２．　バード星のアルマイト


　バード星、ラーゲナ大陸、ザーガ市の朝…。

　その中の【ムガル７（サッス）】という団地の一室に目を向けてみう。

　軽い寝息だけの聞こえる部屋の中で、カチッという音が聞こえた。それを合図にしたようにブラインドがさっと開いて、光の束がベットを直撃する。そしてさわやかな音楽が流れ出した。
　（何だ、もう朝か…）
　そう思いながらいつも通り目を覚ましたアルマイトだが、突然布団をはねのけると叫んだ。
　「しまった！　今日は結婚式だ！」
　アルマイトは、慌てて台所へすっ飛んで行った（＊１）。

　（今日は、慌ただしい一日になりそうだ）
　食事をかきこみながらアルマイトは思った。
　食器を片付けると、彼は寝室に戻り、端のタンスから衣類を取り出すと、着替え始めた。
　（うーむ、それにしても、許可（＊２）して貰ってから三カ月半で式あげちまうなんて、ちょっと早過ぎたかな？　でもしょうがないよな。コレが済んだら、研修、研修でとても抜け出す暇なんてありゃしない。それに……）
　鏡の中のアルマイトが、一瞬淋しそうな顔をした。だが、またすぐに元の顔に戻ると呟き続けた。
　（今は考えまい。こんな朝にふさわしくない事は）
　やがて着替えを済ましたアルマイトは、頭を軽く振るとタンスのドアをしめた。そして、もう一度部屋を見回した。前日に大掃除したおかげで部屋も整っており、荷物もまとまっていた。しばらくはここへ帰る事もないだろう。
　アルマイトは外に出ると、１１９号室のドアを閉めた。そして屋上の駐車場に行くエレベーターへと歩き出した。

　式場へ着くと、エクタルを始めとした仕事仲間達が出迎えてくれた。その中を器用に擦り抜けながら、アルマイトはエクタルに囁いた。
　「準備の方はどうだい？」
　「バッチリさ。しかし」
　「どうかしたのか？」
　「お前本当にやる気か？　あれ」
　「勿論」
　「どうなるか俺は責任持たんぞ」
　「任せときって。金をかけずにみんなをビックリさせること受け合いだ」
　「やれやれ」
　エクタルは、溜息と呆れ返ったのが一緒になったような声を出した。

　バード星流の結婚式と言っても、親戚や友人が集まって若い二人の門出を祝うのは地球と同じである。いくらか違う所が見受けられるのは宗教の違いによるところが大である。
　バード星最大の宗教は、運命の神「アルバ」を最高神とする『エリシャ教』である。たいていの式場は、教会（と一応呼ぶ事にしよう）のすぐ近くに建てられている。そこで新郎新婦は、結婚式の前に二人きりで教会へ出掛けて行き、神の前に自分達が結ばれる事になった由縁、また、それに対する神の祝福を願ってから式に参加するのが慣例のようになっていた。
　アルマイトとレオドールも勿論エリシャ教の習わしに従っていたので、着替えを済ませると教会に出掛けて行き、祈りを捧げてから式場に戻って行った。

　エクタルは、アルマイトのたっての頼みで進行係を任されていた。本当は、従兄としてのんびり席に座っていられるのだが……。
　（それもこれも、アルジェがあんな突飛な方法を考え付くからだ。全くあいつときたら…）
　その時、彼は二人が式場の入口にやって来たのに気付いた。エクタルは手元のテープレコーダーのスイッチを押した。
　次の瞬間、人々の間にどよめきが沸き起こった。その音楽は（エクタル以外）誰も聴いた事のない音楽だったからだ。そして、それは新婦のレオドールも同じ事だった。
　「ちょっと、何なの、この音楽は？」
　「心配するなって。後でゆっくり説明するからさっ」
　アルマイトは、内心（ヤッタゼ！）と思いながら席に着いた。
　「エクタルさん、マイク貸して下さい」
　エクタルは「待ってました」と言わんばかりに、マイクをアルマイトに渡しながらそっと囁いた。
　「アルジェ、もうこいつだけで十分じゃないか？　第二の手は止めとけよ」
　「考えとくよ」
　アルマイトは囁き返すとマイクを持って立ち上がった。そして、呆気にとられている人々に向かって説明しだした。
　「ただ今おかけした曲は地球の結婚行進曲でございます」
　またも、式場中にざわめきが広がった。しかし、アルマイトはそれを無視して話し続けた。
　「この音楽は、地球調査隊の録音テープをさる友人に頼んで借りてきたもので、恐らくこれが本星初公開だろうということです。まだ色々な曲が入ってますので、ごゆっくりどうぞ」
　アルマイトが話し終わると同時に、拍手と感嘆（？）の声が沸き起こった。
　「だから言ったろ？　大丈夫だって」
　マイクを返しながら、アルマイトはエクタルに囁いた。
　「しかしアルジェ、『さる友人』って誰の事だ？」
　「勿論僕さ。この間、結婚式用のテープ借りてきてダビングしたんだ。そうそう、第二の手は止めとく事にしたよ」
　「どうしてだい？」
　「やっぱし、指輪交換に〈越天楽〉はインパクト強すぎるようだから」
　「その方がいい。最初に聴いた時にはこの俺もブッ飛んだからな」
　「それじゃ、音しぼって適当に流しといてくれ」
　「了解」
　二人はそれぞれの席に腰を落ち着けた。

　地球に結婚指輪を交換する風習があるように、バード星にも同じものがあった。しかし、その背景は多少複雑であった。
　バード星人、特に『エリシャ教』の信者にとっては、指輪は二人を結びつけた「アルバ」の運命の糸の象徴なのである。だからリングは運命の糸の色の銀、はめる指は糸が結び付けられるという利き腕でない方の薬指と決まっていた。
　それが済むと、もう式は終わったような物だった。後は日本流に言えば「披露宴」である。
　アルマイトはレオドールがはめてくれた指輪をまさぐりながら、客席の方を見る。右の最前列、アルマイトの両親が座るはずの席には遺影が立てかけてあった。
　（やれやれ。これじゃ当分父さんや母さんの所には行けそうにないな。万が一そんな事になったらレオドールにどやされるぞ）
　心の中でそう呟くと、アルマイトは微笑んだ。



＊１　　バード星人の人種的特徴について　〔大田作〕
　　　今でこそ混血化が進んではいるが、バード星人はおおよそ四種類の人種に分けられる。
　　　１、ラーゲナ人種
　　　　北方系。《銀髪》、［青眼］、白膚が特徴。《［鼻は長め］》。
　　　２、ルメゲナ人種
　　　　　温帯系。［赤〜赤紫髪］、緑眼、［白膚］。
　　　３、オレゲナ人種（古代に二人種が混血した結果、出来た人種。バリエーション多数）
　　　　南方系。褐色〜亜麻色髪、褐色膚、黒〜褐色眼、鼻は短め。
　　　４、ローゲナ人種
　　　　　南洋系人種。青髪、《藍眼》、《褐色膚》。

　　　　アルマイトは、父のローゲナ・ラーゲナ混血を受け継いでいる（《　》部分）。
　　　母はルメゲナ。エクタルはラーゲナとルメゲナの混血（［　］文字部分）レオドールはオレゲナ。

＊２　　ｖｏｌ，３において、アルマイトはレオドールと婚約した。（地球暦一月上旬頃）