２．　木のうろにご用心

　一方、取り残された三人のパーマン達の方は、かなり苛立っていた。それもそのはず、事件だと張り切ってきてみれば、３号は「そこを動かないで待ってて」と不可解な言葉を残して、どこかへ飛び去ってしまったのだから。それからかなりの時間が過ぎていた。
　「もう待てないよ。呼び出してみよう」
　１号が、こう言いながらバッジに手をかけた、ちょうどその時、
　「お待たせしました」
　背後で誰かにそっくりの声がした。
　「そんな声出したって、効き目ないよ。それより、早くそこから出て来いよ」
　１号は、３号が隠れているらしい大木の陰に向かって歩き出した。と、その時、３号の方から先に飛び出して来た。次の瞬間の三人の顔は見物だった。
　「スミレちゃん。君が、何でそんな格好を……」
　１号の言葉が終わらない内に、スミレが言った。
　「それは、私が“パー子”だからよ。何か、文句でもあるの？」
　最後の方は、完全のパー子調になっていた。
　「いや、そんなつもりは毛頭ないで。それよりも『さすがはスミレちゃんや』と、感心してたんや」
　「ウイ、ウィキー」
　４号と２号は、慌ててこう言ったが、１号は、ただ恍惚とスミレの顔を見つめているばかりだった。
　「もう、何ボーッとしてるのよ。パーマンセットを着けている時は、私は“パー子”ですからね。その辺、わきまえてよ。あなただって、もう十二でしょう？」
　そう言いながら、スミレは１号の頬を軽く叩いた。ところが、彼の反応は、こうだった。
　「スミレちゃんに、ぶって貰っちゃった……」
　「もう。私、知らないから」
　マスクを着けた３号は、完全にあきれかえっていた。他の二人も、同様だった。
　「あんな人ほっといて、調査に行きましょ」
　「ほな、どこら辺を」
　「そうね。崖の辺りなんか、怪しいと思うけど……」
　「とにかく、そこへ行ってみるか」
　三人は、１号一人を残して飛んで行った。
　『夢うつつ』とは、こんな状態のことを言うのだろうか？　１号にとって、今までの事は、何もかもぼやけていた。ただ、ハッキリと感じていたのは、
　（やっぱり、パー子の正体は、星野スミレだった……）
　という、喜びと失望の入り交じったような気持ちだった。

　１号が目覚めた時には、もちろん誰もいなかった。
　（まぁ、いいや。じきにみんなも帰って来るだろう。それまで、待てばいいや）
　そう思った１号の目が、ふと、さっきスミレが出てきた大木の上にとまった。
　１号は、飛び上がると、その大木の大枝の一つに腰掛けた。そこはかなり快く、まぶしい陽の光もたいして邪魔にはならなかった。鳥のさえずりも聞こえてくる。
　（こうしていると、まるで、あの日みたいな気持ちになってくるから、不思議だな。もっとも、あのときは石の上だったけど……）
　１号の心は、初めてバードマンと会った『あの日』に帰っていた。

　（……あ〜あ、何かスカッとするようなこと無いかなぁ……）
　「あ〜あ、よく寝たなぁ……」
　この言葉が耳に入ったことが、彼の運命を大きく変えてしまった。
　この直後、
　「どうしたの、何、悩んでるんですか？」
　と確か尋ねたことから、会話は始まり、結局最後には、ミツ夫は手にパーマンセットを握りしめたまま、空の彼方を見つめていたのだった。

　（……そういえば、あのブービーを選んだ時も、ケッサクだったなぁ。バッジを指で弾いたりなんかしちゃってさ……）
　１号は、無造作に葉っぱを一枚むしり取ると、適当に丸めて弾いてみたりした。だがなかなか上手くいかないので、１号の方も苛立ってきた。
　（座ってるから、出来ないのかな？　それなら立って……）
　その時、足下がふらついて、思わず１号は枝から落ちた。が、すぐ下の枝に掴まった。
　（ええぃ、やめた、やめた。バードマンのコントロールが良すぎるんだよ。真似して損した……あれ、この穴、何だ？）
　そばの幹を見た１号は、唖然とした。かなり大きな穴が空いていたのだ。
　（そうか。この木、中がうろになっているのかも知れない……）
　のぞき込むと、案の定、底の方からひんやりとした空気が伝わってくるようだ。
　（ずっと、木の根の方まで、こんな風なのかな？　よし、入ってみよう）
　１号は、中に体を滑り込ませると、下へ向かって降りて行った。だが、いつまでたっても底に足がつかない。１号は、不安になってきた。
　（戻ろう。そして、パー子達に知らせなきゃ）
　だが、体が言うことを聞いてくれない。１号は、バッジを持つと、スイッチを押した。が、通じない。彼の焦りは、頂点に達した。
　（このまま、地球の中心まで、落ちて行くんじゃなかろうか……）
　それが、彼の最後の意識だった……。

　そのころ、須羽家に一人の客が来ていた。バードマンだ。いや、正確には……。
　「実はレポートがたまっちゃって、昨日から必死こいてやってるんだけど、なかなか面倒なんだなぁ。そんな訳で、そこいら中資料探して引っかき回してたらあれ（＊２）が出てきたんだ。そしたら、アルマイトのヤツ『ひとっ飛び行って、渡してくれないか』って言うもんだから。こっちだって大変だっていうのにだよ。とにかくその事で今日、改めてお礼を言いに来たんだ。どうもありがとう」
　「“アルマイト”って、バードマンの本名ですか？　僕、ちっとも知らなかったな。でも、コピーもお互い大変ですね」
　「全くだよ。今日だってレポート人に押しつけて、自分は調査だとか言って、夏山高原へ出かけて行ったんだ。だからここで、少しのんびりして行くつもりだから、よろしくな」
　「夏山高原には、パーマン達も行ってるはずですよ。今日の朝早く、呼び出されて行きましたから。しかも、ご丁寧に電子ロックまで付けてったんです。ちゃっかり、宿題も押しつけてですよ」
　「やれやれ。早速、無駄使いしやがって」
　二人のコピーは、顔を見合わせた。『コピー使いの荒い主人持つと、苦労するよ』と、互いの目が物語っているようだった。
　「でも、あなたがそういう格好してるって事は、向こうは私服ですね」
　「ああ。おそらく、パーマン達は分からないだろうな」
　二人の話は、かなり弾んでいた。

　「もうお昼過ぎたし、そろそろお弁当にしましょうか？」
　腕時計を見つめながら、３号が言った。
　「でも１号はん、どないしたんやろ？」
　「さぁ。私達探しに、どこかに行っちゃったのかしら？」
　「でも、昼飯時にも帰って来ないなんて。バッジ鳴らしてみても、応答せんし」
　その時、３号の頭上で、２号の悲鳴にも似た声がした。３号は、思わず寄りかかっていた木の上部を見上げた。今まで、２号がそこに登っていたのだった。
　「ちょっと、ブービー。どうしたの？」
　二人は、２号の声が聞こえた辺りまで行って、例の木のうろの入り口を見つけた。
　「この穴に落ちたのね。でも、声がちっとも聞こえないのは、なぜかしら？」
　「中に落ちたショックで、気でも失っとるんとちゃうか？」
　「とにかく、入ってみましょう」
　飛び込んだ二人は、体がすさまじい勢いで、引っ張られるのを感じた。
　「何よ、この穴？！」
　「二人も、これに捕まったんやな」
「私、もう駄目。気が遠くなっていく……」
　「もしかすると、この穴、ＵＦＯと関係が有るんじゃ……」
　二人は下方に、点のような光の粒を見たような気がしたが、急速に何も分からなくなっていった……。

　それから、何時間か後……。
　アルマイトは、四人を飲み込んだ大木の下で休憩していた。
　足下の丸まった葉っぱを何気なく指で弾きながら、アルマイトは、物思いにふけっていた。
　（やっぱり、コピー一人にレポートを任せてきたのは、悪かったかな…………まぁいいか。過ぎた事を一旦悔やむのは、僕の癖みたいなもんだしなぁ……。それにしても、手がかり一つ見つからない所をみると、やっぱり、単なるデマに過ぎなかったのかな…………あれ、葉っぱ、無くなっちゃった……）
　手探りをするアルマイトの指先が、異様な感触を感じた。アルマイトは、顔をそっちへ向けた。アルマイトの目に入ったのは、一つの袋だった。中を覗くと、食欲をそそる匂いが鼻をついた。
　（何だい、弁当を食べないでどこかへ行っちゃうなんて。しょうがないヤツだなぁ。一体、どこのどいつだい？　……何、“星野スミレ”だと？！　３号も、ここに来てたのか。それにしても……）
　袋の内側に書いてあった名前を見つけたアルマイトは、立ち上がると辺りを見回したが、影も形もない。そしてアルマイトは振り向くと、木を見つめた。
　（この木、どうも臭いな。よし、登ってみよう）
　こうしてアルマイトも、危険へ引き寄せられていった。
　（木のうろなんて、ますます臭いぞ）
　アルマイトは、一旦降りると、自分のザックを背負い、スミレの袋を肩に引っかけて、改めて登りなおした。
　（やっぱり、この中に引きずり込まれたとしか考えられない）
　荷物は多少邪魔だったが、何が起こるか分からないので、アルマイトはそのまま中に入った。
　（これは……）
　最初にものすごい力で引っ張られた時、早くもアルマイトは気が遠くなっていく感じに襲われた。これは多分、生身の体のせいだろう。
　（畜生！この穴ん中は、一体どうなってるんだ？！）
　アルマイトも、ついに最後まで耐えることは出来なかった……。

＊２　　この作品をスムーズに展開させる為に「パー子の羽衣伝説」でバードマンがパー子に渡した『電子ロック』は、彼のコピー用のを使ったと言うことにしておきます。