１６．　初日の出に願いをこめて

　ベランダのサッシの開く音に、コピーは思わず起き上がった。そこには、１号の姿があった。
　（これは、夢なんだな）
　そう自分に言い聞かせた時、その１号がコピーのそばに駆け寄ってきた。
　「コピー！　僕だよ、ミツ夫だよ！　ちゃんと生きてるんだよ！」
　思わず、涙がこぼれた。その涙の温かさを感じて、コピーは思った。
　（これは、夢なんかじゃない。夢の涙がこんなに温かいなんて、あり得ない）
　コピーの目からも、知らず知らずの内に涙が溢れ出てきた。
　「パパ！　ママ！」
　そう叫ぼうとしたコピーに、１号が言った。
　「ちょっと待って。僕、随分ご無沙汰してたから、パトロールしてこなくっちゃ」
　「分かったよ。その荷物、降ろしていきなよ」
　コピーの忠告通り、荷物を降ろすと、１号はまた飛び出していった。
　コピーは、ベランダからその後ろ姿を見送った。
　もう東の空は、白み始めていた。

　町がこんなに素晴らしく見えた事は、未だかつて無かった。夜明け前というのは、不思議な時間だと１号は思った。と、その時、
　「パーマーン！」
　と、彼を呼ぶ声がした。彼は、声の下へ急降下した。

　そこは、どこかで見たような場所だった。彼を呼んだのは、メガネをかけた中年の女性だった。
　女性は、１号を見ると「やっぱりね」というような顔をして、親しげに近寄ってきた。そして、こう言った。
　「お久しぶりね、パーマン。いや“鳥羽ミツ夫”さん」
　「千鶴ちゃん！」
　思わず１号の口から、こんな言葉がほとばしり出た。
　「やっぱり、現れたわね。私、そう思って待ってたのよ。ほら、この腕時計、有人さんから貰った物よ」
　千鶴は、そう言って腕時計を見せた。１号は慌てて言った。
　「僕の正体の事、誰にも話さないでよ。もし兄……、いや、バードマンに知れたら、酷い目に遭うんだから」
　「あなた達と有人さんの関係、やっと分かったわ。つまり“大リーダー”って訳ね」
　「それより、ここ、どこかで見たような気がするんだけど……」
　「当たり前よ。だって、ここは、元あなたの家があった所よ」
　「えっ。じゃ、このドブ川が、水川？」
　１号は思わず、その川を覗き込んだ。ゴミの浮いて流れているその川が、あの水川だとは思い難かった。
　「それじゃ、水川橋は？」
　千鶴は黙って川のそばへ行った。そして、川辺で立ち止まった。そこには小さな石柱が一つあるきりだった。
　「ここが取り壊されたの、十年くらい前かしら？　もっと下流に、新しく橋を造ったのよ。あの家は……」
　千鶴は振り向くと、道路を指した。
　「ここの道路をちゃんとした時、取り壊されてしまったのよ。勿論、私の家も犠牲になったわ」
　「じゃ、今は、どこに住んでるの？」
　「富成町の向こうの方に、両親と夫と子供とで住んでるわ」
　「そうか、もう結婚してるんだね」
　１号は、今更ながらに時の流れを感じた。
　「それより、あの時の約束を果たさない？」
　「分かった。初日の出だね？　僕の背中に乗れば、ひとっ飛びだよ」
　「私の重さで、大丈夫？」
　「へっちゃら、へっちゃら」
　１号は、千鶴を乗せて海岸へと飛び上がった。

　「ここも、随分変わったわね」
　「うん」
　時間が早いせいか、まだ人影は、まばらだった。二人は、離れ岩の特等席を占領していた。
　もう空もかなり明るくなっていて、後は日の出を待つばかりだった。それと共に、海岸のざわめきが一層大きくなった。
　「ほら、みんなも、あなたに注目し始めたわ」
　「そうか。そういえば、三ヶ月もご無沙汰してたんだっけ。これから、その分の穴埋めをしなくっちゃ」
　その時、ざわめきが急に静まった。二人は、話をやめて空を見た。
　太陽が姿を現したのだ。海が、空が、砂浜が、影をつけて生き生きと動き始めた。
　その後、数分間、二人は砂浜の人々と共に、ただただ自然の素晴らしさに見入るばかりだった。
　ついに太陽が、地平線から離れた。その瞬間を逃さず、一号は目をつぶって願いをかけた。
　（どうか、今年一年が、みんなに、そして僕等にとって、いい年でありますように……）
　「一体、何を願ったの？」
　千鶴が、尋ねた。
　「秘密だよ、それは」
　１号は、そう答えると、顔を上げて海を見つめた。太陽は、水面に赤く、その体を揺らめかせていた。

初日の出　心清めて　願い事





パーマン・パラレルワールド・ストーリー　ｖｏｌ，１
『その後のパーマン』

終わり

ｖｏｌ，２『パーマンと朝鮮戦争』につづく



あとがき


　この作品は、新作『パーマン』の連載中に製作を開始し、私が中三の時に完成した物です。そのため、衝撃の最終回についても考慮されておりません。スミレファンにとっては噴飯物であることを覚悟しております。又、バードマンに関する設定は、ほとんどが私の創作によるものです。
　その他、当時知り得なかった法善の年齢などの設定が反映されておりません。かくして、このシリーズは、『パーマン・パラレルワールド・ストーリー・シリーズ』略して『Ｐ・Ｐ・Ｓ・Ｓ』になったのです。

　当時、アイデアには自信があったのですが、アニメ『キテレツ大百科』で、昭和３５年にタイムトラベルする話をやってしまい、個人的には悔しかったです。
　文体等の雰囲気が壊れることを嫌って、最小限しか手は入れておりません。ノートの乱筆乱文を解読入力してくれた友人の忍　翔蘭（しのぶ　しょうらん）さんには、大感謝です。
　読者には、こういう妄想モードもあるのかと、理解していただければ幸いです。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１９９８．６．１３
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大田康湖
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　ウェブに公開するにあたり、句読点、不自然な文章等に手を入れています。　(２０１５.３.１９)