたのは、２０日程前のことだった。新任バードマンの配置は希望制で、各星区の希望が盛り込まれた小冊子が配られる。そこに、次のような募集があったのだ。
『今年から、４２星区にもバードマンを配置することになった。ついては新卒生の中から３人を募集することにした。ただし精神能力指数１５０以上、レベル６以上の精神能力を一種以上持つ者(共に器械未使用時)を望む。なお、７号にはテストパーマングループ養成の任務が与えられる』
　(そうなんだ、それが問題なんだ)
ここは養成学校の宿舎。机の上に置いた配置希望用紙をペンの頭でこすりながら、アルマイトは大いに悩んでいた。
(９星区のガザンに行くのは昔からの夢だった。けど、やっぱり僕みたいな新人が行く所じゃないだろうし。４２星区、地球なら新星区だから結構好き勝手できそうだ、さらにインガを引っ張り込めば……。でも５０星区も捨てがたいんだよな。あの辺はまだまだ無法地帯だから、「的撃ち」の腕が十二分に振るえるぞ。さて、どれを第一希望にするかだが……)

２．分かれ道

　「アルジェ、どうなった？」
翌日、教室に入ってきたアルマイトを見るやいなや、インガは尋ねる。アルマイトはその鼻先に配置希望用紙を付きだした。
「なになに……。第一志望４２星区、第二志望９星区、第三志望５０星区!?」
インガはしばし絶句してから、言葉のレーザーをぶっ放した。
「やい、なんでお前はこうまでひねくれるんだ！ どれもこれも辺境の危険星区ばっかし……。９星区のガザンは入るも出るも命がけの星だし、４２星区の地球は未だに核兵器がゴロゴロしている上に、ガザン星人の偵察隊が入り込んでいるって噂だし、５０星区は５０星区で『銀河連邦の無法地帯』って言われてるとこじゃないか。大体この順番、どんな風にして決めたんだ!?」
　アルマイトは配置希望用紙を丸めると話し出した。
「一応、一番見込みなさそうだけど意思表示ということで、最初に９星区を書いたんだ。そして４２星区、５０星区の順番だけど、今朝目が覚めたとき、７時前だったら５０星区、７時過ぎなら４２星区を第一志望にしようと決めたんだ。ほら、人間の深層意識って眠っているときに一番良く現れるって言うだろ。だったらそれが目覚めにも反映するんじゃないかって思ってな。そして結果は７時４２分。僕の理論も捨てたもんじゃないさ」
アルマイトはインガの肩に手を置いた。
「むろん、君も行ってくれるだろ」
「チッ、お前と第一志望同じにするなんて言わなきゃ良かった。だが、お前を野放しにしとくと後が恐いからな」
　インガは自分の配置希望用紙を取り出すと、空白の第一志望欄に『４２星区』と書き込んだ。
「でもこれだけは言っとくぞ。俺は４２星区だったから同意したんだ。９や５０だったらお前がなんと言っても行かなかったぞ」
「何でもいいさ。後で泣き言言うなよ」
アルマイトはいざ決めてしまうと、割り切ってサラリとしてしまう方だった。

　それから１０日後。書類審査によって卒業生たちの配置はほぼ内定という形になった。４２星区に配属されたのは、５号イリメン・アソウ、６号インガ・ホウ、７号ガウシュ・マヌエの３人だった。
　「ったく、何で本部はお前を落として、俺なんか採ったんだ?!」
採用通知を見たインガはすぐさまアルマイトの部屋に駆け込んだ。
「俺はな、お前が採られて俺が落ちると思ったから書いたんだぞ！ テレポート、テレバシー、共に６以上、おまけに『的撃ち』のお前の方が、過去知７しか取り柄のない俺よかよっぽど役に立つって、人事部に怒鳴り込んでやる！」
「まあ押さえろって。僕が思うに、過去知を持ってるのがあまりいないから採ったんじゃないか。ちなみに僕は５０星区の第３グループ４号さ」
アルマイトはベッドに腰掛けるとインガに呼びかけた。
「そうくさるな。５０星区で一暴れしたら、４２星区の第２グループ募集の時に応募するからさ。それに４２星区１号のエクタルは僕のいとこだから、きっと来訪も大目に見てもらえるよ」
「よく言うぜ。お前なんかその辺の雑魚にでも撃たれちまえ。涙一粒くらいは流してやらあ」
捨て台詞を残すとインガは立ち去る。アルマイトは腰掛けていたベッドの上に寝転がるとつぶやいた。
「ガザンと地球、どっちにもふられちまったな。ま、いいや。５０星区も楽しいところになるさ」

　それ以来、２人が一緒に行動することはめったになかった。なぜなら、インガは４２星区６号としての任務が既に始まっており、地球へ出向くことも多くなっていたのに対し、アルマイトは５０星区の情報入手と卒業試験に備えた勉強のため、資料室に入り浸る毎日を送っていたためだ。
　そんなある日。資料室の入口が開く音がしたかとおもうと、インガの声がした。
「アルジェ、アルジェはいるか！」
資料室にいた人々は怪訝そうな顔をしたが、その声がただ事ではないのはすぐ分かった。
「何だ、インガ」
　アルマイトは立ち上がると、パソコンのあるブースをすり抜けて入口に到着した。低い早口でインガがささやく。
「７号のガウシュが倒れた」
「まさか！」
アルマイトは叫んでからあわててインガの手を掴んだ。
(テレパシーに切り替えるぞ)
手を通して、インガの説明が伝わってくる。
(スピナーにかかっていたんだそうだ。今は民間人としてワイト病院に入っている)
スピナーとは地球で言うがんの一種で、早期に手当てすれば５０日ほどで良くなるが、重症になると死に至ることもある病気だ。バードの医学は地球よりも格段に進んでいるため、スピナーも早期発見が大半を占めている。
(ガウシュのスピナー治療が当分かかるらしいんで、本部は急遽代理を選ぶことにした。それで今、会議が開かれてるんだ)
(で、なんでその話を僕に？)
(どうやら、お前が選ばれそうなんだ。ガウシュはマインドコントロールの名手だったから、代理もマインドコントロール持ちから選びたいらしい。じゃ、俺は先に帰るぜ)
(インガの奴、ぬか喜びさせなくったっていいものを)
アルマイトはまだ半信半疑だった。

　「カラコルム君、至急人事部長室へ来て下さい」
呼び出しがかかったのはそれから３時間後だった。人事部長のリリイ・ハバルカの前に立ったアルマイトは、インガの話した内容と同じ説明を受けた。
「そこで、７号の代理として志望者の中から検討した結果、マインドコントロール値が一番高く、かつ『的撃ち』の腕を持つ君が選ばれたんだ。受けてくれるかね」
「はい」
アルマイトは返事をしながら思った。
(ここ数日していた５０星区の情報収集、無駄になっちまったな)

３．引き継ぎ

　翌日の放課後、アルマイトはインガ、イリメンと共にガウシュの見舞いに向かった。ワイト病院は民間のスピナー治療専門施設なので、アルマイトたちも制服ではなく普段着姿だ。
「今日はつきあってくれてありがとう」
アルマイトの言葉にイリメンはうなずいた。ルメゲナの青年で、赤毛を後ろで軽く縛っている。
「これからの引き継ぎもあるからね」
　病室に通されると、ガウシュがベッドの上に起き上がった。茶髪に黒い瞳のオルゲナ青年だ。
「どうだい、気分は」
インガが呼びかけるとガウシュは軽く手を挙げた。
「上々さ」
「今度、君の代わりに地球へ行くことになったアルマイト・カラコルムだ」
インガの紹介にアルマイトは一礼した。
「驚いたな。地球に行ったら折角の『的撃ち』の腕も鈍ってしまうぞ」
ガウシュはアルマイトを見つめる。
「本気さ。授業で見たビデオに触発されてね。なんていうか、あの星に行けばとてつもなくいいものに出会えるじゃないか、そんな気がするんだ」
アルマイトは照れたように笑った。
「そうか。実は俺もその口なんだ」
　ガウシュはリモコンのスイッチを窓に向け、ブラインドを閉める。日光が遮られると部屋は柔らかい影に包まれた。
「と言うより、あのビデオを見る前から、俺は地球に憧れてたんだ。なんせ、初めて感動した本が『銀河の大家族』だったからな。俺もいつか探検家になって、宇宙を探検したいと本気で思った。結局、精神能力を買われてバードマンになったけど、後悔はしていないさ」
ガウシュの告白を聞いたイリメンがポツリと言った。
「みんな夢想家ですね。私は未知の星でどこまでできるか試してみたくて志願したんですけどね」
　それきり見舞いの３人は黙り込んだ。あの「レーザー口」の異名を持つインガでさえも、自分をセーブしているようだ。皆は志半ばで脱落せざるを得なかった仲間に対して、何か引け目のようなものを感じているようだった。その中で、ガウシュのしゃべりだけが続いていた。
「あの『私は、ワープ終了地点を間違えたのかと思った』という言葉、初めて読んだときはさっぱり意味が分からなかった。でも、ここで色々考えているうちに気づいたことがあるんだ。なあ、地球って、昔のバード星に似てないか？」
３人は、資料ビデオで見た昔のバード星の映像をそれぞれ心に思い浮かべた。
「今じゃどっちも変わっちまったけど、きっと昔の地球とバードはもっと似ていたんだよ。だから、ワープした時に遠目でバードだと見間違えたんじゃないかな、と思ったんだ」
　雲が出てきたらしい。室内はますます陰ってきた。
「それに、地球赴任に備えて資料を調べていて気づいたんだけど、地球には『遙か古代に素晴らしい科学を持った国家があった。その国々はある日突然地球上から消滅してしまった』という伝説があちこちにあるんだ。ところがバード星には、『我々の祖先は空から巨大な船に乗って降りてきた』という伝説がある。これは俺のあくまで仮説だけど、もしかすると、その船は地球から消えた国家の人々ではなかろうか」
ガウシュのあまりに遠大な仮説に、３人は胸を捕まれたように動けない。いち早く回復したのがアルマイトだった。ベッドの桟に手をかけると呼びかける。
「ガウシュ、僕は力不足かも知れない。だけど、君が地球に行くまで７号としての役目はしっかり務める。だからゆっくり治療してもらってくれ。地球は逃げやしないさ」
「そうだぜガウシュ。その説、俺たちが十分調べてやるよ」
「例えそばにいなくても、君は私たちの仲間です」
インガとイリメンも、口々にガウシュを励ます。ガウシュは力強くうなずくと、アルマイトの手を握った。
「ガウシュ・マヌエ、４２星区７号の任務を、復帰までアルマイト・カラコルムに譲ることを宣誓する」
「謹んで受理いたします」
その手にインガとイリメンの手が重なった。

　病室を出ると、いつの間にか空は晴れていた。帰りのバスを待ちながら、３人は話し続ける。
「お前ら、なんであそこで手を乗っけたんだよ。照れくさかったじゃないか」
「拍手しようと思ったんだけど、病室では迷惑だと思ってな」
アルマイトの抗議にしれっとインガが言う。
「ああいう感動シーンには乗っかった方がいいですから」
イリメンは悪戯っぽく笑った。
　「ところで、帰ったらどうするつもりだ」
インガが尋ねる。
「そうだな、図書室で久しぶりに『宇宙の大家族』を読むか」
「それよりもアルジェ、もっと先にやらなきゃならないことがあるんじゃないか」
「何が？」
「パーマンたちの指導法。いや、その前に選定の仕方かな」
「そ、そういえば」
　アルマイトはここで初めて、ガウシュから引き継いだもう一つの任務を思いだした。
「まずい、完璧にまずい！ 指導法なんて全然勉強してないぞ！ 急いで帰る！」
「そんなに慌てなくても。ほら、バスが来ましたよ」
焦るアルマイトを諭すようにイリメンが道路を指差す。その指の先には、『ソガ宇宙港行き』表示のバスが滑るように向かってきていた。



【あとがき】
　本作は高校時代、校内文芸誌に執筆したものを一部整えた作品です。『Ｐ・Ｐ・Ｓ・Ｓ』の設定に則っていますが、アルマイトの友人たちの設定は一部異なっています。『続・パーマン』に出てくる『宇宙の大家族』の元ネタでもあります。