ここはバードマン本部の研究棟。パーマンセットを始め、パーマン・バードマン活動に使われるさまざまなアイテムの管理、開発をしている場所である。もちろん、ここに勤務する職員も、有事の際にはバードマンとして活動する教育を受けている。部屋の奥には、少しづつ形の違う銃、色違いのコピーロボット、なぜかモトクロス風自転車などが、雑然と積み重なったり、棚に並んでたりする。
その一角で、制服姿のアルマイトと、研究員らしき男性が向かい合っていた。年のころはアルマイトと同じくらい、赤みがかった髪に緑色の眼、白い肌のルメゲナ系人種だ。名をイリメン・アソウという。
「ところで、この間
（＊１）修理した１号のマスクの調子はどうだ？」
「ああ、問題ない。……あんまり大きな声で言わんでくれよ、恥ずかしいから」
頭を掻くアルマイト。
「確かに、１号は君に似てそそっかしいようだね。ま、そのうちまた試作品のテストをさせてくれれば、帳消しにしてあげるよ」
イリメンは棚の方を見やった。
「で、頼みというのはだな」
アルマイトがきり出した。イリメンは黙って聞いている。
「地球のパーマングループが誕生してから、今度で一年になるんだ。折角だから、あいつらにお祝いでもしようと思ってな。なんでも地球では、紅白のマンジュウという菓子を贈るのが慣わしらしいから、イリメン、おまえ作ってくれないか。菓子作り、得意だろ」
「地球の菓子なんて、作ったことないよ。大体、君は作り方を知ってるのかい？」
イリメンはアルマイトに尋ねる。
「ライブラリにサンプルデータが入ってると思うんだが」
アルマイトは顎をしゃくった。
「しょうがないな」
イリメンはコンピュータに向かった。この端末からライブラリにアクセスするのだ。
「チキュウのマンジュウ」
マイクの音声入力をすると、ライブラリが検索したデータを表示した。
「蒸し菓子の一種。上新粉と餡を用いる」
このデータを手がかりに、様々なデータを検索した結果が、アウトプットされた。
「ふむ、見た目は『アレーム』に似ているな」
『アレーム』とは、バード星の饅頭にあたる菓子だ。資料写真をにらむアルマイトに、イリメンは話しかけた。
「最大の問題は、どうやって材料を調達するかだね。やっぱり本場の材料でなんとかしたいんだけど」
「パーマンたちには頼めないぞ」
「分かってるよ。上新粉と餡の元になる植物の成分表から、代用できそうな物を探してみよう」
イリメンは端末に向き直った。その後ろで、アルマイトは資料写真とにらみ合いを続けている。
「うーん、どこかで、これを見たような気がするんだが……」
イリメンは、そんなアルマイトに構わず調査を続けていた。もともと趣味の分野でもあり、だんだんのめり込んでいる。
「マンジュウにも、色々な作り方があるらしい。紅白マンジュウは、ジョウヨマンジュウという種類なんだ。標準が白で、赤いのは食用色素で染めるんだって……おいアルジェ、聞いてるのか？」
それまでずっと考え続けていたアルマイトが、突如紙を放り上げた。
「そうだ！ あそこだ！ あそこにサンプルがあるぞ！ イリメン、資料庫だ！」
アルマイトは部屋を飛び出した。イリメンはあわてて後を追う。
（＊１）アニメ３０２話「パーマン故障する」より
研究棟の地下に、資料庫はあった。イリメンがＩＤカード代わりのバッジをかざすと、扉が開いた。アルマイトもチェックを受けてゲートを通過する。
「ここは過去の事件の証拠物件保管所じゃないか。こんな所に何が……」
アルマイトは、イリメンの疑問に答える代わりに、係員の女性にデータ検索を依頼した。やがて係員は、厳重に密閉されたカプセルを持って戻ってきた。
「お待たせしました、２７００３事件の証拠物件です」
カプセルには、色は違うが、サンプル写真とそっくりの形の代物が収まっている。
「このサンプルは、研究資料として借りるよ。すぐ返すから」
イリメンは書類に手続きをする。係員は丁寧に注意した。
「解凍時間はできるだけ短くして下さい。生ものですから」
帰る道すがら、アルマイトはイリメンに説明し続けた。
「今から約５年前のこと、４２星区の第三惑星付近で、飛行不能に陥っているロケットが発見された。ロケットには、炭化しかかった物体が付着していて、その内部から発見されたのが、このサンプルなんだ。サンプルには、物体を複製する特殊な培養液がかかっていて、５ミネガごとに複製を行うという作用があった。バードマンたちは巡回母艦内でその培養液を分離し、この食物を証拠物件として保管したのだ」
「地球人がそんな技術をもっていたとはね」
イリメンは感心したようにつぶやく。
「それが変なんだ。現在の地球の科学技術レベルじゃ、とうていできない代物だ。ただ、これはどう見てもマンジュウだよな」
「ううむ……。とにかくサンプルをコピーして、分析しよう。しばらくかかると思うけど、待てるか？」
イリメンは研究室の前で立ち止まると、アルマイトに尋ねた。
「それじゃ、ちょっくら地球へ行ってくるよ。パーマンたちの様子でも見てこよう」
「分かった。じゃあその間に作っておくよ」
イリメンの言葉にうなずいて立ち去ろうとしたアルマイトだが、すぐに振り返った。
「あ、一つ注文があるんだが、マンジュウは８個作っといてくれ」
「コピーの分もか。気が利くな」
「いやぁ、マンジュウが８個で、『パーマン』……なっちって」
相好を崩すアルマイトに、イリメンは見放したように言った。
「……アルジェ、地球に行ってからますます駄洒落に磨きがかかったな」
「ヘコーッ！」
アルマイトが戻ってきたのは、それから数時間後だった。何故か大層いらだっている。対照的に、イリメンはえらくご機嫌だ。イリメンのブースは、すっかり調理場と化していた。同僚たちも、毎度のことで慣れているようだ。
「試食品が完成したぞ。あのサンプルは焼いてあったんで、これは蒸して作ってみたんだ。それにしても、サンプルに近い材料を探すのに苦労したよ」
「聞いてくれ」
アルマイトは差し出された赤いマンジュウを掴んだ。
「３号に『奥さんとケンカしたんじゃないか』と言われたんだ。なあ、あたしは既婚者に見えるか？」
「なんだ、そんなことで機嫌をそこねてるのか。それより食べてくれよ」
イリメンにせっつかれ、アルマイトはマンジュウを口に運んだ。
「やわらかいな。それに『アレーム』よりもずっと甘い」
「今、１号たちに贈る分を作ってるんだ。ちゃんと二個づつ分けられるような入れ物にしたし」
イリメンはやたらと長い入れ物を取り出したが、アルマイトは上の空だ。
「……なんか飲みたくなったな」
アルマイトはイリメンの冷蔵庫をのぞいて、別の物を発見したようだ。
「おい、この卵もらってくぞ。いいな」
「いいけど、なんで？」
「あいつらに世間の厳しさを教えてやる。フフフ……」
アルマイトは完全に自分の世界に入っていた。
所変わって、地球。
須羽家では、コピーが日課の宿題も終わり、テレビに見入っていた。ベランダのサッシが開く音に振り返る。
「おかえり」
「ただいまー」
１号はひどく疲れているようだ。手に持った箱をコピーに投げると、ベッドに倒れ込んだ。
「免許書き換えテストは合格したみたいだね」
コピーの呼びかけに、１号はだらけたまま答える。
「テストなんて、あんなのバードマンのでっち上げだよ。ちょっとはこっちの都合も考えて欲しいよなー」
「この箱は？」
言いながら、コピーは箱を開ける。中には紅白饅頭が入っていた。
「バードマンから、パーマン一周年記念プレゼントだってさ。お前に一個やるよ」
「当然の権利だね」
コピーは白い饅頭を、１号は赤い饅頭を取り、同時にほおばった。次の瞬間、どちらともなくつぶやいた。
「……なんで、紅白饅頭に栗が入ってるの？」
【完】
【参考資料】
アニメ３０７話「パーマン免許書き替え」
パーマン就任一周年を祝うため、おみやげを持って意気揚々と飛んできたバードマン。だが、パーマンたちのだらけぶりを見て激怒し、急遽「免許書き換えテスト」を行うと宣言する。テストの内容は、玉子をつかませたり、全速力で水上に着地させたり、空から蟻の数を数えさせたりというハード（笑）なもの。失敗続きのパーマンたちだが、テストは何とか全員パスする。バードマンのおみやげとは、饅頭が八個で「パーマン」というベタベタな駄洒落だった。
【あとがき】
『ドラえもん』てんコミ版１７巻に「バイバイン」という話がある。そのシュールな内容から、多くの読者にトラウマを残したらしい作品である。私は全く気にしてなかったのだが、ネット上でもこの作品に関する数々のサイトがある。トラウマになった人々の気持ちを少しでも軽くできないかと思ったのがそもそものきっかけである。イリメンと研究棟の顔見せも兼ねているが。
