バード星歴２８４年。須羽ミツ夫は銀河連邦付属学校クラム校二年生として、学業に励む日々を送っていた。一年生との大きな違いは、専攻科目の授業を付属学校本校で受けることと、週に２回行う精神能力開発訓練が新たに加わったことだ。精神能力の教官は留学生担当でもある本部直属バードマン４号、サライラ・ケネスが担当する。
バードマン養成学校の体育館地下にある精神能力開発室。ここで須羽ミツ夫は同級生のジルダ・マーレン、プルネラ・シンリー、メガラヤ・ガウハティ、ウェル・クルス・ママンと共に訓練メニューに取り組んでいた。といっても、各人の精神能力はレベルも能力も異なるので、訓練用の個室に入って個人向けのプログラムをこなすのだ。ミツ夫に与えられた課題は、透視能力とテレパシー能力の開発だ。ケネス教官はモニターで皆の動きを見守っている。
今ミツ夫は個室の中でスコープのような装置を頭につけ、椅子に腰掛けている。これを付けて各個室で訓練中のクラスメイトの様子を透視するのが今日の訓練だ。テレパシー訓練の時は補助レシーバーを付けてテレパシーでクラスメイトの心の声を聞く。各自が互いを利用することも了承済みなので、安心して透視やテレパシーの訓練も行えるのだ。
ミツ夫は補助スコープの両脇を手で押さえ、精神を集中させる。目標は隣の個室でテレポート訓練中のジルダだ。昔地球にいた頃、超能力体験のためにアルマイトから渡された「スーパースコープ」で透視能力を得たときには、調子に乗ってあちこち覗きアルマイトに怒られた物だが、現在のミツ夫の脳裏にはぼんやりとジルダの姿が映る程度だ。これでも調子がいい方で、何も見えない日も多い。さらに見つめていると、突然ジルダの姿が消えた。
(あれ？)
戸惑うミツ夫は背後にふと気配を感じ振り向いた。
「ごめんなさい、予告なしに来ちゃって」
あわてて補助スコープを外すと、両手を組んだジルダが立っている。ミツ夫はジルダを安心させるように話しかけた。
「大丈夫だよ、ジルダはテレポートが成功したし、僕は君が消えたのが分かったし」
「そうね、今日はケネス教官にもいい報告が出来るわ。そろそろ時間だし、準備室に戻りましょ」
ジルダは組んでいた両手を離すと右手でミツ夫の肩を叩く。ミツ夫はうなずいた。
「ああ」
準備室に戻ると、同級生のプルネラ・シンリー、メガラヤ・ガウハティ、ウェル・クルス・ママンが既にケネス教官の講評を受けていた。プルネラは鉢植えの花、メガラヤはテレキネシス訓練用のバーベル、ウェルはテレパシー訓練用の補助レシーバーを持っている。
「シンリーさんは相変わらず安定しているわね」
ケネスの呼びかけにプルネラは花を撫でながら答えた。
「花を咲かすだけではなく、けがの治癒ももっとうまくなりたいですけど、現場に出ないとなかなか機会がありませんね」
「シンリーさんの協力が必要になる場合も考えて、医療部にも話しておきますね。では、次はガウハティ君」
「はい」
「ガウハティ君は１０バラスのパーベルを１リラ持ち上げられるようになったので、今度は５バラスを２個いっぺんに持ち上げる課題に挑戦しましょう」
「テレキネシス対象の分散コントロールですね。了解です」
優等生のメガラヤにとっては、精神能力も論理的思考の延長線上で取り組んでいるようだ。
「次、ママン君」
ケネスは小型のメモバッドを持つウェルに呼びかけた。
「ママン君はスワ君にテレパシーを送っていたのよね、スワ君は何か感じた？」
いきなり話を振られ、ミツ夫はあわわてウェルの顔を見る。
「ごめん、透視の訓練に夢中で気づかなかったよ」
思わず頭を下げるミツ夫を見てウェルは顔を曇らせた。
「そういうこともあるわ。次回はスワ君からママン君にテレパシーを送って受け取れるか試してみましょう」
ケネスの言葉にもウェルはうなずくだけで、メモパッドに何か書き込んでいる。彼のいつもの行動なので、気にせずケネスはジルダに呼びかけた。
「次にマーレンさん」
「はい、今日は準備室とミツオくんの部屋にテレポートを成功させました。ただ、やはり両手を組まないとうまく発動できなくて」
不安げに両手に目を落とすジルダに、ケネスは提案した。
「安定してテレポート出るようになったら、次は両手を離してテレポートする訓練をしましょうか」
「分かりました」
ジルダに笑顔が戻った。ケネスは続けてミツ夫に呼びかける。
「スワ君、透視の訓練はうまくいったかしら」
「はい、ジルダさんが部屋からテレポートするのは分かりました。ただ、やはり姿はぼんやりとしか見えなくて」
ミツ夫は首をひねる。
「そうね、能力が安定して使えるようになるにはまだ時間がかかりそうね。それでは、今日の訓練はこれで終わりにしましょう」
ケネスは手を上げると、ミツ夫を見つめて言った。
「スワ君、お話したいことがあるのでちょっと残ってください」
「それでは、お先に失礼します」
プルネラたちは挨拶すると準備室を出て行く。部屋にはケネスとミツ夫が残された。
「教官、話って一体なんですか」
ミツ夫は神妙な面持ちで尋ねた。ケネスは自分のチェルキを机に置いて話し出す。
「さっきあなたが『ママン君のテレパシーが受け取れなかった』と言ってた件なんだけど、私が視ていたら、受けとらないよう無意志にテレパシーを防護していたみたいなの。何か心当たりはないかしら」
「それが、透視するのに夢中だったので本当に覚えてなくて」
ミツ夫は正直な感想を述べた。ケネスは複雑な表情をする。
「あなたはテレパシーを送るより、防護の方が得意なようね。もしかして、あなたとママン君はクラスメイトだけど、互いに警戒しているんじゃないかしら。でもこの訓練室では、テレパシー防護用の訓練をするとき以外はオープンにする約束になっているから、気をつけて欲しいの」
ケネスの質問にミツ夫は心当たりがあった。バード星人のジルダやトーチたちと親しいミツ夫と、リーゼイやウェルたち留学組との距離は、一年生の時からあまり縮まっていない。ライバルと呼ぶにはリーゼイたちは普通に優秀で、授業について行くのがやっとのミツ夫はかなわないといつも感じていた。
「確かに留学組のウェル君とはあまり親しくはないですが、授業ではそんなこと言ってられませんし、今度から気をつけます。それより、本当に僕の精神能力は使いこなせるようになるんですか」
ミツ夫の問いにケネスは表情を緩めた。
「もちろんよ。あなたのリーダー、カラコルムさんの推薦ですもの」
「アルマイトさんが、ですか」
「以前あなたが地球に帰省したとき、テレパシーをカラコルムさんに送ったり、透視能力で見えない通路を見通した事があったそうね。それで直々にあなたの精神能力開発をすることになったの」
ミツ夫は一年の学年末、工場で「海獣トリオ」に監禁されたときの出来事を思い出した。
「もちろん、あなたに精神能力の芽があることは確かよ。ただ、あなた自身が追い詰められないと発動や制御が難しいようなの。薬で無理強いして発動させてもあなたに負担がかかるし、今は基礎体力を上げていると思って頂戴」
「分かりました。早く物になるよう頑張ります」
明るく答えるミツ夫を見てようやくケネスも安心したようだ。
「私もサポートするからあきらめないでね。では、今日はこれで」
「失礼します」
ミツ夫は一礼して準備室を離れた。
２．星野スミレの新曲
準備室を出たミツ夫を待ち構えていたように胸のバッジが鳴った。いつものようにスイッチを入れて返答する。
「はい、こちら１号」
つい反射的に出た言葉にミツ夫は苦笑した。地球を離れてから２年も経つのに未だに癖が抜けないのだ。幸い、よく話すトーチやジルダたちは分かってくれている。だが、今回の相手は別だった。
「アルジェじゃなくて済まなかったな」
「イリメンさん」
ミツ夫は慌ててバッジを握り直す。イリメンはそのまま話し続けた。
「君の音楽プレーヤーを持って研究室に来て欲しいんだけど、今空いてるかな」
「はい、部屋に戻って取ってきます」
「待ってるよ」
イリメンの声に押されるように、ミツ夫は「動路」に飛び乗った。
学生寮に戻ったミツ夫は、ロビーで待っていたジルダとプルネラ、トーチに呼び止められた。
「ケネス教官に何言われたの」
「ちょっと今後の訓練の話をしただけだよ」
ジルダを心配させたくなかったミツ夫は、あえて詳細を話さなかった。
「じゃ、荷物置いたら娯楽室に行こうぜ」
トーチの引き留めをミツ夫は断る。
「ちょっとイリメンさんに呼ばれてるんだ」
「って事はお菓子が食べられるな。俺たちも押しかけようぜ」
「もう、３人も着いてきたら迷惑でしょ」
プルネラがたしなめたので、トーチは引き下がった。
「じゃ、俺たちは先に娯楽室に行ってるよ」
「夕食は一緒に食べましょ」
「ああ」
ジルダの呼びかけに答えたミツ夫はそのままエレベーターに向かった。
自室から音楽プレーヤーを持ってきたミツ夫は本部研究棟に向かい、「第３開発室」の前でキーケースにバッジをかざした。
「イリメンさん、いますか」
モニターに映ったイリメンはドアを開き、ミツ夫を招き入れる。
「ご苦労さま。お茶を出すからその椅子に座って」
ミツ夫はイリメンのブースにある椅子に腰掛けた。ポットのミリゲル茶をカップに注ぎながら、イリメンは話し続ける。
「実は、アルジェから君への届け物が来ててね。君のチェルキに直接送るのはまずいから、こっちに来てもらったんだ。音楽プレーヤーを貸してくれないか」
「もしかして、スミレちゃんの新曲！」
興奮するミツ夫をイリメンはからかった。
「いや、アルジェの歌かもしれないな」
「その冗談は笑えないから止めて下さい」
軽く抗議するミツ夫に、イリメンはファイルケースを差し出した。
「添付データを印刷しといたから、見ながら待ってて」
イリメンが音楽プレーヤーにデータを転送している間、ミツ夫はファイルケースから取り出したチラシを読んでいた。『エリカ・イン・ナイトメアランド』というタイトルの下で、魔女っ子スタイルのスミレがバトンを持ってポーズを取っている。
『星野スミレです。今度、私のミュージカル「エリカちゃんシリーズ」が映画になります。舞台は魔女「ナイトメア」に支配された眠りの国。エリカの大活躍をどうぞお楽しみに』
残りの紙は星野スミレの新曲シングルの歌詞カードだ。SIDE Aは「イン・ザ・ドリーム」SIDE Bは「エスケープ・フロム・ナイトメア」。『エリカ・イン・ナイトメアランド』の主題歌と挿入歌である。
「アルジェが記憶バンドの交換に来るまでもうしばらくかかるからって、先にデータだけ送ってきたんだ。映画は君のコピーが見とくってさ」
イリメンは音楽プレーヤーを自分のチェルキから外した。
「スミレちゃん、相変わらず活躍してるんだな。それに比べて僕は」
ミツ夫は感嘆しながら紙の束をテーブルの上に置く。ミリゲル茶のカップを口に運びながらイリメンは言った。
「ケネスさんに精神能力を鍛えてもらってるんだろ。今は勉強中なんだから焦ることはないさ」
「でも、どうしてもクラスメイトと比べてしまって」
浮かないミツ夫を励ますようにイリメンは話し続ける。
「ケネスさんから聞いたけど、今学期末にはパーマン選抜クラスだけの『生き残りテスト』があるんだろ。そこで結果を出せば、クラスメイトたちも君を見直すよ」
「『生き残りテスト』？」
ミツ夫は問い返す。
「まだ早かったかな。養成学校でバードマン養成クラス選抜の時に行うテストの簡略版だよ。体力、知力、コンビ力が要求されるんだ。いずれ教官から説明があると思うから、詳しくはそこで聞くんだね」
「分かったよ」
ミツ夫は音楽プレーヤーとファイルケースを小脇に抱えると立ち上がった。
３．デザートのクヌレ
その夜。ミツ夫は夕食後の食堂で、音楽プレーヤーから星野スミレの新曲を披露していた。周りにはジルダとトーチが座っている。
「相変わらずいい声だな。何について歌ってるんだい」
トーチが尋ねる。ミツ夫のマスクには日本語からガラテア語への翻訳フィルターが入っているが、今はマスクを付けてないのでミツ夫が自分で翻訳するしかない。歌詞カードを見ながらミツ夫は説明を始めた。
「１曲目の『イン・ザ・ドリーム』は『私と一緒に夢の世界へ行きましょう、どんな夢でも私が側にいるから大丈夫』、２曲目の『エスケープ・フロム・ナイトメア』は『悪夢から逃げ出して、現実に戻るのよ』って歌ってるよ。映画ではどんな風に使われるのか楽しみだな」
「私も映画、見てみたいわ」
チラシを見ながらジルダがつぶやく。
「今度地球に帰れるのは学年末だけど、コピーがきっとパンフレットを買っといてくれるよ」
ミツ夫は自分に言い聞かせるように答えた。
「皆さん、デザートのクヌレですわ。お一つずつどうぞ」
配膳台から戻ってきたプルネラが焦げ茶色の焼き菓子の入った取り皿を置いた。
「ありがと。今日の中身は何かな」
トーチは早速クヌレを一つ取り上げて頬張る。その時、横から突然声が響いた。
「クヌレがなくなってたのはお前たちのせいか」
ミツ夫が振り向くと、夕食のお盆を持ったリーゼイとウェルが立っている。
「私が取ったときはまだ一個残ってたんですけど、ごめんなさいね」
謝るプルネラにかまわず、リーゼイはウェルにぼやいた。
「ウェルが『まだたくさんあるから大丈夫』って言うから油断したんだ。こういう時お前のテレパシーが働けばな」
「今日は訓練の時から調子が悪いんですよ」
覇気がないウェルにリーゼイが発破をかける。
「そんな弱気じゃ立派なバードマンになれないぞ」
(さっきのケネスさんとの話、ウェルに言った方がいいかな)
自分がウェルのテレパシーを無意識に防護していたことを話すべきか、ためらっていたミツ夫に助け船が現れた。
「そんなに食べたいなら、ほら」
通りがかったカーサが、リーゼイのトレイにクヌレの乗った皿を乗せたのだ。
「最後の一個だったからもったいないと思って取ったんだけどさ」
「悪いな。ありがたくもらっとくぞ」
機嫌の直ったリーゼイは、ウェルと一緒に空いていた近くのテーブルに向かう。
「助かりましたわ」
礼を言うプルネラに、カーサはあっさりと答えた。
「リーゼイはライバルだし、専攻授業でも助けてもらってるからね。あたしはシャワーに行くからお先に失礼するよ」
カーサはトレイを片付けると食堂を出ていった。
「リーゼイとカーサか。あの２人、最近結構仲良くないか」
トーチが話を振るが、ジルダは否定した。
「カーサはああいう性格だし、恋人になりそうな雰囲気じゃないわ。それより」
ジルダはリーゼイとウェルのテーブルを見やるとささやく。
「リーゼイ君、最近ウェル君と二人きりなことが多いから、カーサやメガラヤ君が気にかけているみたいよ」
「確かに言われてみれば」
ミツ夫はうなずく。二年生になり、専攻授業や課外活動、精神能力訓練等、各自が自分の得意な能力を伸ばす訓練をしているため、留学組の生徒たちも放課後に集まらなくなったのだ。
「そういえばカーサもリーゼイと同じクコワ連合の出身か。バード連邦との主導権争いなんて、俺たちの活動には関係ないのにな」
バード星人とマール星人の両親を持つトーチにとっては人ごとではないのだろう。珍しく真面目な表情だ。
「ええ。ここのみんなでバードマンになって、宇宙の平和と安全を守るため活動することが私の願いですわ」
プルネラは自分のクヌレを取りながら言う。
「僕には銀河連邦のことは手に負えないよ。早くバードマンになって、地球の仲間たちと活動したいだけさ」
ミツ夫はそう言うとクヌレの皿に手を伸ばした。
４．試験への心構え
それから二ヶ月後。ようやくアルマイトが記憶バンドの交換にやってきた。イリメンの研究室に呼び出されたミツ夫は、アルマイトとイリメンだけでなく、意外な人物がいるのに驚いた。
「どうしてインガさんまでいるんですか」
「コピーと同期させるために、君の健康診断のデータが必要だって言うから持ってきたんだぜ」
インガはそう言うとミリゲル茶を飲み干した。イリメンが話を引き継ぐ。
「君の記憶バンドにデータを入れてからアルジェに持ってってもらうよ」
次いでアルマイトがミツ夫に段ボール箱を差し出した。
「お待ちかね、コピーからのお土産だ」
ミツ夫は待ちきれないと言った様子で受け取る。
「さすがコピー、僕の欲しいものが分かってるな」
中身は『エリカ・イン・ナイトメアランド』の映画パンフレットやポスター、好物のホットケーキミックスやスナック菓子、マンガ雑誌やコピーの書いた日記帳などだ。ミツ夫が早速ポスターを広げてみると、星野スミレの直筆サインが入っている。
「スミレちゃんのサインまで！ もったいなくて飾れないな」
「それは３号からだよ」
ポスターにすり寄らんばかりのミツ夫には、アルマイトの言葉も耳に入らない。
「１号、データの準備が終わるまで、あたしに少しつきあってくれないか」
「は、はい」
ミツ夫は慌ててポスターを丸めると立ち上がった。
アルマイトがミツ夫を連れてきたのはパトロール艇の係留されている宇宙港だった。
「そろそろ初級パイロットの模擬試験が始まる時期だろ。今日は特別にあたしの円盤を貸すから、お前の操縦技術を見てやろう」
突然の申し出にミツ夫はしばし戸惑う。
「教官でもないのにそんなことしていいんですか」
「あたしだってパイロット資格は取っているんだぞ。今はコピーが仕事に使うんで貸してるけどな。あ、セットは付けておけよ」
(そういえば、アルマイトさんのコピーは貨物船のパイロットだったな)
ミツ夫は養成学校一年の時の拉致事件を思い出した。あの事件もその後の進展は伝わってこない。
「それじゃ、失礼します」
パーマンセットを付けた１号はアルマイトに断ると円盤に乗り込んだ。
宇宙港を離れると、アルマイトは操縦席を１号に譲り、自分は椅子の脇に立った。元々一人乗りなのでかなり窮屈そうだ。
「このままシセル島北西部に向かうぞ。ステルスモードにしているから、他の飛行物には十分注意してくれ」
１号にとっては、帰省時に地球からクラムへ戻って以来の小型艇の実機操縦である。もっともあの時は自動操縦だったが。
「了解」
１号は２本の操縦桿を握ると右側に倒して島の北西部に向かった。
シセル島の北西部は、植生保護のため立ち入り規制されている地域である。眼下には険しいファロー山脈が見えるが、麓はうっそうとした樹海に覆われ、山脈から流れ出ているはずのムロンス川も見つけられない。
「１号、学年末に『生き残りテスト』を受けるそうだな。テスト会場は恐らくここだ」
アルマイトは樹海を指さす。
「そ、そうなの」
１号は操縦に気を取られ、アルマイトの話があまり耳に入ってこない。
「養成学校ではこの試験が事実上、バードマン養成クラスへの最後の選抜だった。つまり、君たちが養成学校に進めるかを見極める重要なテストになるはずだ」
「養成学校に？」
さすがの１号にも話の重要度が分かってきた。アルマイトは更に話し続ける。
「残念なことだが、バードマン本部にもパーマン計画をよく思っていない者がいる。今後のことも含めて注意しておくが、本当にバードマンになるべきか、君の気持ちを試される出来事があるかもしれない。その時はあせらず、自分の正直な気持ちに従って欲しい」
重々しく話を締めくくったアルマイトに、１号はあえて明るく答えた。
「大丈夫だよ、僕には心配してくれる地球の仲間も、一緒に頑張るクラムの仲間もいるからさ。でも、どうして今こんな話を」
「私が学生の時、小型宇宙艇の試験で事故が起こり、巻き込まれたクラスメイトが養成学校を去ったんだ。優秀な仲間だったが、残念ながら決意を変えることは出来なかった」
アルマイトの声には悔しさがにじみ出ているように１号には感じられた。思わず心でつぶやく。
(もしかしたらクラスメイトにも養成学校に進むのを諦める人が出るかもしれない。もしそれが友だちだったら、僕は受け止められるだろうか)
「ともかく、『生き残りテスト』はセットを使わずに突破しなければいけない箇所もある過酷な試験だ。いいか、最後に頼りになるのは自分の意志だ。覚悟を決めて挑むんだぞ」
「はい」
１号は返事をすると操縦桿を右に倒した。そろそろ島の北端が見えてくる。ファロー山脈最高峰のナイシ山の山腹には、ムロンス川の水源である「ナイシ大滝」がなだれ落ちている。
「よし、そろそろ本部に戻るぞ」
アルマイトの声はいつもの明るい声に戻っていた。
５．初級パイロット模擬テスト
アルマイトが帰ってから一月ほど経つ。ミツ夫は養成学校のシミュレーター室で、トーチやウェルと一緒に初級パイロット模擬テストに挑んでいた。
「このテストに合格すれば、仮免許試験への受験資格が得られる。１００点中８０点が合格ラインだ。みんなベストを尽くせるよう期待してるよ」
試験監督を務めるワッケ・ミノンマ教官の映像がブースのモニターに映った。ワッケの専門は宇宙地理だが、以前はパトロール隊員でもあったのでパイロット資格も所持しているのだ。
(操縦が得意なトーチは絶対合格だな。真面目に訓練しているウェルもきっと大丈夫。でも僕は自信ないな)
ミツ夫が頭を抱えたくなったその時、試験の開始を告げるチャイムが鳴った。ブースの周囲に格納庫の立体映像が映し出される。
（不安だけど、もうやるしかない！）
ミツ夫はシミュレーション装置の操縦桿を握った。
ブースのモニターにはさきほど飛び立ったシセル宇宙港が小さく映っている。ここからシセル島の周囲を一周し、３カ所のチェックエリアを通ってシセル宇宙港に再び着陸するのが模擬テストの課題だ。先日アルマイトに見守られながら島を一周した時を思い出しながらミツ夫は飛行していた。
(トーチは今どの辺かな。それより後発のウェルに追い越されないよう気をつけないと)
第１チェックエリアのアリエイス岬、第２チェックエリアのガガ岩を通過した小型艇は、ナイシ山一帯の第３チェックエリアにさしかかろうとしていた。
(ナイシ山の南側からだと遠回りになるけど、北側は山風が強いし、ここは慎重に行こう)
その時いきなり警告アラームが鳴り、レーダーに光点が点った。レシーバーにアナウンスが流れる。
「前方６０度から飛行物体接近中」
(左！)
ミツ夫は反射的に操縦桿を左に倒す。大きな鳥のような飛行物体が通過した後、さらに大きな飛行物体が背後からミツ夫の機体を追い越していった。ウェルの機体だ。
(抜かれた！)
ウェルはミツ夫の１ミネガ後にスタートしたはずだ。まるで自分の飛行ルートを分かっていたかのように右側を抜いていった小型艇を見てミツ夫は焦った。
（ここで離されるわけには！）
ミツ夫はウェルの後を追い、ナイシ山の北側ルートに操縦桿を向けた。予想通り、強い山風が山腹を駆け上がってくる。機体のバランスを取りながら、ミツ夫はウェルの機体に離されないよう必死について行った。
結局ウェルとの差は縮まらないまま、ミツ夫はシセル宇宙港に帰還した。
「お疲れ様。君の模擬試験結果だよ」
ワッケに渡されたシートを見てミツ夫は安堵の息を漏らした。先に試験を終えたトーチが話しかける。
「俺は９５点。ミツオはどうだった」
ミツ夫はシートをトーチに見せると小声で言った。
「８０点、ギリギリセーフだよ」
「よし、通ればこっちのもんだ。合格記念に食堂でジュースでも飲もうぜ」
トーチは勢いよくミツ夫の肩を叩くと、ウェルに呼びかけた。
「そっちはどうだい」
「合格です。では用事があるんで先に失礼します」
ウェルはそう答えるとそそくさとシミュレータ室を後にする。まるで自分たちを避けているようにミツ夫には感じられた。
食堂でジュースを飲んでいるうちに、ようやくミツ夫は落ち着きを取り戻した。しかし、トーチからの問いかけは意外なものだった。
「俺、先に着いてからモニターでミツオとウェルの試験を見てたんだけどさ、ナイシ山のウェルの動きがいつもの慎重なあいつとは違って、いきなり進路変更したように見えたんだ。お前、テレパシーとか透視で何か感じなかったか」
「確かに僕は南ルートで回ろうと思ってたけど、それをウェルが読み取ったかは分からないよ。運転で精一杯だったから」
かぶりを振るミツ夫を見たトーチは「やっぱりな」と言いたげにうなずいた。
「ジルダが『最近ミツオ君がウェル君をライバル視してるみたい』って言うからさ、俺は『ミツオはそんなこと思ってもいないよ』と言ったんだ」
「やっぱりトーチは僕のこと分かってるよ」
ミツ夫がそう言ってジュースを飲み干した時だ。食堂に聞き覚えのある声が響いた。
「君たち、ウェル君がどこに行ったか知らないかい」
メガラヤが尋ねる。隣にいるのはリーゼイだ。
「『用事がある』って僕たちより先に帰ったよ」
説明するミツ夫にリーゼイが詰め寄った。
「折角精神能力のコツをメガラヤに教えてもらおうと思って呼んだのに。もしかして試験に落ちたのか？」
「受かったってさ」
トーチがさらりと言ったのでリーゼイは肩を落とす。
「バッジのスイッチも切ってるし、てっきり試験に落ちて落ち込んでると思ったのに」
「リーゼイ君、とりあえず部屋に帰って待とうか」
「ああ。もしウェルを見かけたら早く帰るよう言ってくれ」
メガラヤの言葉を聞いたリーゼイはそう二人に言い残すと立ち去った。
「リーゼイがあんなに焦ってるのは珍しいな」
トーチの感想にミツ夫はにこやかに答えた。
「いつも一緒だった友達のことが分からなくなるとあんな感じになるんだよ。僕の地球の友達にもそういうコンビがいたから分かるんだ」
６．みんなの目標
初級パイロット模擬テストから半月ほどたった。
今日は精神能力の訓練日ではないので、ミツ夫はトーチと初級パイロット試験に向けて自習室で問題集を解いていた。同じ部屋でリーゼイとカーサは体育の師範資格、ジルダとプルネラは看護資格の試験勉強をしている。
「ちょっとプルネラたちの様子見てこようぜ」
自分の問題集を終わらせたトーチがミツ夫にささやいた。
「待ってよ、あと少しだから」
ミツ夫は遭難した船を誘導するルート選定の問題に取り組んでいた。トーチはあえて口を出さず、ミツ夫の答えを見守っている。
「分かったぞ、60度と90度に障害物があるから、75度方向に誘導アンカーを出せばいいんだ」
ミツ夫がチェルキ画面の回答ボタンを押すと「正解」のマークが点った。
「よし、行こうぜ」
既に答えを出していたトーチは肩を叩くと立ち上がった。
ミツ夫はプルネラとジルダが自習しているブースに近づいた。薬の副反応についての問題を解いているようだ。
「鎮痛剤に使われる『セレイズ』だけど、大量に取り過ぎると脳の蛋白と結びついて興奮反応を起こし、感情の制御が出来なくなるのよね」
チェルキの画面を見ながらジルダが解説する。
「ですから、一回二錠、三日以上続けて投与してはいけません、と」
プルネラはそう言いながら回答欄の空欄を埋めた。
「そうは言っても、現場で倒れている人が何を飲んでいるかを確認するのは大変ね」
ジルダの言葉にプルネラがうなずく。
「よく効きますけど救助活動では使い方が難しい薬ですわ」
二人が問題を解き終わったタイミングでミツ夫は声をかけた。
「難しい問題をやってるね」
「私たちは初級だからこれでも簡単な方よ」
ジルダの言葉にプルネラがうなずく。そこにトーチがやってきた。
「カーサたちも一段落したみたいだから、食堂で一休みしようぜ」
食堂に向かったミツ夫たちは、ジュースやミリゲル茶など、思い思いの飲み物を買ってテーブルに着いた。
「そういえば、ウェル君は今日もいないのね。もしかしてメガラヤ君と訓練中？」
ジルダの問いにリーゼイは浮かない表情で答えた。
「メガラヤと精神能力開発プログラムを受けているんだ」
「あたしは体育の師範資格だけでも大変なのに、パイロット試験も精神能力開発も両立させようなんて本当にすごいよな」
カーサがリーゼイを見やりながら言うが、リーゼイは表情を変えずに語り出した。
「こないだの模擬テストの後、ウェルがいなくなっただろ。実は医療部のマトー・ペンデレ先生の所にいたんだ」
「内科の先生だね」
ミツ夫も同じ医療部のインガから名前を聞いたことがあった。
「ルメゲナの若い男の先生で、たまに看護資格の講義に来るけど、笑顔が素敵でファンの女子が多いの」
ジルダは静かに微笑んだ。それを見たプルネラがからかう。
「ジルダさんもそのお一人ですわね」
「ともかく、ウェルは薬を使ってでも自分の精神能力を強化させたいと言っててさ、メガラヤの説得でひとまずプログラムを試してからということになったんだ。俺がこの話をしたことはウェルには内緒にしてくれよ」
リーゼイはナババジュースを飲んで一息つく。ミツ夫はケネスの話を思い出しながら言った。
「その方がいいよ。薬で無理に精神能力を発動させると体に負担がかかるんだってさ」
「メガラヤも同じこと言ってたな。俺にはウェルが何故そんなに焦ってるのか分からないし、俺にも理由を話してくれないのが残念なんだ」
「もしかして学年末の『生き残りテスト』のことを考えてるのかな」
ミツ夫の言葉にリーゼイは反論した。
「俺に精神能力の素質がないから気持ちが分からないと思ってるのか」
「もしかしたらリーゼイさんに心配かけたくないと思ってらっしゃるのでは」
プルネラの言葉にリーゼイも少し落ち着きを取り戻したようだ。
「あいつ、いつも取っているメモも見せたがらないし、結構神経質な奴でさ。だからこそ素顔を詮索されないパーマンの仕事が好きなんだとさ」
「その気持ち、ちょっと分かるな」
ミツ夫の脳裏にパー子の姿が浮かぶ。リーゼイは迷いを振り切るように言った。
「まあいい。俺はリーゼイと一緒に『生き残りテスト』を突破して、必ず銀河連邦職員兼バードマンになるんだ」
「僕もだよ」
ミツ夫はそう言うと自分のミリゲル茶を飲み干した。
「そうは言っても、僕がここに留学していることは秘密だし、テストを突破しても堂々と銀河連邦職員になって地球に帰れるのかな」
ミツ夫の悩みは続いていた。トーチが相づちを打つ。
「まったく、コピーロボットがずっと使えれば楽なんだけどな」
「もし銀河連邦職員になれなくても、ミツオさんがここで学ばれたことはきっと表のお仕事にも役立ちますわ」
プルネラが励すが、ミツ夫の曇りはまだ晴れない。
「進路のことは地球のコピーに任せてきたけど、どうするかはまだ分からないんだ。バードマン活動がしやすい仕事だといいんだけど」
「やっぱり４２星区が銀河連邦に加盟していないのは色々不便よね。地球のパーマン計画はその下調べも兼ねていると両親は言ってたけど」
「ジルダさんのご両親は４２星区のパトロール母艦に乗り組んでいらっしゃるんですよね」
プルネラがミツ夫に確認する。４２星区のパトロール母艦『ヤミ』はミツ夫が一年度の学年末、地球へ帰省した時に乗った船だ。
「そうだけど、僕が帰省した時にはちょうど休暇中で会えなかったんだ」
「私の学年末休暇に合わせて休みを取ってくれたの。カーサも会ったでしょ」
ジルダの言葉にカーサはうなずく。
「ああ、厳しい中にも暖かさがある素敵なご両親だった」
「私は両親のように立派なバードマンになって、素敵なパートナーと一緒に活動するのが目標よ。そのためにも養成学校に入らなくちゃね」
ジルダは宇宙を見るように天井を見上げる。カーサが話を継いだ。
「あたしはムセラの師範になって、バードマンにもムセラ使いを増やしたいんだ。格闘技は体を鍛えられるし、敵を捕まえるのにも役立つからな」
そのまま話は皆の目標についての話題になった。トーチが言う。
「俺の目標はパトロール母艦の艦長だ。できれば母親の故郷のマール星に赴任したいな」
プルネラは腕のブレスレットに触れながら話し出した。
「私は医療部に入って皆様の活動をお助けしたいですわ。それに災害や事故で傷ついた方を助けるのも大事なお仕事ですし」
「俺は、クコワ連合のバードマン代表になる。そしてバードマン養成学校の支部を作るんだ」
リーゼイの宣言にトーチが声を上げた。
「すごいな。ここに留学しなくても良くなるんだ」
「いつまでもバード星人に仕切られてる訳にいかないからな。それに支部が増えればパーマン計画の発展にも繋がる。ウェルやメガラヤも協力すると言ってくれた。地球のパーマン代表のミツオにも是非協力してほしいんだ」
「あ、ああ」
ミツ夫はリーゼイの勢いに思わず押し切られてしまった。
「それで、ミツオさんの目標は」
ジルダが尋ねる。ミツ夫は小首を傾げつつ答えた。
「地球を銀河連邦に加盟させるためにも、パーマン達の活躍で少しでも平和な星にしたい。そのためにも、僕は養成学校に入ってバードマンになりたいんだ」
「ミツオさんは入学した時からずっと変わってないわね。そういうところが好きよ」
ジルダはさっきのように微笑む。ミツ夫はその微笑に地球で別れを告げてきたミチ子を思い出し、胸の奥がうずいた。
７．コンビの選択
月日は瞬く間に流れ、学年末となった。
学科試験と各自の資格試験が終わって一息つく暇もなく、ミツ夫たちはアルマイトの予告通り「生き残りテスト」を受けることとなった。試験監督はミツ夫たちのクラス担任であるラーナルタ・スージー教官。サポートとして留学生担当のサライラ・ケネス教官も加わる。ミツ夫たちは教室でケネスからテストの説明を受けることとなった。
「今回の『生き残りテスト』は養成学校で行われるテストの簡略版です。一泊二日でファロー樹海の５ポイントを回り、どれだけポイントを稼げるか競ってもらいます。ただし２日目の１９時までにゴールできなければ失格となります」
ケネスの解説をスージーが引き継ぐ。
「ポイントを回る順番は君たちの判断に任せるが、セットを使用しない方が獲得ポイントが高くなる。各自のセットだが、バッジ以外は封印カプセルに入れて携帯してもらう。使用タイミングは任せるが、割った時には情報が本部に入るようになっているから抜け駆けは出来ないぞ」
(バードマン、いやアルマイトさんが僕に謹慎を命じた時に使ったやつか)
ミツ夫は地球でパーマン活動をしていた時の出来事を思い出した。パーマンセットを私用で使いまくるミツ夫にアルマイトが一週間の謹慎を命じたのだが、結局ミツ夫はアルマイトの仕掛けに乗せられ、仲間を助けるためにカプセルを割ったのだ。
(さすがに今回はアルマイトさんもエリマキトカゲのコスプレで出てこないよな)
思わず苦笑したミツ夫を見て、隣に座るトーチが小声で突っ込んだ。
「ミツオは余裕だな」
「そんなんじゃないよ」
否定したミツ夫にスージー教官の声が被さってきた。慌てて前を向く。
「静かにしろ。生き残りテストのチーム申請について説明するぞ。基本二人一組で回ってもらう。一人でも受け付けるが、二人の場合は両方ポイントを取ることで得点が加算されるぞ。提出期限は明日の一時限目まで。それでは解散」
教官たちが去った後、チームの申請書を前に考え込むミツ夫にジルダが話しかけてきた。
「ミツオさん、良かったら私とコンビにならない？」
「え？」
ミツ夫は顔を上げた。ジルダが興味津々な眼差しでのぞき込んでいる。ミツ夫は入学式の時に初めて話しかけられた時のことを思い出した。
「ミツオさんの透視と私のテレポートを組み合わせれば、ポイントを効率的に取れると思うの。プルネラはトーチ君に誘われてるから、コンビ同士で協力できるかもしれないわ」
「トーチは僕と組むと思ってたのに。それに、僕の精神能力(ちから)はまだ完全に使いこなせないんだよ」
反論するミツ夫にジルダは訴えた。
「私だってテレポートはまだ不安定よ。だから信頼できるミツオくんのそばなら安定するんじゃないかなって思ったの」
ミツ夫はジルダの顔を見つめる。すると自分が樹海の中にいる姿が浮かんできた。隣にはジルダがいる。
(これは透視？ それとも予知？)
不思議に思いながらもミツ夫は答えた。
「分かった、コンビを組もう。僕もジルダのそばなら精神能力が安定する気がしてきた」
「ありがとう、それじゃ名前書いとくわね」
ジルダは早速申請書に名前を書き始めた。
食堂で夕食をとりながら、ミツ夫たちはチーム申請の情報交換をしていた。
「まさかプルネラと俺が組むとは思わなかったな。でもこれで怪我しても安心だ」
トーチがスパロニをすすりながら言う。
「トーチさんはカートの操縦も得意ですから、マントを使わなくてもきっとポイントに早く着けますわ」
プルネラはジルダに向けてウインクする。そこにカーサがやってきた。
「お、早速作戦会議かい。あたしはリーゼイと組むことになったからよろしくな」
カーサは配膳台を指した。リーゼイとウェル、メガラヤがトレイにクヌレを取っている。
「あれ、リーゼイはウェルと組むんじゃないんだ」
ミツ夫のつぶやきにトーチたちも頷く。
「ウェルに精神能力なしでもやれるところを見せたいんだってさ。きっと体力勝負になるからって、あたしをスカウトしに来たんだ。だからウェルはメガラヤと組むことになった」
「ウェルさんとメガラヤさん、精神能力も使えて、パイロットとしても優秀、おまけに頭もいい、最大のライバルになりそうね」
ジルダはそう言うと自分のトレイに置かれたバソウ乳を飲み干した。
「とにかく決まったからにはベストを尽くすしかないよ。お互い頑張ろう」
ミツ夫は自分に言い聞かせるように言った。
８．ファロー樹海へ
ついに『生き残りテスト』の日がやって来た。
ベッドで眠っていたミツ夫は、バッジの呼び出し音に起こされた。半分無意識にスイッチを入れると、ジルダの声が響いてくる。
「おはようミツオくん。今日はよろしくね」
ミツ夫は慌てて起き上がると、バッジを握り直した。寝ぼけ眼で答える。
「こ、こちらこそ、おはよう」
「９時に体育館集合だから、遅れないでね」
通信が切れた。
「まずい、朝ご飯食べないと」
部屋の時計を見上げたミツ夫は、７時を回っているのを見てパジャマを脱ぎ始めた。
朝食後、部屋を出る前にミツ夫は椅子に置かれた巾着袋を再確認した。試験に使うバックパックは体育館で配られるので、部屋から持って行くのは主に着替えの下着だけである。チェルキは持ち出せない。
ミツ夫は巾着袋に詰めた着替えを確認すると、学習机の引き出しから透明なパスケースに入れた絹の黄色いお守り袋を取り出した。表には「所願成就」裏面には「金福寺」と刺繍されている。留学の時、４号が渡してくれた実家のお寺、金福寺のお守りだ。
(うちの寺のお守りや。よう効くで)
４号の言葉を思い出しながら、ミツ夫はお守りを握りしめると首からぶら下げ、課外活動用のジャージの下に入れた。
(パーヤン、今回はこのお守りの力も貸してもらうよ)
隣部屋のトーチと共にミツ夫が養成学校の体育館に到着したのは８時５０分だった。テストに参加する生徒はほぼ揃っている。生徒たちの前にはスージー教官とケネス教官、そして医療部のインガ・ホウ医師とマトー・ペンデレ医師が立っていた。スージー教官が前に出て説明を始める。
「これから『生き残りテスト』を始める。私とケネス教官が監督と監督補佐、君たちの健康管理担当として医療部からホウ医師とペンデレ医師に臨席してもらう。くれぐれも無理をしないように」
インガはにやりと笑い、マトーは静かに微笑んだ。ケネスが話を引き継ぐ。
「みなさんの前に置かれているバックパックに、試験会場及びポイントの地図、キャンプ用品一式が入っています。不足している物がないか確認してください」
ミツ夫たちがバックパックを確認し終えると、ケネスは皆に呼びかけた。
「それでは各自、パーマンセットの封印カプセルをスージー教官、医療キットをマトー医師から受け取ってください」
ミツ夫はまずスージーの前でマントとマスクを封印カプセルに入れ、マトーの前に立った。
「がんばってください」
マトーがミツ夫に微笑みながら医療キットを差し出す。ミツ夫の心の奥底に、ぞわりと逆立つような感覚が通り抜けたように感じたが、次の瞬間インガに声をかけられたことで消し飛んでしまった。
「しっかりやれよ」
「はい」
ミツ夫は封印カプセルと医療キットを持ち、自分の荷物の前に戻った。
ミツ夫とジルダはバックパックに入ったファロー樹海の地図を開き、ポイントを確認した。
「ポイントは５つ、１番・タリセ岩、２番・ストーノ谷、３番・ケチ洞穴、４番・ホウオク山、５番・ナイシ大滝。近いところまではバギーで行けるけど、ポイントにたどり着くのはセットを使うか自力で向かわないといけないのか」
ミツ夫は頭をひねる。ジルダは地図を見ながら線を引いた。
「とにかく、一番大変なのは樹海一番奥のナイシ大滝よね。キャンプしやすいのはホウオク山かストーノ谷だと思うから、一日目の最後はどちらかにしたいな。とりあえず近い順にタリセ岩、ケチ洞穴、ホウオク山と回って、明日ストーノ谷、ナイシ大滝と回るのはどうかしら」
「でも、体力があるうちに難しいところに行った方がいい気もするし」
頭を抱えるミツ夫に声をかけたのは、先に立ち上がったトーチとプルネラだった。
「俺たちはルートを決めたぞ。１３４２５だ」
「それでは、お先に失礼します」
「よし、僕たちもジルダのルートで向かおう。それでいいよね」
「ええ、がんばりましょう」
ミツ夫の呼びかけに、ジルダは肩を叩いた。
体育館を出たミツ夫とジルダは、他の試験者たちとともに養成学校の敷地に並んだバギーの前に立った。スージー教官が最後に訓示する。
「いいか、『生き残りテスト』は明日１９時までにこの体育館に戻ってくることが最大の目標だ。セットを使うべき時に使い、途中でアクシデントが起こった場合は速やかに切り上げて帰還するんだぞ。その見極めも大切なチェックポイントだ。では、試験開始！」
「明日また会おうぜ」
「怪我には気をつけてくださいね」
「気合入れていこうぜ」
「負けないからな」
「正々堂々勝負といきましょう」
ミツ夫とジルダにトーチやプルネラ、カーサ、リーゼイ、メガラヤが声をかけながらバギーに乗り込む。しかしウェルは無言でバギーへ乗り込んだ。
「みんな、がんばろう」
ミツ夫は皆に呼びかけるとバギーに乗り込んだ。そして隣に座ったジルダに呼びかける。
「ジルダ、改めて二日間よろしく」
「こちらこそ。ミツオくん、最初の運転は私にさせて」
ジルダは自分のシートにあるハンドルを握った。
９．一日目の終わりに
『生き残りテスト』の一日目。
ジルダとミツ夫は当初の予定通り、バギーでファロー樹海のタリセ岩エリアに到着した。緑の樹海の中に立ち上がっている茶色いテーブル形の岩の前に、養成学校のバギーが止まっている。先行して到着したチームがいるのだ。
「あのバギーはトーチとプルネラのだな」
ミツ夫はバックパックからレーダーコンパスを取り出し、腕に付けた。このコンパスが指し示すポイントに行き、到着情報を養成学校に送ることでクリアとなる。レーダーにはポイント近くにいる他のチームも表示される。
「残念だけどテレポートで行くには私の力では遠すぎるし、ここでマントを使うのは早すぎるわね。遠回りだけど岩を登りましょ」
自分のレーダーコンパスを付けたジルダは、レーダーに表示された光点を見ながら言った。コンパスが示すポイントはタリセ岩の頂上だ。
「トーチたちはもう半分近く登ってるな。僕たちも急ごう」
ミツ夫はそう言うと、登坂ルートのある岩の下へ歩き出した。
タリセ岩頂上の第1ポイント、ケチ洞穴をロープ梯子で下りる第２ポイントを無事クリアしたミツ夫とジルダは、ホウオク山中腹の巨木にある第３ポイントへと向かっていた。登山道の周りは木々で覆われている。
(チーム決めの時の映像は、ここを歩くことの予知夢だったのかな。でもあの時のジルダはもっと切羽詰まったように見えたんだよな)
考え込みながら歩くミツ夫にジルダが呼びかけた。
「カーサたちがクリアしたみたい。山を降りてくるわ」
「やっぱりあの2人は早いな」
苦笑するミツ夫をジルダが励ます。
「私たちもがんばらないとね。バードマンになるための大事な試験だもの」
「ああ。アルマイトさんにも発破かけられたしな」
ミツ夫は樹海を小型艇で飛んだ時を思い出しながら言った。
「そうそう、両親に生き残りテストのことを話したら、『私たちが付き合うようになったのは試験でコンビを組んだのがきっかけだ』と話してくれたの。『試験の成功を祈ってる』って言われたわ」
「君の両親はアルマイトさんと同じ『ヤミ』に乗り組んでるんだよね。僕が帰省した時は休暇中だったから会えなかったんだ」
「ねえ、今度の学年末は私の家に来ない？ 一日くらい遅く帰っても大丈夫でしょ」
ジルダの誘いに、ミツ夫はかぶりを振った。
「いや、地球でもコピーや仲間たちが待ってるから。今は会えないけど、きっと地球のパーマンたちも僕を応援してくれてる。代表して今回は4号がくれたお守りも持ってきたんだ」
ミツ夫はジャージの上からお守りの入った袋を指さした。
「へえ。エリシャ教のお守りみたいな感じなのかな」
「いや、お守りの袋の中は見てはいけないことになってるんだ」
ミツ夫がそう答えたとき、上から声が降ってきた。先にポイントをクリアして降りてきたカーサとリーゼイだ。
「上は傾斜がきついから気をつけるんだぞ」
「先にキャンプ場で待ってるぜ」
すれ違いながら降りていく2人に、ミツ夫とジルダは呼びかけた。
「忠告ありがとう」
「すぐに行くから待っててね」
ホウオク山のポイントも無事クリアしたので、ミツ夫とジルダはキャンプすることにした。山の麓にあるキャンプエリアには、トーチとプルネラ、カーサとリーゼイのバギーが止まっている。このテスト期間中はファロー樹海への一般人立ち入りは許可されていない。
ミツ夫とジルダは充電中のバギーのトランクからカップ麺と水の入った携帯タンク、電気ポットと一人用の簡易テントを取り出して据え付けた。
「今日ここに泊まるのは私達だけのようですわね」
「カーサたちがテントを立て終わったら、みんなで夕食にしようぜ」
隣のエリアで夕食の支度を始めたプルネラとトーチが、ミツ夫とジルダに呼びかける。
「ウェルたちはきっとストーノ谷に行ったんだな」
ミツ夫のつぶやきにやや遅れてジルダが答えた。
「そ、そうね。養成学校に一日目終了の連絡を入れましょ」
バギーの通信機とバッジを連動させ、本部に報告を送ったミツ夫とジルダは、トーチたちの元に向かった。
夜と言っても、クラムの連星の片割れ、アクロが西の空に輝いているため、ライトを点灯しなくても過ごせる程度には明るい。６人はシートを広げて、電気ポットで温めたお湯でカップ麺を食べ始めた。
「生き残りテストと言うからどんな過酷なテストかと思ったけど、意外と簡単だったな。この分ならセットを使わずに戻れそうだぜ」
ウェルはそう言いながら麺のスープを飲み干す。カーサがウェルに言った。
「明日は先に出るパサの日の出に合わせて出発するから、早く寝ないとな」
「そうは言っても樹海の一番奥のナイシ大滝まではバギーを降りて山登りをしないと行けないし、そこから本部に最短ルートで帰るにはバギーを持って空を飛ぶしかないぞ」
トーチの指摘ももっともだ。ミツ夫もカップ麺を食べながら相づちを打つ。
「そうそう、食料も携帯しているのは一日分だけだし、出発前に水の補給も忘れずにしておかないとね」
「もう一つ、大滝のあるナイシ山に登る前には、医療キットに入ってる高山病予防の薬を忘れずに飲んでくださいね」
ブルネラは念押しすると、不意にジルダの顔をのぞき込んだ。
「もしかしてお疲れですか」
「大丈夫。ちょっと汗かいたからシャワー浴びたいなって」
ジルダはタオルを取り出すと額の汗を拭った。
「ここにはシャワーはないから、ボディシートで我慢しよう。トイレがあるだけで大助かりさ」
ミツ夫はあえて明るく言ったが、内心ではチーム決めの時に浮かんだ樹海の中のジルダの顔を思い出していた。
(そういえば、あの時のジルダがいた場所は今日のルートでは思い当たらなかった。明日のルートなのかな)
「それじゃ、また明日がんばろうぜ」
トーチが場を締めくくる。皆はテントに戻っていった。
その頃、４２星区のパトロール母艦「ヤミ」で哨戒任務中のアルマイトは、インガからミツ夫たちの「生き残りテスト」が始まったことを聞き、奇妙な胸騒ぎを覚えていた。
(１号は無事にやってるかな。ま、サラがいるんだ、間違いは起こらないさ)
１０．ストーノ谷の吊り橋で
二日目の朝が来た。テントでうつらうつらしていたミツ夫はバッジの音で目を開けた。マイクを繋げるとジルダの声が飛び込んでくる。
「おはようミツオくん。今日も一日がんばりましょう」
「ああ、がんばろう」
ミツ夫は自分に言い聞かせるように答えると寝袋から起き上がった。すでに東の空にはパサが昇っている。ミツ夫は胸に下げたパーヤンからのお守りを確かめた。
(地球で待ってるみんなのためにも、必ずテストに合格しないとな)
テントを片付けていると、トーチとプルネラが声をかけてきた。すでに出発の準備はできているようだ。
「カーサ達はもう出たぞ。俺たちもストーノ谷へ向かいながら朝食をとることにした」
「向こうでまた会いましょうね」
バギーへと向かう二人を見送ると、ミツ夫は水筒の水を飲んでいるジルダに呼びかけた。
「僕たちもすぐに出よう」
「分かったわ」
ジルダは一瞬遅れて答えた。
ミツ夫とジルダは、第４ポイントのストーノ谷へと向かっていた。樹海の奥を分け入るようにバギーは進んでいく。
「午前中にストーノ谷のポイントをクリアして、ナイシ大滝に向かおう」
携帯食料を食べながら、バギーのハンドルを握っているミツ夫がジルダに呼びかける。
「そうね」
ジルダは静かに答えた。朝の態度といい、明らかに昨日とは雰囲気が違う。
「もしかして具合が悪いの？」
ミツ夫の問いにジルダは微笑んだ。
「ちょっとぼおっとしちゃって。用心して早めに高山病の薬を飲んだせいかな」
「そうか、僕もストーノ谷を出る前に忘れずに飲まないとな」
ミツ夫は携帯食料を食べ終わると、医療キットを入れたズボンのポケットに左手を突っ込んで確認した。
「なんだかミツ夫くんに迷惑かけてるみたい。ごめんね」
いつになく殊勝なジルダを見て、ミツ夫はなんとか元気づけようと呼びかけた。
「そうだ、楽しい話をしよう。それとも何か歌おうか」
「嬉しいけど、まずは運転に集中……キャッ！」
ジルダの指摘に反応したように、バギーが大きくバウンドした。どうやら木の根に乗り上げたらしい。悲鳴を上げるジルダにミツ夫は謝った。
「ごめん！」
ミツ夫はハンドルを握り直しながら、チーム決めの時に浮かんだ樹海の中のジルダの顔を思い出していた。
(あの時の顔、今日のおとなしいジルダに似てた気がするな)
なんとか午前中にストーノ谷のポイントにたどり着いたミツ夫とジルダは、キャンプエリアにバギーを止め、レーダーコンパスでポイント位置を探った。チームがニアミスしないよう、ポイントはエリア内に複数設置されており、他のグループがいないポイントが優先的に表示される。
「谷の向こう側のポイントね。近くには誰もいないわ」
「マントで飛べれば楽なんだけどな」
思わずミツ夫はため息を漏らす。ジルダが谷の向こうを見つめながら言った。
「私のテレポートがもっと強かったら良かったんだけど」
「まだ時間はあるよ。精神能力はナイシ大滝まで温存して、少し遠回りになるけど吊り橋から行こう」
「分かったわ」
ミツ夫は歩き出す。ジルダは自分に気合いを入れるように拳を握ると後を追った。
ストーノ谷を渡る吊り橋は、自然保護のため木材と蔓に偽装させたワイヤーで出来た簡素なものだ。橋の下にはムロンス川が流れているが、張り出した樹海の緑に隠され水面を伺うことは出来ない。
「大雨が降ったら、この下の川が洪水のようになるって言うからね、水が少なくて良かったよ」
ジルダを安心させようと話しかけながらミツ夫は橋の上に進み出た。足下が大きく揺れる。
(僕だってここを早く離れたいさ。でもジルダはもっと辛いんだから、僕がしっかりしないと)
ミツ夫は内心びびっているのを隠しながら橋の向こう側を見つめた。
対岸に渡ったミツ夫とジルダはポイントでのチェックを終えると、バギーに戻るため再び吊り橋を歩いていた。
「バギーに戻ったらすぐ出発したいんだけど、大丈夫かい」
ミツ夫がジルダに呼びかけた時だ。突然大きな震動が２人を襲った。吊り橋を支えるワイヤーの一本が突然切れたのだ。橋は崩落しなかったが、大きく揺れたためミツ夫はよろめき、橋の下に転がり落ちそうになる。とっさにジルダが両手を握った。次の瞬間、ミツ夫はジルダと一緒に向こう岸の橋のたもとに立っていた。
「良かった、間に合って」
「ありがとう、助かったよ」
ミツ夫は何が起こったか分からないままジルダに礼を述べた。その時だ。ジルダが手を握ったまま尻餅をついた。額から汗が流れ落ちる。
「大丈夫？」
あわてて駆け寄ったミツ夫は、ポケットからハンカチを取り出そうとしてあることに気づいた。
(医療キットがない！ まさか落とした？)
しかし、目の前の苦しそうなジルダを助けるのが先だ。ミツ夫はハンカチでジルダの額の汗を拭った。
「ありがとう」
樹海を背景にしたジルダが弱々しく微笑む。その顔を見たミツ夫の脳裏に、チーム決めの時のジルダの表情が浮かんだ。
(もしかして、あの時の映像はこの出来事の予知だったのか？)
１１．ナイシ大滝の前で
第８ポイントのナイシ大滝にミツ夫とジルダが到着したのは、二日目の午後だった。
「ジルダはここで休んでて。僕が様子を見てくるよ」
ミツ夫はシートに力なく横たわるジルダに声をかけた。
「ごめんなさい、肝心な時に迷惑かけて」
ジルダは弱々しく答える。
「僕を助けるために無理してテレポートしてくれたんだから、謝ることなんてないさ」
ミツ夫はバックパックから音楽プレーヤーの入った袋を取り出した。
「テントで聞こうと思ってこっそり持ってきたんだ。スミレちゃんの歌を聞きながらゆっくりしてて」
「ありがとう」
ジルダのお礼を言う声を聞きながら、ミツ夫はバギーを降りた。標高が高くなったせいか、辺りの空気が薄まってきたように感じる。高山病の薬の入ったキットをストーノ谷の吊り橋で落としたことにミツ夫は内心焦っていた。
（ジルダにこれ以上迷惑は掛けられないんだ。しっかりしないと）
ミツ夫は不安を押し殺しながらレーダーコンパスでポイント位置を探った。しかし、コンパスが表示したのはナイシ大滝の滝壺の中だ。
（これはパーマンセットを使わないと無理だろ）
さすがにめげそうなミツ夫の耳に、突然馴染みのある声が飛び込んだ。
「ミツオじゃないか」
ミツ夫が振り返ると、パーマンセットを付けたウェルとメガラヤが立っていた。水中に入ったのか、ウェットスーツを着ている。
「君たち、もうポイントを取ってきたのかい」
「ああ、これから養成学校に戻るよ」
問いかけるミツ夫にメガラヤは右手を上げた。レーダーコンパスが緑色に光っている。全ポイントをクリアした証だ。
「では、僕はジープを取りに行くから。養成学校でまた会おう」
メガラヤは飛び去ったが、ウェルはその場に残った。ミツ夫を見つめると尋ねる。
「ジルダ君はどうしたんですか」
テレパシー持ちのウェルにジルダの不調を探られるとまずいと思ったミツ夫は、少し緊張しながら答えた。
「バギーの中だよ。僕が先に様子を見に来たんだ」
「そうなんですか。水中のポイントですけど、ミツオくんなら透視で位置を探れるから楽勝ですよね」
「ま、まあね」
ミツ夫は余裕を見せようと胸を叩く。
「リーゼイ君とカーサさんがもう出発してますからね。僕たちも負けてられませんよ。それでは失礼」
ウェルもメガラヤを追うように飛び去った。
「リーゼイとカーサもクリア済か。さすがは２年生最強チームだな」
ミツ夫はうなずくと、ナイシ大滝に近づき、藍色の水をたたえる滝壺をのぞき込んだ。
（これじゃセットを付けて潜っても見通しがきかないな。駄目元でここから透視してみるか）
ミツ夫はコンパスが指し示した地点を見つめながら目を凝らし、精神を集中するが、何も見えてこない。その時、突然ミツ夫は体が浮き上がる感覚を覚えた。パーマンマントとは明らかに違う。
（テレキネシス！）
そう思う間もなく、ミツ夫の体はナイシ大滝の脇の岩肌に貼り付けられた。まるで磁石で止められたように身動きが取れない。岩の下には白い泡がたつ滝壺が覗いている。このまま下にたたき落とされれば、泳ぎが苦手なミツ夫にとっては致命的だ。
「スワ君、マーレン君、君たちはここで脱落してもらうよ」
声の方向に視線を向けると、さっき飛び去ったはずのメガラヤとウェルが立っている。メガラヤは気を失っているらしいジルダを盾にするように前に立たせ、ウェルはショックガンをジルダに向けている。
（悪く思わないでください、あなたは私たちの邪魔なんです）
ウェルはテレバシーで話しかけると、ショックガンをミツ夫に向け直した。標的から外れたジルダが声を振り絞る。
「やめて！」
ジルダの願いもむなしく、ウェルはショットガンをミツ夫に向け発射した。胸元にビームが命中し、激しい痺れが全身に走る。そのままミツ夫の体は滝壺に沈んでいく。
「ミツオさん！」
ジルダの叫びは次第にミツ夫の耳から遠ざかっていった。
