３．　バードマンが六人？！


　東京では桜の花はとうに散ってしまい、ツツジの甘い匂いが後を引き継いでいた。
　中学生になった三人もすっかり学校生活に慣れ、楽しい毎日を送っている。そんなある日、ミツ夫は学校帰りの道を自転車で走っていた。
　家の近くまでさしかかった時、学生服の内ポケットで、呼び出し音が響いた。ミツ夫は慌てて自転車を止めると、バッジを取り出した（片手放しなどという芸当（？）は、曲がり角にさしかかっていた彼には出来なかったのである）。
　「はい、こちら１号」
　「エクタルだ」
　バッジから聞こえて来たのは、あの出会い以来の代理バードマンの声だった。
　「すぐ朝日ヶ丘小の屋上に来てくれないか。他の三人はもう呼び出してある」
　「あれ？　別々になんか呼び出さないで、まとめて呼び出せば良かったのに」
　「勿論、そのつもりだったよ。でも、君はさっきまで友人達と一緒だったろ？　だから、一人になるまで待ってたんだ」
　「あ、そうだったんですか。済みません」
　「謝るのは後でいいから早く来たまえ」
　「はい」
　通信は切れた。
　（でもエクタルさんって、良く気配りしてくれるよな。人の都合もかまわずに呼び出してくる誰かさん達とは大違いだ）
　ミツ夫はそう呟きながら自転車に跨がった。

　久しぶりに見る母校のたたずまいに、１号は懐かしさを感じた。
　「大山先生、まだいるかな？」
　呟きながら職員室を覗き込んだ彼だが、もう人っ子一人いなかった。
　「チェッ、もう帰っちゃったのか……。おっといけない。僕は屋上へ行くんだっけ」
　１号は自分の用事を思い出すと、屋上へひとっ飛びした。
　「お待たせ」
　「随分遅かったわね。またどっかで寄り道でもして来たんでしょ」
　１号が屋上へ着くと、早速３号の声がした。
　「違うよ。ただちょっと職員室を覗いて来ただけじゃないか」
　「それを寄り道と言わずに何て言うの？」
　「…………」
　１号が口籠もったその時、エクタルの助け船が入った。
　「まあまあ、そのくらいは大目に見てやれ。ここは１号の母校なんだろ？」
　「それもそうね。分かったわ」
　３号はエクタルに向かって微笑むと、攻撃を止めた。
　「フン、何だい。エクタルさんの前だとブリッ子しちゃってさ」
　１号が聞こえよがしにぼやくと、
　「何か、おっしゃいまして」
　３号が、横目でジロリと１号を睨んだ。
　「こらこらまたか。いつまで私を待たせる気なんだ？」
　エクタルのこの声で、二人はシュンとなった。
　「今日は前回の課題をどう処理したかを聞きに来たんだ。どうだい、上手く処理できたかい？」
　四人は顔を見合わせた。だが、すぐに１号がポケットから一枚のカードを引っ張り出した。そして、エクタルに差し出した。
　「これを見て下さい」
　エクタルは、カードを手に取ると、そこに書き込まれている文字を眺めた。
　「それが僕達の答えです。色は、それぞれのマスクの色を表しています。上は３号の、下は４号の時間割です」
それは時間割カードを利用した、一種のスケジュール表になっていた。そこに、３号と４号の時間割が書いてある。どうやらこれがパトロールの受け持ち時間らしい。
　「ほほぅ、なかなかやるじゃないか。だが、これを他人に見られるようなドジはふむなよ」
　「分かってます。それから……」
　１号が後を続けようとした時、
　「ちょっと待って。後は私が話すわ」
　３号が前に進み出た。
　「私達、今度は制服を着ることになったので、その事についても考えたんです」
　「そうか。そういえば、日本の中学生には制服を着る習わしがあるんだな」
　エクタルは頷いた。
　「そうなんです。男子は全国どこへ行っても同じような服だから、別にかまわないんですけど、女子、特に私の学校は私立なので、制服で学校が分かってしまうんです。だから、私わざと他の制服を着ることにしたんです」
　エクタルは３号の着ている制服を見つめた。ごく平凡なブラウスとジャンバースカートの組合せだ。
　「しかし、緊急の事件の時に時間がかからないか？」
　「大丈夫です。私、着替えるのには慣れてますから」
　「そうか」
　エクタルは、カードを１号に返すと言った。
　「なかなかやるじゃないか。アルジェはボロくそに言ってたけど。帰ったら、あいつによーく言っておかなきゃな。そうだ、今日の用事はまだ終わっていなかったけ」
　「まだ、何かあるんですか？」
　１号が尋ねた。
　「オーストラリアに行こう」
　「オーストラリア？！」
　突拍子もない名前が出たので、四人は思わず声をあげた。
　「そうだ。そこに会わせておきたい人達がいる」
　「一体、誰ですか？」
　「それは後のお楽しみ。それよりみんな出来るだけ集まって。テレポートさせるから」
　「え？！」
　四人は顔を見合わせた。１号が尋ねた。
　「あの……。オーストラリアまで、いっぺんにですか？」
　「そうだよ」
　「瞬間移動装置、大丈夫ですか？」
　その言葉を聞くとエクタルは笑い出した。
　「アッハハハ……。何だ１号、生き残り（サバイバル）テストの事を思い出したか？　私は、一応テレポーターとして仲間内には通ってるんだ。瞬間移動装置（＊１）は、ほんの手助けさ」
　「なんだ、そうだったんですか」
　１号はほっとした様な声を出すと、三人の所に戻った。エクタルは物資転送機のスイッチを押した。
　次の瞬間、四人が見たものは満天の星空だった。その中でも一際四人の目を引いたのは、十字を形成した星々と、天空に一際長く尾を引く彗星だった。
　「あれ、ハレー彗星よ！」
　３号が、それを指差して叫んだ。
　「何だ、こんな事だったら僕の望遠鏡持ってくれば良かったな」
　１号がさも残念そうに呟いた。
　「そう来るだろうと思って、ちゃんと用意しておいたよ」
　背後でエクタルの声がした。振り向いてみると、パトロール艇の一部から一台の望遠鏡が出てきた所だった。
　「覗いてごらん。恐らく１号のよりは、はるかに良く見えるはずだ」
　エクタルの勧めに従い、１号は望遠鏡を覗いた。そして叫び声をあげた。
　「うわぁ！　ド迫力！」
　その声につられて、他の三人も駆け寄ってきた。そして、代わる代わる望遠鏡を覗き込み歓声をあげた。もう四人は、何の為にここまで来たかという事を忘れてしまっていた。
　しかしその間にも、事の手筈は着々と整っていた。
　「おい、そろそろいいんじゃないか？」
　エクタルの声に、四人はやっと顔を上げた。そして、声のした方を見やった。そのまま四人の目は、ある一点を見つめて立ちすくんだ。
　「こ、こんなバカな……。バードマンが六人もいる……」
　１号が呟いた。
　それは、彼等が生まれて初めて見る光景だった。エクタルをほぼ中心として、右に二人、左に三人のバードマンが立っていた。マントやマスクの色は四人と全く違う組合せで、四人が男性、二人が女性のようだ。
　呆気にとられている四人を前に、エクタルは話し始めた。
　「ここにいるのが私の仲間達。そして、４２星区のバードマンだ」
　「４２星区？！」
　やっと人心地を取り戻した四人が、一斉に言った。
　「やれやれ、アルジェはパーマン達に一体何を教えたのかね？」
　一番左端にいた、男性のバードマンが呟いた。緑のマスクに水色のマントといういでたちだ。日本人に近い風貌をしている。それをエクタルがたしなめた。
　「よせよ。これ以上、リーダーをけなしたら、アルジェ自身も可哀相だ」
　「それもそうだな」
　彼は、クスリと笑うと言った。
　「いいか？　４２星区というのは、太陽系の事だぞ」
　「こやつ、俺のセリフを取りやがって……」
　エクタルはぼやいたが、もう後の祭り。
　「とにかく」
　エクタルは慌てて、話を元に戻した。
　「私は１号。後は、左から順に自己紹介して貰おう」
　すると「待ってました」と言わんばかりに、先のバードマンが一歩前に出て話し始めた。
　「俺は……」
　「待て！　誰が右からだと言った？」
　エクタルは、彼を睨み付けた。
　「私はパーマン達から見て左からだと言ったんだ」
　「あれ、俺はてっきり、俺から見て左からだと思ったんだがな……」
　「１号から順に行くのが、道理ってもんだろ？」
　「分かったよ」
　ようやく彼は引っ込んだ。
　そして、パーマン達から見て、一番左に立っていた、白いマスクに、緑のマントの男性が言った。
　「私は２号、通称エイン。よろしく」
　全体的に大柄でがっちりしている。目は淡い茶色、髪は赤毛だった。
　次に、その右隣の女性が、前に進み出て言った。
　「私は、ワッケ・ミノンマ、３号よ。ワッケと呼んでね」
　赤いマスクに橙のマントという、華やいだいでたちとは裏腹に黒い髪と目をしていた。
　「次は４号。つまり、私の番ね」
　４号は橙のマスクの下から覗いている軽いウェーブのかかった金髪を、青いマントの上に追いやりながら言った。
　「ミナ・ヘブルよ。よろしくね」
　「そうそう、ミナとエタルは、職場結婚なんだぜ」
　また、先のバードマンが口をはさんだ。
　「インガ、今はそんな事関係無いだろ！」
　エクタルが声をあげた。だが、その顔ははっきりと赤らんでいた。そしてパーマンたちは、一足先に彼のあだ名を知る事になった。
　次に５号が前に進み出た。水色のマスクに紫のマントをしている。顔つきはアジア人風だ。
　「私は５号。名前はイリメン・アソウ。イリメンと呼ばれている。よろしく」
　すると、イリメンの話が済むか済まないうちに、インガが前に出て話し始めた。
　「俺は６号、インガ・ホウだ。あだ名はインガ。担当は……」
　「インガ君、ご苦労様」
　イリメンが、彼の口を押さえてエクタルの方を向き直りながら言った。
　「全く、お前の“レーザー口”は、こうでもしなきゃ止まらんからな」
　「上手いあだ名や」
　４号が、誰に言うともなく呟いた。
　「まぁ、これで一通り紹介は済んだな。７号の事は言うまでもないし」
　エクタルが言った。
　「あの、エクタルさん。ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
　１号が、ためらいがちに言った。
　「何だね？」
　「僕達、今までバ……いや、７号さんから六人も仲間もいるなんて聞いていなかったんです。それなのに、どうして今になってこんな話をするんですか？　今度から、急に決まったんですか？」
　「ああその事か。今までも我々はいたんだよ。ある訳があって極秘に活動してたんだ。だが、今回１号の拉致事件があったろ？　それで本部の方から君達と協力して活動するように言われたんだ」
　「そうだったんですか」
　「でも、極秘で活動って、一体どんな事をしてたんですか？」
　４号が尋ねた。
　「まぁ……。我々は世界各地に散らばって、その土地を中心に調査や観察をしてたんだ。勿論、ガザン星人についてもな」
　「で、どういう風に散らばってたんや？」
　「知りたいかい？　じゃ、ちょっと待ってろ」
　エクタルは４号を制すと、話を続けた。
　「協力といっても、別に大した事じゃない。ただ、君達はいつも通り活動を続けながら、ガザン星人の動静にも気を配っていて貰うだけでいいんだ。また、我々の方で出動を要請する事もあるだろう。その時は、出来るだけ迅速に現場に来てもらいたい。奴らがあのまま引っ込むとは考えられないからな。恐らく、１号を拉致した連中は先発隊か何かだろう。そうでもなきゃ、あんなちんけな行動をとる訳が無い」
　「ふぅん」
　１号は、改めて六人のバードマンを見つめた。
　「我々七人には、さっきも言った通り、担当地域がある。私は南北アメリカ、２号はソ連と東欧、３号はその他のヨーロッパ、４号はアフリカ、５号は中近東、６号は日本と中近東以外のアジア、７号は環太平洋諸国だ。勿論、７号は現在コピーを置いて研修に行ってるから、７号の活動は君達に引き継いで行なって貰いたい」
　「はい」
　「それじゃ、話はこれで終わりだ。我々はここで少し調査をして行くから、悪いが先に帰ってくれないか。それともテレポートするかね？」
　四人は、顔を見合わせると言った。
　「お願いします！」
　エクタルは頷くと言った。
　「それじゃ、テレポートするから動かないで」
　数回目のテレポートなので四人ももう手慣れたものだ。一瞬の内にテレポートは完了した。
　「エタル、今回は顔見せ程度だったけど、これからどうするんだ？」
　インガが話し掛けて来た。
　「分からん。取り敢えず彼等の反応を見てからにするよ」
　エクタルは答えた。
　「しかし、我々はグズグズしてはいられないのだぞ。ガザン星人が本格的な行動を起こす前に叩き潰しておかなければ、地球は大パニックに陥ってしまうぞ」
　エインが抗議した。
　「要は、彼等の行動次第だね」
　イリメンがエクタルに代わって答えた。
　「ともかく、調査を始めましょう。この砂漠にいるコメットハンター達が、何度も謎の物体を見ているのは、事実なのよ」
　ワッケが彼等を急かした。
　「分かった。それじゃ、調査を始めよう。くれぐれも他人には気をつけてな」
　「そんな事言うまでもないじゃんか。じゃ、行こうぜ！」
　「その声がいけないんだよ」
　イリメンが、インガの前に人差し指を立てて言った。



＊１　　アニメ204話（オリジナル）「パーマン漂流記」で、アルマイトの瞬間移動機の故障で、１号は太平洋のド真ん中に落とされた。