４．スター・シック


　留学８日目　　雨　　イグムン

　まいった。なぜか勉強に身が入らない。何だか、無性に地球が懐かしい。
　みんなの僕を見る目つきも変わってきた。確かにその方が気楽でいいのだが、そうなると、このブローチの重みがどうにも気になる。（何で、こんな物付けてきてしまったのだろう？）
　実は今日、ブローチを外して教室に入ったのだが、すぐにみんなに気づかれてしまった。
　「オカ君、君のブローチはみんなの誇りなんだぜ。外しちゃ困るよ」
冗談とも本気とも付かない調子で、ザード君はこう言った。
　僕は、最近こんな事を考える。
　（こんな無様な事ばかりしていたんじゃ、みんなは僕がどうしてこのブローチを貰ったのか、疑い始めるじゃなかろうか……？）
　地球の気楽なパーマン稼業。家族や友人達が懐かしい。
　こういうのをホームシックならぬ、スターシックとでも言うのだろうか？


　留学９日目　　くもり後晴　　サラムン

　昨晩、スターシックに散々悩んだあげく、僕は一つの解決法を思いついた。
　養成学校の中に資料室があり、様々な資料が置いてある。その中には地球に関する物もあるだろう。それを見れば、少しは寂しさも紛れるかも知れない。そう思ったのだ。
　折しも宇宙地理で、自分の星区を紹介するレポートを書いてくる事になっていたので、それは大して怪しまれる事もなかった。
　ビデオは地球のよりもコンパクトだったが、やり方は地球の物とほとんど同じだった。
　資料室から【４２星区　２　地球について】というビデオを引っぱり出すと、改めて僕は部屋に戻った。ところが、さっき入った部屋にランプがついている。どうやら、僕がビデオを探している間に誰かが入ったらしい。
　（どうしよう、あの中にはノートが置いてあるのに……）
　僕がそう思ったとき、ランプが消えてドアが開いた。そして、そこから黄色いマスクを付けたパーマンの顔がのぞいた。僕は、彼がクラスメートの一人だという事は思い出せたが、いつも黙々と授業を受けていること以外、何も思い出せなかった。彼が僕のノートを差し出す。
　「暗かったんで、良く分からなかったんだ。ごめん」
僕はそれを受け取った時、彼の持っているビデオが【３９星区　２　ターチェルについて】であることに気づいた。
　「君の母星は、“ターチェル”って言うのかい？」
僕は、彼に何となく親しみを感じながら言った。
　「ああ」
　彼はぶっきらぼうに頷いた。その顔は少しゆがんでいた。なぜだか分からないが、彼はこの話をするのが嫌らしい。僕は慌てて話題を変えた。
　「君……あの、何て言ったっけ？　……ビデオ見たいんなら、お先にどうぞ」
　「僕は、“ウィリー・ピケ・セゼ”。僕はもう済んだから、ここで見ていいよ」
　「ありがとう」
僕は礼を言ってから、こう付け加えた。
　「どう、暇なら一緒にビデオ見ない？」

　『地球は、４２星区中でただ一つ、高等生物の住む惑星です』
　ミナさんのナレーションで、とても美しい地球の姿が映し出された。
　「綺麗だな。こんな星に住んでるなんて、君は幸せ者だ」
ウィリー君がしみじみと言った。だが僕は、何だか恥ずかしかった。あの空の下には、汚れ、傷つき果てた自然がうごめいているのだ。僕は悲しくなってきた。
　『地球は、衛星を一つ持っています。地球からの距離は約３５タイン。“月”と呼ばれています』
　月と、その地表、そして月から見た地球……。僕は、胸が締め付けられるように感じた。
　　（自分の故郷が嫌だなんて、そんな事があるだろうか？）
僕は、もう一度ウィリー君に尋ねてみた。
　「君だって、自分の星を誇りに思ってるんだろ？」
すると彼は、怒りに顔をゆがませて言った。
　「あんな堕落した星、“故郷”なんて呼びたくもないよ。憎たらしくなるくらいだ」
僕らの間に、気まずい沈黙が流れた。そこにナレーターの声が割って入った。
　『日本列島。この弓なりの島々によって形成されている日本国。ここに、地球の第１グループ、パーマン達がいます』
　「え、嘘！」
僕は思わず叫んだ。まさか、こんな所に映ってるとは思わなかった。
　それは、僕がパーマンになったばかりの頃のから、今現在に至るものだった。その中には、結構情けない物もあったりして、今から見てると、僕の幼さ加減がウィリー君に筒抜けになってしまうようで、とても恥ずかしかった。
　それから、人々の暮らしぶり、有名な場所が映し出されて、ビデオは終わった。
　僕はそそくさと立ち上がった。だが、ウィリー君は動かなかった。彼はただ黒い画面を見つめて、じっとしていた。僕はそっとデッキに近づくと、ビデオを止めた。その音で彼は我に返った。
　「ねぇ、君は、どうして母星が憎いの？」
　僕はまたぶっきらぼうにあしらわれるのではないかと、内心ためらいながら尋ねた。しかし彼は、今度は穏やかに話し始めた。
　「ターチェルでは、子供達の将来は１６歳の時に、決まってしまうんだ。３歳、７歳、１２歳、１６歳と、４度の適性検査でね。僕は１２歳の検査で『“技師”の才能がある』って言われたんだ。でも、僕は“天文学者”になりたいんだ。それなのに、みんな相手にしてくれない。みんな『第一適性に進むのがいい』って思い込んでるんだ。しかも、それが星中に広まっている。僕がいくらあがいたって、どうにもならない。それならいっそ、ターチェルを捨てた方がいいと思って、この留学を志願したんだ」
　「で、でも、そこまでは、やり過ぎじゃ……」
　「いや、今のままじゃ、僕の将来は真っ暗だ。留学が終わって、いよいよ帰るって段取りになったら、僕はこっちに意地でも残る。そして、どうにかして一流の“天文学者”になってやるんだ」
　「……」
　僕は、ウィリー君の決心が堅いのをしみじみと感じた。
　「この事は、僕等２人の秘密だぞ。いいな」
　「う、うん」
僕は、その気勢に飲まれて、思わず頷いた。
　「じゃ、僕は行くよ。君は？」
　「僕は、もう少しここにいる」
　「それじゃ、お先に」
　ウィリー君は立ち去った。僕は、さっきは上の空でほとんど見ていなかったビデオをもう一度かけようとした。その時、バッジが鳴った。
　「はい、こちら１号」
言ってから、僕は「しまった」と思った。つい、いつものクセが出てしまったのだ。だが次の瞬間、僕はそんな事など綺麗サッパリ忘れてしまった。
　「やぁ、エクタルだ」
　「エクタルさん！」
　「今、本部の中庭に居るんだ。来れるか？」
　「はい、今すぐ！」
僕はスイッチを切ると、ビデオをしまうのももどかしく、資料室を飛び出した。

　僕達は、中庭のベンチに座っていた。
　「懐かしいなぁ」
　僕は、エクタルさんの顔を見つめて言った。
　「そろそろ、『ホームシックになる頃かな？』と思ったもんでな」
　「そうなんですよ、図星！　でも僕は“スターシック”って名付けたんですよ」
　「なぁに、それだけの元気があれば、大丈夫だよ」
エクタルさんは、笑って言った。
　「ねぇ、みんなはどうしてる？」
　「勿論、元気でがんばってるよ。あ、そうそう、コピーが『日記は、ちゃんと書いてるから大丈夫』ってさ」
　「あ、ありがとう。『僕も、ちゃんと書いてる』って伝えて下さい」
　「分かった」
　「あ、そうそう」
　僕は、この間、エクタルさんに聞こうと思った、“パーマングループ”について尋ねた。すると、こんな答えが返ってきた。
　「そうだな。一応計画は有るんだけどね。“フランス”“西ドイツ”“イギリス”辺りが候補に上がっているんだ。取りあえず、リーダーはバラシュって事だけは決定ってところかな」
　それからしばらく、とりとめもない話をしながら、時間は過ぎて行った。やがて、エクタルさんは、にっこり微笑むと、
　「ちょっとは“スターシック”も治ったかな？」
と尋ねた。
　「はい、でも……」
　「でも？」
　「アルマイトさんについて、何か分かりませんか？」
　「アルマイトの近況を知りたいって事か？」
　僕は、頷いた。
　「そうだな。向こうでちゃんと活躍ししているようだよ。でも詳しい事までは、ちょっと……。あ、そうそう、コピーの方では、赤ちゃんができたそうだ」
　「赤ちゃん？！」
　「ああ。あいつ、出発間際まで心配してたけど、これを知らせたら、大喜びしたってさ」
　「そうですか」
　「今度、遊びに行ってもいいんじゃないか？　休みの日は外出自由なんだろ？」
　「はい」
　エクタルさんは、僕に電話番号と住所を教えてくれた。そして、立ち上がった。
　「また、じきに来るよ。それじゃ」
　「それじゃ、さようなら」
　僕はそう言うと、タイミング良く来てくれたことに心の中で感謝しながら、本部へと続く道をゆっくりと歩いていくエクタルさんの後ろ姿を見送った。

　留学１０日目　　晴　　ダリムン

　エクタルさんに会ってから、とても気分が楽になった。
　スターシックも、大分薄れてきたようだ。それにつれて、僕は自分の気持ちを少し見つめられるようになってきた。
　（僕は、外の世界に飛び出すのが怖いのだろうか？　それとも、みんなと同じ早さでついて行くのに、疲れてしまったのだろうか？　何でブローチの事が、こんなに気になるのだろうか？）
　ここまで考えて、ふと、僕は始業式の時、教育部長のバードマンが話していた言葉を思い出した。
　「君達は、ここに自分達の能力を高めるために来た。しかし、それだけではない。君達は、『ここで学んだ事を他の仲間達に伝える』という任務をも持っているのだ。君達の学んだ事は、グループ全体の財産となる。これをしっかり心に留めて、勉強して貰いたい」
　（だとすれば、僕がこんな風に勉強に身が入らないのは、僕の損失ばかりではなく、『みんなにとっての損失』っていう事にもなる。それじゃ、なおさらグズグズしてちゃいけないんじゃないかな……）
　「オカ君」
　不意に先生に名前を呼ばれた。今は【宇宙地理】の時間だったのだ。
　「銀河連邦に所属する惑星国家の総数は？」
　（いきなりこんな事聞かれて、すぐに答えられる訳ないじゃない！）
僕は、心の中でふてくされながら、ただボサッとしていた。
　「それじゃ、セゼ君」
　僕の代わりに指されたのは、ウィリー君だった。
　「はい。“２２星”です」
彼はハッキリ答えると、また席についてノートをノートを取り始めた。
　僕は、昨日の彼との会話を思い出した。
　（少なくとも、僕はウィリー君よりは幸せだろうな。だって、あいつみたいに故郷を否定しなくて済むもの）
　僕の頭の中で、何かが吹っ切れたようになった。
　（しばらく経てば、これも治まるんじゃないかな？　そして、ウィリー君も……）
　ウィリー君は、黙々とノートを取っている。
　（きっと、ウィリー君にも、スターシックがあるはずだ）
　僕は、心の中でそう呟いた。