「DONEC SEMEL MAGICA」

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―――不思議な男だ、と、アルマイトは思った。
　休暇を取って母親の墓標に花を手向けた帰り、折角の休暇だからと滅多に飲まない酒を飲もうと入ったバーに、その男はふらりと入って来た。
　長身で、モノトーンの衣服に、限りなく黒に近い焦げ茶色の髪。
　癖毛らしく、ところどころ撥ねている。
　まるで鶏冠のようだ、と思い、思わず唇が歪んだ。
「………。」まるでその笑みに気付いたかのように、男がアルマイトを直視した。
「！」読まれた？ とバードマンならば当然の疑問を心に抱くと、男は薄く笑いながらこちらへとやって来た。
「私の予想が正しければ、君もバードマンのようだが、」そう云いながら隣に腰を降ろす。
「テレパシーも使わずに感情が読めるのはどうかと思うがね」
「放っておいてくれ」要するに単純だ、と指摘されたのだと解釈して、アルマイトは不興そうに眉を顰めた。
「初対面なのに失礼な奴め」
「……不思議と初対面という気がしないんだが」カウンターの中にいたアンドロイドのバーテンダーに水割りを頼んでから、男は怪訝そうな顔をした。
「何処かで会ったことがあったかな」
「無い…筈だが……、」歯切れ悪くアルマイトは応えた。
「あたしも初対面じゃ無い気がする」
「妙な話もあったものだ」
　その時バーテンダーが水割りをカウンターの上に置いたので、男はアルマイトにグラスを掲げて乾杯の意を示してから唇を付けた。
「まあ、何処で擦れ違った経験くらいはあるのかもしれん。お互いマスクをしていたら顔なんて判らないからな」
「確かに」素顔を隠す為にマスクを被るのだから、一緒に働いている仲間の顔を知らない、なんてことは現実にざらにあるので――それでもパーマンと違い、バードマンは“素顔を秘密にしなければならない理由”は殆ど無いので、親しい仲間内では顔も判らない者はいないものだが――、何処かで擦れ違ったくらいでは顔まで知っている筈も無い。
「僕はアルマイト・カラコルム。君は？」名前も名乗らないのはどうかと思い、アルマイトが先に名乗る。
「“勇気ある者”、か」男が薄く笑みを浮かべる。
「それが君の“与えられた名”ならば、いい名だ」
「？」男の言葉の意味がよく判らずに、アルマイトが首を傾げると、「判らないならいい」と男はかぶりを振り、「私はアウィス・ウィル・ドゥクス」と名乗り返した。
「ミドルネームがあるバード星人って、珍しいな」アルマイトが知っている限りでは聞いたことが無かったので怪訝そうな顔をしたが、「一寸事情があってね」とアウィスは苦笑った。
　余り云いたくない事情らしい、と悟って、アルマイトはそれ以上詮索しない。
　バードマンならば云えない事、云ってはならない事、云いたくない事の１つや２つくらいは持っているのが普通だからだ。
　何となく話題が続かなくなって、二人は並んで無言のままで杯を重ねた。
　不思議なくらいに親近感を感じているのだが、それが何かがアルマイトには全く判らない。
　それが逆に不気味で、今この場から離れてはいけない、と感じさせていた。

「なあ」沈黙に耐えかねて、遂にアルマイトが口を開いた。
　ん？ とアウィスが顔を向ける。
　深い緑色の瞳はハガンを思い出させるが、雰囲気も顔も似ていないのに…とアルマイトはもう一度疑問を抱いた。
「つまらないことを尋きたいんだけど、いいかな」
「つまらないかどうかは、聞いてから判断するさ」くいとグラスの中の酒を飲み干しながらアウィスが応えた。
　何て口の悪い奴、と思ったが、何とか表情に出さずに堪え、言葉を継いだ。


「もしも一度だけ魔法が使えたら、何を願う？」


「………。」
　即座に馬鹿にされるかと思っていたアルマイトの考えは裏切られ、アウィスはいきなり固まってしまった。
　テレパシーを使わなくても、アウィスが混乱しているらしい、ということが感じられる。
　もしかしたら云ってはいけない事を云ってしまったのかもしれない、と自分の言葉を後悔したが、後の祭だ。
「……君ならば、何を願うのか、先に聞かせてくれないか」暫くしてから、アウィスが尋ね返してきた。
　何故か“試されている”と思う。
　話が聞こえる距離にはバーテンダーしかいない――アンドロイドなので個人の話を記録しないロジックが与えられており、客のプライバシーは守られている――ことを確認してから、アルマイトは応えた。
「僕の母親を、死なせずに済ませてやりたい」
「………。」ほんの僅か、アウィスの目が見開かれた。
「僕の母親は、僕がほんの小さい頃に、戦災で僕を庇って銃弾の雨に撃たれて死んだ。それが“運命”だったのならば、変えてあげたい」
「………。」アウィスがほんの僅か視線を逸らし、沈黙する。
　ああ、こいつも醜い戦争の犠牲者なのか、と、苦いものが胃から込み上げてくる。
　親を失い、どれだけの苦労を重ねてここまで辿り着いたのか、アウィスには想像も付かなかったが、それでもありもしない“奇跡”を願いたくなる程に切実に母親を想い続けているのが不憫だった。
「君は？」こんな湿っぽい“願い”じゃなくて、世界一の大金持ちになりたいとか、そういう願いかな、と、わざとアルマイトが戯けて見せる。
　それでもこの男に自らを偽ってはいけない、とアウィスの脳裡で何かが囁いた。
　この男に偽るということは、自分で自分を偽ることだ、と何かは告げていた。
　ほんの小さな溜め息を吐いてから、アウィスは静かに応えた。
「私が救けてやれなかった女性を、救けてやりたい」
「えっ？」予想に反して重い言葉に、アルマイトが驚く。
　アルマイトの反応は予想出来ていたのか、脇にあった水の入ったグラスに栄養剤を落としながらアウィスは薄く笑った。
「君と同じさ。…私も任務中に、目の前で或る女性が銃弾の雨に撃たれて死んだ。私が護ってやれなかったせいで」
「……君の、大切な人？」
「そう。大切な…護るべき存在だった人だ」アルマイトは勿論“恋人”という意味で尋いたのだが、それに気付いているのかいないのか、アウィスは頷いた。
「そうか……」自分にとっての母親のように、きっとかけがえのない存在だったのだろう、ということは容易に想像が付いたので、アルマイトはそうとだけ云って口を噤んだ。


　気まずい沈黙を紛らわせるように、二人は無言のままで更に杯を重ねた。


「ああ、もうこんな時間だ」腕時計に視線を走らせて、アウィスが呟いた。
「そろそろ戻らなければ」
　バーテンダーを呼び、財布の中から支払い用のクレッドチップ（電子マネー）を取り出して手渡す。
「湿っぽい話で折角の酒を不味くしてごめん」さぞ美味くない酒だっただろうと思って、アルマイトが謝罪すると、「いいさ」とアウィスは薄く笑って首を振った。
　バーテンダーが戻って来て、クレッドチップが使えないと告げる。
　使えないのか、と呟きながら、滅多に使わない紙幣を抜いて手渡すと、釣り銭が返された。
「そうだ」それを眺めていたアルマイトが、不意に思い出したかのように尋ねた。
「所属を教えてくれないか」
「所属？」アウィスが怪訝そうな顔をする。
「また何処かで会ったら、今度はもっと楽しく飲む為に」
　ああ、そういう意味か、と悟って、アウィスは頷いた。
「バードマン・ソーラーリス、太陽星系区所属だ」
「―――えっ？」目を丸くしたアルマイトに、アウィスは微笑む。
「また何時か、何処かで会えるといいんだが」そう云いながら踵を返す。
「Varete, commilito.」最後にアルマイトにはよく判らない言葉で何かを云い、そして振り返らずに扉を開けて出て行った。
　追いかけなければならない、と何かに命じられたような気がして、財布の中から掴み出した紙幣をカウンターの上に叩き付け、「これで精算しておいてくれ！」後でまた釣りは受け取りに来るから！と付け足して扉をぶち破りそうな勢いで飛び出した。
「……いない」
　出て行って殆ど時間も経っていないのに、アウィスの姿は何処にも無かった。





「おかえり」不意に現れたアウィスに、驚きもせずに、白衣を着たバードマンは告げた。
「誰かに会えたかな？」
「ああ」頷きながら、腕に嵌めていた装置を外して返す。
「時の輪の彼方で“過去”と戦っているもう一人の“私”にね」
「平行世界とはいえ、やっぱり境遇は似たようなものなのか」装置を受け取りながら、装置開発者のイグニスが呟く。
「差程遠くない世界だったんだろ」何ということもなく応え、じゃあ今回の実験は終了ということで、と部屋から出て行った。


　長い通路を歩きながら、アウィスは時の輪の彼方にいる“もう一人の自分”を思い出して、負けるなよ、とそっとエールを送った。


［DONEC SEMEL MAGICA：了］


【作者の弁解コーナー】
どうもどうも、schurenでございます。
パーマン二次創作界では一番の新参者のくせに、大御所キャラのアルマイトを書かせていただきました。
イメージ違うとか、口調変とかいうクレームは、書いた本人が肚かっ捌いて詫びなきゃいけないくらい痛感していますので却下です（おひ）。
私は昔から、リンクさせたいただいたサイト様には何か書いて贈呈させていただいておるのですが、大田康湖さまのリクエストが「もしそちらのキャラとこちらのキャラが邂逅したら」ということでしたので、アルマイトとうちのバードマンであるアウィスを邂逅させました。
丁度この二人は「大切な人を戦場で亡くしている」という哀しい共通点がありますので（嫌な偶然orz）、その辺りをごにょごにょと。
アウィスはイグニス（大田さまトコのイリメンのような役回り）が開発した「平行世界に移動する装置」の実験に付き合っています。きっと墓参り帰りで母親を想うアルマイトの強い想いに引き付けられて、この世界に現れたのでしょう。
重っ苦しいネタの上につまんねー話で、お目汚し失礼しましたm(_ _)m＞ALL

尚この話はフィクションです。「空想世界のパーマン」の内容には何も関係ありません（多分）。

【大田註釈】
タイトルと本文中のラテン語は
「DONEC SEMEL MAGICA（ドネーク・セメル・マギカ）」…一度だけの魔法
「Varete, commilito.（ウァレーテ・コムミリトー）」…さらば、戦友よ
だそうです。
schurenさんの二次創作では、バード星の言葉として使用されています。