９．　告白


　エクタルは、１号に宇宙船からテレポートで持ってきたパーマンセットを手渡してくれた。
　「１号、これでおニューの貰ったの何度目かしら？」
　３号が聞こえよがしにからかった。彼らはもうホールに出ていたのだ。
　「ところで、バ……アルマイトさん、大丈夫かな？」
　当面の問題が済むと、１号はアルマイトの怪我を心配しはじめた。
　「大丈夫、大丈夫。あの人の事だもの。じきに元気な顔見せてくれるわよ」
　「そうだよね」
　１号も、すぐに笑顔を取り戻したが、そこでエクタルのバッジが鳴った。
　「こちら、１号」
　「６号だ……」
　それから声は、急に低くなった。四人は、不吉なものを感じた。
　「……あいつは、死んだって……」
　不意にインガの一言が、１号の耳に飛び込んできた。次いでエクタルが、
　「何だと！　すぐ行く！」
　と叫んだ。だがそれはもう、１号の耳には入らなかった。瞬く間に彼はトンネルを突き抜け、地上に飛び出していた。後には、まだ事の次第をつかめないでいる六人が、呆然としているだけだった。

　１号の五感には、ラスト・テレポートの一瞬に見た、レーザーに太ももを貫かれたアルマイトと、深紅に染まったハンカチ、微かな脈の動き、その他諸々のアルマイトの姿が押し寄せてきて、パニックになっていた。だがそんな中でも、空を飛ぶ姿はしっかりしていた。
　やがて、キャンプ場が見えてくると、１号は自分の班のテント目掛けて、急降下した。

　いつの間にか夜は明けている。生徒達は朝のラジオ体操を終え、テントに戻ってくる途中だった。コピーは、一陣の風が自分目掛けてやって来る事に気付いた瞬間、その風にさらわれた。そして、風はコピーを林の中に降ろした。
　次の瞬間、風は重量を持ってコピーにのしかかってきた。おまけに耳をふさがんばかりの声で、大粒の雨まで降らせ始めた。
　「一体どうしたの？　泣いてたんじゃ分かんないよ！」
　しかし１号は、
　「バードマンが……、バードマンが……」
　と言うばかり。
　「なぁんだ。帰って来たのがそんなに嬉しいかい？」
　すると１号は、
　「バカ！！」
　と叫んで、コピーを突き飛ばしたからたまらない。彼は危うく、樹にぶつかって脳震盪を起こすところだろだった。
　「とにかく落ち着いて。最初から話しなよ。みっともないぜ」
　コピーは立ち上がると、１号に言った。

　宇宙船は、樹海の外の富士山麓に着陸していた。中では、エクタルがインガにアルマイトの様子を聞いていた。
　「それじゃ、アルジェは手術が必要だというんだな？」
　「ああ。骨が砕けて使いもんにならなくなってる。それに腱や血管もズタズタだ」
　「それじゃ、捕虜と共に至急医療棟に運ぼう。ところでアルジェ自身は？」
　「これが自分じゃピンピンだと思ってるから始末が悪いんだ。ったく、輸血してやんなかったら、あいつは間違いなくアルバ様に糸切られてたぜ。その上『パーマン達には、私は死んだと伝えてくれ』なんてほざくんだからな。そんなのがカッコイイ別れ方だなんて、五百年も前の話さ。地球人にも通ずるまい」
　「なるほどな。それじゃいっちょ、目を覚まさせに行ってくるか」
　エクタルは医務室のドアをノックした。
　「インガだろ？　ノックなんて大層な事せずにさっさと入って来いよ」
　苦笑しながら、エクタルは中に入った。
　「あの事は……」
　意外な客に、アルマイトは言葉が宙ぶらりんになったまま、エクタルの顔を見つめているばかりだった。
　「分かってるよ。私が言うより早く、パーマン達の方が気付いてくれたようだよ」
　「そりゃ良かった」
　しかし、エクタルはアルマイトの言葉にはかまわず、バッジを取り出した。
　「アルジェ、君が良くてもパーマン達にとっては、何を意味するのか分かってないようだから、いいものを聞かせてあげるよ」
　エクタルは、バッジのマイクをＯＮにした。
　「１号とつながっているはずだ。さぁて、何を聞かせてくれるかな？」
　バッジの向こうから、１号とコピーの会話が、聞こえてきた。
　「ふぅん、そうだったの……」
　「僕には、まだバードマンが死んだなんて思えない。コピー、君だってそうだろう？」
　「でも、インガさんがそう言ったんだろ？」
　「うん。でも、もしそうだとしたら……僕がバードマンを殺した事になるんだ」
　「そんな……冗談だろ？」
　「コピー！　僕は真剣なんだ！　あの時、僕がグズグズしてなかったら。いや、そもそも僕があんな無茶をしなければ……。バードマンは死ななかったんだ！」
　「そんなに自分を責めちゃ、いけないよ……」
　「止めてくれよ！　僕は、バードマンを殺しちゃったんだ！！」
　後は、啜り泣く声だけがバッジから流れていた。
　エクタルは、マイクをＯＦＦにするとアルマイトを見た。少しうつむき加減の顔だったが、その肩は小刻みに震えていた。
　「アルジェ、これでもまだ意地を張る気かい？」
　「……エタルの、好きにしてくれよ」
　力の無い声でアルマイトは言った。
　「それじゃ、パーマン達を連れてくるから、心の準備しておけよ」
　アルマイトは頷いた。

　１号のバッジが鳴った。二人は顔を見合わせた。
　「こんな時に、事件が起きるなんて……」
　こう言いながら、マイクのスイッチを入れた１号の耳にエクタルの声が飛び込んで来た。
　「パーマン全員に告ぐ。直ちに樹海上空に集まってくれ。アルマイトの話がある」
　（バードマンが……？）
　二人は、また顔を見合わせた。

　「バードマン、生きてたんだね！　僕、早とちりしちゃって損しちゃった」
　樹海上空で落ち合った三人に、１号は笑いながら言った。
　「あんまり期待せん方がええで。遺言かも知れんし」
　「ちょっと、縁起でもない事言わないでよ」
　「冗談や、冗談」
　３号がムキになって怒ったので、４号は慌ててなだめた。
　「ところでエクタルさん、何処にいるのかな？」
　１号がそう言った時、不意に体が宙に浮き上がるような感じがした。そして、そのまま何処かへ流されていくような気がした。

　次に気が付いた時、四人は見た事のない場所にいた。船のブリッジのような感じだ。
　「ご苦労さん」
　背後で声がした。振り返ってみるとエクタルがいる。
　「ここは宇宙船の中さ。アルジェはこの部屋を出て、右側の一番端の部屋にいるよ。行ってごらん」
　「はい！」
　四人は、すぐさまブリッジを飛び出していった。

　呼吸を整えてから、１号は医務室のドアを開けた。
　中にいたのは、まぎれもないアルマイトの姿だった。ただ普通のベットのうえに横たわっているのではなく、大きめの保育器から首だけ出しているような格好だった。四人は傍に歩み寄った。
　「やれやれ、私は『大丈夫だ』と言ってるのに、インガの奴が『怪我が悪化する』と言い張って、保冷器に押し込めやがったんだ。だから、このままで失礼するよ」
　アルマイトは声とは裏腹に、かなり沈み込んでいるような顔だった。
　「あの……」
　場違いのような雰囲気に、１号はためらいながら言った。
　「話って、何ですか？」
　アルマイトは、四人の目を見つめながら話し始めた。
　「君達にいらぬ心配をかけて、済まなかったと思っている」
　それは、今までに一度も聞いた事がないような声だった。
　「怪我の事は問題じゃない。それよりも、もっと重大な問題を私は抱え込んでしまったんだ」
　「…………」
　「私は、命令されて１号を助けに来たんじゃない。独断で、仲間達の静止すら無視して来てしまったんだ」
　「…………」
　「自分がまいた種は、自分で刈らなきゃいけない。独断行動の罰は、始めから覚悟してていたつもりだった。だが、私は二度目（＊１）だ。しかも、こんな重大な時に……。おそらく、二度と君達には会えないだろう……」
　アルマイトの声は、次第に小さくなっていった。
　「どうして、もっと早くそれを……」
　１号は意外な事の真相に、青ざめながら言った。
　「言い出せなかったんだ。もしもそんな事が知れたら、ショックだろうと思って……」
　「僕は、バードマンが死んだと思い込んだ時の方が、よっぽどショックだったよ！」
　１号は思わず叫んだ。
　「待ってて、エクタルさんに頼んでなんとか助けて貰うから！　みんな、行こう！」
　１号はマントをひるがえすと、四人の先頭に立って、部屋を飛び出して行った。

　ブリッジにいたエクタルを捕まえて、１号はこう尋ねた。
　「エクタルさん、なんとかアルマイトさんを助ける方法は、ないんですか？」
　だが、エクタルは首を振って答えた。
　「確かに、私が報告をしなければアルジェは助かったかも知れん。しかし、事実は事実だ。既に私は本部にこの事件の結果を報告した。アジトの整理がついたら、すぐ出発するつもりだ」
　これ以上言っても、無駄だと悟った１号は、その代わりにこう言った。
　「それじゃ、せめて自分でどういう動物になりたいか、決められるようにして下さい」
　するとエクタルは、鳩が豆鉄砲くらったような顔になって四人を見つめた。それからすぐ、座席からズリ落ちそうになるくらい笑い転げた。そして、笑いながら、
　「あのなぁ、それはアルジェのハッタリなんだよ。それを今までまともに信じてたなんて。君達には悪いけど、ア〜ッハハハハ……」
　「ハッタリ……エ〜ッ！！」
　最後の「エ〜ッ！！」は、四人がほとんど同時に叫んだものだった。
　「そういえば……」
　「バードマン、一度も撃った時、まともなの使った事なかったわ！」
　「そや、みんなオモチャで、使わん（＊１）かった時も、怪しいものや！」
　「それなのに、僕ら始めっから、バードマンに振り回されぱなしだったんだ。こっちまでおかしくなっちゃう」
　エクタルの笑いがおさまった所で、１号が尋ねた。
　「じゃアルマイトさんは、一体どうなるんですか？」
　「裁判にかけられて、良ければ“停職”で済むが、最悪の場合は、記憶を消されて“退職”という事になるな」
　（もしそうなったら、僕らの事も忘れちゃうし、僕らも二度とアルマイトさんに会えなくなる。そんなの嫌だ！）
　そう考えると１号は、胸の奥が熱くなってくるのを感じた。
　「ねぇエクタルさん。僕らもみんなと一緒にバード星に行くんでしょ？　だから向こうで……」
　「いや、君達は無理だ。宇宙船が捕虜で一杯なんだ。改めて迎えに来るよ」
　「そんな……」
　もうチャンスはすっかり無くなってしまったように、１号には思われた。
　「ま、元気出して。帰りは、私のテレポートで送ってあげよう。まず１号から」
　１号はエクタルの前に進み出た。その時、１号の頭にあるアイディアがひらめいた。
　「エクタルさん。テレポートは四人一緒に、ロッジに送って」
　「よし、分かった」

　エクタルのテレポートは、アルマイトのように中途半端ではなかったので、四人は労せずロッジに行く事ができた。四人はテーブルの周りに腰を下ろした。
　「さて、これからどうしようか？」
　１号が言うと、４号が答えた。
　「朝ご飯に決まっとるやないか」
　「ちょっと、アルマイトさんが危ないっていうのに、何言ってんのよ！」
　３号がくらいついた。
　「食事をすれば、腹の方に気を取られずに考えられると思ったんや」
　「確かに一理あるな」
　１号と２号が頷いた。
　「それじゃ、食事先にしましょうか。男性軍がうるさいから」
　３号が、立ち上がった。

　食事が済むと、改めて１号が言った。
　「さぁて、これから対策を考えなくちゃ」
　三人は頷いた。
　「問題は、どうしたらアルマイトさんの罪を許して貰えるかね」
　３号の言葉に、１号は思案顔で言った。
　「“許して貰う”というのは、ちょっと虫が良すぎるじゃないかな？　せめて“停職”ぐらいにして貰えればいいと思うんだ」
　「それで貴方、何かいい考えがあるの？」
　「いや、ちっとも」
　さすがに、この厳粛な雰囲気の中で「ヘコ！」とは言えなかった。その代わりに、彼女は肩をすくめた。
　「みんなで考えていれば、じきにいい考えが出てくるよ。さぁ、みんなで考えよう！」
　１号の声は部屋の中へ虚ろに響き渡った。そんな事を言われなくても、三人はしっかり考え込んでいたからだ。
　「まず最初に、僕達から本部に働きかけなきゃいけないな」
　「その方法が問題ね」
　「こんな時、普通はどうするんだろう？」
　１号は、さっきから黙りこくっている４号を見た。
　「ま、文書で述べるのが一般的やな」
　「それじゃ、そうする？」
　「賛成！」
　三人は、叫んだ。
　「そうと決まったら、準備しましょ！」
　３号が、紙とペンを取りに行った。それを見送りながら、１号が言った。
　「ねぇ、どうせ書くんなら、立派に見えるように書こうよ。……そうだ、半紙に筆で書いたら、きっと立派に見えるよ！」
　「でも、道具や半紙はどないするんや？　習字の半紙じゃ手紙は無理やで」
　「分かってるよ。僕が調達してくればいいんだろ！　その代わり、書くのは君にやって貰うからな！」
　１号は、半ばヤケ気味に叫ぶと、ロッジを飛び出した。その背中に４号が叫んだ。
　「東京まで飛んでったら、あかんで！」

　十分程して、１号は習字道具と、長めの和紙を持って帰って来た。それから、四人は文面を考え、“嘆願書”（というのだと、４号が言ったのだ）を書く事に専念した。

　嘆願書は日が高くなった頃、ようやく完成した。四人はエクタルに嘆願書を裁判官に渡してくれるようにと頼んで、宇宙船を離れた。

　　　　　　　＊　　　　　＊　　　　＊

　それから、地球時間で五日後。本部の裁判室において、アルマイトに関する法規裁判が行なわれた。これで、彼の運命が決まるのだ。
　アルマイトは怪我の為、病室のベットが被告席という事になった。テレビに映る議長や本部役員をボンヤリと見ながら、彼は自分の運命に思いをはせていた。
　その時、ふとアルマイトの耳にこんな声が入った。
　「議長。ここに４２星区のパーマン達からの“嘆願書”がありますが……」
　（なぬ？！）
　アルマイトは、画面に映っているエクタルの手元を見つめた。そこには、一通の封筒が握られていた。
　「私が出発前に、パーマン達から預かってきたものです。どうぞ、お読み下さい」
　（エタルの入れ知恵か？　それとも……）
　手紙は議長の手に渡った。彼は、書記、隊長、本部役員等の許可を取ると、その上書きに“嘆願書”とある封筒を開いた。そして、読み始めた。


　　　本部のみなさんへ　　　　　　　　　　　　　　


　初めてお便りします。嘆願書といっても本式の文面は、よく分からないので、失礼はお許し下さい。

　今度の事件では、色々とご心配をおかけして済みませんでした。今回はその事件の事で、どうしてもお願いしたい事があって、筆を取りました。それは、僕達のリーダー、七号さんの事です。
　確かに七号さんは、独断行動をとりました。でも、それは最初に独断行動をとったパーマン一号、つまり、この僕のせいでもあるのです。
　何故なら、僕を助けようとして、七号さんは独断行動をし、負傷までしてしまったからです。
　そこで、お願いがあります。七号さんの罰を軽くしていただきたいのです。七号さんは、今まで何度も僕達が罪を犯してしまった時に、許してくれました。だから、今度は僕達がお返しをする番だと思うのです。
　ワガママ勝手な奴らだと思っているかも知れませんが、僕達は心の底から、良い結果が出る事を願っています。
　どうか、よろしくお願いします。


　　地球暦　一九八六年 八月 四日

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　４２星区パーマン一同
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 （文・一号 筆・四号）


　「あいつら、余計な事しやがって……」
　アルマイトはぼやいた。
　「では、資料も出揃った所で協議に入りたいと思います。ＴＶモニターは切らせていただきます」
　画面が消えた。アルマイトは、ベットの上に投げ出した足を見つめた。
　あの日以来、彼はこの足を使った事がなかった。手術でつなげた部分が修復し、人口骨が足に馴染むまで、絶対安静の日々が続くのだ。
　しばらくしてＴＶモニターがついた。議長の顔が映る。
　「判決を発表する。１号の報告、及びパーマン達の嘆願書を参考にして考えると、確かに、被告の迅速な行動がなければ、パーマン１号は助からなかったかも知れない。だか、法規違反の事実は取り消す訳にはいかない」
　「分かってます」
　アルマイトは呟いた。
　「本来ならば、二度目（＊２）という事も加わって、裁判法規１７条、及び４２条に照らし合わせ、十日以上、一五○日以下の停職、もしくは免職となるべきだが、今回は特殊な事情を考慮した上で、十五日間の停職とする。なお、停職期間中に行なうはずたった任務は、１号に引き継いで貰う事にする。被告、異義はないかね？」
　「はい」
　アルマイトは、かしこまって答えたつもりだったが、その顔には、喜びがみなぎっていた。



＊１　　「ウキィ！　ブービーの変身」「パーマンが泣いた」他参照（アニメ）。

＊２　　ｖｏｌ，３において、アルマイトは、停職処分をくらっている。