６．　戦闘準備


　暦は、七月にめくられた。
　夏は四人にとって、忙しい季節だった。海や山での事故や台風の影響による被害の回避の為の仕事などが、一挙に増えるからだ。その他、個人としての活動も忙しくなる。４号はお中元の配達。３号は、新春公開予定の映画の撮影。そして１号は……。

　「これから、ホームルームを始めます」
　一年一組の教室では、議長役の学級委員長が教壇に立った。だがみんなは、ソワソワしてお喋りを止めようとしない。
　「静かにして下さい！」
　議長が何度か叫ぶと、ようやくお喋りは静まった。
　「今日は、八月二・三・四日に行なわれる“河口湖畔移動教室”について話し合いたいと思います」
　その途端、歓声が爆発し、窓ガラスを揺すった。
　「ヤッターッ！」
　「いいぞ、いいぞ！」
　「ヨッ、待ってました！」
　最後の調子のいいのは、サブの声だ。
　「静かに！」
　痺れを切らした山田先生が叫んだ。
　「まずは班編成をしたいと思います。一班は五人で、男女共四つずつ。それぞれ一つだけ六人となります。編成方法は、この間決めた通り自由です。それでは、班編成をして下さい」
　あっという間に、教室は歩き回る生徒で埋め尽くされた。ミツ夫もその波の中に押し出され、立ちすくんでいた。
　「おい、ミツ夫」
　ふと振り向くと、そこにはサブの姿があった。
　「一緒の班になろうぜ」
　「う、うん。ところで何処へ行く？」
　ミツ夫が言ったその時、背後から、
　「お前ら、二人きりか？」
　という声がした。二人は頷く。
　「なら、俺んとこへ来てくれよ。あと二人で揃うんだ」
　話しかけてきたのは、小学校で同級生だった「斉藤」だ。
　「どうする、ミツ夫」
　サブが、ミツ夫の顔を覗き込んだ。
　「別にいいんじゃない」
　「なら、僕もいいや」
　「それじゃ、決まりだな。オーイ、商談成立だぞ〜！」
　斉藤は、前の方にいた二人に声をかけると、歩いて行った。
　（パーヤンみたいな物言いをするヤツだな）
　ミツ夫は心の中で呟きながら、後を追った。

　「それじゃ、樹海の近くでキャンプするんだな」
　「はい。河口湖近くの森の中にあるキャンプ場を借りて二泊三日の移動教室をするんです。ところでエクタルさんは何の用で来たんです？」
　その日の午後、須羽家にエクタルの呼び出しで四人が集まったので、１号は彼らにキャンプの話をして聞かせたのだった。
　「この間からの経過報告さ」
　エクタルはそう言うと、少し小さめのビデオデッキのようなものをセットし始めた。そしてベットの上方に向けて映像を写し出した。
　「我々は、カメラを三ヶ所に仕掛けた。それによって分かった事は……」
　画面では、ガザン星人達の様々な光景が流れて行った。
　「彼らは二十人ぐらいの集団で暮らしている。どうやら本部の先発調査及び攻撃隊らしい。そして、地球侵略において邪魔な我々を始末したがっているらしい。だが、我々に分かったのはそれまでだった。不覚にも、奴らに感付かれてしまったのだ」
　「えっ！！」
　四人がほぼ同時に声を上げた。
　「しかも、奴らのリーダーは、カメラを破壊する前にメッセージを送って来た。今からそれを見せる」
　エクタルはそう言うと、画面を切り替えた。すると、画面にいきなり男の顔が写った。見るからに悪巧みをしそうな顔つきだ。
　「私は、地球侵略部隊の長だ。貴様らの目論みは全て筒抜けだ。せいぜい、あがくがよい。ワーッハハハハ……」
　「完全にコケにされとる」
　４号がいまいましそうに言った。２号もかなり興奮している。
　「よぅし、絶対にガザン星人に一泡ふかせてやるぞ」
　１号が叫んだ。三人が、それに拍手を送った。それが済むと、エクタルが話を続けた。
　「そこでだ。我々としては、ガザン星人の監視を続行する為に、ワッケとイリメンの超能力を借りる事にした」
「超能力？　イリメンさんにも透視力があったんですか？」
　１号が尋ねた。
　「いや、イリメンはテレパスだよ。そうか、まだその事については話してなかったんだな」
　エクタルは、ビデオを止めると、話し続けた。
　「我々はそれぞれある程度の超能力を持っている。エインは『テレキネシス』。ミナは『予知』。インガは軽い『過去知（＊１）』が出来る。そして、アルマイトは……」
　「『テレポート』でしょ」
　３号が自信たっぷりに言った。が、エクタルの答えはこうだった。
　「いいや『的撃ち（＊２）』さ。あいつは別格なんだよ」
　「『マトウチ』？」
　「『的を撃つ』つまり、『名射撃手』って事さ」
　「ウッソー!!」
　四人が叫んだ。
　「おっちょこちょいのあいつしか知らない奴は、たいていそう言うさ。だが、銃を持つと目付きが変わるんだ」
　「そう言われてみれば……」
　４号が呟いた。
　「いや、あいつ自身も『的当てゲーム』で自分の超能力を知ったというから、本当の偶然だよ。何はともあれ、これからの事に話を戻すと、二人に適当な場所に陣取ってもらい、ガザン星人の監視を続け、テレパシーで我々に情報を送ってもらう」
　「それなら、私ん家の別荘が西湖の近くにあるから、なんとか頼んで空けてもらうわ。だからそこを使って」
　３号が提案した。
　「分かった。考えとくよ」
　エクタルは立ち上がると、ビデオをしまって立ち去った。１号が、ポツリと呟く。
　「変身銃が、ますます恐くなった」

　「それで、俺に出動を要請したという訳なんだな。ま、一杯どうだ」
　アルマイトは、レムリ（＊３）の入った瓶を傾けた。
　「ありがとう」
　エクタルは、数口飲むと笑みを浮かべた。
　「いやぁ、久しぶりに飲むレムリの味はまた格別だな。あ、それで本部は、私の出したレポートを読んで、取りあえずは我々七人の力でも大丈夫だと判断したんだ。インガも呼び寄せた。後はアルジェが来てくれるのを待つだけなんだ」
　「分かった」
　二人は、レムリを飲みほすと立ち上がった。

　だが、ガザン星人は動かなかった。その内に、中学校は夏休みになった。
　その頃、本部では次のような通達が行なわれていた。
「通達　−第４２星区のバードマン及びパーマンは、本部が命令を下すまではアジトの監視を続ける事。必要があれば偵察をしても良いが、くれぐれも慎重に行なう事。−以上」

　それから、数日後……。
　「イリメンさん、ワッケさん、いる？」
　「バカ、でっかい声で呼ぶな。今開けるから」
　１号の声に答えて、イリメンがドアを開けた。西湖近くにある小さなロッジの入り口である。
　「ここには、あんまり来るなって言っただろう？」
　「パトロールして来て疲れちゃったんだ。何か冷たい飲み物ないかな？」
　「それじゃ、ジュースでもどうぞ」
　ワッケが冷蔵庫から持って来たジュースを注いだ。１号は、それを飲むと言った。
　「退屈しませんか？　二人っきりで」
　「何言ってるんだい。一刻も気を抜いていられない仕事なんだぞ」
　イリメンが言った。
　「でも、どうしてみんなこっちに来ないんだろう？　いざという時、バード星にいたんじゃ大変だと思うんだけど」
　「細かい計画を立ててるんだ。ガザン星人はしたたかだから。こっちもそれなりの作戦を立てなきゃ動けない。その上、全体会議の準備で忙しいんだ」
　「全体会議？」
　「あら、エクタルさん、話さなかった？」
　「うん、初耳」
　「じゃ、エタルは時期早々と見たんだろう。じきに、エタルが話してくれるさ。それに、ガザン星人を叩き潰さなきゃ、おちおち会議もやってられないからな」
　「うん」
　１号は生半可な声で頷いた。
　「じゃ、そろそろ帰んな。明日からキャンプなんだろ？　ゆっくり休んでおくんだな」
　「はい。それじゃ、ごちそうさまでした」
　１号は外に出ると、飛び上がって樹海の方向を見つめた。イリメンとワッケが、星野家所有のロッジに泊込みで監視を始めてから、既に数日が過ぎていた。だが、ガザン星人は一向に動かない。ワッケの透視力をもってしても、怪しい動きが見えないのだ。それは、彼女が質の悪い風邪にかかって、調子が良くないせいでもある。彼女は「大丈夫」と言い張っているが、イリメンは心配そうだ。そこで、１号はキャンプの間は、パトロールを強化する事にした。

　「ワッケが倒れたそうだ」
　通信文を見ながらエクタルが言った。いくらイリメンがテレパスでも、宇宙を隔てての通信には無理があるので、一旦、アルマイトのコピーにテレパシーを送り、コピーがそれを本部に送るという形をとったのだ。
　「奴らが、この隙に動き出さないとも限らない。エタル、急いだ方がいいんじゃないか？」
　「本部が『ＧＯ』サインを出してくれないんだ」
　エクタルが、いまいましそうに言った。
　「畜生、本部は地球を見殺しにする気か？」
　インガが叫んだ。
　「まぁ、待て。本部も少々じれているんじゃないか？　わざと奴らを動き出させようとしてるのかも知れないぜ」
　エインが言った。
　「そんなの無駄だ！　危険過ぎる！」
　「だが、地球にはイリメン達もいるしパーマン達がいる。もし最悪の事態になっても、我々が行くまで食い止めてくれるだろう」
　「だからお前は楽天家だっていうんだよ。イリメン達はともかく、超能力を持たないパーマン達が、まともにガザン星人達と渡り合えると思うのか？」
　いつの間にか、テーブルはエインとインガの討論場と化していた。その時だ。
　「あれ、アルジェは？」
　エクタルが尋ねた。
　「そう言えば……。いつの間にか、いなくなっちゃったわ」
　「なぁに、トイレにでも行ってんだよ」
　インガの意見に、一同は笑いながら同意した。

　その頃、アルマイトは本部付属空港の倉庫にいた。彼の目の前には、久しぶりに見る、パトロール艇の姿があった。それ自体は４２星区の物なのだが、彼自身は半私物にしてしまっていた。
　アルマイトは、軽い整備を済ませると、ロビーに向かって戻って行った。

　　　　＊　　　　　　　＊　　　　　　　＊

　「みんな、大至急来て！　ガザン星人が動き出したわ！」
　こんな通信が三人の耳に届いたのは、八月三日の午後だった。
　ミツ夫は、飯盒炊飯の用意をしていたが、慌ててテントに駆け戻ると、コピーに後を任せて、樹海に向かって飛びたった。

　例の入り口に、三人のパーマン達が立っていた。イリメンにテレポートしてもらったらしい。
　「イリメンさんとワッケさんは？」
　１号は尋ねた。
　「ワッケさんは、体の調子が良くないのに、無理して超能力を使ったんで倒れちゃったの。イリメンさんは、その看病と監視をしているわ。でもそのお陰で、ガザン星人が、いよいよ動き出そうとしている事が分かったの」
　「で、本格的に動き出すのが、今夜あたりか」
　４号が、呟くように言った。
　「ええ。イリメンさんのテレパシーによると、どうもそうらしいの」
　「ねぇ、バード星には、もう連絡したんでしょ？　いつ頃来るの？」
　次いで、１号が尋ねた。
　「ええ。本部が『ＧＯ』サインを出したら、すぐ駆け付けるって……」
　「それじゃ、遅過ぎるんだよ」
　１号が、いまいましそうに言った。
　「ええ。しかけたカメラも、いつまで保つかどうか……。とにかく、出来るだけ早く来て欲しいわ」
　「今夜は、徹夜になるな」
　４号が言った。
　「私、ロッジに戻るわ。少しイリメンさんを助けてあげなきゃ」
　２号が「一緒に行きたい」というような仕草をした。
　「分かったわ。そっちは二人で大丈夫？」
　二人は頷いた。３号と２号は、連れ立って飛びたった。

　そのまま、一時間ほど過ぎた。もうすっかり夜だ。
　「１号はん、キャンプか気になりまっか？」
　４号が、しきりにキャンプの方角の空を見上げる１号に向かって言った。
　「う、うん。でも、こんな時に、自分の都合はつけてられないよ」
　「行って来たらええやんか」
　「え？！」
　１号は、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
　「そろそろ夕飯時やろ？　それに、今夜でキャンプも最後。一時間くらい、覗いて来るのも悪かないで」
　「でも、パーヤンは……」
　１号が、消え入りそうな声で言った。
　「あと数時間は、奴らも動かんと見た。それに、ほら、ちゃんと食事も持って来た」
　４号は、来ていたウインドブレーカーのポケットから、パンの入った袋を取り出した。
　「ほら、グズグスせんと、早う行きなはれ」
　４号が急かした。
　「ありがとう。出来るだけ、早く帰って来るよ」
　１号は、樹海上空に向かって飛びたった。

　キャンプ場は、既に温かな夕食の匂いが漂っていた。１号は、その中の一つのかまどに歩み寄った。
　「あれ、パーマン。どうしたの？」
　鍋の蓋をとって中を覗き込んでいたコピーが、声を掛けた。
　「ちょっと、来てくれないか？」
　１号は、その問いには答えず、コピーを奥の林へ引っ張って行った。

　「コピー、一時間だけ交替してくれ」
　いきなり、マジな顔で１号が迫って来たので、コピーは息を飲んだ。
　「ぼ、僕は別に構わないけど……、一体どうしたの？」
　「……コピー、もしかしたら、僕は今度出掛けたら、二度と帰って来ないかも知れない。そん時には、後をよろしく頼むよ」
　「何言ってるんだよ！　そんな事、ある訳ないじゃないか！」
　「いや、僕は今、一か八かの作戦を考えてるんだ。成功すれば、僕らの戦いは非常に有利になるけれど、失敗したら、僕はともかく、みんなの命まで危険にさらす事になるかも知れない。でも、僕はやるつもりだ」
　「ミツ夫君……」
　コピーは、ここでこの名を呼んではいけない事も忘れて、呼び掛けた。
　「コピー、約束してくれるね？」
　「……分かったよ、約束する」
　「ありがとう。これで、安心してスイッチを押せる」
　１号は、後の言葉を呟くように言うと、コピーのスイッチを押した。そして、それをシャツの下に隠すと、素早くテントに戻ってコピーを隠した。そして、何くわぬ顔でかまどに戻った。

　夕食が済むと、全員が積み上げた材木の周りに集まった。キャンプファイヤーが始まるのだ。
　ミツ夫は時間を気にしながらも、仲間達に引きずられるように、周りに座った。だが、彼の周りで起こっている事については、全く無関心だった。
　「どうしたんだ、ミツ夫？」
　サブがミツ夫の顔を覗き込んだ。
　「ううん、何でもない」
　呟くように、彼は答えた。
　「変な奴。おい、カバオんとこ行こうぜ」
　ミツ夫が首を振ったのを見たサブは、三組の方へ駆けて行った。だが、
　（こうやって、みんなと一緒にいられるのも、今日が最後なのかも知れない……）
　ミツ夫の心は、時の彼方へ飛んでいた。
　そんな彼の姿に、さっきからずっと目を止めている者があった。ミチ子である。
　彼女は、さっき彼がパーマンに引っ張られていってから、何処かおかしいのに気付いていたのだった。もともと彼には一度悩み出すと、とことん悩むような所があったが、今日のような表情は今まで見た事がなかった。
　その内に、彼は時計を見ると立ち上がった。そして、テントの方に行くと、その中に入った。それを見届けてから、ミチ子は彼の後を追った。



＊１　　「ポスト・コグニション」とも言う。人と会ったり、物を見たり持ったりしただけで、それにまつわる過去が分かる能力。

＊２　　Ｐ・Ｐ・Ｓ・Ｓでは初出。

＊３　　バード星の酒の一種。