５．地球紹介

　留学１２日目　　雨後くもり　　メノムン

　今日僕は先生に、次のような事を言われた。
　「確か、３日後に地球についてのレポートを発表する事になっているはずだが、大丈夫かね？」
　僕はギクッとした。ウィリー君の秘密を知った日から、僕はほとんど手をつけていなかったのだ。でも僕はできるだけ平然とした顔で、
　「はい、大丈夫です」
　と答えた。

　かくして、僕は嘘を真にするために、必死こいてレポート制作をせねばならなくなったのだ。
　僕は学習室（資料室の続きにある）に行って、自分の記憶を頼りにレポートを書こうとした。ところがいくらも経たないうちに、これは相当な難事業であることに気づいた。その時だ。
　ふと、僕の上に影がさした。僕は顔を上げた。
　「あ、邪魔だったかな？」
　茶色のマスク、青いマント。銀の耳あてから、本部役員だという事が分かる。その顔を見た瞬間、僕は思わず声を上げそうになった。その人は、始業式の時に留学生の心得を喋った、あのバードマンだったからだ。確か、“ハガン”さんとか言う人だ。
　「レポートかね？」
　「はい。でも、はかどらなくて……」
　「それでは資料が足りんな。レポート作成は資料集めが肝心だぞ」
　「はい」
　「隣の資料室で、資料探しをするといい。どれ、私もお付き合いしてみようかな」
　「あ、どうもすみません」
　僕は席を立った。

　この間資料室に入った時には、ビデオのコーナーしか目に入らなかったが、今度はまっすぐ百科事典のコーナーに行った。そこで僕は【星区百科事典４２・４２星区】という本を見つけて脇に抱えた。ハガンさんは、親切に教えてくれた。
　「それは、“万能図鑑”みたいな物だ。おそらく一番役に立つだろう」
　また、ハガンさんに手伝って貰って、コンピューターから４２星区に関する最新情報を引き出した。それに加えて、周辺の参考文献もチェックした。
　「これだけあれば、取りあえず大丈夫だろう」
　ハガンさんは太鼓判を押した。
　「ところで、あそこには何が入っているんですか？」
　僕は、右手の厳重にロックしてある部屋を指して尋ねた。
　「ああ、あそこは“機密資料室”だ。特に重要な情報はみんなあそこに入っている。たとえば君達の個人ファイルとか……」
　「そういうのって、僕達は見られないんですか？」
　僕は軽い気持ちで尋ねた。ところが、ハガンさんの答えはこうだった。
　「勿論かまわんよ。ただ、本部役員との同伴が原則だけどな」
　「本当？！」
　「バードマンが嘘付いてどうする？」
　「あ、そうか」
　僕は、思いっきり照れた。
　「入りたいのかい？　なら、私が一緒に行こう」
　「はい、ありがとうございます」
　僕は（未知のゾーンに入れるなんて、みんなに自慢できるぞ）と思いながら、銀色のドアの前に立った。
　ハガンさんは、懐から１枚の銀色のカードを取り出して、ドアの横のスリットに入れた。そして、脇のキーボードを押した。
　『ＩＤカード、チェックしました。お二人ご入室下さい』
　すぐにコンピューターの声が返ってきた。カードを抜き取りながら、ハガンさんは説明した。
　「これは、本部の重要室を開けるカードなんだ。本部役員しか持っていない」
　僕達は、開いたドアを通って中に入った。僕が通るとドアは閉まった。
　「へ〜ぇ」
　僕が、こんな声を上げながら、どこまでも続いている収納庫を眺めていると、ハガンさんが尋ねてきた。
　「それじゃ、まず何が見たい？」
　「４２星区のパーマンに関する資料を」
　「よし、分かった」
　しばらくして、ハガンさんは１冊のファイルを持ってきて、僕に渡した。僕はその言葉を聞きながら、ページをめくった。
　「最新ファイルだけはこうなってるんだ。昔の記録はチップに収めてある」

　『調査書　Ｎｏ，１
　４２星区　第１グループ　パーマン１号　（３期目）
　本名：スワ〔名字〕＝ミツオ　　（須羽ミツ夫）　　１３歳』
　そして次に写真が２枚、素顔の顔写真と、セットを着けた全身図が張ってあった。その下に、体格などのデータが書き込んであったが、僕は、それよりも次の所見に惹かれた。
　『総合所見
　任期３期目と共に、パーマンとしての風格も身に付いてきた。その成果、１期目に良く見られた、先走っての失敗もほとんど無くなってきたようである。留学に対する意気込みも相当な物である』
　確か、こんな感じの文面だった。
　その裏に素行表があった。項目が並んでいて、小学校の通信簿みたいに１・２・３で示してある。【正義感】【思いやり】【統率力】【行動力】に「１」がついていた。そして【慎重さ】に「３」がついていた。
　（やっぱ、単独侵入したのが、まずかったのかな）
　僕は心の中で呟いた。
　その下に、精神能力の表があり、僕は【指数】が「２１０」となっていた。他は、特に目立つ物はなかった。
　これで、ファイルは終わりだった。
　ついでに、他のパーマン達のものぞいてみた。２号の【協調性】、３号の【行動力】、４号の【機知】と【冷静さ】などが「１」なのを見て、僕は（なるほどな）と思った。
　「どうだ、気が済んだか？」
　ハガンさんは、僕が返したファイルを手に取りながら尋ねた。
　「あの……」
　「何だ、まだまだ何かあるのか？」
　「アル……いや、今度ガザン星に行った７号さんのファイル、見られますか？」
　「何だ、リーダーの成績が見たいのか？」
　ハガンさんが、からかうように言ったので、僕はドギマギしながら、
　「そ、そんな訳じゃないけど、ただ、ちょっと素顔見てみたいな、なんて思ったもんですから……」
　と言った。するとハガンさんは、にっこりしながら、
　「分かったよ、カラコルム君だね」
　と言って、ファイルを取りに行った。
　やがてハガンさんは戻ってきて、ファイルを手渡してくれた。
　『調査書
　９星区　第４グループ　バードマン７号　（１期目）
　アルマイト＝カラコルム』
　ここまでは、まだ良かった。だが、年齢を見て、僕の目は点になった。
　『年齢：２５歳』
　（ウッソー！）
　僕は思わず心の中で、女子みたいな声を上げた。でも良く考えてみれば、バードの１年は地球の１年より長い。それなら、地球年で計算すれば、もっと老けた年齢になるだろう。ちなみに、バードの成人は１８歳だそうだ。
　その下には、例に漏れず写真があった。そこで僕は、もう一度ビックリした。素顔として掲げられている写真が、あの見慣れた顔とまるっきり違っていたからだ。
　ここで色々なバード星人を見ているうちに、僕は彼らの容姿に５種類ほどあるのに気が付いた。バル先生のような赤毛・緑眼・白い膚の人種。メイリン先生のような銀髪・青眼・白膚の人種、マサ先生みたいに褐色系の色の人種、そのバリエーションとして、髪の色が明るい人種（黄色い髪ぐらいまでが限度のようだ）そして、ハガンさんのように、青髪・藍眼、褐色膚の人種だ。
　素顔のアルマイトさんは混血らしく、少しクセ毛の銀髪に、藍色の絵の具を水で溶いたような眼をし、少し陽に焼けすぎたような、それでいて地色だとすぐ分かる不思議な膚をしていた。ただ、顔の輪郭はほとんど変わらなかった。そして、１つおいて潜入時の写真が掲げてあった。バル先生型の人種のようだ。ただ、素顔にもあった陽気な影は全く失せていた。赤毛の房が、片目を隠している。もう片眼も落ちくぼんで生気のない眼をしている。それが、透き通るほどの白膚とあいまって、何となく近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
　（もし、いきなりこの人に引き合わされたら、僕はアルマイトさんだと分かるんだろうか？）
　僕は、心の中で呟いた。そして、慌てて所見に目を移した。
　『総合所見
　２年間の地球赴任で、パーマンたちのリーダーを勤めた事は、大きな経験になったことと思う。また、性格にも落ち着きが出てきた。ただし、むら気さが取れないのが、今後の課題だろう。新任地での活躍を期待する』

　僕のファイルには、何も書き込んでなかった【特殊技能】の項を見ると『【的撃ち】スペシャルプログラムテスト　４：５４クリア』と書かれてあったので、
　（ああ、エクタルさんの言っていた“的撃ち”とは、この事か）
　と、やっと見当が付いた。
　裏の素行表は、積極的な項目が「１」となっており、【冷静さ】が「３」になっていた。続く精神能力は、【指数】が「２４０」、【テレポート】が「」９」、【テレパシー】「７」、【テレキネシス】が「６」など、あちこち書き込んであった。
　（たった３０しか違わないのに、僕とは大違いだ。なんだか僕、とんでもない人の部下だったみたい）
　僕は、隠されたアルマイトさんの一面を見たような気がした。
　「もういいかい？」
　ハガンさんが尋ねたので、僕は頷いた。
　「じゃ、しまうよ」
　ハガンさんは、ファイルをしまうと戻ってきた。そして、こんな事を言った。
　「私は、カラコルム君を良く知ってるよ。何せ、彼をスカウトしたのは私だったんだから」
　「え？！」
　「今から５年ほど前のことだ。毎年、バードではゲッセネマ（＊１）の環（リング）を巡る、１人乗り宇宙船のレースが行われている。我々は、スカウトを兼ねて警備に行った。
　選ばれた出場者の中に、彼がいたんだ。優勝候補の１人だった。案の定、トップに立った３人の中に彼も入った。あと１人は、アソウ君。４２星区の５号だったな。３人ともデッドヒートを繰り広げ、勝負は最後まで分からなかった。
　ところが、アソウ君がアクシデントに巻き込まれてしまった。どうやら、バリヤーが壊れてしまったらしく、岩石にぶつかって身動きできない状態になってしまったのだ。我々はすぐ駆けつけたが、岩石が密集していて容易に近づけない。その時、カラコルム君が駆けつけてきてくれて、備え付けのビームで岩石を次々に破壊していった。そして、無事アソウ君は救出された。
　我々は、彼の名射撃種ぶりにも舌を巻いたが、それにもまして、十分優勝できるレースを放棄してまでライバルを助けた、その心に感動した。そこで私が、彼のところに出向いて、『バードマンになる気はないか？』と尋ねたんだ。
　最初、彼はかなり戸惑っていた。ま、無理もなかろう。私と会うのも久しぶりだったし……」
　「あの、『久しぶり』って……」
　僕は、思わず話の腰を折ってしまった。
　「ああ、それは……彼が子供の時、一度会ったことがあってね。……ともかく、最後には気持ちよく承知してくれたよ。そして、試験にパスして、養成学校に入ったという訳だ」
　「へーえ、そうだったんですか」
　「やや、ちょっと話し込みすぎたかな？　会議の時間だ。急いで出よう」
　時計を見たハガンさんは、慌ててドアに向かった。僕も、すぐにその後を追った。

　別れ際にハガンさんは、こんな事を言った。
　「カラコルム君は、素質は非常にいいのだが、慎重さに欠け、むら気なのがたまに傷だ。それさえなければ、本部直属にもなれるだろうが……。君は、いいリーダーを持ったのだから、良いところは見習い、悪い所は心に留めておくようにしなさい。それじゃ、私はこれで」
　「さようなら。ありがとうございました」
　ハガンさんが立ち去ってしまった後、僕は心の中で呟いた。
　（あの人、何かお手本になるような事、してくれたのかしら？　９割方、叱られてたような気がするんだけど……。それにしても、ハガンさんとアルマイトさん、一体どうやって出会ったんだろう……？）
　僕は、自分の頭で考えられる限りのパターンを思い浮かべてみた。
　（迷子になってた所を助けられたとか……、案外、事件や事故に巻き込まれて……。いやいや、アルマイトさんの事だから、『バードマンになりたいから』って、たまたま出会ったハガンさんにつきまとってお願いなんかしてた、なんて……）
　ここで僕は、手にかさばる物を持っていないのに気が付いた。
　（しまった！　資料部屋に置きっぱなしだ！）
　「ハガンさーん！」
　大声で叫びながら、僕は学習室を飛び出した。
　（情けない。これじゃ、まるでアルマイトさんじゃないか……）
　そう呟きなから、僕は“道路”を駆けて行った。



＊１　　白鳥座６１番星（私が設定したバード星の太陽）の不可視星。木星の８倍あることが確かめられている。（名前は私の創作）



【前編　ミツ夫編　その1】　おわり
【中編　コピー編】に続く