【中編　コピー編】　６．かん違いのテスト


　１月２１日（水）

　今日は、とんでもないドジばかりしていた。
　まずは、社会の時間。昨日遅くまで事件解決にいそしんでたもんで（＊１）僕は、授業中に睡魔と闘っていた。全くもって、君の気持ちが良く分かる。
　「……こうして、砂漠を通る大運河が出来た。これを『カラクーム運河』という。いいか、近くにある『カラコルム山脈』と間違う……」（＊２）
　（……え、カラコルム？　……たしか、アルマイトさんの本名って、カラコルムっていったような……）
　「分かったか？　須羽」
　不意に、先生の嫌みな声が僕の耳に飛び込んできた。僕は、反射的にでっかい声で答えた。
　「は、はい！」
　すぐに僕は、この声がその場の雰囲気にそぐわない事に気が付いた。みんなの笑い声を浴びせられて、僕は一人赤面していた。

　この後遺症は、次の体育の時間にまで響いた。バスケットボールの試合の事である。
　僕は、春田君のマークについた。そして、彼の所にパスされたボールが、彼のメガネに当たった。メガネとボールは、物の見事に吹っ飛んだ。僕は、とっさにこっちに向かって飛んできた物をつかんだ。何を？　メガネをである。とたんに、チームメイトのサブが怒鳴った。
　「ミツ夫、何やってんだ！」
　僕がメガネを抱えてあたふたしている内に、ボールはコートの彼方に行ってしまった。せめてもの救いは、その直後にホイッスルが鳴ったことだった。だが、僕のチームは負けてしまった。僕が、みんなにどやされたのは言うまでもない（でも春田君は、「ありがとう」って言ってくれたよ）。

　僕はすっかり落ち込んで家に帰ってきた。すると、めざとくガン子が駆け寄ってきた。
　「上にパー子さんたち来てるよ」
　「あ、そう」
　僕は（また暇つぶしに来たんだな）くらいにしか思わずにドアを開けた。
　「お帰りなさい」
　「お邪魔してるよ」
　そこには、３人とエクタルさん、それにマヌエさん（７号）が来ていた。
　「１号、帰りばなで済まないが、ちょっと見せたい物があるんだ。付き合ってくれないか？」
　「は、はい。今すぐ」
　僕は、慌ててパーチャクすると、先に出ていた５人の後を追って飛び出した。
　「今日は樹海まで行くんだが、いつもテレポートというのも何だから、今日はパータッチしていこうか」
　（珍しいこともあるもんだ）と僕は思った。
　「いいか？　バッジをしっかりくわえてろよ。何せマッハ２．８だからな。樹海まで５分とかからないだろう」
　おそらく、生身でマッハを体験できるのは僕たちだけだろう。僕は期待より先に、体が持つかどうか心配になってきていた。とにかく僕はバッジをくわえると、エクタルさんの後ろにつながった。
　いゃあ、この時の感じばっかりは、やった人間でなきゃ分からない。むろん、次第に速度を高めて体を慣らしていく訳だが、もう空も雲も建物も見分けが付かない。
　緑の絨毯が視界に入ってきたので、初めて樹海に入ったのだと分かったくらいだった。
　タイムは７分。でも、最高速度をキープしてたら、この半分以下のタイムになったはずだ。後で、「おでこタッチ」（＊３）で体感は教えてあげるからね。

　さて、樹海に来た目的は（もう大方見当は付いているだろうが）ガザン星人の元アジトを訪ねるためであった。ここからテレポートして、僕たちはアジトのホールに飛び込んだ。
　ホールはがらんどうで、あの時のままだった。
　「実は、ここに地球基地を作ろうと思うんだが」
　エクタルさんが、いきなりとんでもない話を始めた。
　「ここをどう処理しようか、色々と考えたんだが、徹底的に壊すとしても、上が樹海じゃ下手にいじくれないし。かといって、中途半端に放っといても、また悪用される恐れがある。それならいっそ、我々がここを利用させて貰ったら良かろう、という事になったんだ」
　マヌエさんが、エクタルさんの言葉を継いだ。
　「でも、ここはガザン星人にとっても周知の場所。もし、見つかってしまったら」
　４号が尋ねる。エクタルさんは、難しそうな顔をした。
　「私も、そこが心配なんだが。まぁ、よもや向こうも、我々がこういう手に出るとは思うまい。それに、いずれはもっと立派な基地を別に建てる。ま、仮の宿って所だ。あ、みんな、何か質問があるなら、どんどん言ってくれ」
　僕たちは、何も言わなかった。エクタルさんは、頷くと尋ねた。
　「それじゃ、みんな賛成してくれるんだな？」
　「はい」
　僕たちは答えた。
　「そうか。では早速君達に頼みたい事がある。ここの掃除を手伝ってくれないか？」
　（どうりで……）
　僕たちは顔を見合わせた。

　かくして、パーマン総動員の大掃除が始まった。
　僕は、君がハルスと戦った辺りに誰よりも真っ先に駆けて行った。君に移して貰った記憶を辿りながら、僕は散らばったパネルを掃き集めた。それを捨てようとした僕の目に、長官室のドアが映った。
　（そうだ。この中、入れるのかな？）
　僕は、そのドアを開けてみたくなり、ドアの横のボタンを押した。するとドアは、あっけなく開いた。
　中は、小さいながら立派な部屋だった。長椅子にテーブル、事務机が置いてある。奥にもドアがあって、その中は寝室になっていた。
　ふわふわのベッドが僕を誘う。飛び込もうとした瞬間、バッジが鳴った。エクタルさんだ。
　「１号、片づけが済んだら、こっちへ来てくれ」
　「はーい」
　（まだゴミ捨ててないもん）と思いながら、僕は改めてベッドに飛び込んだ。

　（……うるさいなぁ……）
　遠くでバッジの音がする。あったかい物の中に埋もれているような気分だ。でも習慣なので、僕は手探りでマイクのスイッチを入れた。
　「……はい？」
　「何寝ぼけてんのよ！　もう、みんな会議室に集まってるわよ！」
　（パー子のキンキン声は、下手な目覚ましよりよっぽど効くな）
　と思いながら、僕は、
　「……ファーイ」
　と答えて、ベッドからすべり下りた。

　確かに、会議室には、他の９人（＊４）が集まっている。僕は、適当に空席に座った。みんながそろった所で、エクタルさんは、一枚の図面を見せた。樹海基地の部屋割りだ。
　「これから部屋の使い道を考えなきゃならん。取りあえず、電気系統は私が修理しといたが、あちこち手直ししたい所があるだろう。遠慮なく言ってくれ」
　「何だ、こんな事になるんだったら、もうちょっと手加減してぶっ壊せば良かったな」
　エインさんがぼやいた。
　「なぁに、俺たちが直す訳じゃなし、気に病むなよ」
　インガさんは楽天家である。
　「なぁエタル、こんなに部屋があるんなら、みんなに個室ぐらいはくれるんだろ？」
　「そりゃあ、まぁ」
　「それじゃ、俺、ここ取ぉぅり！」
　インガさんが指さしたのは、なんと「長官室」だった。
　「こらインガ。お前どういう了見してるんだ！　そこは客用寝室にするはずだろ！」
　早速エインさんがかみついた。
　「いつも使ってなかったら、カビが生えちまうぞ」
　「その代わり臭くならぁ」
　「何だと、俺はこれでも……」
　「さぁ、あの二人はほっといて、先に進みましょ」
　ワッケさんが、隅っこの２人をチラと見やっていった。
　僕たちもこの頃ようやく、あの二人の口喧嘩が大した事ないのに気が付いていたので（つまり、君とパー子の喧嘩みたいな物だ）、素直に話に戻った。
　結局、コンピューター室にはバードのコンピューターを入れること、僕たちにはそれぞれ個室が貰えること、それから「長官室」はインガさんの部屋でも「客用寝室」でもなく、「居間」にする事になった。

　家に帰ってから、僕は試験勉強をすることにした。確かこの間、学校から貰った範囲表があったはずだ。
　範囲表は少し探すと見つかった。僕はそれを机の上に置くと、一心不乱に（君のおかげで、見事に習慣づけられてしまったからな）勉強を始めた。
　そこへ、パトロールを終えた二号とパー子がやってきた。
「どう、勉強進んでる？」
　こう言いながら、パー子は範囲表を取り上げてしげしげと眺めた。そして、いきなり素っ頓狂な声を上げた。
　「ちょっとこれ、二学期の期末用じゃない！」
　「ん？！」
　僕は、慌てて紙をパー子の手からひったくると、紙のタイトルを眺めた。
　（道理で良く分かった訳だ）
　僕は心の中で呟くと、紙を丸めてくずかごにたたき込んだ。
　「ええい、勉強なんてやめたやめた！　気分転換に空飛んでくるよ！」
　　僕はベランダへ続くサッシを開けた。途端に、冷たい風が吹き込んできた。１月の風はメチャ冷たい。
　（今頃ミツ夫君は、自分の部屋でのほほんとしてるんだろうな。あーあ、コピーっていつも貧乏くじを引くように出来てんだ）
　僕は、久しぶりに君のことを考えた。


　１月２７日　（火）

　ついに、中間テストの日が来た。
　はっきり言って、一番手こずったのは【社会】だ。何せ、やたらめったら難しかったのだ。だから、時間もメチャクチャ足らなかった。最後の方なんか、もう書いた答えも覚えていない。全く、考えれば考えるほど、ムカついてくる。　
　でも、もうテストは済んだ。よって、もうテストの話はやめ！！

　テストが済んだので、久しぶりに樹海基地へ出掛ける事にした。４人でパータッチすれば、あっという間だ。
　「みんな良く来たな。１号、もうテストは済んだのか？」
　樹海基地に着くと、エクタルさんが出迎えてくれた。
　「こっちも技術班の手を借りて、どうやら住めるようになってきた所だ」
　なるほど、あちこちに資材が積み重ねてあり、中からは工事の音も聞こえる。
　僕たちの気配を聞きつけてか、インガさんが出てきた。
　「よぉ、１号。テスト済んだのか？」
　（また聞く……）
　僕はいい加減嫌になってきた。後ろの３人は、必死になって笑いを抑えている。エクタルさんが言った。
　「インガ、彼らを案内してくれないか？」
　「分かった。さ、俺に付いて来な」
　（青春ドラマじゃあるまいし、一人で行けますよーだ）
　僕は心の中でインガさんに舌を出しながらも、みんなが付いて行くので、仕方なく後に続いた。
　中に入ると、この間来た時とは歴然の差だった。
　前に比べると、あちこち手を入れたみたいで、ガザン星人の面影はほとんど無くなっていた。あの「長官室」もすっかり居間らしくなっていた。中央にでんとソファーが置かれ、壁には絵が掛かっている。なんと、ＴＶまであった。
　「やれやれ、ガザン星人もご苦労なこった。これだけ作るのに、半年はかけたろうにな」
　あちこち見て回りながら、インガさんは同情たっぷりに言った。するとパーやんが、ふと思い出したというように尋ねた。
　「ところで、あの捕虜は、どうなったんですか？」
　「あいつらか？　ま、尋問した後で希望を聞いて、ガザンに帰りたい者は、ここでの記憶を消して帰してやったてさ」
　「大丈夫ですか？　もし、記憶が甦ったら……」
　僕は、君から聞かされた「催眠分析」の話を思い出して、こう尋ねた。
　「なぁに、記憶を消した後に、また別の記憶を植え付ける二重方式をとったんだ。しかも、それをやったのが、その名も高きケネスさんだからな。大船に乗ったようなもんだよ」
　ケネスさんという人の名は初めて聞いたが、どうやら凄い人らしいという事は何となく分かった。
　「さて、次に行こうか」
　インガさんが歩き出した。

　次に僕たちは、「演習場」に行った。つまり、ホールの真下である。今は資材置き場になっているが、いつもは射撃が出来る。
　「アルジェがいたら喜んだだろうな」
　インガさんが呟いた。僕たちも同じ気持ちだった。
　「で、ここが『倉庫』」
　インガさんは、「演習場」の奥の部屋に入って行った。
　そこは、ほとんど手つかずのようだった。僕たちの乏しい知識では、何に使うか見当も付かない物が、雑然と棚に積まれてある。
　「この隣が、『武器庫』になっている。棚卸しの時には、君達も呼ばれるだろう。……ブワックション！」
　埃が鼻に詰まったのか、インガさんは派手なクシャミをした。僕たちは、早々に『倉庫』を出た。
　『コンピューター室』に入ると、人がいた。ワッケさんだ。
　「どうだい、コンピューターの調子は？」
　「上々よ。でも、まだ温度調節が完璧じゃないから、もう少し大人しくさせとかなきゃ」
　「そうか。じゃ俺らは行くよ」
　「どうぞ、ご自由に。あ、隣工事中よ」
　「分かってるよ」
　僕たちに口を挟ませる暇もないほど素早く２人の応答は終わって、インガさんはドアを開けた。
　「動力室」をのぞくと確かに工事中の様子で、エクタルさんも一緒になって仕事をしていた。
　「エタルから聞いたと思うが、実は技師がエタルしかいないんだ。だから、本部から技術班を呼んだんだ。……そういや、俺等の本職、まだ話してなかったっけ」
　「でも私、アルマイトさんのは知っててよ。【バード航宙・貨物部】の副パイロットでしょ？」
　こう言った途端、パー子は僕たちの冷たい視線を受けた。
　「チェッ、あの人、女の子には優しいんだ」
　僕は思わず、聞こえよがしに呟いた。
　「アルマイトは、その通りだよ。ちなみに、俺は【ナギ大学病院】の外科医助手。あと５〜６年みっちりやんなきゃ、医師に昇格できないんだけどな」
　例の「レーザー口」が、そろそろ始まってきたようだ。
　「エタルは建築技師なんだ。何せ、住んでる所がルーガっていう開拓星だから、仕事は腐るほどあるしな。それからエインは有機農場の職員、ミナさんはプログラマー、ワッケさんは天文所の所員、イリメンは、【バード航宙・旅客部】副パイロット。ま、あの２人は宇宙大学当時から張り合ってたからな。で、マヌエは考古学者の卵さ」
　「おいおい、いつまで喋りまくってんだ？　イリメンが『居間に来い』ってさ」
　不意に僕たちの後ろで声がした。エインさんだ。
　「何だよ、うっとーしいな」
　「ご馳走が待ってるぞ」
　こう言った途端、インガさんの態度はコロッと変わった。
　「行く、行く！　……おいお前ら、何ボーッとしてんだ。置いてくぞ！」
　僕たちは呆気にとられて、走り出したインガさんの後ろ姿を見つめていた。

　ご馳走とは、軽いお茶の事だった。奥のベッドの置いてあった部屋が、今は簡易台所になっているらしい。磁気コンロの上でお湯が沸いていた。
　「どうだった？」
　ティーパックをカップに入れながら、イリメンさんが尋ねた。
　「うん、とってもいい感じ」
　僕は、みんなを代表して答えた。
　「そりゃ良かった。ささ、そこに座って。今紅茶を入れるから」
　紅茶のカップ、砂糖とミルク、そして大盛りのクッキーの皿が置かれた。ところがイリメンさん、いきなりフェイントをかけた。
　「俺が焼いたんだぜ、それ」
　僕たちは思わず「ヘコ！」った（＊５）。インガさんとエインさんは、腹を抱えて笑っている。
　「何がおかしいんだ？　味はバッチリだって、本部バードマンのお墨付きだぞ」
　「おい、まさかこれ、向こうに持ってったのか？」
　インガさんが、慌てたように尋ねた。
　「ああ、これ確かに美味いわ。な、ブービー？」
　「ウィ」
　脇を見た僕は、驚いた。ブービーとパーやんは、もう早速クッキーに手を出している。
　（ヤバイ！　あの２人に任しておいたら、すぐ無くなっちゃう！）
　僕は、慌ててクッキーに手を伸ばした。
　クッキー？　美味しかったよ。チョコチップ、アーモンド、果実入り、ごく普通のと４種類あってね。でも、イリメンさんの趣味が「お菓子作り」だったなんて……。


　１月２８日　（水）

　今日、テストが返された。　点数？　聞くだけ野暮ってもんだ。でも、これだけは聞いてくれ。僕は【社会】で、信じられないような大ポカをやってしまったのだ。
　テストを渡された時、先生は、またも嫌味たっぷりに言った。
　「須羽君、居眠りなんぞしてるから、こんな事になるんだぞ。きっと、弁当の夢でも見てたんだろ、え？」
　席に着いてから、僕はゆっくりと答案を眺め回した。そして発見した。
　ソ連の地図があり、『そこに示してある記号の名称を答えよ』という問題があった。その中の「カラクーム運河」と書くべき所に、僕は「アルマイト運河」と書いてしまったのだ。
　（道理で、「弁当の夢」な訳だ）
　そう思った後で、僕は付け加えた。
　（しっかし、なんて嫌味な先生なんだろう！）



＊１　　コピーは、１号の代理として活動し、コピーもちゃんと持っている。コピーによるコピーは可能である。（【パーやんのコピーがこわれた？！】等、参照）

＊２　　実はソ連の範囲は、地理・日本史平行進行でも、２学期中には終わっているはずである。が、ここでは大目に見て貰いたい。

＊３　　コピーと本人は、互いの額をくっつけると、記憶を伝えることが出来る。

＊４　　ミナは、産育休暇を取っている。

＊５　　アニメの方で「『ヘコ！』るよ！」（「（これじゃ思わず）『ヘコ！』ってやっちゃうよ！」の意）と言う使用例あり。ここでは「『ヘコ！』と叫んだ」の意。