【後編　ミツ夫編　その２】１０．『的撃ち』の系譜


　留学４８日目　晴　メノムン

　今日の１時間目の体育の時間、僕たちは射撃の訓練のため、地下にある射撃場に集合した。
　「それじゃ、これからしばらく射撃の訓練をする。まず、みんなに練習用の銃を渡しておこう」
　そう言って先生は「変身銃」、おっと違った、レーザーガンを手渡した。これは出力を弱めてあるので、万が一当たってもヤケド程度で済むという。でも用心のため、左胸部分にプロテクターを付けた。
　「今日は、取りあえず基本的な構えと、撃つことに慣れる事から始める。そして、静的を撃つ練習をしてから、動的のシュミレーションに入る。この中に普段から銃の扱いになれている者はいないか？」
　「はい」
　後ろで手を挙げた人がいる。緑のマスクに水色のマントのパーマンだ。
　「イゴレイ君か。どれくらいの実力か、手本として見せて貰おう」
　「はい」
　イゴレイ君は、前に進み出て、両手で銃を構えた。素人の僕が見ても、綺麗なフォームだ。そして、おもむろに撃った。光線は、円形の的の真ん中より少し上を貫き通した。
　僕たちは拍手をした。気前がいいのは指笛を吹いたりしている。
　「よし、上出来だ。みんなもこれぐらいは上達して貰うぞ。あ、イゴレイ君はそのまま残って。姿勢のモデルになって貰う」
　かくして授業は始まった。僕は、
　（構えなんて大したことはないだろう）
　と思ったがどうしてどうして、
　「基本の構えがしっかりしてないと、姿勢が崩れた時撃てないぞ！！」
　という訳で、みっちりしごかれたのだ。
　それから、５人ずつ並んで的を打つ練習をした。僕の番が回ってきた時にはさすがに緊張した。緊張するとますます銃口はふらつく。この悪循環に僕は撃つ前から疲れ果ててしまった。案の定、レーザーは思いっきりそれて、的をかすりもしなかった。ただ救いは、みんなも似たり寄ったりだった事だ。

　その日１日、イゴレイ君はヒーローだった。昼休み、僕たちは自然と彼の周りに集まった。
　「僕は学校で『シューティング部』に入っているから、一応、銃の扱いには慣れているんだ。僕の所では毎年『射撃選手権』っていうのがあって、みんなそれを目指して、練習を積んでいるんだ。僕も去年選手に選ばれたんだけど、散々な成績でさ。今年こそはがんばろうと思うんだ」
　「ふーん」
　「へーえ」
　というような声が、あちこちから漏れた。
　「ところでさ」
　リリル君が、別の話を切り出した。
　「俺、２組のヤツに聞いたんだけど、ナッシューっていう８星区のパーマン、射撃がメチャ上手いんだって。先生が『的撃ち』になれるぞ、って誉めてたとさ」
　「おいイゴレイ、ライバル出現だな。がんばれよ」
　ザード君がはっぱをかけた。イゴレイ君は苦笑した。
　「何言ってんだい。『的撃ち』候補者なんかとまともにやり合えるほど、僕は名手じゃないよ」
　（『的撃ち』？）
　僕の脳裏に、この間見たファイルと、いつか聞いたエクタルさんの話が甦ってきた。ザード君が尋ねた。
　「なぁ、その『的撃ち』って何だ？」
　「何でも『名射撃手』の事、バードマンの間じゃそう呼ぶみたいだよ。ま、一種のあだ名かな？」
　リリル君はそう答えながら、時計を見た。そろそろ昼休みも終わりだ。
　「いいな。俺、そういうカッコイイの憧れちゃうな」
　ザード君がため息混じりにこう言ったので、僕は思わず呟いた。
　「そうでもないと、思うけどな……」
　「おい、そりゃどういう事だ？」
　ザード君が詰め寄る。答えるタイミングを失った僕は、もう後には退けない所まで追い詰められてしまった。
　「だ、だって、僕の元リーダー、『的撃ち』って呼ばれてたみたいだけど、凄くおっちょこちょいでいい加減な人なんだよ」
　「でも、銃持つと途端にカッコ良くなるとかさぁ」
　「まぁっさか。大体、あの人が撃つトコなんて、まともに見たこと無かったもの」
　実は、アルマイトさんが銃を持つ時には、僕たちはいつも変身銃の恐怖と結びついていたので、まともに見た事がなかったというのが真相である。だが、ここでは口が裂けてもそんな事は言えない。
　「もったいない。そういう時はおだてて見せて貰うんだよ」
　ザード君は、それからしばらく「もったいない」を連発していたが、僕は心の中で、
　（今更、無理だよ……）
　と呟いた。

　留学５０日目　雨　イグムン

　今日の体育も、射撃の続きだ。だが、今日は教室で銃の手入れの仕方と、普段使われている銃についての説明を受けた。
　まず、エネルギーパックを取り外し（そうすれば、暴発の危険はないからね）中を掃除して、ついでに磨き方までやらされた。
　「本当に銃好きなヤツは、これをピカピカに磨きたてるのが楽しみだっていうけど、俺にはその辺の気持ち、分からんな」
　先生が珍しく、こんな事を言った。確かに、キン肉マンの先生が銃を手入れしている姿は、まるでオモチャをいじくってるみたいで、およそ似合わない。
　それから、エネルギーパックの取り扱い、充填の練習など、一通りやった所で、今度は様々な銃器類の説明に入った。
　「君達が手にしているレーザーガンとヒートガン（熱線銃）、コールドガン（冷化銃）、そしてショックガン、この４つが、大体君達が扱う銃だろう。 ショックガンは白兵戦になった時、相手を傷つけずに倒すための銃だが、後の３つは、それぞれ時と場合に分けて使いこなさなければならない。レーザーガンは、物を切断する事が出来る。ヒートガンは、物を溶かす事が出来る。コールドガンは、物を凍らす事が出来る。これらを使いこなせれば、もう一流のガンマンだ。さて、その他の銃だが……」
　それからしばらく、その他諸々の用途に用いる銃の話があった。たとえば、能力減退銃（＊１）、時間制止銃（＊２）、分子分解銃、ｅｔｃ……。
　（うーん、やっぱりアルマイトさんも、ガンマニアだったのかな？　それとも……）
　ここで僕は、末恐ろしい想像をしてしまった。
　（まさか、僕等を実験台にして、銃の能力を試していたとか……。あの人なら、十分あり得るぞ……）
　「これで話は終わりだが、まだ時間が少し余っているから、これからビデオを見るぞ」
　先生はビデオテープをセットしながら、話し続けた。
　「これから見るのは、『的撃ち』のシュミレーションテストの記録ビデオだ」
　途端に、教室中にどよめきが広がった。先生は怒鳴った。
　「うるさいぞ。すぐ始まるから、大人しくしてろ！」
　どよめきは、ひそひそ声に変わった。
　「彼は、つい数年前にバードマンになったばかりだ。今の所、一番若い『的撃ち』つまり、公認の『名射撃手』だ。今はガザンに行っているそうだがな」
　僕は、背筋が寒くなるのを覚えた。
　ビデオが始まった。そこはどこかの部屋らしく、六畳くらいの大きさだった。ドアの開く音がし、１人の男が入ってきた。その後ろ姿は、驚くほどファイルの写真にソックリだった。
　（アルマイトさん！）
　思わず、僕は心の中で呼び掛けた。
　アルマイトさんは、まだ養成学校生らしく、服は私服だった。濃紺のスウェットスーツのようなのを着ている。だが、セットは今と同じだった。腰のベルトに、ホルスターに入った銃が下がっている。
　アルマイトさんは、余裕ありげに見えた。軽く二つ三つ跳躍し、手足をほぐし、おまけにアキレス腱まで伸ばした。そして、おしまいに深呼吸を一つした。
　その時だ。
　突然、ホログラフが現れた。部屋は峨峨（がが）たる岩山に変わった。アルマイトさんは、慌てて銃を手に取った。途端に、その目が真剣な眼差しに変わった。　彼の目の前を強い光がよぎった。敵が現れたのだ。アルマイトさんは、慌てて身をそらすと、続け様に撃った。ホログラフの黒い影が、どうと倒れた。
　「あ、説明し忘れたが、この『的撃ち』用のテストは、普通のテストの２倍の人数である１０人を５ミネガ以内にショックガンで倒せば、合格だ。無論、向こうから攻撃もしてくる。そして、敵に傷つけられると、ビームの当たった部分が麻痺する。２度、同じ所を撃たれたり、心臓や頭をやられると、失格だ。そうそう、セットの力は無くなっている」
　先生が説明した。とすると、これから９人倒さなければならないという訳だ。時間は、まだ３０ダウ（秒）ほどしか経っていない。
　アルマイトさんは初め、まるでゲームを楽しんでいるかのように飛び跳ねていた。敵の放つ光線を器用に避けて、ここぞという時に狙い撃つ。すると敵は一発でやられる。
　「あいつ、余裕だな」
　ザード君が呟いた。
　だがその余裕も、３ミネガを過ぎた頃から、消えてしまった。敵も、手が込んだ作戦をするようになったのだ。
　不意に、アルマイトさんの足元に光が走った。彼は飛び上がって避けた。そこに三方向から光線が襲いかかってきた。慌てて身をかがめ、地面を転がって避ける。そこで、やっと敵が姿を現した。なんと３人もいる。
　「ははん、真打ち登場か」
　ザード君は、もう解説者気取りである。だが僕はそれどころではない。
　（確かあれには『４：５４クリアー』って書いてあったよな……）
　そうは知ってても、目の前で劣勢になっていくのを見てはハラハラせざるを得ない。
　その僕のハラハラに、更に拍車をかける出来事が起こった。突然、今までにない音がしたのだ。次の瞬間、みんながどよめいた。
　アルマイトさんが、ガックリと右膝をついた。敵に撃たれて、右足が麻痺したのだ。これで、形勢は断然不利になった。しかも、まだ２人、敵が残っている。
　やっと隙を見つけて、飛びかかってきた１人の心臓めがけて光線を放ち、相手が倒れるのも見ずに、もう１人めがけて、ショックガンを発射した。それは、相手の肩口に命中し、敵は肩を押さえて倒れた。
　アルマイトさんは、やっと一息ついた。首筋に、汗の玉が光っている。反射的にだろう。バッジを取り出し口にくわえた。が、すぐに投げ出した。セットの機能が働かない今、バッジなどくわえても無駄なのである。
　タイムは、４ミネガを過ぎた。そこに、また新手の敵が現れた。光線で分かる。１、２、３人だ。
　（これで、確か１０人のはず……）

　アルマイトさんは、麻痺した右足をかばい、歯を食いしばりながら、立ち上がった。こんな真剣な顔を僕は見たことがなかった。
　ショックガンのエネルギーが切れかかっている。カートリッジが赤い点滅をしてるのだ。
　光の束が、アルマイトさんを襲う。あちこち転げ回りながらも、彼はチャンスをうかがっているようだった。
　チャンスは、ついに来た。敵の攻撃が途切れたのだ。アルマイトさんは、その隙を逃さず、岩の影から１人の銃めがけてショックガンを発射した。狙い違わず、敵の銃はすっ飛ばされ、それは、やや後ろにいたもう一人の敵の顔に命中した。最後の敵はこれに驚く暇もなく、アルマイトさんに撃ち倒された。そして折り重なった残り２人に向かって、止めの一撃を浴びせた。人影は消えた。
　そこでブザーが鳴り、明るくなった。タイムは、きっかり４：５４を指していた。
　アルマイトさんは、ヘナヘナとその場に座り込み、銃を投げ出した。そして伸びを一つすると、そっくり返った。
　『あーっ、バテたバテた』
　アルマイトさんの口が、こんな事を呟いたように見えた。あの人なら、恐らくそれくらい言うだろう。
　「ま、こんな所だな」
　先生は、ビデオを止めた。
　「君達ももうしばらくしたら、あんな風にテストをやるぞ。無論、あれほどハードじゃないがな。それじゃ、今日の授業はこれまで」
　先生が出ていくやいなや、教室はお喋りルームと化した。
　「オカ、お前の言ってた事、やっと分かったよ。本当に訳の分かんねぇ人だなぁ」　
　ザード君はしみじみと言ったが、僕はテストの事で頭がいっぱいだった。


　留学５３日目　雨のちくもり　メノムン

　今日、ついにシュミレーション訓練をやった。
　僕たちがやらされるのは、一番簡単な物で、２人組になって部屋の中に入り、５ミネガの内に総勢５人の敵をショックガンで倒すというテストだ。でも今日は練習なので、３人を５ミネガで倒す物だった。
　「グループは自由だ。先に出来た組から始める」
　僕は辺りを見回した。ふと、僕の瞳と茶色の瞳がぶつかった。ウィリー君だ。
　僕は、スーッと彼に近寄って尋ねた。
　「一緒にやらない？」
　「うん」
　それで全てが決まった。

　僕は、ウィリー君としばらく練習をした。ウィリー君は、バサバサのワラ色の髪を振り乱しながら、撃って撃って撃ちまくる。まるで何かに取り付かれているみたいだ。僕はすっかりその気勢に飲まれてしまい、ただただ呆然と見守るだけであった。
　「おい、セゼ。少しはオカにも撃たせてやれ。練習にならんだろ」
　先生にこう言われたほどだった。

　「ごめん」
　部屋を出ると、ウィリー君は、涼しい顔で謝った。
　「いや、いいんだよ」
　僕は、慌てて言った。ウィリー君は、それにはかまわず話を続けた。
　「何か、銃持つと、ゾクゾクッとする物感じないか？　それに、撃つ時の気持ち良さ、ホント、痺れるぐらい気持ちいいんだ。それで当たれば、もう最高！　……ねぇ、僕って、変なヤツかな？」
　「別に、そうでもないと思うけど……」
　そう答えながらも、僕はウィリー君の意外な一面に驚いていた。それは、まるで何かが心の中に詰まっていた物がいっぺんに外へ吹き出したかのような姿だった。
　「ねぇ、後で天文台に行かない？」
　ウィリー君が、考え込んでいる僕を誘った。僕はＯＫした。

　夕食が済んでから、僕たちは天文台に行った。ここは海の中の島なので、星がとても綺麗だ。
　「よぉ、また来たか」
　天文所にいたバードマンが声をかけた。どうやらウィリー君は、ここの常連らしい。
　「何が見たい？」
　「ん？　別に、何でもいいけど……」
　「それじゃ、君の太陽を見せてあげるよ。４２星区だよね」
　ウィリー君は、備え付けの望遠鏡に近づくと動かし始めた。が、僕はその間別の事を考え込んでいた。
　実は、僕がウィリー君に近づいたのは、この間の決心が変わっていないかどうか、それとなく確かめたかったからだったのだ。彼が、資料室の天文関係の書籍を読みあさっている事は知っていた。でも、僕は彼の口から本心を確かめたかった。だが彼の様子を見ると、どうも心変わりは望み薄だ。
　「お待たせ。覗いてごらん」
　僕はウィリー君とバトンタッチして、望遠鏡に目を近づけた。そこには何の変哲もない黄色い星が写っていた。でも、僕は胸の中がジーンと熱くなるのを感じた。そして、たった１１．２光年しか離れていないのに、そのあまりの遠さにそっとため息を付いた。
　「宇宙って、寂しいもんだろ？」
　ウィリー君は、ボソッと呟いた。
　「うん……」
　「僕は、宇宙をいつまでも見つめていたいたんだ。ターチェルで、ちんけな技師なんかになって、一生を終わるなんて、真っ平ゴメンなんだ。君だってそう思うだろ？」
　「……僕、ターチェルの太陽が見たいな」
　僕はそれには答えず、こう言った。
　「分かった」
　ウィリー君は一言頷くと、望遠鏡を動かし始めた。それを見ながら、僕は話しかけた。
　「君、ちっとも変わってないね。僕は、君が天文学者になりたい気持ちは分かるつもりだよ。でも、技師がちんけな仕事だとは思わないな」
　ウィリー君は無言だ。
　「どんな技師になるかは分からないけど、その世界で超一流になって、宇宙を股に掛ける活躍って、出来るんじゃない？　そりゃぁ、僕はまだ、自分の将来なんて決めてないから、あんまり大きな事、言えないけどさ。どんな仕事だって、それがあるから、社会が成り立ってるんだって思いたいんだ」
　「……ほら、できた」
　ウィリー君は、体をずらして僕に場所を空けた。僕は望遠鏡を覗き込んだ。
　ターチェルの太陽は、確か地球でくじら座の「タウ」と呼んでいる星だ。やはり太陽と同じように黄色い星だ。地球で、この星をターゲットに宇宙通信を送った事もある。
　僕は、そこからちょっと望遠鏡を動かしてみた。黒い窓の中に、赤や白や黄色の星々が流れていった。
　そこで僕はふと振り返り、ウィリー君の様子をうかがった。彼はやや体を傾けて窓の外を眺めていた。だがその瞳は何もとらえてない事をぼやけた視線が示していた。僕はそっと声をかけた。
　「……ウィリー君？」
　彼の肩がビクッと震えた。そして、ふと気が付いたというように振り返った。
　「どうもありがとう。僕、そろそろ帰るよ」
　「ああ」
　ウィリー君は、自分のカーディガンのボタンをまさぐりながら、気の抜けた声で答えた。
　僕は足音を忍ばせてドアへと向かった。ドアが開いた時、ウィリー君が声をかけた。
　「誘ったりして、悪かったね」
　「ううん、楽しかったよ。また来てみたいな」
　「ありがとう」
　ウィリー君が初めて笑顔を見せた。僕はようやくホッとした。そして、天文台を出た。
　でも、僕とウィリー君との間が、前とはちょっと違った関係になったのは、火を見るより明らかだった。



＊１　　アニメオリジナル作品【パーマンは４人で１人？！】に登場

＊２　　アニメオリジナル作品【時をかけるパーマン】に登場