２．　拉致

　　　　　　─ミツ夫の日記から─

　二月二十七日（木）（＊１）
　今日、バードマンに「今度の事件のレポートを提出するのに、君の目から見た文が必要だから、一つ書いてくれないか？」と言われたので、新しい日記帳をおろす事にした。白い表紙のやつだ。まぁ書くからには、バードマンがビックリするような文を書きたいと思う。
　
　（これから９章まで、ミツ夫の手記が続きます）

　あの日、僕はお使いの帰りだった。家の一歩手前の曲がり角を曲がろうとした時、僕は反対から駆け出して来た人と正面衝突しそうになったのだ。その人は、僕の顔を見るとこう言った。
　「何だ、ミツ夫じゃないか」
　「有人さん！！」
　僕も有人さん（つまり私服のバードマン）を見つめた。
　「今、お前の家へ行って来た所なんだ。そうしたら『お使いだ』っていうから…」
　（そんな事わざわざしなくても呼び出せばいいのに）と思いながら僕は、
　「それにしても、駆け出す程大変な用事なの？」
　と尋ねた。
　「そう言う所を見ると、やっぱり何も知らないんだな。実は…」
　そう言いかけて有人さんは口をつぐんだ。
　「取り敢えず、その荷物を置いて私の家へ行こう。ここで待ってるから」
　「はい」
　僕はそう返事をすると、家へ向かって走り出しながら、こう思った。
　（でも、有人さんの家って何処にあるんだろう…？）

　有人さんの家は富成町（＊２）という所にある『小河内（おごうち）印刷工員寮』の中にあった。
　「ところで、話って何？」
　部屋の中へ入ると、僕は真っ先にこう尋ねた。有人さんは指を口の所に立てて言った。
　「もう少し静かに喋ってくれないか？　誰が聞いているか分かった物じゃない」
　「分かったから早く教えてよ。重大な事なんでしょ？」
　僕は有人さんを急き立てた。
　「ああ。実はガザン星人が、この地球に入り込んでるという噂が立ってるんだ」
　「なぁんだ、それが重大な事なの？」
　この地球に入り込んでいる宇宙人なんて、結構いるだろう。現に有人さんがこうやって地球人として暮らしているくらいなのだから。僕がそう思っていると、
　「バカモン！！　噂だからって甘く見ると大変なんだ！！」
　有人さんは自分の言葉を忘れて、大声を張り上げた。
　「ガザン星人は、我々に対抗しうる銀河系内のただ一つの宇宙人なんだ。悪い意味でな。彼等は今や銀河連邦の加盟リストからも消されている。しかしそれにも懲りず、隙あらば他の星を支配下にしようとしている。彼等が考え方を改める事はまずあるまい。そして、あのミラクル卵の故郷の星の荒廃（＊３）も『影でガザン星人が助長していたんじゃないか』という憶測すらあるんだ。そんなガザン星の事だ。地球に何かを仕掛ける準備に違いない」
　有人さんの真剣な目に思わず僕は引き付けられた。今考えてみると（何故あの時、あんなにのんびり構えていたんだろう？）と思う。
　「我々の調査によると、怪しい事実がいくつもあるんだ。詳しく言っている暇はないが、ガザン星人は地球の中でも日本、そしてパーマン達にターゲットをあわせている事は、ほぼ間違いないだろう」
　「僕達に？」
　僕には、自分達が狙われている事が何となくピンと来なかった。
　「ところで最近、誰かに付け狙われたとか、周りに変な物が飛び回っていたとか、そんな事なかったか？」
　「ううん、別に」
　有人さんの問いに、僕はかぶりを振った。
　「そうか。でも、これから注意しててくれよ。いつ、何処から奴等が現われるか、分からないからな。この話が、奴等に盗聴されてる可能性だって十分あるんだ。無論、そうだったら悲しい事になるがな」
　「うん」
　「それに、これは一つの提案なんだが、しばらく仕事をコピーの方に任せてはどうだろうか？」
　「コピーにですか？」
　「そうだ。特にお前の場合は、表向きでも“パーマンの親友”という事になっているから、尚更やっかいだ。電子ロックをつければ、スイッチの方も問題ないだろう。私の場合は今、停職中だからこうしていられるんだが、そっちはそうもいかないだろうからな」
　「へーえ。有人さんが停職中ね。一体何やらかしたの？」
　僕はガザン星人よりも、こっちの方が興味津々だった。
　「タイム・トラベルの件で監督不行き届きと、レポートサボリの罰さ」
　有人さんは「お前も責任あるんだぞ」と言いたそうな目をしていた。
　「ともかく、他の三人にも連絡頼んだぞ」
　「はい」
　僕は、有人さんに見送られて部屋を出た。
　帰ってから、僕はコピーに事の次第を話すとパーマンセットを預けた。コピーは上機嫌でパトロールに飛んで行った。
　しかしその時、僕は手袋が無いのに気が付いた。どうやら考え込んでいたせいで、有人さん家に忘れて来たのも気が付かなかったらしい。僕は取りに行く事にした。
　だが、これが災難の始まりだった。空き地の辺りに差しかかった時だ。いきなり、傍に止めてあった黒っぽい車から、二人の男が出て来た。逃げようとした僕の腕を一人の男が捕らえると、もう一人が、僕の口と鼻をハンカチで押さえた。それには麻酔薬が染み込ませてあったらしく、僕は気が遠くなって、それからの事は車の中に連れ込まれ、上から毛布のような物を被せられたのをぼんやりと覚えているに過ぎない。とにかく僕は、拉致（＊４）されたのだ。



＊１　　私は、この物語の設定を『パーマン』の新作放映が終わった時点から、一年後としている。その為、年度は一九八六年となる。（勿論、曜日は正確である）

＊２　　ブービーの住んでいる町。

＊３　　映画ではバードマンは荒廃の責任をミラクル卵達（止むを得ず、こう呼ばせていただきます）だけに負わせている。したがって、これは、その後に生まれた憶測と見るのが順当だろう。

＊４　　もしかしたら、こう呼ぶのは、おかしいかも知れないが、４章に出て来る犯行声明、そして私個人のこの話に対する思い入れもあるので、その辺はお許しいただきたい（執筆当時この単語はメジャーではなかった）。