４．　下界の心配


　（ここからの部分は僕、つまりコピーが書かせていただきます。話は少し前に戻って、僕がガザン星人の事について他のパーマン達に話した後、家に戻った所から始めます）

　僕は開けてあったベランダのサッシの所から中に入った。でも、ミツ夫君の姿は無かった。多分、トイレあたりに行っているのだろうと思った。僕は、しばらくベットに腰掛けて待っていたが、パーマンセットは外さなかった。もし他の人が入って来たら困るのも理由の一つだったが、それよりも滅多に身に付けた事の無いパーマンセットを手放すのを惜しむ気持ちの方が、大きかったからだった。
　でも、いつまでたってもミツ夫君は来ない。待ちきれなくて僕は下に降りた。そこにもミツ夫君は居なかった。妹のガン子に聞くと「さっき、慌てて外に出て行った」という。
　僕は不吉な予感がした。

　もう日も暮れた。時計はとうに八時を回っている。僕は外へ探しに出掛けたのだが、何処を探してもいないのですっかり焦っていた。
　他のパーマン達は今頃、北の海で遭難した漁船の救助作業に当たっているはずだ。
　僕がミツ夫君を探している事を話すと「三人だけで大丈夫。あなたはそっちを続けて」と言うなり通信を切ってしまったので、場所は分からずじまいだった。
　須羽家で食事をやっかいになった後、僕は有人さんの所へ行ってみる事にした。有人さんの家はパーマン達がタイム・トラベルした時に何度か出掛けた事があるので、一応知っている。でも、こんな不安な気持ちで出掛けるのは初めてだった。

　「何だって！　ミツ夫が外に出たまま行方不明？！」
　僕の言葉を聞いた有人さんは、僕を捕まえて、根掘り葉掘り聞き出そうとした。そして僕が何も知らない事を言うと、
　「畜生！　ガザン星人の仕業だ！　そうに決まってる！　あのバカめ、何でもっと注意しなかったんだ！」
　と叫びたてた。だが、ここが何処かに気付くと慌てて口をふさいだ。
　「コピー、警察に届出をしたか？」
　元の冷静さを取り戻した有人さんが僕に尋ねた。
　「まだですが…」
　「一刻も早く出すんだ。今度ばかりは警察の手を借りなきゃ駄目だ。今頃あいつは、何処かに押し込められているかも知れないんだぞ」
　「はい」
　「私も心配なんだが、明日から友人達と大雪山に登る事になってるんだ。私が下山して来るまでに、帰って来てくれたらいいんだが…」
　「なぁに、ミツ夫君の事だから、大丈夫ですよ」
　心配そうな有人さんを僕は励ました。
　「そうそう」
　有人さんは、思い出したというように、ポケットから何かを取り出した。
　「この手袋片方、ミツ夫の忘れ物なんだ。帰って来たら渡してくれ」
　「はい」
　僕は手袋を持たされて、外に出た。
　帰ってみると、有人さんの言葉が現実になっていた。僕が帰って来たのを見ると母は、いきなりこう言ったからだ。
　「パーマン、大変なの！　うちのミツ夫が誘拐されたらしいのよ！」
　僕の頭に、さっきの有人さんの言葉が甦った。
「今、警察に届出をしに行ったら『そういえば二時間程前、空き地の前辺りで男の子の声がして、その直後、黒っぽい車が走り去ったのを目撃している人がいるんです。もしやあなたの息子さんではなかろうか？』って言われて、その人が現場で見付けたという手袋（＊１）を差し出されたの。そしたら、それがあの子の手袋で…」
　僕は、またいつかみたいに（＊２）パーマンが悪く言われるんじゃないかとビクビクしていたが、母はこう言った。
　「パーマン、今度の事件がまた貴方達に関連しているとしても、もう私は諦めたわ。あの子が自分でこの関係を続けていれば、危険な目に遭うかも知れないって事を十分承知しているんでしょうから」
　「僕等も警察と協力して、必ずミツ夫君を助け出してみせます」
　「ありがとう」
　僕は、少し心の霧が晴れたような気がした。でも問題はこれからだ。僕は三人のパーマンを呼び出すと、そっちの用が済んだらすぐ須羽家に来てくれるように頼んだ。

　それから約三十分後。
　本格的に警察が動き出した。その後の調べで、車は甲信越地方に向かったらしい、という事が分かっていた。（目撃者が車のナンバーを覚えていたのが役に立った）その時点ではミツ夫君は一応、誘拐という事になっていた。でも、後でミツ夫君に聞いた話などから総合すると“誘拐”というより“拉致”と言った方が適当じゃないかという事になったので“拉致”と呼ぶ事にしたのだ。
　まぁ、とにかく警察が動き出したのは嬉しい事だった。これで一安心だと僕は思った。
　僕のすぐ傍では、その少し前に帰って来ていた父に警察が何か話していた。どうやら事情を説明しているらしく、僕がそれを聞いていると、報道陣がやって来た。でもこの人達には、定例通り報道の差し止めを警察がお願いした。
　そんな中でも、情報は刻々と入って来る。対策本部も、警察内に作られた。
　（こりゃ、かなり大事になりそうだぞ）と僕は思った。

　やっとパーマン達がやって来た。漁船の方は上手く救命ボートを見付けて、救い出したという。
　僕は、みんなにこれまでの状況を話した。聞いている三人の顔が、次第に引き締まって行くのがありありと見えた。
　そんな時、また新たな情報が入った。ミツ夫君の連れ去られたのと同じ物らしい車が、静岡市付近で乗り捨ててあった。しかも、中には手紙が一通、置き去りにしてあったという。
　僕達は、すぐに現場に急行した。

　僕らは車にも惹かれたが、それよりも中の手紙の方が興味があった。その手紙が僕等の所にも回って来た。僕等はそれを読んで（いよいよガザン星人のお出ましだ）と思った。
　手紙には、こう書かれてあった。



　　パーマン達、そして日本の警察の皆さんへ

　　 　我々は、須羽ミツ夫君を拉致した。我々は、金が欲しいのではない。
　 欲しいのは“パーマンセットの秘密”だけだ。その為にも彼は我々に
　 とって大切な人間だ。だから、むやみやたらに、小突き回したりはし
　 ないつもりだ。
　 　しかし、彼がいつまでもこっちの言う事を聞かぬようなら、こっちに
　 も考えがある。多少のダメージは与えるに忍びないだろう。そうならぬ
　 内に助けに来た方が良かろう。
　 　我々はいつでも待っている。



　名前は書いて無かった。どうやらガザン星人は、まだ自分達の存在を知られたくないらしい。
　僕等がその手紙を読んでいる間に、現場検証が始まっていた。だが、現場は雨だったので、調査は難行していた。
　僕等はその車を、盗まれた持ち主に返しに行く（ご丁寧にも、鍵が抜き取ってあったのだ）為に、みんなより一足先に東京へ戻る事になった。

　その夜、僕等は警察の対策本部で眠った。これが数日間続く事になるのだ。

　捜査は次の日も、そのあくる日も続けられた。ところがあの車以来、手掛かりがバッタリ無くなってしまったので、みんな苛立っていた。
　そんな時、僕等の耳にまたしても大変なニュースが入って来た。有人さんが大雪山で遭難したらしいというのだ。
　大雪山という所は、字の如く雪が多くて、その為にスキー場まであるくらいなのだが、その反面、春先には良く雪崩が起きる。ところが有人さんとその友人達のパーティが登った時には、運悪く雪崩が起きやすい条件がそろっていたらしい。
　下山予定日はまだなのに、その友人達が、下山して来たのだ。何でも、明日のルートを偵察しに行った有人さんが、ちょうどその辺りで起こった雪崩に巻き込まれたらしく、帰って来ないのだそうだ。
　僕等としては、有人さんの方も心配だったが、この事件を離れる訳にはいかないので、そちらの方は捜索隊の方に任せる事にした。
　だが、そちらの方も立往生してしまった。というのは、捜索を開始した翌日から、大雪山は吹雪になったからだった。
　吹雪は三日間程断続的に吹き荒れた。この吹雪は拉致事件にも重大な影響を与えるのだが、それを僕等が知ったのはミツ夫君の話を聞いてからだった。
　ともかく、その三日間程の間にあった変化といえば、３号（＊３）が捜索隊の中に加わった事くらいだった。かといって非常体制を崩した訳ではなかった。対策本部での寝泊りも相変わらずだし、ほんのちょっとした情報も丁重に取り扱っていた。でも裏を返せば、それだけ手掛かりが少ないという事になる訳だ。
　（全く、ガザン星人ときたら、宇宙船で逃げ出したか、地下の秘密基地にでも隠れてるんじゃないのか？）と思ったくらいだった。
　でも、その一方で僕は（ガザン星人はもしかしたら僕等のすぐ近くにいて、僕等を嘲笑っているんじゃないだろうか？）とも思っていたのだった。



＊１　　ミツ夫は、手袋の片方は有人さん家に忘れて来たが、残りの片方は帰り道で落としたか、ガザン星人に掏られたかしたのだろう。ともかく、ガザン星人がミツ夫の手袋を拉致するのに利用しようとした事は明らかである。

＊２　　「ツボにはまったパーマン」の一シーン。

＊３　　コピーは、これを他人に読ませる事を配慮して、こう書いた。