１１．　そのころ、コピーロボットは……

　コピーの日記から


九月二十六日
　パーマンが帰ってこなくなってから今日で二日目。ハッキリ言って、帰ってきたら「何やってたんだ」と、言ってやりたい。でも、バードマン（のコピー）が言うように、宇宙船の基地なんかを発見して、そこに乗り込んで行っているという事も考えられる。
　確かに電子ロックのせいで、スイッチの心配をしないで済むのは結構なのだが、それじゃ、パーマンが帰ってこない限り、僕は永久にそのままということになる。
　僕は、そんなのは断じて嫌だ。

十月一日
　ついに、パーマンが帰ってこないまま、月が変わってしまった。
　それにしても、報道陣のしつこさには本当に参った。学校にまで乗り込んできたのだ。カバオやサブなんかは脇でピースなんかしてたけど、何も知らない僕にそれ以上の物を要求するんだから、たまった物じゃない。

十月二日
　サブの決まり文句が、また一つ増えた。「パーマン帰ってきた？」というのだ。
　でも、ミッちゃんの心配そうな顔を見ると「大丈夫、きっと帰ってくるよ」と言いたくなるから不思議だ。

十月三日
　パーマンが帰ってこなくてホッとしたことが一つある。それは、遠慮なしにユキちゃんと話せるからだ。
　でも、ユキちゃんもパーマンの事を心配している。今日、こんな事を言った。
　「考えてみれば、私とミツ夫さんをつなげたのはパーマンでしょ。それに、いざという時にやはりパーマンがいないと心細いわ」
　「でも、パーマンは……」
　『もう帰ってこないかも知れないよ』と言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。いつから僕は、こんな事を考えるようになったんだろう？　自分でも不思議だ。

十月四日
　パーマンが帰ってこなくなって、今日で十日目……。
　今の僕は、あきらめと希望とが心の中に一緒にあるようだ。
　今日、始めて彼の日記を読んだ。その中で、こんな言葉を見つけて、思わずハッとした。
　「僕にとって、一体『パーマンになる』って、どういう事なんだろう？　確かに、僕がパーマンになったのは偶然の出来事かも知れない。でも、今日やっとそれが分かった。パーマンという仕事は、人々に“平和”と“安心”と“夢”を与える仕事なんだという事が……」
　パーマン、帰ってきて！　今の君達にできる最善の事は、パーマンの存在を人々に分からせる事なんだ。

十月十二日
　今日、星野スミレ、いや、パー子のコピーから電話がかかってきた。
　彼女も酷く心配で、映画撮りが身に入らないと言っていた。
　「私、今とっても心細いの。だから、あなたに思わず電話かけちゃって……。だって、バードマンさえ最近全然来ないんですもの。昨日、すっごく嫌な夢を見たの。夏山高原に、コピー四人で調査に行ったの。そうしたら、四人のマントとマスクがあったから、取り上げてみたら……」
　その時、コピーの声が震えた。
　「……骨が、骸骨が、その下にあったのよ……。ごめんなさい、さようなら」
　電話が切れてからも、僕は呆然としたまま受話器を握っていた。

十月十九日
　“パーマン”と、いう言葉が次第に人の口に上らなくなってきている。「人の噂も七十五日」じゃなくて「二十五日」だ。
　何を隠そう、僕だって最近はほとんどあきらめかけている。でも、ハッキリ言って、疲れた。
　誰か、この重荷を変わってくれる人がいたら、僕は遠慮なしに、それをあげたいと思う。
　一体、いつ元の人形に戻れるのだろうか……？

十月二十三日
　卒業制作が、いよいよ本格的になってきた。僕の担当は“未来の町”の三枚目の色塗りだ。
　本当に百年後、この絵に書かれたような町に、朝日ヶ丘はなるのだろうか？　そして、その空をパーマンが飛び交うようになるのだろうか？　そして、その時僕らは、その目でそれを眺めることが出来るのだろうか……？

十月二十四日
　この一月、あっという間だったと思う。とにかく僕は、一日、一日、淡い期待を今も抱いている。今日、掃除をしたついでに、戸棚の中を覗いてみた。うっすらと埃がかかっていた。
　これから、どんなにすばらしい事があっても、パーマンが帰ってこない限り、僕の心の中に開いた穴がふさがる事はないだろう。僕が盗られた時の彼の気持ちが、痛いほど良く分かる。
　毎晩、僕はベランダの鍵が開いているかどうか、確かめてから寝る。パーマンが、いつでも入ってこられるように……。


　「コピー」
　日記を閉じると、バードマンのコピーは顔を上げた。
　「あれから、夏山高原に何度も出掛けて調べたけど、駄目なんだ。手掛かり一つ見つからないんだよ。本部にも、行方不明として連絡したんだ」
　「そうしたら……？」
　「本部からは『とりあえず任期が切れるまでは保留にする』と言ってきたんだ」
　「そうだったんですか……」
　しばらく、二人の間に沈黙が流れた。が、コピーが、もうたまらないと言うように口を切った。
　「パーマンは、帰ってこられるんですか？　僕、この電子ロックさえなかったら……」
　「分からないよ、誰にも。もしかしたら別の世界で生きているのかも知れないし。とにかく、コピーロボットという物はパーマンがいつでも安心して家を空けられる為の道具なのだから、一度スイッチを押されたら、その手によってスイッチが切られるのを待つしかないんだよ。それが、コピーロボットの宿命なのかも知れないと、私は思うんだ」
　「僕、時々夜中に目を覚ましてしまう事があるんです。そんな時、僕は必ずと言っていい程ベランダの所へ行くんです。始めの内は『パーマン、まだ仕事が片づかないのかな？』なんて、思って後で自分を叱りつけた事が度々あったけど、今では『あの空のどこら辺に、パーマンはいるんだろう？』って思うようになってきてるんです。でも、その後でやっぱり何故か寂しくなっちゃって……」
　コピーは、うつむいた。バードマンがポツリと言った。
　「僕だって寂しいんだ。静かな夜なんか、アルマイトが、どこからか呼んでいるような気がして……」
　「もしアルマイトさんが帰ってきたら、いの一番に何て言うの？」
　「多分、何も言わずに抱きつくだろうな」
　「僕も、言う前に涙が出そうな気がする」
　互いの心が今、ぴったり重なったのを二人は感じた。

十一月一日
　今日、バードマンのコピーが訪ねて来た。でも、やっぱり話は、パーマンの事ばかり……。
　毎晩神様に祈っている、という彼の言葉が不思議なほど僕の心に残っている。
　今日、僕は新たな決意をした。
　『パーマンが帰ってくるまで、僕は何年でも待ち続ける。僕に出来る最善の事なのだから……』