７．　覚悟を決めて


　テントには、ビニール製の覗き窓があった。ミチ子はそこからそっと中を覗き込んだ。ミツ夫は窓に背を向けて、リュックの中から何かを取り出そうとしていた。
　ちょうど影になって、彼が何をしたのか分からなかったが、次の瞬間、彼女は息を飲んだ。ミツ夫の脇に、もう一人のミツ夫が出現したのだ。ミチ子は、ある事を思い出した。五年生の頃、宇宙人と会おうとハル三の家に張り込んだ時、ガン子が宇宙人のプレゼントと思って鼻の部分を押した人形が、もう一人のガン子を作った事である。
　（あの時（＊１）、パーマンは「錯覚だ」と言い張ったのに……）
　ミチ子の頭の中は混乱していた。だが覗き見は止めなかった。
　二人（？）は、低い声で二言三言会話を交わした。しかしその会話は彼女には届かなかった。
　次に本人のミツ夫が、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。そして、一瞬のうちに彼の手の上には、マスクとおぼしき物が乗っかっていた。次いでその中から、マントとバッジが取り出された。それはあまりにも手慣れた仕草だった。
　「パー着」
　という声が、微かにミチ子の耳に響く。更にドアを開ける音がした。彼女は慌ててテントの裏手に隠れた。
　「コピー、早く行け。みんなに怪しまれないうちに」
　「分かった」
　『コピー』の足音が、キャンプファイヤーの輪の方角に向かって遠ざかっていった。
　それが消えると、もう一つの足音がした。ミチ子は耐え切れず、そっと覗いてみた。
　そこには１号の姿があった。月の光と火のほのかな照り返しを受て、彼の顔ははっきりと見えた。その顔は一段と凛々しく、普段のミチ子だったら、胸をときめかせた事だろう。だが、そのマスクの下に秘めたものを見てしまった今、彼女の心にあるものは大きな罪悪感だけだった。
　（私は、見てはいけないものを見てしまった……）
　どうやら１号は何も知らないらしい。キャンプファイヤーの輪に一瞥をくれると、
　「パワッチ！」
　彼は飛び上がった。そして、真っすぐ樹海に向かって飛び去った。
　（私は、見てはいけないものを見てしまった……。あぁ、あの時、私が変な好奇心など起こさねば……）
　ミチ子は、ヘナヘナとその場に崩れ落ちたい気持ちだった……。

　「お待たせ」
　４号の脇に１号は降りたった。
　「ぴったし一時間後に帰ってきよったな。もう少し遅れるかと思った」
　「いや、本当は、もう少し早く帰って来ようと思ったんだけど、チャンスがなくて……。ところで、留守中に変わった所はなかった？」
　「ああ。というより、動きが見えへんのや」
　「やっぱり」
　４号は少し考えてから言った。
　「もしかしたら、これは奴らの罠なんと違うか？」
　「罠？！」
　「そや。わいらを誘き寄せておいて、一気に叩き潰す」
　「ま、まさか……」
　１号は青ざめた。
　「敵は切れ者ぞろいや。見くびったらアカン」
　「分かってるよ」
　１号はいまいましそうに言うと、横を向いた。
　ところがしばらくすると彼は、ふと思いついたという風に４号に話し掛けた。
　「ねぇパーやん。少し眠ったら？　見張りは僕が引き受けるから」
　「あ、それはおおきに。そやけど１号はんは？」
　「大丈夫だよ。眠くなったら交替して貰うから」
　「何や、ちゃっかりしとりまんなぁ」
　４号が呟くと、１号は照れ笑いをしながら、持ってきたザックから毛布を取り出した。
　「これ、使っていいよ」
　「ほなお言葉に甘えて、一眠りしてもらいまっさ」
　４号は横になって毛布をひっかぶると、あっけなく寝入ってしまった。１号はそんな彼から目をそらすと、アジトへ続く穴を覗き込んだ。立体映像で苔むした地面のように見せているのだが、彼らには既にバレている。
　１号はザックの中から偽物のパーマンセットを取り出した。それを身につけると、本物のパーマンセットは丸めてザックのポケットにしまった。
　準備は出来た。後は実行するのみだ。

　穴は意外に深かった。懐中電灯で見ると、ちょうど１号の右側に梯子が付いているのが見えた。彼は、それに取りつくと降りて行った。

　ミツ夫は、地下に降りたった時全身が震えるのを感じた。それが寒さによるものなのか、武者震いなのか、この大それた行動の反動によるものなのかは分からなかったが、ともかく彼は暗い風穴を進み始めた。
　穴は、大人が少し屈んで通れるくらいだった。もし赤外線センサーか何かがあったら大変なので、彼は身を屈め、壁に体を寄せるようにして進んで行った。
　どれくらいたっただろうか？　不意に目の前が開けた。そこはまるで巨大なホールのようになっていた。その周りをコの字形の建物が囲んでいる。
　「これは……」
　ミツ夫は息を飲んだ。拉致された時、山小屋で出会ったガザン星人のイメージが音を立てて崩れていくのを感じた。
　ガザン星人は、風穴に手を加えて広げたのだろうか？　高さはそれ程でもないが、奥行は百メートル程ある。
　（やっぱり、あそこまで行かなきゃ、偵察とは言えないよな。……よし、行こう）
　ミツ夫は慎重に辺りを見回した。人は居ないようだ。おそらく、最終準備にいそしんでいるのだろう。
　ミツ夫は懐中電灯を下に置くと、腰のポーチから一つのビンを取り出した。そこには、数匹のカブト虫がうごめいていた。これを放して異常無しとみたら、あるいは彼らの気を引き付けておいてから、一気に走り抜ける計画だった。懐中電灯をポーチにしまうと、彼は虫達に話し掛けた。
　「地球の平和の為だ。よろしく頼むよ」
　虫に言葉が通じているとも思えないが、ともかく彼は、ビンのコルク栓を抜いた。
　何処かで、微かに「ウィーン」という音がしたような気がした。おそらくテレビカメラだろう。彼はその隙に、虫達とは反対側の建物の所まで走り抜いた。
　ミツ夫は、何だか拍子抜けした気分だった。いとも簡単にここまでたどり着いてしまったからだ。そもそも、彼自身はおそらく失敗するだろうと思っていたのだ。
　（もしかしたら、ガザン星人達は、僕らの裏をかいて、もう何処かへ行っちゃったんじゃなかろうか……？）
　ミツ夫の心の中の、悩みの種が、少しずつ膨れあがってきた。
　いくら何でも、表口から中に入る訳にはいかない。そこで彼は、他に入れそうな所は無いかと、建物を調べた。すると、良さそうな所が一つあった。裏口らしいドアである。脇に、押しボタンが一つあり、これで開くようになっているらしい。
　ミツ夫は、ポケットから小石のような岩のカケラを取り出すとボタンに押し当てた。何か仕掛けがあって、指が駄目になってしまうのを恐れたからだ。
　すると、音もなくドアが開いた。ミツ夫は、それが完全に開くのが待ち切れず、ドアの中に飛び込んだ。
　（こんなに上手くいってしまって、いいんだろうか……？）
　ミツ夫がそう思いながら、次の一歩を踏み出した、その時だ。不意に後方から透明な煙が全身を襲った。彼はハッとして鼻と口を覆ったが、もう間に合わなかった。
　（やっぱり、そう上手くいく訳ないんだ……）
　ミツ夫は頭の隅で呟きながら、意識が遠退くのを感じた。
　“ヴィーン……”
　耳の奥でこんな音がする。なんだか、頭の中をかき回されてるような気分だ。
　（サァ、キミノココロニヒメテイルモノヲ、イッテゴラン）
　不思議な声が頭の中に響いてきた。ミツ夫はそれに邪悪なものを感じ取った。
　（嫌だ！　言うもんか！）
　無意識の内に、ミツ夫は返答していた。
　（コワガラナクテイイ。サァ、ココロヲラクニシテ）
　（何、言ってんだ！　パーマンの秘密を狙っているくせに！）
　その瞬間、ヴィーンという音も声も消えた。
　ミツ夫は目を開けた。体を起こそうとしたが起き上がれない。彼は頭を回して、自分がベルトらしき物に手足を縛られているのに気が付いた。
　「どうやら、目覚めさせてしまったようだな」
　背後から声がした。それはあのビデオの男の声だった。
　「１号君。いや、スワ君と呼んだ方がお気に召すかな？　君も中々味な真似をするよ。オモチャとはな。だが我々をおちょくる気なら、もっと本物に似せておくんだな。反重力探知機が、無駄になってしまったではないか。ハッハハハ……」
　「一体これは何の真似だ！」
　男の笑い声を無視して、ミツ夫は叫んだ。
　「声だけは、相変わらず威勢がいいな。見ての通り“催眠分析”をしてたのさ」
　「“催眠分析”？」
　そうだ。もう少しで、貴様の心をコントロール出来たものを……」
　（フ〜ッ、危なかった……）
　ミツ夫は心のなかで溜め息をついた。だが、その安心はしばらくの間しか続かなかった。男がこう言ったからだ。
　「だがパーマン１号君、いい事を教えてあげよう。我々はそんな秘密など知らなくても、バードマン・パーマン連合など簡単にうち破ってみせる。その手始めに、貴様を処刑する」
　今まで、色々な危機を切り抜け、死と隣り合わせの危険もおかしたミツ夫だが、これ程ストレートに死の宣告を聞いたのは初めてだった。彼の体は恐怖でガタガタと震え始めた。
　「処刑は明日の朝だ。その頃には君の仲間も動き出すだろう。じゃぁな」
　「待って！」
　通話が切れようとする寸前に、ミツ夫が声を掛けた。
　「僕にも質問させて！」
　「何だ？」
　男の声が返ってきた。
　「一体ガザン星人は、何を企んでるの？　どうして僕を拉致した時と、全然対応が違うの？　そして、リーダーの名前は？」
　「随分、欲張りだな。ま、答えても差し支えはあるまい」
　男はもったいぶった調子で、話し始めた。
　「まず第一の答え。我々は地球を内部からジワジワと崩壊させるんだ。自然気象をコントロールし、その影響で国家を分裂させ、戦争寸前という所で我々が登場し、和解を薦め兵器を凍結させる。そして気が付いた時には、地球は我々の植民地となっているが、立ち上がる事も出来ないという訳さ。無論その頃には、バード星も銀河連邦も無きに等しくなっているだろうから、助けの手を差し伸べる者もいない。我々の思う壺だ」
　「そんなの夢物語だ！」
　ミツ夫は思わず叫んだ。が、男は冷淡だった。
　「ま、いくらでも喚くがよい。どのみち貴様の命も明日までだ。そうそう、まだ二つ質問が残っていたな。それじゃ、第二の問いの答えを言おう。あいつらは、ま、クズだな。あいつらは先発隊として出すぎた行動をした。だから我々はあの四人を処刑した。第三の答え。私の名は『ハルス』。地球侵略部隊の長官だ」
　（どうりで、いくら現場検証をしても、遺体（＊２）が見つからなかった訳だ）
　「聞きたい事はそれだけか？　じゃぁな」
　通話が切れた。ミツ夫を一人闇の中に残して……。

　「ウ〜ン……」
　鈍い痛みを頭に感じながら、４号は目を覚ました。どうやら木の根っこに頭をぶつけたらしい。
　「……あれ、１号はんは？」
　視線の先には１号のザックしかなかった。
　「しゃぁないなぁ。用足しにでも行ったんか？」
　ふと時計を見ると、針は二時を指していた。
　（草木も眠る丑三つ時か……。それにしても、１号はん遅いな。何処かで腰抜かしてるんと違うか？）
　４号はバッジを鳴らしてみた。すると、意外に近くで返答がある。どうやらそれはザックの中から聞こえてくるらしい。
　（１号はん、バッジ置いて何処へ行ったんや？　しゃぁない、失礼させてもらいます）
　４号はザックを取ると中を覗いた。中は毛布が入っていただけらしく、空っぽになっている。
　（とすると、ポケットか？）
　ポケットのチャックを開いた４号は、思わず声高らかに叫んだ。
　「パ、パーマンセット！！」
　その脇には折りたたんだ紙切れが置いてある。上書きには『みんなへ』と書いてある。
　彼は、その紙を開いた。中は案の定、手紙になっていた。


　　　僕は、ガザン星人のアジトに乗り込み、中を偵察してくる。
　　　おそらく僕は、何らかの攻撃を受けるだろう。捕虜になるかも知れない。
　　　でも、パーマンセットは置いていく。秘密を渡さない為にだ。
　　　もし、ガザン星人が僕を人質にとっても、ためらわずに戦ってくれ。
　　　それじゃ、また会う日まで。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１号


　「１号はん、無茶や！　すぐにみんなに知らせなきゃ！」
　４号は叫んだ。上空で、夜の眠りを妨げられた鳥達の羽ばたきが聞こえた。



＊１　　アニメオリジナル「宇宙人のプレゼント」参照。

＊２　　拉致事件は、犯人グループが雪崩に巻き込まれてケリが着いた。