１０．　ふたたびの……


　あの戦いから一週間程過ぎたある日。ミツ夫はコピーと共にたまった宿題にいそしんでいた。ところが、これが遅々として進まない。いい加減、二人がシャーペンを投げ出したくなったその時、バッジの鳴る音がした。
　「はい、こちら１号」
　彼が話し掛けると、エクタルの声が帰って来た。
　「パーマン達に告ぐ。明日午前五時、樹海上空に集合せよ。全体会議に出発する。なお、持ち物は前にも言った通り三泊四日分の準備をしてくること」
　「エクタルさん、アルマイトさんは？」
　１号は尋ねた。
　「『十五日の停職』だ。全体会議出席は無理だな。ま、怪我の回復が二十日間くらいかかるっていうから、結局無罪とおんなじだよ」
　「ヤッター！！」
　四人の声が響いた。
　「だから、君達の引率は私がやる事になった。よろしく頼むよ」
　「はい」
　通信が切れた。するとすかさず、コピーが話し掛けてきた。
　「ねぇ、『全体会議』って何？」
　「『全体会議』っていうのは、毎年一回各星区の代表が集まって、いろんな事を話し合う会議の事さ。今年から、４２星区のパーマン代表として僕達も行ける事になったんだ。……さぁて、忙しくなるぞ」
　ミツ夫は宿題そっちのけで、タンスの中をひっかき回し始めた。

　翌日の午前五時、四人は樹海の上空に集合していた。しかし、そのいでたちはてんでバラバラだった。簡単に分ければ、１・３号は重装備。２・４号は軽装備と言えるだろう。だが同じ重装備でも、３号は大きなバッグひとつにまとめて見苦しくないようにしている半面、１号は背中に大リュック、左手にスポーツバッグといういでたちで、ほとんど一昔前のお上りさんスタイルである。
　「こんなにいっぱい、何持ってきたの？」
　３号が尋ねると、１号は照れ笑いをしながら言った。
　「宿題さ」
　「呆れた、まだやってなかったの？」
　「まぁ、コピーに全部任せっきりにしてた頃よりは、進歩したんと違うか」
　「そういう貴方は、何でそんなに軽装なの？　そのバッグじゃ、着替えを入れたらいっぱいになっちゃうんじゃないの？」
　「ああ。向こうでサービスしてくれそうな物は、思いっきり削ったんや」
　「そうか！　これキャンプじゃなかったんだっけ！」
　いきなり１号が頓狂な声を上げた。
　「呆れた。貴方ったら、キャンプのつもりで用意してきたの？」
　３号が、もうやってられないといった調子で言った。
　「いいもん。ブービーに手伝って貰うから。いいだろブービー？」
　ところが、２号は激しく反抗したからたまらない。１号はぼやいた。
　「チェッ、ブービーの持ち物なんて、どうせバナナくらいのもんだろ？」
　「ブービー曰く『バナナだって重い』やて」
　「分かったよ」
　１号は諦めた。
　そんなお喋りで、彼らは時間が過ぎていくのを忘れていた。
　「そろそろ五時ね」
　３号が時計を見ながら呟いた。その時、四人は自分達がテレポートされるのを感じた。

　「やぁ、ご苦労さん」
　エクタルの声が、四人の耳に響いてきた。どうやらここは、宇宙船の中らしい。
　「もうここは大気圏外さ。さすがに今回は、物資転送機の助けを借りなきゃ無理だったよ。あ、向こうのドアを出てつきあたりにトイレがある。それに通路に個室のドアがあるから、それぞれ荷物を置くといい」
　「はい」
　四人は頷くと、ドアに向かって突進した。

　荷物を置いて戻って来た四人に、エクタルは次のような話をした。
　「会議が始まるのが、地球時間で約二日後。とはいえ、その前には着いていないといけない。だから、太陽系を出たらすぐワープする。バード星の属するミルー星系に達したら、ワープ解除するから、よく見ておくといい」
　その日の事は詳しく話さなくてもいいだろう。ただ、地球人で最初に太陽系惑星巡り（水・金を除いて）をやった彼らは、かなり興奮気味だったという事を付け加えておこう。問題は、その夜（宇宙船内においての）の事である。
　「１号。ちょっと来てくれないか？」
　眠りにつこうとしていた彼は、エクタルの呼び出しを受けてブリッジに行った。
　「僕に何の用ですか？」
　自動操縦にセットしたコックピットから目を離すと、エクタルは立ち上がった。
　「君の留学についてなんだが……」
　「えっ？！」
　「本部の教育部長の方で『そろそろ、潮時だろう』とおっしゃったんでな」
　「あ、あの……」
　混乱する頭を抱えながら、１号は言った。
　「その話は、もう済んだはずじゃ……」
　「ああ、あの時の事か」
　「そうです」
　１号の脳裏に、あの時の出来事が、ハッキリ浮かび上がってきた。
　彼の前には（＊１）、かつて留学への道が開けていたのである。だが土壇場になって、彼はその道を進む事を拒否した。アルマイトは、１号にコピーロボットのスイッチを押させて、彼を地球に帰したのである。
　「君は、あの作戦が本当に実行されたと思ってたのかい？」
　「…………」
　（そうか。そういえば、もう今度の事件で分かっちゃったんだ）
　１号は今さらながら、自分のうとさ加減に気が付いた。
　「アルジェには、始めっから作戦を遂行するつもりなんて無かったのさ。あれは１号を安心させる為の芝居さ」
　「芝居？」
　「あいつは『１号はまだ幼いから、親元から離すのは無理だ』と教育部長に言ったんだ。あいつにしちゃ、自分の力の無さを認めるようなものだったろうがな。そして、部長は君の留学を二年後に延期する事でその訴えを認めたんだ」
　「……そうだったんですか……」
　１号はコピーを差し出した時の、アルマイトの表情を思い出した。彼にしてみれば、あのまま強引に自分を引っ張っていく事もできたはずだ。それなのに、彼は怒鳴り声ひとつ上げずに、自分を地球に帰してくれたのだ。
　「今度は甘えは許されないぞ。断るのなら、自分で教育部長にかけあうんだな」
　エクタルは１号の目を見た。１号は視線をそらすと、窓の外に目を向けた。そして、次の一瞬にはエクタルの方に向き直ると言った。
　「行きます。もう僕は、あの頃の僕じゃないもの」
　「そうか。それじゃ、教育部長に報告しよう。他のパーマン達には、折を見て話す事にするから。それじゃ、おやすみ」
　「おやすみなさい」
　１号は一礼すると、部屋に戻った。
　「さてと、これで用事は済んだ。後はアルジェにバトンタッチだ」
　エクタルは呟くと、一つのびをした。

　１号は部屋に戻ると、すぐにベットに入った。人口重力のお陰で、寝心地は地球と大して変わらない。彼は「留学する」という返事をした事を、まるで今見てきた映画のワンシーンを見るように思い出していた。
　（エクタルさんは、あまり詳しく話してくれなかったな。きっと、後で詳しく話してくれるんだろう。ともかく今は、全体会議の方が先決だ）
　１号は、毛布をひっかぶった。

　宇宙船の夜が明けた。ブリッジに集まってきた四人は、窓の外の景色が一変しているのに驚き、叫び声を上げた。
　「宇宙船がいっぱい！！」
　それは壮麗な光景だった。スクリーンにも窓の外にも、たくさんの宇宙船が映っていた。
　「どうだい、この眺めは？」
　エクタルは満足そうに言った。
　「もう、ここは、ミルー星系さ。ほら、右手に大きな惑星が見えてきただろ？　あれが“ゲッセネマ”といって、第二惑星だ。君達の木星の約八倍の質量をもっている。地球でも、この惑星の存在はつかんでいるはずだ。また、この惑星は、恒星になることも出来たかも知れない程でっかいので、近くの惑星の卵達は、みんなこいつの衛星になってしまったんだ。結局、二つの太陽の重力関係で、からくもバード星だけが、惑星として生き残ったという訳だ。あまりの大きさに、地球の月の代わりもしてくれる、ありがたい星さ」
　「今、『二つの太陽』って、言ったような気がしたんだけど……」
　１号が、エクタルの話の切れるのを待っていたように、話し掛けてきた。
　「君の聞いた通りさ。ミルーには太陽が二つあるんだ。我々は、赤みがかった方を“ガル”。オレンジがかった方を“ゴル”と呼んでいる。くっつけて“ガルゴル”さ」
　「単純な名前」
　４号が呟いた。
　その内に宇宙船はゲッセネマを過ぎて、速度を早めた。何もない空間が続く中、その遥か向こうに小さな光が二つ見えた。
　「あれが、太陽（ガルゴル）ね」
　３号が言った。
　「どうだい。なかなか綺麗だろ？」
　エクタルも母星が近付いているせいだろうか？　いつもより陽気になってきている。
　「こちら４２星区艇。入星許可願います」
　ボンヤリといくつかのコロニーが見えてきた時点で、エクタルはこんな通信を始めた。
　「コードネームをどうぞ」
　女性の声が返ってきた。
　「エル・ガジ、５２８５５」
　数秒後、声が返ってきた。
　「入星を許可します。本部空港、７１地点に着陸して下さい」
　「了解」
　通信を終えると、エクタルは振り向いて、パーマン達に最後の注意を与えた。
　「いいかい。君達は最初の地球代表として、バード星に行くんだ。人々は、君達の行動に非常に興味を持っている。そこん所を考えて行動するんだぞ」
　「はい」
　四人の胸に、今さらながら期待と不安が沸き上がってきた。

　いくつかのコロニーを過ぎると、前方にクッキリと青い星が見えてきた。バード星だという事はすぐに分かった。すると１号は、もったいぶった調子で、こう言った。
　「バード星は、青かった」
　「アホかいな」
　「そう来るだろうと、思ったわ」
　三人は、呆れ返ったような目で、１号を見やった。
　「そろそろ、大気圏に突入する。席に座ってシートベルトをしめておけ」
　「はい」
　初めての体験に、四人は少し慌てた。だが次第に、青くなっていく窓の外を見ながら、四人は胸がときめくのを感じた。

　「済んだぞ」
　エクタルの声がかかった。すぐに四人は、シートベルトを外して窓に駆け寄った。
　「うわぁ！！」
　四人は遥か眼下に広がるものを見て、思わず叫んだ。そこに広がっているのは、大きなエアポートだった。そして、それを取り巻くようにいくつかの建物が見える。
　「この辺一帯が本部の敷地だ。このエアポートも我々専用のエアポートなんだ」
　エクタルは四人にこう説明した。
　着陸前に、またさっきと同じようなやり取りがあった後、宇宙船は着陸体制に入った。振動はほとんどなく、四人はいささか拍子抜けしたくらいだった。
　「さて、いよいよお目見えだ」
　エクタルは荷物を持った四人の前に立つと、ハッチのスイッチに手をかけた。

　いきなり拍手の音がした。そして、軽いシャッター音がそれに混じった。
　「地球人最初のパーマン達。よく来てくれた。どうぞよろしく」
　一人のバードマンが進み出て、四人に挨拶した。銀色の耳あてが陽の光に当たって、キラキラと光っている。
　「あ、隊長。わざわざおいでいただき、ありがとうございます」
　エクタルがこう言ったので、四人は慌ててお辞儀をした。
　「それでは１号、四人をよろしく頼むぞ」
　「承知しました」
　エクタルは、胸に手を当てて軽く一礼した。そして、パーマン達の方を向くと言った。
　「それじゃ行こうか」
　四人は、建物に向かって歩き出そうとしたが、１号だけはモジモジしている。
　「１号、どうしたんだ？」
　エクタルが声を掛けた。
　「あ、あの……、台詞言いそびれちゃった」
　「台詞？」
　エクタルはけげんな顔をした。
　「大方、１号は、こう言いたかったんじゃなくて？」
　３号が、悪戯っぽく笑うと言った。
「『この一歩は、小さな一歩だが…』」
「『…人類にとっては、大きな飛躍である』」
　４号が後を続けた。
　「ああっ！　人の台詞取ったな！」
　１号は叫んだ。そこに、エクタルの声が追い打ちをかけた。
　「お前、人の事言えるのか？　ほら、グズグズしてると置いてくぞ」
　居並ぶ人々の間から笑い声が漏れた。１号は、微かに頬を赤らめると四人の後を追った。

　空港での検査はやたら長く、建物を出た時には、もう日が傾いていた。
　「もう、立ちん棒でクタクタだよ」
　１号が、溜め息をついた。
　「仕方ないさ。初めて入る地球人だから、何か我々にとっては大変な細菌を持っているかも知れないからな。だから、念入りに消毒したんだ」
　「最初の宇宙人って、大変なんだね」
　「そうさ。まだ君達は、我々と同じような構造をしているからいい方さ。これが構造そのものが違ってみろ。その生物の体を調べるだけで、何時間も費やしただろうな」
　「ふぅん」
　「さて、いよいよ宿舎だぞ。思ったより手間取ったから、テレポートしよう」
　「はい」
　五人は、宿舎にテレポートした。

　宿舎の部屋の中に五人は立っている。かなり大きめの部屋だ。
　「ここが君達の部屋だ。荷物を置いたら、出掛けるぞ。開会式が会議場で始まるから」
　「あの、僕トイレに行きたいんだけど……」
　１号が、恐る恐る尋ねた。
　「しょうがないな。ほら、この地図を渡すから他の三人も今のうちに行っておけ。私は先に行くぞ。準備があるからな」
　エクタルがテレポートすると、すぐさま四人はトイレを探し始めた。
　「地図によると、ここがわいらの部屋やな」
　４号が、宿舎地図の赤い丸を指した。そこには「２９」と書いてあった。
　「一番近いのは、この廊下の突き当たりね」
　３号が、トイレのマークを指した。
　「でも、トイレの記号が色々あるのは、どういう訳？」
　１号が尋ねた。
　「待って、〈注〉がある。『無印は人間形。数字は、その星区星人用』だって」
　「ややこしいな。そんないろんな形の宇宙人がいるんだな」
　「そりゃそうよ。なんてったって『全体会議』ですもの」
　「それじゃ僕、行って来るよ。みんなは？」
　地図をひっつかむと１号は尋ねた。
　「後でけっこうよ」
　３号が皆を代表して答えた。１号は頷くと部屋を飛び出した。
　三人は１号が帰って来るまでの間、部屋の中を見回した。どうやら、ここはパーマン達専用の宿泊室らしい。大きさは１０ｍ四方くらいで、奥まった所にカーテンで仕切ってあるのは、おそらくベットであろう。中央に、テーブルと椅子が置いてある。
　その時だ。スピーカーから放送が流れた。
　「全体会議の開会式が始まります。宿舎の方にいらっしゃる方は、至急、会議場にお集まり下さい」
　「参ったなぁ」
　「どっかで、迷っているんじゃないかしら？」
　３号は、ドアに近付くと言った。
　「外で待とうか？」
　「そうね」
　三人は廊下に出た。
　放送が入って、一分程たった頃、『動路』を駆けて来る足音が聞こえた。
　「やっと来たか」
　４号が、ヤレヤレというように呟いた。
　「ごめんごめん。いくら走っても着かないと思ってたら僕、動く廊下を逆向きに走ってたんだ！」
　「早く行きましょう！　もう時間がないわ」
　３号が急かした。
　「分かってるよ！　ええと、位置は……あ、宿舎の向かい側だ！」
　１号は、地図で宿舎の位置を確かめた。
　四人は（それがいい事かどうかは別問題として）飛び上がると、廊下の窓から宿舎の外に飛び出した。

　さすがに会議場の中は飛ぶ訳にはいかない。四人は息を切らしながら、座席最上段とおぼしきドアの前に立った。
　「やけに静かやな」
　「もう始まってるのかも知れないよ」
　「とにかく、中に入りましょう」
　３号の勧めに従い、１号はドアを開けようとして、一歩前に進み出た。ところが、これが自動ドアだったのだ。
　「あっ……」
　四人は、そのまま何も言えずに、立ちすくんでいた。どれくらいいるのだろう？　眼下にいた、ビッシリと席を埋め尽くしているパーマン・バードマン達が、一斉に彼らの方を振り向いたのだ。そして、どよめきの声が沸き起こった。
　「みんな、三列目まで来るんだ。急いで！」
　バッジを通して、エクタルの案内する声が聞こえた。四人は、慌てて三列目まで駆け降りた。幸い、席は通路の隣だった。四人が席に着くと、壇上にスポットライトがともった。そこに、司会とおぼしき女性が進み出た。
　「これより、第九十九回、全体会議を開催致します」



＊１　　アニメ版「バード星への道」参照

　　付録　　　　　　　全体会議　スケジュール表（ダイジェスト）


　（注）バード星の暦は、12進法である。遥か古代、とある賢人が「一番分割しやすいから」という理由で提案した物が、今でも受け継がれていると言われている。
　当然、時間も１２進法であり、時計は地球のものと全く変わりない。ただし、実質的には、バード星の方が一日一時間くらい長くなっている。無論、これは自転の関係上である。


１日目　　１５：３０〜１６：００　　開会式
　　　　　１９：００〜２１：００　　歓迎会（夕食を兼ねる）
　　　　　２２：００　　　　　　　　宿泊所消灯

２日目　　　９：００　　　　　　　　開会
　　　　　　９：００〜１１：００　　各星区の１年間の状況報告
　　　　　１１：００〜１４：００　　休息
　　　　　１４：００〜１４：３０　　午前の続き
　　　　　１４：３０〜１５：００　　質疑応答
　　　　　１５：００　　　　　　　　閉会　（１７：００まで本部見学可）

３日目　　　９：００　　　　　　　　開会
　　　　　　９：００〜１１：００　　ガザン星人の地球侵入に対する報告、及び協議
　　　　　１１：００〜１４：００　　休息
　　　　　１４：００〜１５：００　　本部役員選定、及び予算他の報告、及び協議
　　　　　１５：００〜１６：００　　各星区の本年度の計画発表、及び協議
　　　　　１６：００　　　　　　　　閉会　（前日に同じ）

４日目　　　９：００　　　　　　　　開会
　　　　　　９：００〜　９：３０　　本部役員選定発表
　　　　　　９：３０〜１０：００　　表彰式
　　　　　１０：００〜１０：３０　　閉会式