２．留学生たち

　１月　４日（日）　地球は晴、バードも晴

　午前０時。みんなに見送られてエクタルさんにテレポートさせられた僕は、無事宇宙船に乗って地球を出発した。
　少し眠った後で、エクタルさんは約束通り、他の恒星系を見せてくれた。
　まず、僕らの太陽系に一番誓い恒星系の、４１（地球ではケンタウリと呼んでいるが）星区。三つも太陽が有るというのは、非常に面食らってしまうだろうと僕は思ったが、現在、マースト（同じくプロキシマ）星系において、鉱石採掘などが行われているということで、宇宙ステーションや地上基地などがあった。
　「君たちの太陽系にも、詳しく調査すれば良い鉱物資源が眠っていることだろう。でもそれは、君たち地球人の物だ」
　エクタルさんはこう言った。
　次に、僕たちはフィリース星系（地球でプロキオンと呼んでいる、あのオリオン座の下にある明るい星の太陽系だ）に向かった。ここはもう少し条件がいいので、惑星植民の計画が進んでおり、現在第５惑星を中心に、科学・技術者がバードフォーム（要するに、バード星と似た環境にすること）をし、今は街作りにかかっているということだ。
　「実は私の両親が、ここにいるんだ。私もこの星で５歳の頃から、バードの大学に入るまで育ってきた」
　エクタルさんが、しみじみと言った。
　「それじゃ、ちょっと寄ってきたら？」
僕が言うと、エクタルさんは、
　「バカ、仕事中じゃないか」
と言って笑った。そして、
　「そうそう、アルジェもここで育ったんだよ」
と付け足した。
　「えっ、アルマイトさんも？」
　僕は思わず問い返した。エクタルさんは、
　「ああ、１２の時、家に来てから、やはり大学に行くまでな」
とあっさり言った。
　僕の頭に「僕の両親には、もう会いたくたって会えないんだ」（＊１）という、アルマイトさんの言葉が浮かんだ。という事は、おそらくアルマイトさんは……。
　「どうした、アルジェが懐かしくなったか？」
　不意にエクタルさんの声がした。僕は、そんなに寂しそうな顔をしていたのだろうか？
　「ううん、何でもない」
僕は慌てて考えを頭の中で振り払った。
　「そうか。ま、アルジェもきっと向こうでがんばっていることだろう。さて、そろそろバードに進路を取るか」
　エクタルさんは、そう言うと進路を変え始めた。僕は、ルーガという名のその惑星を見つめた。少なくとも今の僕くらいの年頃、アルマイトさんはあの星にいたのだ。一体どんな暮らしをしていたのだろう？　少年の日のアルマイトさんの姿を思い浮かべようとしても、僕の脳裏には妙に顎の長くて背の高い、そんな少年のシルエットが浮かぶだけだった。
　（よーし、今回はどんな事をしても、アルマイトさんのガザン星赴任の訳を突き止めるぞ。僕一人の力で）
僕は、そう心に決意した。

　今回は、ゲッセネマ（＊１）の脇を通るコースではなくて、太陽（ガルゴル）の脇を通るコースを取った。だから、今回はじっくりと連星という物を見る事ができた。
　その太陽達は、ほぼ同じ大きさなので、色で見分ける他なかった。赤みがかったガルと、オレンジがかったゴルが、お互いの面に向かって紅炎（プロミネンス）やフレアを吹き上げている有様をフィルターを通して見た僕は、
　（まるで水かけっこをしているみたいだ）
などと、とんでもない事を思った。
　ガルゴルを過ぎると、宇宙船は小ワープした。いよいよバード星だ。
　この前は緊張していたせいか、周りを見回す暇もなかったが、今回は、たくさんのコロニーや人工衛星が散らばり、宇宙船が飛び交うのを興味深く眺める事ができた。
　「おっ、あれは『バード航宙』の貨物船だな」
　突然エクタルさんが、目の前を横切っていった宇宙船を見ながら言った。
　「もしかしたら、アルジェのコピーが乗り組んでいるかも知れないぞ」
　「アルマイトさんの？」
僕は問い返した。
　「ああ。あの方角からすると、行き先はザハンコロニーだろう。あいつは、あの航路の副パイロットなんだ」
　「ふぅん」
僕は次から次へともたらされるアルマイトさんの新情報に、目を回していた。
　「おい、そろそろ大気圏に入るぞ」
　空港との通信を終えると、エクタルさんはこう言った。僕は椅子に座ると、シートベルトを締めた。

　空港は全体会議の時ほどではないが、やはり活気に満ち溢れていた。
　「それじゃがんばれよ。私はここで失礼するから」
　入国審査が済むと、エクタルさんは手を振って立ち去ろうとした。僕は慌てた。
　「あの……本部までついてってくれないんですか？」
　「ああ。宿舎も始業式も、全体会議の時と同じだし、私がいなくても大丈夫だろう」
　「でも……」
何だか急に心細くなって、僕はエクタルさんにすがりつきたいような気持ちになった。
　「おいおい、ここで弱気になってどうする？　先は長いんだぞ。別に『永遠の別れ』って訳でもないし。本部に来た時にはのぞきにも行くよ」
　「……はい」
僕は、呟くように頷いた。
　「もっと元気良く」
エクタルさんが、励ますように言った。
　「はい！　それじゃ行ってきます！」
　僕は叫ぶように答えると、本部へ向かって歩き出した。

　全体会議の時には、時間がなかったのでテレポートされたが、今回は時間もたっぷりあったので、僕は本部へ続く道をのんびりと歩いて行った。
道の両脇は公園になっており、並木道の所々にベンチやコートがあって、とても穏やかな雰囲気だった。
　そして、幾人かの留学生達も見かけたが、僕は彼等に声をかける勇気がなかった。
　そのうちに緑が切れて、道の幅が大きくなった。そして、その突き当たりに本部の敷地が広がっているのが見えた。僕は足を踏み入れると、まっすぐ宿舎に向かった。

　僕の部屋は、１０号室だとエクタルさんから聞かされていた。僕達が泊まった時とは違って、部屋の広さは半分になっていた。つまり仕切りが出来ていたのだ。でも広さは八畳くらいあり、家具も一通り揃っていた。
　始業式は、約２時間後に会議場で行われる。（バード星の時計は、地球と全く同じ形をしているが、１時間に５分ほどバードの時間の方が遅い）（＊１）
　荷物をほどき、トイレを済ませてから、僕は会議場へ向かった。

　会議場には留学生達が八割方入っていた。とはいえ一階席しか使わないので、後ろの方はやけにがらんどうっぽく感じた。しおりを見ながら、僕は自分の席に着いた。その時だ。
　「やぁ、また会ったね」
　不意に声と一緒に肩に手が置かれたので、僕は慌てた。だが、振り向いた時に相手の顔を見てすぐに思い出した。全体会議の時、歓迎会で知り合ったパーマンだった。
　「ああ。……久しぶりだね」
　僕は、名前を思い出そうとしたが出来なかった。
　「改めて、最優秀パーマン、おめでとう」
　「あ、ありがとう」
僕は、少し照れくさかった。あの時は何も分からなかった。我に返ったのは、席についてしばらく経ってからだった。あの日からもう半年過ぎてしまったのだ。
　「そのブローチ綺麗だね。やっぱり、銀にサファイアって良く映えるんだ」
　僕が考え込んでいる間、彼は僕のブローチを見ていたらしい。ぽつりと言った。その時、僕は彼のマスクにも一回り小さい銀のブローチが輝いているのに気づいた。中にはめ込んであるのは、マスクの色と同じ紫色の宝石だった。
　「そうか、君も優秀賞を受けたんだ」
僕は思わず心で思った事をそのまま口に出していた。
　「はい。コレは紫水晶（アメジスト）だって、リーダーが言ってました」
　（リーダー……）
僕の脳裏に、二人のリーダー、アルマイトさん（この方が最近やっと呼びやすくなってきた）とエクタルさんの姿が浮かんだ。
　「どうしたんだい？」
心配そうな顔で、パーマンが尋ねてきた。
　「ああ、ちょっとね。ところで名前、何て言ったっけ？」
僕は慌てて二人のイメージを消した。
　「そうか、これから長いつき合いになるもんね。僕は、３９星区、第３グループ、パーマン１号、『セリエ・ケビン』。『セリエ』が名字。よろしく」
　「僕は、４２星区、第１グループ、パーマン１号、『須羽ミツ夫』。『須羽』が名字。よろしく」
僕も同じように言い返した。

　始業式は３０分くらいで済んだ。総司令官と教育部長の話があった。その他、先生から留学生は８０名おり、４クラスに別れて授業を受けること。教室は養成学校の空き教室を使うこと。宿舎はツインルームだが、独立性は保たれるように設計してあること。食事は食堂でとるが、セルフサービスになっていること。トイレ・風呂は、共同・個室付き、どちらでもいいこと。そして、明日の時間割のことなどの話があった。

　開会式が終わったので、僕等は宿舎に向かった。僕のルームメイトは、幸いなことにケビン君だった。
　ここで、ちょっと個室の説明をしておこう。部屋の仕切りは可動式で、アコーディオンドアのように折り畳めるようになっている。無論、防音は完璧だ。そして、二段ベッド（と言っても、寝るのは僕１人だ。つまり、全体会議の時の４人部屋の名残である）と学習机、整理ダンスの小さいのが１つ並べられている。
　僕等は壁を収納庫にしまって、お互いの部屋をつなげた。そして荷物を整理した後で、この日記を書き始めた。
　「日記か。僕も持ってきたんだよ」
　ケビン君が話しかけてきたので、僕は君との約束を話した。すると彼は、
　「頭がいいね。僕もそうすれば良かった」
　と感心したように言った。僕はまた、こそばゆいような気持ちになった。
　そろそろ右腕が疲れてきたので、今日はこれでおしまい。明日になれば、また書くことがいろいろあるだろう。
　それじゃ、おやすみ。（なんてね）

＊１　　今気づいたことだが、こうすると『パーマン全員集合！』で、バードマンの時計が遅れた謎も解ける。つまり、彼の持っていた時計は、バード時間で動いていたという訳である。でも、そうするとバードマンは、ただのドジ男になってしまうので、ここだけの話にしておく。