３．　ガザン星人


　僕が目を覚まして、最初に感じたのは寒さだった。毛布を被らされているのにまるで温かさを感じなかった。次に、手足が縛り上げられているのに気が付いた。僕はようやく自分が何をされたかを思い出した。
　（そうだ、パーマンセットは…）
　そう思いかけて、はっと気が付いた。パーマンセットはコピーがつけているのだ。それに、もしあったとしても、この格好では取り出せそうにない。
　（とにかく、ここが何処だか、確かめなくちゃ）
　僕は、体を動かして毛布を退けると辺りを見回した。暗くて良く分からなかったが、どうやら地下室のような所だという事は判断出来た。
　（どうやら、僕はガザン星人に捕まったらしい）
　僕がそこまで考えた時だった。不意に「ゴトリ」という音がした。僕は慌てて毛布の中に潜り込むと息を殺した。梯子のような物を降りるような音がしたかとおもうと、足音がこっちへ近付いて来た。毛布がはね除けられた。頭の上で男の声がする。
　「こいつ、そろそろ目を覚ましてもいい頃なんだが…。おい、起きろ、起きるんだ」
　男の手が僕を揺すぶった。僕は出来るだけ今起こされたと思わせるようにしながら、目を開けると尋ねた。
　「ねぇ、ここは一体何処なの？」
　男は僕の体を抱き上げながら答えた。
　「大雪山（おおゆきやま＊１）さ」
　男は僕の体を抱え上げながら、梯子の前に立った。そして上に向かって、
　「今、行くからな！」
と叫んだ。
　両手が差し出された。梯子に片足を掛けた男は、まるで荷物か何かを渡すみたいに僕をその手へ渡した。一秒後には僕の体は上の部屋に引っ張り上げられていた。
　後から、さっきの男も上がって来た。その時、僕はその二人がさっき僕を拉致した二人と同一人物らしい事にやっと気が付いた。あの時は顔など見えなかったが、今はハッキリ見えた。
　しかし、いつまでも顔ばかり見ている訳にはいかなかった。僕は梯子を上がって来た男にまた抱えられると、部屋の中央に連れて行かれた。そこには暖炉を背に、テーブルを前にして一人の男が座っていた。僕はその前に立たされた。
　「チーフ、連れて来ました」
　「ミルネ、ご苦労だった」
　ここで初めて僕は、この男の名前を知った。チーフと言われた方は僕をしばらく眺めていたが、やがて言った。
　「いいか？　お前が素直に俺達の言う事を聞いたら、すぐに帰してやる。もしそうじゃなかったら…」
　そう言いかけると、チーフは僕の顔の前に、拳を突き出した。僕は思わず首をすくめた。
　「でも、一体どうしたらいいの？」
　「ほら、もう白ばっくれてやがる」
　「だって…」
　僕がまだ言い終わらない内に、またチーフが声を掛けた。
　「仕方ないから、ハッキリ言ってやろうか、パーマン１号君」
　「えっ？！」
　僕は、一瞬自分の耳を疑った。
　「そんな素っ頓狂な声を出さなくてもいいじゃないか。お前の正体に気付かなかったら、わざわざこんな所まで連れて来ないぜ」
「何か間違ってるんじゃないの？　確かに僕はパーマンとは親友だけど、素顔すら見た事ないんだよ」
　無駄だとは思ったが、一応僕は否定した。
　「それにみんなに聞けば、僕がパーマンなんかになれるはずがない事がハッキリします」
　「それなんだ。そいつが俺にも不思議なんだ」
　まるで僕を馬鹿にしているような口振りだ。全く、いつの間にそこまで探り当てていたのだろう？
　「とにかくなぁ、俺達が知りたいのはただ一つ“パーマンセットの秘密”なんだ。だから、パーマンセットを大人しく出してくれたら、何もしないで帰してやるさ」
　「パーマンセットを？」
　「バカ！　お前をだ！」
　チーフは完全に怒ってしまった。僕は心の中で（しまった）と思ったけれど、もう遅かった。
「ミルネ、モルヒネ、こいつを連れて行け！」
　僕はさっきの二人に部屋の隅に連れて行かれた。そこには、あの地下室の入り口があった。
　「おい、そいつの足の紐だけ取ってやったらどうだ？」
　チーフが声を掛けた。
　「そうだな。頼むよ、モル」
　モルヒネ（“モル”というのは、どうやらアダ名らしかった）は、ポケットからナイフを取り出すと、その刃を足のロープに当てながら言った。
　「ミルネ、しっかり押さえててくれ、こいつが逃げ出さんようにな」
　でも、その心配は僕にとって不必要な物だった。ロープを切られても、しばらくは血の循りが悪くて、立ち上がれない有様だったからだ。
　下に連れ込まれてから、僕はまた足と腕を縛られた。ミルネが懐中電灯でそれを照らしていた。
　「ねぇ、食事まだなの？」
　僕は二人に向かってこう尋ねた。二人はそれを聞くと声を上げて笑った。
　「食べる事を忘れないとは見上げた奴だ」
　「モル、持って来てやれよ」
　「はい、はい、分かりました」
　モルヒネはこう言いながら、梯子に手を掛けると昇って行った。
　やがて戻って来たモルヒネは、下にいたミルネとまた連携プレーで、何かを手渡した（梯子は数段しかなかったのだ）。食事というのは、コーヒーとインスタントのお汁粉（後で知った事だが、これはこの山に登山する予定のパーティが秋の内に用意しておいた物だった）だ。ミルネはそれを置くと、懐中電灯を傍に置いて、
　「それじゃ、ごゆっくり」
と、言い残した。
　僕はまた一人ぽっちになった。

　お汁粉は美味かったが、コーヒーはやたら苦かった。どうやら、モルヒネは砂糖を入れなかったらしい。でも、今更「砂糖を入れて」と頼む訳にもいかなかったし、喉もひどく乾いていたので、僕は少しずつそれを飲んだ。
　手は自由だったのに、腕が縛られているのでわざとらしく前に出してある足には届かず、食事を食べるのがやっとだった。
　そうしていると、今まで深く考えてもみなかった自分の身が思い出されて来て、思わず胸が熱くなって来た。
　さっきの部屋には、窓から光が差し込んでいた。という事は、もう一晩経っているに違いない。僕がいなくなったので家は大騒ぎをしているだろう。いや、それよりも心配しきっているに違いない。せめてもの慰めは、パーマンセットはコピーが着けている事だ。まさかガザン星人も、コピーの手からパーマンセットをもぎ取る事は出来まい。でもそれは同時に、僕は他人の手によって救い出されない限り、助からないという事にもなる。ここを脱走して大雪山のスキー場に行く事は、僕の力では不可能に等しいからだ。とにかく、食べ終わった僕は傍にあった毛布を体にかけると、ガザン星人が来るまで考え込んでいた。



＊１　　「未来世界のパーマン」に出て来た地名。ただし、スキー場は私の創作による。