５．　風雲、急を告げる


　バード星、バードマン本部。
　「カラコルム君、上出来だ」
　研修教官のクレンは、アルマイトの提出したレポートを読みおわると、満足したように言った。
　「ありがとうございます」
　アルマイトは頭を下げる。
　「研修も終わりだな。向こうに行ってもしっかりやれよ」
　「はい、がんばります」
　アルマイトは、レポートを受け取ると教官室を出た。

　「よぉ」
　ドアを出た途端、彼はインガの声に出迎えられた。
　「よぉ、久しぶりだな」
　アルマイトも呼び掛け返す。
　「休暇がまわって来たので、ちょっとお前を尋ねてみようと思ってな」
　「パーマン達は元気か？」
　「勿論。エクタルが上手くやってるよ。この分ならお前がいなくなっても大丈夫だな」
　「チェッ、よく言ってくれるよ」
　アルマイトが愚痴る。
　「ところで、出発はいつなんだ？」
　「あ、その事か。休暇をとって十日後くらいには、地球に戻れるだろうな」
　「そうか。もしかしたら、それより前に戻る事になるかも知れないぜ」
　「そりゃまたどうして？」
　「ガザン星人のアジトらしきものをついに発見したんだ」
　「何だって？」
　叫んでから、アルマイトはここが何処かに気付いて慌てて口をふさいだ。
　「それがなんとパーマン達のお膝元、日本の“青木ヶ原樹海”の地下さ」
　「うへぇ」
　思わずのけぞるアルマイト。
　「オーストラリアのグレートサンデー砂漠は、どうやら仮の宿だったらしい。そうでなくともハレー彗星の接近で、コメットハンター達がうろつくようになって来たから、奴らも居づらくなってきたんじゃないかな？　今から三日前にパーマン達が、集中豪雨の中を樹海に飛び込んで行く光の大編隊を見たんだ。翌日その辺りを探索したら、明らかに人手が加わったと思われる通路を発見したんだ。とはいえ、非常口らしくてそこ一つしか見つからなかった。普段は物質転送機を用いているらしい」
　「ふぅん。奴らも中々やるじゃないか」
　「感心している場合じゃないぜ。こいつはいよいよ邪魔なパーマン達を片付けようとしているに違いない。この間の１号拉致なんてほんの小手調べだぜ」
　「そんな事くらい分かってる。大体ガザン星人にしちゃやり方が旧式過ぎる。地球人の拉致犯だってもっと手際良くやらぁ」
　「エタルも同じ事を言ってた」
　インガが相づちを打つ。アルマイトは話題を変えた。
　「ところで、ミナさんの様子はどうだい？」
　「彼女『今度の一件が済むまでは、絶対に帰らない』って、はりきってるよ」
　「参ったな。ミナさんったら、産育休暇の途中だっていうのにこっち来ちゃうんだもの。エタルの奴、ハラハラし通しだろうな」
　「ああ。それに、コールがコピーのミナに対してどんな反応しているかも、気掛かりらしいよ」
　「赤ん坊ってやつは、そういうのにひどく敏感だっていうからな」
　「ところで、アルジェ」
　不意にインガが意味深な顔をした。
　「お前んとこは、どうなんだ？」
　アルマイトは慌てて言った。
　「バ、バカ。そんな簡単にできてたまるか……でも、出発までには、なんとかしないと……」
　「ま、そう焦らずに頑張って下さいよ。それじゃ」
　インガはアルマイトの肩を一つ叩くと、立ち去った。
　「ったく、一体何考えてんだ？　本部の廊下で話す話じゃないぞ……」
　彼の後ろ姿を見送りながら、アルマイトはぼやいた。

　我が家に帰ったアルマイトはコピーと交替した後、着替えもそこそこにベットの上に寝っ転がった。
　何だか、ひどくだるかった。心も、体も。
　（本当に、これで良かったんだろうか……？）
　アルマイトの頭の中に、一つの疑問が沸き上がって来た。
　（確かに、これで俺の夢はかなった。だが、あいつらはどうなる？　まだ半人前なのに、俺が後はエタルに任せてほっぽり出したら、あいつらはどう思うんだろう？　エタル達が上手く奴らを導いて行くだろうが、そうしたらそのうち奴らは、俺の事なんぞ頭の片隅に追いやってしまうんだろうな。あ〜あ、何か虚しいな……）
　アルマイトはそんな事を考えながら、深い眠りに落ちて行った。

　しばらくして、アルマイトは夢を見た。
　彼は、八つの少年に戻っていた。やはりベッドの中にいて震えている。ついていたＴＶでは映画か何かやっていたが、その中身を見て震えている訳ではなかった。彼は、あるものを待っていたのだ。そして、それはテロップで流されるはずだった。
　その時はついに来た。絶叫する少女の声に交じってコールサインが入った。流されたテロップを食い入るように見つめる彼の目に、大粒の涙が溢れ出て来た。その目には、次のような文字が写っていた。
　『プリストン発、リナザ行き１３５便の……乗客乗員１７２人の生存は絶望……』
　居間には、力なく泣き崩れている母の姿があった。アルマイトが駆け寄ると、母はかすれたような声で言った。
　「……アルジェ、もう寝なさいって言ったでしょ」
　母は、彼に涙を見せないようにうつむいた。しかし、すべてを知ってしまった彼は、母を見つめて言った。
　「お母さん、本当にお父さんは……」
　「…………」
　母は、何も言わずに、アルマイトを抱き締めた。
　「嘘だよね？　ねぇ、嘘だよね！！」
　アルマイトは、泣きじゃくった。母が、その体をますます固く抱き締めた。

　「アルジェ、アルジェ」
　アルマイトの耳に女性の声が入って来た。その途端、夢は弾けて消えた。
　「どうしたの？　ひどくうなされてたわよ」
　彼を揺り起こしたのは、レオドールだった。
　（あんな事、考えながら寝たせいだ……。でも、久しぶりだな、あの時の夢を見たのは……）
　「どうしたの？　恐い夢でも見たの？」
　考え込んでいるアルマイトを見ながら、レオドールは尋ねた。
　「大丈夫だよ。それより、何か飲み物を持って来てほしいな」
　アルマイトは、身を起こしながら言った。（＊１）

　　　　　※　　　　　　　※　　　　　　　※

　所変わって、ここは地球。夜の樹海上空で、エクタルがパーマン達と話をしていた。
　「……我々が調べたところによると、あの地下にガザン星人のアジトがあるのは確実だ」
　「それじゃ、僕達は間違っていなかったんだ」
　「ああ、ピッタリだったんだ。そこでガザン星人は、恐らく地球侵略の準備をしているのだろう」
　「それじゃ、一刻も早く、そこを叩き潰さなくちゃ」
　「勿論。だから本部は報告を聞いて、動き始めたんだ」
　エクタルは、そこで、手の中に握っていた物を見せた。
　「今夜、このマイクロカメラを地下の適当な場所に仕掛けに行く」
　「それじゃ、乗り込むんだね？！」
　１号が叫んだ。
　「いや、そんな無茶はしないよ。ワッケの透視力を借りるんだ」
　「そうか！　透視力で位置を決めて、テレポートでくっつければええんや」
　からくりに気付いた４号が、手を叩いて言った。
　「その通り、それに成功すれば、四十六時間中、奴らを見張っていられる。そして、奴らの様子が分かったら、改めて連絡する。そこまで来たら、隙を見て総攻撃だ」
　四人は、頷いた。
　「じゃ、もう帰っていいぞ。私は、ワッケの様子を見てくる」
　エクタルは樹海の中にテレポートした。
　「なぁんだ、つまんないの。僕だって行きたかったな」
　取り残された四人の輪の中で、１号が呟いた。
　「仕方ないじゃない。今夜の作戦が失敗したら、全てが水の泡よ」
　３号が諭した。
　「でも、僕らって、やっぱり足手纏いなのかな？　総攻撃の時まで置いてきぼりになったら、たまらないよ！」
　「そう、ひがまんでもええやんか。折角、山火事消し止めたんや。もう夜も更けたし、そろそろ帰ろかな。……ほな、さいなら」
　４号は、一足先に家へ帰ろうと、飛び去って行った。
　「それじゃ、私達も帰りましょ」
　３号の呼び掛けに二人は答えた。次の瞬間、三人はパータッチをして、東の方向に飛んで行った。



＊１　　アルマイトの過去については、私の全くの創作である事をお断わりしておきます。