４．　嵐の中のＵＦＯ


　パーマン達がオーストラリアで五人のバードマン達と出会ってから、一ヵ月以上が過ぎた。四人はエクタルの言葉通り怪しい物体に気を配っていたが、そんな物は人の噂にものぼらなかった。
　「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とは良く言ったもので、１号が拉致事件の事を思い出す事もなくなり、それと共にガザン星人の事も日々の大小の事件の中で、頭の片隅に追いやられて行くようになった。
　ところが「災害は忘れた頃にやってくる」のだ。それは、梅雨も終わりかけたある夜の事だった。

　梅雨の終わりには、必ずと言っていい程に何処かで集中豪雨がある。それはやがて日本から消えていく梅雨前線の、最後のあがきのようである。
　今日の豪雨は、中部の山岳地帯を襲った。特に富士五湖地方は強烈だった。四人は、湖の水が溢れるのを防ぐ手伝いをする為向かった。
　「一番危険なのは、河口湖ですって」
　「じゃ、そこに向かおう」
　四人は、河口湖方面にコースを取った。
　雨交じりの風が四人を後から押していく。その風に乗って、四人のスピードは少し早くなった。その時だ。
　「何や、あの光」
　４号が、パータッチをしていた右手を離して指差した。
　「え、何処？」
　１号が振り向いて、４号の指の差す方を見た。そして叫んだ。
　「あの、赤い光の事？」
　４号は頷いた。それは、どんどんこちらへ向かっていた。指を差さなくてもハッキリ見える位置だ。
　（もしかして……ＵＦＯ？）
　四人の心にある疑問と、忘れかけていた任務がクローズアップされてきた。
　だが次の瞬間、光はグッと止まった。そして、そのまま真下に飛び込んだ。下は鬱蒼たる樹海である。とても着陸出来る場所ではない。
　「…………」
　四人は息を飲んで樹海に目を走らせた。だが、赤い光は何処にも見えない。
　「あんな動き、並みの飛行物体じゃ出来ないよ」
　「ああ。でも早う、河口湖に行かんと……」
　「待って！」
　３号の声が、割って入った。
　「また、光がやって来たわ！」
　四人はまたさっきの方角を見た。今度はＶ字形に隊列を組んで、光の編隊がやって来た。もう仕事の事などすっかり忘れてしまったように、四人は光を目で追い掛けていた。
　やがてその編隊は、先に先鞭をつけた光の止まった所で止まり、次々と急降下して消えた。
　「こりゃひょっとして、ひょっとするぞ！」
　１号が雨の中に言葉を吐いた。
　「エクタルさんに報告しなきゃ！」
　３号も叫んだ。そこに２号の急かすような声がした。
　「え？　『早く行かなくちゃ湖の水が溢れちゃう』って？　分かってるよ！　取り敢えず河口湖に行こう！」
　四人は改めてパータッチをすると、最高速度ですっ飛んで行った。

　幸い湖の水は溢れはしたものの、人家に影響は無かった。四人は後始末をした後、樹海の上空にやって来た。だが、あの時の宇宙船の位置を確かめるのは至難の技だった。
　「参ったな……。どっちを見ても木だらけだ」
　１号がぼやいた。
　「でもエクタルさんが、そろそろ来るはずなんでしょ？」
　「うん。呼び出したからそろそろ……」
　３号の問いに１号が答えかけたその時、
　「やぁ、お待たせ」
　という声がした。振り向くとパトロール艇に乗ったエクタルがいる。
　「今日は私だけで来たけど、調査の結果によっては、本格的に調査しなければならないから。その為にもよろしく頼むよ」
　「はい」
　四人は返事した。
　「それで、この辺なんだな？　ＵＦＯの編隊が降りたったのは」
　エクタルは早速本題に入った。
　「あの……この辺じゃないかな……って思ったもんで……。だって、あの時は大雨だったし……この樹海の上じゃ、目印も無いし……。ただ、確か富士山がこの方角にあったのと、現場に到着した時間から考えて、この辺にあったんじゃないかと思って……」
　１号が歯切れ悪そうに説明した。
　「分かった。じゃ、この辺から調べてみよう」
　五人は、眼下に広がる樹海に向かった。

　うっそうと繁る森林の中に、五人は立っていた。エクタルは、パトロール艇から何かを持ち出して背負おうとしている。
　「エクタルはん。この樹海がどうして出来たか知ってまっか？」
　４号が尋ねた。
　「ああ。バッチリ調べて来たよ。
　【青木ヶ原樹海。面積、約三十平方ｋｍ。西暦八六四年の富士山の噴火で流出した溶岩の上で枯死した植物の土壌の上に形成された大森林。溶岩の影響で磁石が働かない事などから〔魔の樹海〕と呼ばれ、自殺志願者のメッカの一つとなっている。奥深くに入った者はほとんど無く、処女林の為、植物の宝庫である。あちこちに溶岩で出来た空洞があり、地下で大きく広がっていると考えられる物もある】
　ざっと、こんな物だろ」
　「さっすが！　事前知識も完璧や！」
　「誰かさんとは大違いね」
　４号と３号が、口をそろえて褒めそやしした。
　「おい、無駄口たたいている暇はないぞ。グズグズしてると日が暮れちまう」
　エクタルが二人をたしなめた。
　「この機械は人工的な物質があると、それがどんな物だか探ってくれる、ま、一種のスキャナーだ。ここでは強力な武器になるだろう。ただし、樹海の溶岩がこいつに悪い影響を与えるかも知れないけどな」
　「とにかく、やってみようよ」
　「そうだな。じゃ、どっちに進む？」
　ところが、このエクタルの問い掛けで四人の間に大論争がまき起こった。
　「ともかく、前に進もうよ」
　「でも、行き過ぎてるかもよ。後戻りした方がいいんじゃなくて？」
　「そんな事あらへん。ちゃんと計算したんやから。この辺りを徹底的に探すんや！」
　これは数分間続きそうな気配だ。流石のエクタルも、痺れを切らしかけている。
　ついに、エクタルの堪忍袋の緒が切れた。
　「いつまで、そうやっているつもりなんだ！　三方に別れて探せばいいだろ！」
　アルマイトの「バカモン！」にはもうすっかり慣れっこになっていた四人だが、エクタルに怒鳴られたのは初めてなので、シュンとなった。
　「でも……、一人だけじゃ暗くて大変だよ。それに、エクタルさんだって、何処に行ったらいいのか分からないだろうし……」
　どもりながら弁解しようとした１号に、エクタルは皮肉を言った。
　「１号、何の為にマスクに“赤外線アイ”が付いていると思ってるんだ？　それに、私は自分で道ぐらい選べる！」
　エクタルは強引に右に向かって歩き出した。三人は慌てて、自説の方向に散って行く。２号は、左方に飛んで行った。

　１号は自分の主張通り、前方へ向かって歩いて行った。下草が酷いと思っていたのだが、それはなく、代わりに苔がびっしりと生えた倒木が多くて、歩きづらいことこの上ない。仕方なく低空飛行に切り替えた。
　赤外線アイに映し出された風景は、ただでさえ不気味な樹海の雰囲気に異世界の感覚を加えた。しかもこの辺りは、ガザン星人以外は、今まで誰も足を踏み入れなかった所なのだ（もし、ガザン星人がここに来てたらの話だが……）。
　エクタルが「植物の宝庫だ」と言っただけあって、おびただしい鳥の鳴声が耳を聾し、時々、ネズミやリスが地面を横切って行った。最初はビクビクしてばかりいた１号も、次第に落ち着きを取り戻すと、人工物らしき物を懸命に見付けようとした。だが、全然見つからない。その時バッジの呼び出し音がした。枝葉を揺すって飛び出した鳥の羽音の中で、１号はエクタルの声を聞いた。
　「どうだ、そっちは？」
　「駄目です。エクタルさんは？」
　「駄目だ。そろそろ集合の時間なので元の場所にテレポートさせるが、いいか？」
　「はい」
　通信が切れたと同時に、１号はテレポートしていた。

　じきに五人がそろったが、どの顔もかんばしくなかった。
　「取り敢えず今日のところは解散しよう。日を改めてまた集まって貰おうと思う。それじゃ、先に行っててくれ」
　「それじゃ、お先に失礼」
　１号が挨拶をすると飛び上がった。三人がその後を追う。エクタルはそれを見送ってから、スキャナーをしまおうとした。その時だ。指先がすべって、一度切ったスイッチボタンを押してしまったのだ。その途端、何かを見付けた合図のブザーが鳴った。
　「チッ、宇宙船じゃないか。人騒がせな」
　エクタルは、いまいましそうに呟いたが、そこでふと、ある事に気付いた。
　「そうだ！　こいつはパトロール艇には反応しないんだ！」
　彼は、スキャナーを覗き込んだ。そこには、明らかに人工物である事を示す光点が写っていた。しかも、パトロール艇の真下に……。
　「よし、夜を待って本格的な調査だ」
　エクタルは、力強く呟いた。