８．　対決


　バードマン本部。
　「隊長、お願いです！　出発を許可して下さい！」
　エクタルは身を乗り出したまま、シャライ隊長の目を見つめて言った。
　「パーマン１号は、我々の対応が遅いのに業を煮やして、単身アジトに乗り込んだんですよ！　４号もあの体で透視を使って、ひどく疲労しています。もし１号が奴らの餌食になったら、どうなさるおつもりなんですか？！」
　隊長はあくまで冷静な声で言った。
　「君の言い分は良く分かった。だが、その前に本部役員の許可を得るための協議をしなければ……」
　「協議、協議って、これは一刻を争う問題なんですよ！」
　「君も知っているだろ？　『法規六十七条の１』を」
　「『一星に関わる事件に関しては、本部役員達の許可を受けなくては、出動することが出来ない』」
　「その通りだ」
　「しかし『その２』にこうあります。『ただし危急の場合は、司令官、隊長両名の許可を得れば、出動してよい』」
　「だが、いま、司令官は不在だ。君も承知だろうが、司令官は脳卒中（＊１）の発作で病院に……」
　「だからこそ、司令官代理のあなたに……」
　「分かった分かった。少し人数は足らんが、本部役員達を待たせてある。すぐ許可を取る。五ミネガ（＊２）程待っててくれ」
　隊長はそそくさとテレポートして消えた。そこにバッジの音がした。
　「こちら１号」
　「アルジェが……。すぐ行くって聞かないの！」
　声の主はミナだった。その背後からアルマイトの声が入った。
　「エタル、結果なんてどうでもいい。俺は行く！」
　「待て、アルジェ！」
　エクタルは、そう呼び掛けるとロビーへテレポートした。
　アルマイトは走り出そうとした。そこにエクタルが立ちはだかったのだ。
　「アルジェ、リーダーとして命令する。その場に止まれ！」
　「嫌だ！」
　アルマイトは、それを振り切って走り出そうとした。
　「アルジェ。あともう少しで許可が出る。それまで待て！　今行ったら、法規二十九条に違反するぞ！」
　「法規と人の命と、エタルはどっちが大事なんだ？」
　「それは……」
　エクタルは口籠もった。だがすぐ気を取り直して叫んだ。
　「アルジェ、あと五ミネガ、五ミネガでいいんだ。許可が出るまで待ってくれ！」
　「御免だね！」
　アルマイトは、本部エアポートに向かって走り出した。が、その時足が止まった。というより、止められたという方が当たっているだろう。エインがテレキネシスを使ったのだ。
　「すまん、アルジェ。許可が出るまで辛抱してくれ」
　エインが呟いた。
　だが、アルマイトはそれで引き下がる人間ではなかった。彼は、思わせたっぷりに言ったのだ。
　「みんな、俺は伊達に研修してたんじゃないぜ。特訓のお陰で機械の力を借りなくても……」
　「アルジェ、まさか！」
　エクタルが叫んだ時には遅かった。ものの見事にアルマイトはテレポートしていたのだ。しかも、エインのテレキネシスまで破って……。
　「エタル、急いで追えば……」
　インガが声を掛けた。だがエクタルは、静かに首を振った。
　「駄目だ。今のアルジェなら、太陽（ガルゴル）達（＊３）だって引き離せる」
　「『的撃ち』に、テレポートが加わると鬼に金棒だからな」
　インガは頷いた。その時ミナが声を上げた。
　「大変よ！　私の予知によると、あのまま地球へ向かったらアルジェは大怪我するわ！」
　「何だって？！」
　五人は顔を見合わせた。

　「エクタルさんが『先に行ってなさい』って通信を送ってきたの。向こうも許可が出たから、すぐ駆け付けるって」
　穴の入り口で待機していた４号の元へ、３号が報告にやって来た。
　「中の様子は？」
　４号が尋ねた。
　「駄目。全然分からないの」
　「いっちょ飛び込んでみっか」
　「ええ」
　３号は、１号のザックを持つと穴に飛び込んだ。４号がその後を追った。

　例の広場の入り口に、二人は立っていた。だが、彼らが見たものはもっとショッキングな光景だった。建物の壁に一本の柱がたてられ、そこにミツ夫が縛られていた。彼の前には、銃を持った二人のガザン星人がいる。
　「１号、やっぱり捕まっちゃったのよ！」
　３号は、興奮したような声を上げた。
　「分かっとるがな。それより、なんとかして１号はんを助ける方法を考えなあかん」
　二人は息をひそめて、通路の壁にピッタリと背をつけた。そこにあのビデオの男の声が聞こえてきた。
　「１号。最後に何か、言い残しておきたい事はないか？」
　すると、ミツ夫はそれを待っていたかのように話し始めた。
　「僕は、自分のやった事に後悔はしていない。それに、みんなを巻き込まなかった事だけでも良かったと思っている。もうすぐ、みんながやって来る。そうすればこんなアジト、あっという間に潰されるから」
　「それが遺言か。じゃ、奴らによく伝えといてやろう」
　男は、不適な笑いを顔に浮かべた。
　「そうそう、冥途の土産に教えてやろう。我々は、パーマン全員の正体を知っている。一人一人抹殺する事も可能だ。可哀相に、ここで死ぬのとどっちが良かったかな……」
　「そんなのハッタリだ！」
　ミツ夫は叫んだ。が、男は動じなかった。
　「信じないのなら、言ってあげよう。１号は君。２号は富成町の一尾夫妻（＊４）のペット『ブービー』。３号は……」
　「止めろ！！」
　柱から身を乗り出さんばかりにして、ミツ夫は叫んだ。
　「いや、止める訳にはいかんのだ。他にも聞かせたい方々がいるのでな。３号は、本名『鈴木伸子』、芸名『星野スミレ』。朝日ヶ丘コーポ在住（＊５）。４号は、大阪府東区（＊６）、金福寺住職の長男『大山法善』。そうだな？　諸君」
　「畜生……」
　４号が、唇を噛みしめた。
　「ねぇ、一か八か、飛び込みましょう！　今なら間に合うわ！」
　「用意！」
　その時、男の手が上がった。三人の体に戦慄が走った。
　「よし行こう。わいらも１号はんと一蓮托生や！」
　だが、二人が飛び出した瞬間、
　『ピキキーン！』
　思いっきり引っ張った弦を、一気に切ったような音がした。
　「１号！」
　３号は思わず両手で顔を覆った。だが、次に聞こえて来たのはガザン星人のどよめきだった。手を除けた３号が見たのは、柱にあいた銃痕だけだった。
　「パー子はん大丈夫や！　テレポートさせたんや！！」
　「良かった！」
　と３号は叫んで、４号の首ったまにしがみついたからたまらない。彼は、思いっきりよろめいた。

　ミツ夫は、光が向かって来るのを見て叫び声を上げた。目をつぶったその時、彼の体が宙に浮いた。
　（テレポート……）
　何度も感じた感じなので、すぐに分かった。だが、それは何処となく頼りなかった。意識がハッキリしてくるにつれて、こんな声が頭の中に響いて来た。
　「１号、１号、しっかりしろ」
　「え？！」
　三ヵ月ぶりの懐かしい声に思わずミツ夫は目を開けた。真上から覗き込んでいるのは、アルマイトの顔だった。
　「バードマン！！」
　（ありゃ、またやっちゃった）と、思った瞬間、１号の目の前にズイと迫って来た物があった。変身銃である。
　「全く、こんな無茶をしおって！　お陰で、宇宙船が壊れちまったじゃないか！」
　彼が銃口で指した方向を見ると、エンジン部分から煙が出ているパトロール艇の姿があった。
　「いいか、今度こんなバカをやったらこいつで……」
　アルマイトの説教は最後まで終わらなかった。彼が、こう叫んだからだ。
　「いかん！　奴らが追って来る！」
　「何も、見えないけどな……」
　辺りを見回しながら呟いた１号に、アルマイトは早口で言った。
　「地上にテレポートして来るんだ！　１号、早く逃げろ！」
　「逃げるって……」
　戸惑っているミツ夫の目にも、今度はハッキリと数人のガザン星人の姿が見えてきた。と同時に、幾筋もの光がこっちへ向かってやって来るのも……。
　「１号、危ない！」
　次の瞬間、樹海は消えた。だが、最後にミツ夫の目に写ったものは、少なくとも一つの光線に足を貫かれたアルマイトの姿だった。

　「うわちゃっ！」
　ミツ夫は、地面に叩きつけられたショックと痛みとで、思わず叫び声を上げた。
　そこは、やはり森の中だった。ガザン星人もアルマイトの姿もない。
　（一体、ここは何処なんだろう……？）
　辺りを見回してみると、彼は、見覚えのある枯木を見付けた。
　（とすると、ここはさっきの場所からそう離れてはいないな）
　ミツ夫は、あの時の記憶を頼りに森の中を入口に向かって歩き出した。

　散々迷ったあげく、ミツ夫はさっきの場所近くにたどり着いた。そして近くの茂みの中から、そっと覗いてみた。その途端、彼の心臓は一際大きく音をたてた。
　そこには、左の太ももを血に染めたアルマイトが倒れていた。辺りにガザン星人はいない。ミツ夫は慌ててその傍に駆け寄った。
　まず彼がしたのは、脈をとる事だった。どうやら弱いがちゃんとあった。次に怪我の様子をみる。左の太ももをビームが貫いたらしく、血が溢れ出ていた。
　ハンカチで押さえても焼け石に水だった。空色のハンカチはみるみる内に深紅に染め上がった。ミツ夫の心に危惧の思いが生じた。
　「どうしよう……。この血、なんとかしてとめなくちゃ……。何か、何か……」
　その時、彼の脳裏に保健の実習の時間の記憶が浮かんだ。
　「そうだ『止血法』だ！　でも、どうやるんだっけ……」
　記憶とは便利なもので、山田先生のダミ声までよみがえってきたからたまらない。その時彼は、先生に練習台にされたのだ。
『いいか。例えば、ここ、足の静脈から出血したとする。その時は、心臓に近い方を骨に向かって押さえる。他の部分でも、この応用だ。いいな』
　「先生、サンキュー！」
　思わず礼を口に出して言うと、ミツ夫は、アルマイトの太ももの端を骨がバラバラになるくらいに押さえた。
　効果はてきめんだった。だが彼自身も、全精神を傾けた為クタクタになってしまった。その時、目の前で空間が歪んだ。
　（ガザン星人！）
　とっさにミツ夫は思ったが、気絶したアルマイトを置いたまま逃げる訳にはいかない。そのうちに、そこに一人の人形（ひとがた）が現われた。
　「１号、どうした？」
　その声に、ミツ夫は安堵の溜め息をついた。
　「あっ、エクタルさん！」
　「１号、無事だったか。……アルジェ？！」
　倒れているアルマイトを見たエクタルは、彼の傍に屈み込んだ。
　「……ひどい怪我だ……。奴らの仕業か？」
　ミツ夫は頷いた。
　エクタルは、バッジを取り出すと、
　「インガ、大至急こっちに来てくれ！」
　と叫んだ。

　インガは、すぐにやって来た。ミツ夫のザックを持っている。
　「３号が、こいつをお前に渡してくれと言ったんでな」
　ミツ夫は礼を言うのももどかしく、ザックのポケットから、パーマンセットを取り出した。その間にインガは、アルマイトの傷を診ていた。
　「こいつは宇宙船に戻って、きちんとした手当てをしなければ。エタル、テレポートを頼む」
　「分かった。……おっと、そうだ」
　エクタルは１号を見やると、アルマイトの傍に落ちていた銃を拾い上げた。
　「アルジェの銃だ。君に預けとくから、いざとなったら使うとよい。なぁに、アルジェの事なら心配いらん。インガは医学生だからね」
　１号は、エクタルが手渡した銃を恐る恐る握り締めた。何度彼は、この銃の影に怯えたことか。それが今、この手に握り締められているのだ。彼は全身に震えが走るのを覚えた。だが。
　「早く行こう。みんなが待っている」
　エクタルの言葉に、１号は我に返った。そして彼は１号の肩に手をかけた。

　地下では、二人が行くより早く、戦いが始まっていた。
　「エタル、ここは我々に任せて、中へ行け！」
　エインの声がした。
　「分かった！」
　エクタルは叫んだ。そして、１号に言った。
　「１号、中を案内してくれ」

　「僕が分かるのは、ここまでです」
　分析室のドアの前に立った１号は言った。
　「そうか……。参ったなぁ、ワッケさえいれば……。ま、愚痴は言うまい」
　エクタルはそう呟くと、１号の顔を見つめた。
　「１号二手に分かれよう。君はここ、私は下に行く。ピンチの時には、バッジで知らせろ。すぐ助けに来る」
　「はい」
　１号は頷いた。
　「それじゃ、私はテレポートするから。くれぐれも気をつけてな」
　エクタルは、階下へテレポートした。一人取り残された１号は、すぐに低空飛行に切り替えた。

　奥の通路には、行けども行けども、敵がいなかった。
　（変な所に来ちゃったなぁ……）
　低空飛行をしながら１号は、ふと右壁を見た。上方に金色のパネルが見える。
　（何か秘密があるのかも。よし、壊してみよう）
　１号は、パネルに近付いた。すると、不意にそこから声が響いた。
　「１号、かかったな！」
　パネルがいきなり開いた。そしてね目も眩まんばかりの光が１号を襲った。彼は、とっさに避けようとしたが、四方八方に飛び散ったビームを避けるのは、不可能だった。ひるがえったマントに、穴が幾つかあいた。また、赤外線アイを司る部分が傷つけられた。しかし、そんなのは序の口だ。流石の彼も、胸に激しいショックを受けた時には、もう駄目かと思った。しかし、それはバッジが心臓の身代わりになってくだけたショックだったのだ。勿論、浮遊能力を失った彼はしたたか床に叩きつけられた。もしパーマロゲンの力が残っていなかったら、間違いなく骨の一つや二つは折れていただろう。だが、１号はワザと床に崩れ落ちた。あの声の主、地球攻撃隊長官、ハルスを誘き寄せるためである。
　案の定、何処からか足音が聞こえてきた。
　「さてと、後は、この俺が止めを刺すだけだ」
　足音は、１号の前で止まった。
　（今だ！！）
　１号が飛びかかろうとしたその時、叫び声が上がった。
　「バカめ！」
　『ズキューン！』
　１号は、腕にヒビが入ったような衝撃を受けた。銃がもぎ取られ、ふっとんだ。
そして、そのレーザーは、無傷だったもうひとつの耳あてを壊して消えた。
　「チッ、しくじったか……。まぁいい。今のお前は、蛾の羽をもがれた芋虫だ。俺が踏みつければすぐに……」
　ハルスは、自信たっぷりに言った。
　いつの間にか明かりは消え、声はすれども姿は見えない。１号は、前にも一度、このような状況に陥った事があるのを思い出した。おそらく今度もハルスは、赤外線スコープか何かで自分の一挙一動を見守っているのだろう。
　（あの時（＊７）には、ポップコーンがあった。でも、今の僕には何も無い……）
　１号は、絶望の淵へとよろめいて行くのを感じた。
　（エクタルさん……、みんな……、助けに来て……。……いや、僕は、一人でこのピンチを切り抜けなきゃいけないんだ……。でも、このままじゃ、おしまいだ……。あぁ、せめて、銃が手元にあれば……）
　１号はやや闇に慣れてきた目で、そっと銃を探した。すると突如、あまりにもハッキリとした銃の姿が脳裏に写った。
　１号は、その方角を見据えた。その時ハルスが叫んだ。
　「死ね！」
　１号の脳裏に、レーダーのディスプレイのような画面が浮かんだ。
　（左、１６０度。１．７５２ｍ！！）
　レーザーがかすったらしい。左の肩口に熱い痛みを感じた。しかし、そんな事はすぐに頭の隅においやられた。１号は銃をかまえると、心の中で叫んだ。
　（右、３７度。１．１２７ｍ！！）
　東北東の方角で、どうとのけぞる音がした。１号は念の為、銃をかまえながら、ジリジリと近寄った。だがその心配は無用だった。彼はものの見事に気を失っていたのである。
　（フーッ、助かった……。でも、いつになったら動物になるのかな……？）
　１号は、そこでふと、ある事に思い当った。
　「しまった！　このセット、どうしよう……」
　「１号！！　お前、なんちゅうカッコをしてるんだ？！」
　その声に答えたかのように、エクタルの呆れたような声がした。明かりがつくと、仲間達が自分を取り巻いているのが見えた。
　「あら、怪我してるじゃない。すぐ手当てしなきゃ！」
　ミナの声で、彼の肩にさっきの痛みがよみがえってきた。
　「これくらいで済んだのが不思議なくらいだよ。なにしろ殺される所だったんだから」
　手当てをして貰いながら１号は喋った。
　「そうか、間に合ったんだな」
　イリメンが言った。
　「え、どういうこと？」
　「ミナが君のピンチを感じたんだ。でも、こっちは闘ってる最中で、君を助けに行く事ができない。だから私は君に、銃の方向とレーザーの方向を教えたんだ」
　「そうだったんですか。ありがとうございました」
　１号は頭を下げた。その仕草に皆は笑った。そこに駆け込んできた者がある。エインだ。
　「中枢を破壊してきた。これで、このアジトも終わりだ」
　「でかしたぞ、エイン！」
　エクタルが叫んだ。



＊１　　【ピラミッドペンダントの秘密】を読んだ方は、この部分を「おや？」と思ったことだろう。これは、パラレルワールドである為、状況等は違っても、死因が同じであるのは、十分考えられる事である為である。

＊２　　地球の分単位にあたる。

＊３　　後述するが、バード星の太陽は、連星である。

＊４・５・６　　私の創作。

＊７　　「怪人ネタボール」参照。