７．秘密のバレンタインデー

　２月１１日　（水）

　今日は、久しぶりに元新聞部の５人が集まる事ができた。つまり、ミッちゃん家に僕、カバオ、ハル三、サブが誘われたのだ。
　君も知っての通り、中学に入ってから、どうも僕たちの中は遠くなりがちだった。【光照（こうしょう）学園】に入ったハル三はともかくとして、ミッちゃんとの間も、何となくしっくりこなくなってきていた（それに、君も承知の通り、僕はユキちゃんにゾッコンだから……）。
　でもパーマンとしては、君の事も考えて、パトロールの折りなんぞに立ち寄るようにはしていた。
　ま、何はともあれ、僕たちが顔をそろえたのは、町内会の運動会の時以来だった。最初はぎこちない感じだったが、
　「最近“ＵＮＯ”を手に入れたの。どう？」
　なんて、ミッちゃんが言った辺りから、僕たちのしこりもだんだんほぐれてきて、しまいには、今度の発表会で弾くというピアノの演奏まで聴かせて貰った。何々、羨ましい？　ご心配なく、ちゃぁんと“おでこタッチ”してあげるよ。
　そして、クライマックス。僕たちの帰りしなに、ミッちゃんは四つの箱をテーブルの上に出した。
　「あ、ちょっと早いけど、これ、私からの義理チョコ」
　「ありがとう！」
　僕たちはそう言いながら、チョコの包みを受け取った。
　「私の手作りよ、心して食べなさい」
　「は〜い」
　僕たちは、ミッちゃんに見送られて家を出た。
　空き地の前まで来た時だ。ふと、カバオが立ち止まった。
　「おい、ミッちゃんのチョコ、見てみようぜ」
　「いいのかな？　道路のど真ん中で」
　「だから、あそこで見るんだよ」
　カバオの手は、土管を指していた。そして、そのままそっちの方へズカズカと歩いて行った。
　「いいか？　お前らのも見せるんだぞ」
　（ははん、カバオのヤツ、妬いてるな）
　僕は心の中でニヤリとしながら、後を追った。

　そういえばこの空き地にも、かなり前から足を踏み入れていなかった。周りでは、あの頃の僕たちのように野球が繰り広げられている。
　僕が子供たちに見とれている間に、カバオはリボンを外して、外箱を開けていた。
　中からは、カラースプレッドで縁を飾り、スライスアーモンドで“Ｋ”と置いた、ハート型のチョコレートが出てきた。
　「う〜ん、さすがはミッちゃん。家帰って、冷蔵庫に入れよ〜っと。ほれ、お前らのは、どうなんだ？」
　僕たちは渋々箱を開けた。中はイニシャルをのぞけば、カバオと全く同じだった。
　「やっぱりな……」
　カバオが、ため息混じりに呟いた。そして僕に叫んだ。
　「なぁミツ夫。お前悔しくないのかよ？！　ガキの頃からの仲だっていうのに、パーマンみたいなよそ者にミッちゃん取られちゃってよ！」
　僕は、無言だった。
　「無理ですよカバオ君。幼なじみっていうのは“一番恋愛感情が芽生えにくい”って、ものの本に書いてありましたよ」
　「じゃあ、俺達も×（チョメ）か？」
　「じゃないんですか？　何せ我々５人、幼稚園の時からの仲ですからね」
　「思えば入園式の時、ミツ夫と手つないで歩いてたミッちゃんを見た。あれから、俺の嫉妬ってヤツは始まったんだもんな。あ〜あ、俺、女の子の気持ち、未だに分かんねぇよ」
　僕は、（おそらく、一番悔しい思いをしてるのは君なんだろうな）と思いつつ、
　「仕方ないよ。僕にも女心なんて分からないもん」
　と言った。

　家に帰ってから、ミッちゃんのチョコをどうしようか大いに迷ったが、取りあえず、１４日までは取っておくことにした。いざとなったら、コピーという手（＊１）もある事だし……。


　２月１４日　（土）　聖・バレンタインデー

　今日の成果は、錚々たる物だった。
　まず早朝。パー子がチョコレート持参でパトロールにやって来た。しかも、スミレちゃん直筆のカード付き。これをラッキーと言わずしてなんと言えようか。僕は早速学校に持って行きたかったが、さすがにこればかりはやめた。
　これを皮切りに、学校ではユキちゃんがチョコレートの詰め合わせを僕に渡し（だから、君にはあげないよ！　第一、もう食べちゃったもん！）、それプラス、ガン子を始め、その他大勢の女の子からのプレゼント。そしてとどめは、ミッちゃんの“本命”『パーマン１号様へ』の特大チョコ！　（他のパーマン達にもくれたのだが、その２倍はあった）
　「だって、去年はミツ夫君の拉致騒ぎで、おちおちチョコも作っていられなかったでしょ？　だから、今年は去年の分までがんばって作ったの」
　これが、ミッちゃんの言い分である。
　取りあえず、ミッちゃんとパー子の分はバードマン達に頼んで、君に渡すつもりだから、よろしく。
　ちなみに、ミツ夫宛のは、ユキちゃんとガン子（しかもくれたのは１００円のチョコ、パーマンには３００円。全く……）だけだった事を報告しておこう。
　しかし、パーマンって本当にモテるんだな、実感。


　２月１５日　（日）

　午後、僕が退屈を持て余していると、サブから電話がかかってきた。
　「ミツ夫、今すぐ家に来い。『ドラクエII』（＊２）を手に入れたんだ！」
　僕は、慌てて自転車に飛び乗った。

　「遅いぞ、ミツ夫」
　僕がサブの家についた時には、既にカバオが来ていた。
　「いやぁ、苦労したぜ。あちこち探し回って、やっと手に入れたんだ」
　「能書きはいいから、早くやろうぜ」
　カバオが急かしたので、サブはリセットボタンを押した。
　オープニングが始まり、名前制作の画面になった所で、一悶着が起きた。
　「勇者の名前は、断然“さぶ”だ」
　「なっさけね〜の。絶対“かばお”だぜ」
　「冗談じゃありませんよ。自分で買って付ければいいじゃないですか」
　「『ドラクエI』貸してやったのは、この俺だぞ。当然の権利だ」
　この論争は、果てしなく続きそうだったので、僕は恐る恐る言った。
　「あの“みつお”は……」
　「問題外！」
　やっぱり、二人にあっけなく蹴られた。そこでいきなりカバオが叫んだ。
　「おっと、グッドアイディア！」
　「何ですか、カバオ君？」
　「どっちにも当てはまるように、全然関係ない名前を作ればいいんだよ！」
　（あのね……）
　僕は呆れて物も言えなかった。
　それからまた、喧々囂々、カーソルはあっちへ行きこっちへ行きして、結局“あまりん”とむいう名に落ち着いた。しかも、これだけで１０分はかかった。（「何だ、大した名前でもないじゃん」と君は言うかも知れないけど、一時は、もっと凄い名も出てきたんだよ。“はりまお”だとか“は（゜）あまん”だとか……）
　いざ始まってみると、カバオは戦闘シーンになるとコントローラーを握り「スライムめ、スライスチーズにしてやる！」などと、訳の分かんない事を叫びながら、コントローラーを叩く事ひっきりなし（戦闘シーンは、自動モードなんだけど……）。その他の所では、そこら辺にある雑誌をペラペラ退屈そうにめくっている。全く、カバオらしいというか……。
　「オオッ！」
　ある雑誌をめくっていて、いきなりカバオは大声を上げた。
　「こりゃ凄い！　ミツ夫、ほら！」
　と言って、カバオが手渡したページを見た僕は焦った。そこには胸丸見え、しかも完璧ヌード（むろん、一番大事な所はさりげなく隠してあったが）の女性が、にっこり微笑んでいたからだ。僕は思わず、
　「キャッ！」
　と叫んで（だって、あまりにも唐突だったんだもの）雑誌をカバオに投げ返した。カバオは、そんな僕の姿を見て腹を抱えて笑っている。
　「あんまり手荒な事しないでくれよ。親父のなんだから」
　「お前の親父って、スケベなんだな」
　カバオは、すぐにサブと喋り始めたが、僕はそれどころではなく、胸の動悸を押さえるのに懸命だった。
　結局、サブ、いや“あまりん”が、サマルトリアの王子を見つけた辺りで、僕たちは家に帰った。

　家に戻った僕は、明日の予習をしようと机に向かった。でも、どうにも乗り気になれない。しばらくすると、僕は居眠りを始めた。それがいけなかったのだ。
　しばらくして、僕はハッと気が付いた。
　（どうやら、居眠りをしちゃったみたい）
　そう思うと、慌てて僕は、頭の上にかぶさっていた教科書を取り上げた。
　途端に、僕の目に映った物があった。さっきのヌードだ。しかも、その顔はユキちゃんだった。
　（な、何で、こんな物が……）

　気が動転した僕は、慌てて本を伏せた。その刹那、生まれて初めて感じるような感じが走った。
　そこで、本当に目が覚めた。
　（とんでもない夢だったな……それもこれも、カバオのせいだぞ……）
　僕は、恐る恐る教科書を持ち上げた。それは、いつもの数学の教科書だった。
　その時だ、僕が下半身の異常に気が付いたのは……。
　最初は「おねしょかな？」と思ったのだが、それとは全く違う。何となく、粘っこいような感じなのだ。それに、中一にもなっておねしょなんて、冗談にもならない。そう考えてみると、もう一つ、思い当たる事がある。僕は、本棚の保健の教科書を取り上げた。そして、慌ててページをめくってみる。
　（やっぱり……）
　どうやら、僕は“射精”、しかも“夢精”というヤツをしてしまったらしい。そう思うやいなや、僕はいてもたってもいられなくなった。が、立ち上がれない。まるで、下半身がクラゲになったみたいに、力が入らない。やっとの思いで立ち上がると、ズボンとパンツを脱いだ。
　（これをママに見られたら、事だぞ）
　着替えながら、僕は必死に処理方法を考えた。
　（そうだ。お風呂場で洗えば、何とかごまかせるぞ）
　ママは今頃、夕食の用意をしているだろう。僕は、そっとドアを開けると、恐る恐る階段を下りていった。
　何とか、お風呂場まで辿り着いた。僕は、すぐに入ってお湯をくんだ。その時だ。
　「お兄ちゃん、何してるの？」
　（ヤバイ、ガン子に見つかるとは、考えも見なかった！）
　「もぅ〜、また泥んこにして！　ママに言ってやろう！」
　ガン子は、出ていこうとする。
　「よ、よせよ。後で、何かおごってやるから」
　「ベーッだ。そんな物で手なずけられる、ガン子様じゃないやい」
　ガン子は憎たらしい事に、こう言って風呂場を出ていった。
　となると、ここに長居は無用だ。僕は１０秒でお湯をくんだバケツに服をたたき込み、早々に風呂を飛び出した。

　「ミツ夫さん、ご飯よ〜」
　下で、ママの呼ぶ声がする。でも、僕は下りていけない。
　（ガン子のヤツ、きっとママに言いつけたんだろうな。あれを見て、ママは一体どんな風に思ったんだろう。もしかしたら、感づいちゃったかも知れないな。でも、ここで下りていかなかったら、ますます怪しまれるし。しゃぁないな）
　仕方なく、僕は階段を下りた。
　僕は、味も分からないまま、無我夢中でご飯をかき込んだ。そして、風呂場に直行した。
　バケツは、一見元のままのようだった。が、中の水に、白い泡が漂っていた。石けんの泡だ。ママの仕業だろうか？　でも、あのままの性格からすると、このままそっとしておいてくれるとは思えない。それとも、これが初めてじゃないのかも知れない。ただし、もしそうだとしたら、ミツ夫君の記憶からコピーされているはずだ。
　（案外ミツ夫君も、向こうで同じ目にあっているのかも知れないな……）
　風呂に浸かりながら、僕は苦笑した。

　風呂から上がった僕は、パパの姿を探した。同じ男同士、ママには言えない事も、言えそうな気がしたのだ。
　パパは客間で、ゴルフの道具の手入れをしていた。僕は取りあえず、ゴルフの事など聞いてから、本題に入ろうとした。ところがどっこい、パパは、いきなりこう切り出した。
　「お前、オトコになったようだな」
　（おっと、パパには珍しいフェイント！）と思いきや、
　「ママが、おこわ作ってたぞ」
　僕は、「ヘコ！」と叫ぶ間もなく、ブッ飛んだ。
　「良かったじゃないか。パパの時なんか、親にいつバレるかと、ビクビクし通しだったんだぞ」
　「ふぅん」
　（どうしちゃったんだろう、今日のパパ。何か、テンポ狂っちゃうな）
　そう思った僕は、早々に客間を退却した。


　２月１６日　（月）

　今日の朝御飯は、やっぱり“おこわ”だった。その席でガン子は、いきなりこんな事を尋ねた。
　「ねぇ、今日は何のお祝い？」
　するとママは、ルンルンしながら答えた。
　「ミツ夫さんが、オトコになったお祝いよ」
　「ふぅん……」
　僕は、ホッとした。だが、ませたガン子は、生意気にもこう言った。
　「そうか、女の子が“赤飯”で、男の子が“おこわ”なんだ！」
　僕は思わず、おこわを喉に詰まらせた。
　あ〜あ、こんな家族に囲まれて、僕はこれから健やかに成長していけるんだろうか……？



＊１　　何を持ってコピーロボットのボタンを押すと、その物もコピーされる。これは、服のコピーと同じ原理だろう。

＊２　　今は、１９８７年。