１２．ある休日

　留学６６日　晴れ　ミネムン

　今日は、地球で言えば日曜日。夕食まで何をしても自由だ。ザード君達に「リットンの遊園地へ行こうよ」と誘われたのだが、今日はパスした。久しぶりに空の昼寝を楽しもうと思ったのだ。
　僕が、パーマンになって一番嬉しかったのは、空を飛べることだった。だが、それにもまして嬉しかったのは、空で昼寝が出来ることだった。それは昔から、そう『ピーター＝パン』を読んだ時からの僕の憧れだった。「ピーターは、ウェンディ達に、追い風の上に寝そべるやり方を教えてくれました」という、あの下りだ。ところが、僕は風が無くても雲の上でも（ま、これは見かけだけだが……）寝そべることができるのだ。地上の騒音も煙突の煙も届かないし、お節介なパー子達やうるさいヘリコプターでも来ない限り、静寂を破られることもない。
　ここは近くに空港があるので（とは言っても、騒音は至って少ないのだが……）ちょっと昼寝には向いてない。そこで、僕は海上に出かけることにした。
　５分ぐらい飛んで、島影が全く見えなくなった辺りで、僕は足を組み、心地よい海風に吹かれながら眠りについた。

　（……あれ？）
　目を覚ました僕は、自分が風に流されているのに気づいた。なぜなら、視線の先にぼんやりとかなり大きな陸地が見えたからだ。
　（確かここから一番近い大陸は“ラーゲナ大陸”のはず……。って事は、あれは……）
　そう思うと、いてもたってもいられなくなった。僕は時計を見た。まだ１１時だ。
　（よし、行こう！）
　僕は、その大陸目指して飛んでった。

　１０分ぐらい飛ぶと、陸地に降り立つことが出来た。とても綺麗な波打ち際に、数人の子供達がいた。僕は彼らに尋ねてみることにした。
　「ねぇ、ここ“ラーゲナ”だろ？」
　「あれ、お兄ちゃん、パーマン？」
　男の子は、僕の質問に答える代わりにこう尋ねた。
　「うん」
　「ワーイ！　僕、本物のパーマン見たの、初めて！」
　（……）
　僕は、瞬く間に子供達に囲まれていた。
　「ねぇ、ここどこ？」
　もう少し、年かさの男の子に尋ねてみた。
　「ここ、“ハルナバ”」
　“ハルナバ”というのは、どうやら、ここの海岸の名前らしい。
　「ありがとう」
　僕は、飛び上がった。子供達が、驚きと歓声の入り交じったような声を上げて、砂浜を駆けてきた。

　僕は、少しこの辺を散策してみることにした。幸い、お小遣い用のキャッシュカードを持っているので、お金には困らない。
　でも、この辺には家が点在するだけで、余り楽しめそうにない。僕は、もう少し向こうの広々とした場所に心引かれた。それは、砂浜を利用したらしいエアポートだった。折しも、一隻の宇宙船が着陸しようとしているところだった。その船尾には、渦巻く銀河に『Ｂ』の文字（実は、あれはバードの象徴字なんだそうだ）が光っている。
　あのマークを僕は前にも一度見たことがあった。バードへ来る時、エクタルさんが「コピーが乗り組んでるかも知れない」と言ったあの宇宙船にも、同じマークが付いていたのだ。
　（もしかしたら……）
　僕の頭に（決してあり得ない）と否定しながらも、こんな思いが沸き上がってきた。僕は、空港に進路を取った。

　宇宙船はもう着陸を完了していた。ハッチが開いた。そこは倉庫になっていた。エアトラックとでも言うのだろうか、乗り物がハッチに横付けになり、ロボットが荷物の積み込み作業を始めた。どうやらこれは貨物船らしい。運び出される荷物には“ザハン自治コロニー”というシールが、ベタベタと貼ってある。それを見てから、僕はブリッジの方へと回った。
　コックピットには、パイロットとおぼしき人がいた。黒に白い線の入ったスーツを着て、計器の点検をしているようだった。その髪が赤毛なのを見た僕は（やっぱりな）と思いながら飛び去ろうとした。その時だ。
　ブリッジの奥のドアが開いた。そこから紺のスーツを着た一人の男が入ってきた。その顔を見た瞬間僕は、
　（まさか！）
　と叫んでいた。
　それは、アルマイトさんのコピーだった。
　彼は、中にいたパイロットと二言三言会話をしてから、パイロットと連れだって出て行った。
　僕は、はやる心を抑えながら少し上空に上がると、荷物運びが終わるのを待った。やっと済んだので、乗組員が出てきて、トラックの前部のバンのようになっている所に乗り込んだ。やがて建物群の所で、トラックは止まった。
　（さて、どこで捕まえようか）
　僕は思案しながら、コピー達が入って行った建物の方へと飛んでった。

　「ご苦労だった。それじゃ、明日は１０時２０分発１９７便に乗り組む。荷物は、エアカー４００台。よろしく頼む。解散！」
　やっとミーティングが終わった。コピーは、みんなとは別の方向に歩いていく。ロビーから潜り込んだ僕は、彼を見失わないように尾行していった。
　コピーが曲がり角を曲がった。突き当たりには、自動販売機のコーナーがあった。彼は、そこで“フィアナ”とかいてあるジュースのボタンを押した。そして、いきなり振り返ると、
　「やぁ」
　と、声をかけた。
　僕はビビッた。そして反射的に、
　「や、やぁ」
　と、やり返してしまった。
　「ジュースおごろう、好きなのをどうぞ」
　コピーが言うので、僕は近寄って、地球のリンゴに似た果物の絵が描いてあるジュースのボタンを押した。
　「あの、何で分かったの？」
　ジュースを取り出しながら、僕はコピーに尋ねた。
　「あんなずさんな尾行、すぐバレるぞ」
　コピーは、ニヤッと笑って“フィアナ”を飲んだ。
　僕も、ジュースを飲んでみた。味もリンゴに似ていた。
　「ところで、何で私を見つけられたんだ？　レオドールにでも聞いたのか？」
　「あ、偶然、見つけたんです」
　「全く、都合のいい偶然だ」
　コピーは呟くと、空き缶をゴミ箱に入れた。
　「仕事が済んだんで、これから家に帰るんだ。一緒に来るか？」
　「はい、はい！」
　僕は「待ってました」と言わんばかりに叫んだ。

　僕達は、乗務員用の出入り口から外に出た。コピーは、一台の赤いエアカーのドアを開けた。そして、僕に「乗れよ」と合図した。僕は、助手席に座った。コピーもすぐに乗り込んで、エアカーを発進させた。
　「ねぇ、セット取った方がいいかな？」
　（レオドールさん、ビックリするんじゃないかな？）と思いながら、僕は尋ねた。
　「でも、本部はうるさいんだろ？　それに、パーマンのお客が来てくれた方が、話のネタも増えるし」
　「分かった」
　僕は窓の外を見た。エアカーは、海の見える道路をすっ飛ぶように（いや、本当にすっ飛んで）走っていた。
　「あと１０分くらいで家に着くよ。たぶんレオドールがいるから、美味しいお昼ご飯でも作って貰おう」
　コピーはそう言いながら、ラジオのスイッチを入れた。
　バードの歌謡曲だろうか？　ノリのいい曲が流れてきて、僕の気分はいやがおうなしに盛り上がった。
　「赤ちゃん、できたんでしょ？　エクタルさんに聞きました」
　「ああ。今、４ヶ月なんだ。アルジェに知らせたら、早速“子供の名前リスト”送って来やがった。気が早いんだよな、あいつも」
　「送って来たって、ガザン星から？」
　「ああ。ただ、連絡取るのは難しいんだ。だから、それも本部への報告書に混ぜて、特別に……」
　どうやら、アルマイトさんの暮らしは相当に厳しいらしい。
　「一体、ガザン星のどの辺に住んでるんですか？」
　「ベスリー町の兵器工場で働いてるそうだ」
　「そうですか」
　こんな会話をしている内に、車は海岸地帯を抜け、かなり家が建て込んでいる所に入っていた。
　「家は、この市のはずれの方にあるんだ。あともう少しだからな」
　エアカーは、分かれ道で左に曲がった。マンションが続いている住宅街だ。そして“ムガル７（サッス）”と書いてあるマンションの屋上に、エアカーは入って行って止まった。
　「はい、到着」
　屋上（とはいっても正確には、その一階下なのだが）の駐車場を出て、エレベーターに乗った。ここは８階建てで、アルマイトさん家は７階の７１９号室だそうだ。
　藤色のドアの前で、コピーがチャイムを鳴らした。すると、女性の声がしてドアを開けた。レオドールさんだ。小麦色の膚に茶色い目、そして亜麻色とでも言うのだろうか、黄色味の強い髪の色をしていた。
　レオドールさんは、素直にビックリしてくれた。ただかなり物騒ではあったが……。
　「あなた、一体何やったの？！」
　「ただ友達になっただけだよ。それより、お昼よろしく。僕はこの子に色々見せなきゃならないから」
　「はい、はい」
　レオドールさんは、僕を今に案内すると、奥の台所に向かった。振り返った僕の目に、でっかいＴＶが飛び込んで来た。４０インチぐらいあるだろうか？　僕が、それに見とれているのに気づいたコピーは、ＴＶをつけてくれた。
　すると、いきなり波が押し寄せて来た。まるで、ホログラフの中にいるみたいだ。
　「５チャンネルをつけたんだ。環境映像専門チャンネルなんだ」
　「じゃ、朝から晩まで、こんなのを流してるの？」
　「ああ、ホテルやレストラン何かかが、お得意さんだがな」
　「もっと他のが見たいな」
　「今の時間は、みんなニュースだよ。それより部屋を案内するよ」
　「はい」
　かくして、僕はコピーに連れられて、家の中を見て回った。部屋はＤＫ、居間（これは宿舎の部屋と同じ作りになっていた）そしてテラスと２人の寝室だった。
　「赤ちゃんが産まれたら、部屋どうするの？」
　僕が尋ねると、コピーは、
　「当分は、居間と仕切って子供部屋代わりにするよ」
　と言った。
　最後に入ったのは、アルマイトさんの部屋だった。６畳くらいの広さで、ベットと洋服ダンスがある。だが僕の目を引いたのは、ベットの中に立てかけてある写真立てであった。２枚組になっていて、左側には、銀ボタンの付いたスーツを着込んで、乳白色の石をはめ込んだループタイをしたアルマイトさんが、象牙色のドレスを着たレオドールさんと何となく照れた風におさまっていた。
　「これ、いつの写真？」
　着替えをしようとしていたコピーに、僕は尋ねた。
　「あ、これは新婚旅行の時の写真だよ。ドリー高原で取ったんだ」
　だが、コピーが答えた時には、僕の目は右側の写真の方に移っていた。それは、あの事件が起こる前のカラコルム家の写真だった。幼いアルマイトを父が抱き、母が横に寄り添っていた。
　父親は、アルマイトさんソックリの容姿をしていた。が、どこか落ち着いた雰囲気が漂っていた。母親は、父親と同じくらいの背の高さだった。あの時はアルマイトさんにばかり気を取られて、良く見ていなかったが、ルメゲナ系の人種で、赤紫色の背にかかる髪、透き通るような白い膚、エメラルド色の瞳のなかなか綺麗な人だった。
　「そうだ、手紙見るか？」
　僕が写真に見とれていると、コピーが声をかけてきた。
　「アルマイトさんの？」
　「ああ」
　コピーは、その辺をゴソゴソやった後で、１通の封筒をベットの上にほおり投げた。僕は、慌てて中身を取り出した。


　元気にやってるかい？
　妊娠４ヶ月だって！　って事は、ギリギリセーフって訳か。ま、何はともあれ、良かった良かった。
　それから、赤ちゃんの名前のことだけど、俺の方でいくつかいい名前を考えてみたから、レオドールと相談していい名をつけてくれ。

　僕がここに来てまず最初にしたのは、父達の墓参りだった。慰霊碑は、海を見下す丘の上に建っていた。その周りには、白ハシリの花が咲き乱れていた。
　僕は、持ってきたケイシンの花の種を取りだした。今まけば、秋には花が咲くだろう。僕は石の周りに、丁寧に種をまいた。
　ここはとても寂しい所だ。夏の間はとても美しいが、冬になるとブリザードの吹き荒れる極寒の地と化すのだ。
　仕事場の暮らしは順調だ。（かなり気は引けるが……）君には信じられないと思うが、ここでの私は大人しい。ごく人数の友人と付き合っているくらいだ。無論、彼等にも自分を偽って見せている。何だかやり切れない気分になる時が、時々ある。でも僕は、できるだけこの暮らしに慣れていこうと思う。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　元気でやれよ。


　「あいつも、色々と気を使ってるんだよ。だから署名もないし、余り詳しくは書いてないんだ。でもエクタルの話によると、ガザンの軍部独裁政治を打破しようとしている人々をまとめ上げるという仕事に従事しているそうだ」
　コピーが、僕を慰めるように言った。
　「さて、食堂に行こうか」

　コピーは、クリーム色のトレーナーに、暗緑色のズボンに着替えていた。レオドールさんは白いブラウスに、茶色のゆったりとしたジャンバースカートをしているので、余りお腹は目立たない。でも、コピーが彼女を気遣っているのは、良く分かった。
　昼食は、宿舎でもよく見かけた、やや固いけれども美味しいパンに、卵と野菜を炒めたもの、それにバソウ乳（つまり、バソウという動物のミルクで、牛乳よりも少し甘かった）という、シンプルなものだった。でも僕は、家の食卓を思い出すようで、とても懐かしかった。ただ、レオドールさんに地球のこと、留学のことなど、質問責めにされたため、余り食事に専念してはいられなかった。
　その代わりに、僕もバード星人の生活について、２人を質問責めにした。
　「仕事、忙しいですか？」
　「ああ。我々の中では、結構大変な方なんじゃないかな？　大体、１日４時間制か３連休制かって所が普通だけど、パイロットの場合は、２連休が普通だからね。でも、その代わり給料はいいぞ」
　「今日は何運んでたんですか？」
　「今日は臨時便でね。納期に間に合わなかった鉄鉱石２０ガル。そして、帰りにシステムキットのパックさ」
　「じゃ、本当に偶然だったんですね」
　「ああ」
　（僕って、やっぱり強運の持ち主らしい）
　と、僕は思った。

　午後は、コピーと一緒に町を見て回った。リットン遊園地のそばを通ったので、ちょっと入ってみようという事になった。
　「何に乗る？」
　チケット売場に並んだ時、コピーが尋ねた。
　「ジラエスト！」
　僕は、張り切って叫んだ。“ジラエスト”とは、ここの売り物のホログラフジェットコースターだ。
　「チケット、僕が買うよ」
　僕は、キャッシュカードを取り出した。これの持ち主は、半額で施設利用が出来るという特典もついている。
　“ジラエスト”は大入りで、僕達も並んで待つことになった。と、そこにやって来たパーマン達がいる。ザード君達だ。
　「人の誘いを断ったのは、デートのためだったのか！」
　「一体、誰だい？　もしかして……」
　「そう、僕の元リーダー」
　僕はボソッと囁いた。
　「あの、“的撃ち”のか？」
　僕はコックリした。
　「そりゃ、丁度いい！　お手並み拝見と行きましょう！　ね、ね！」
　ザード君は、もうすっかり乗り気になっている。
　丁度そこで、僕達の乗り込む番が来た。僕は二列に並んで席に座り、ベルトを締めた。コピーは僕達の前の席に座った。
　「本日は、誠にありがとうございます。これから“ジラエスト”の説明をさせていただきます……」
　“ジラエスト”とは、高速ジェットコースターに乗って、ホログラフ空間を通り抜けるという物だが、その中に、隕石が押し寄せてくるコーナーがあり、備え付けのレーザーガンを取って撃つことができる。最高得点を取った人には商品が貰える。僕はアルマイトさんに尋ねた。
　「ここ来たの、初めてですか？」
　「ああ。確か、２ヶ月前にできたばっかりだろ？」
　僕は（それじゃ、最高得点は確実だ！）と思った。
　ついに、ジェットコースターが動き出した。僕は今日で２度目なので、ある程、度落ち着いていたが、やはりそのホログラフのうまさに、いつの間にか、引き込まれてしまった。
　ここの呼び物の一つ“宇宙遊泳”のコーナーに入った。どこまでも続くように見える宇宙ホログラフの中で、コースターが２回転宙返りするのだ。これをやられると、上下左右が分からなくなり、本当に宇宙遊泳をしている気分になってしまう。僕は、コピーの背中を見つめながら、やっと平衡感覚を取り戻した。その時だ。
　鈍く光る小塊が、周りに現れた。ナレーターが叫ぶ。
　「隕石の来襲です！　レーザーガンで、隕石を破壊して下さい！」
　「アルマイトさん、手加減しないでね！」
　僕は、コピーに叫んでから、レーザーガンを取り出した。四方八方から隕石はやってくるので、条件はどこも同じだ。この間乗った時には、７個しか撃てなかった。何せ、隕石がぶつかるのを模してだろうか、ガツン、ガツンと、ひっきりなしにコースターが揺れるのだ。
　これまでの最高は、３０個ということだった。
　今回は、アルマイトさんの方に目は行ってしまい、手はただ盲撃ちに撃ってるだけだった。何せあの体勢から、面白いように撃ちまくるのだ。
　３０個は、とうに越えた。あとは『ギネスに挑戦』だ。
　「４９、５０、５１……」
　そこで、隕石が止んだ。コピーが振り返ってＶサインを出した。僕達は、歓声でそれに応えた。

　「おめでとうございます。商品をどうぞお受け取り下さい」
　コピーに記念品の“レーザーガンセット”、“遊園地チケット”が手渡された。
　「初めてなのに、こんな大記録作っちゃうなんて、さすがだな」
　「いやぁ、これでも若い時は、“射的ゲームセンター荒らし”と呼ばれて、恐れられたもんだよ」
　「今でも、十分若いですよ！」
　「あ、そうか？　そりゃ嬉しいな。ハハッ……」
　ザード君におだてられて、コピーはすっかりいい気分になったようだ。そんな所は、アルマイトさんソックリ（？！）である。
　「そうだ。このチケットでみんなして遊ぼう！」
　「ヤッター！！」
　（乗せられると、すぐこれなんだから……）
　僕は、心の中でボヤいた。

　結局、僕達はチケットをフルに使って遊びまくった。そして、そろそろ夕陽が傾いてくる頃、僕達はザード君達と別れた。
　「もうちょっと、静かなところに行こうか」
　コピーは言うと、車に乗り込んだ。

　僕達が辿り着いたのは、自然公園とでもいう所だった。緑の野原に所々林が点在している。その木々は少し葉を落とし始めていた。ゆっくりとだが、ここにも冬が近づいているのだ。
　小川（いや、中川と言っていくらいの大きさだった）のほとりに、僕達は腰を下ろした。これもいずれは海に注ぐのだろう。水はとても綺麗で、手を入れるとピリッとした。
　「バードって、とても綺麗な星だな。どこの街へ行っても、こんな所があるの？」
　「ああ。でも、我々は必要最低限の事をやってるだけだよ。それに、本当の自然は人の手で管理できるような物じゃない。それこそ、思い上がりってものさ」
　「へぇ、難しいんですね」
　僕は言葉が見つからず、ただ頷いただけだった。
　「君達、外から来た者は『バードは“ユートピア”だ』って言う時があるけど、バードは決して“ユートピア”じゃない。そもそも、地球人の“ユートピア”っていうのは“あり得ない国”って意味じゃなかったかい？」
　「た、たぶん……」
　僕は“ユートピア”の語源なんぞ持ち出されるなんて、さらさら思わなかったものだから、何かこそばゆい感じがした。
　「我々は、他の星よりも１歩先を歩いているだけだよ。ただ、その１歩が全ての面に及ぶと、１０歩にも１００歩にも化ける。それだけの事さ」
　今のコピーは、アルマイトさんの姿はしていたが、もっと優しく、考え深げに見えた。沈むガルゴルの光が川面に反射して、銀髪がキラキラと光った。
　「……随分、長く引き留めちまったな。そろそろ帰りな」
　コピーが、やっと微笑を見せた。僕は、頷いていった。
　「気が向いたら、また遊びに来ていいですか？」
　「ああ、大歓迎だよ。そうだ、海岸まで送ろう」
　「あ、ありがとうございます」
　僕は、立ち上がった。コピーも立ち上がると、歩き出した。

　僕が宿舎に着いたのは、６時過ぎだった。食事が済んでから、僕は学習室に行った。宿題や、明日の予習をする生徒達を通り抜けて、資料室に入った。
　（確かビデオの中に、ガザン星を映した物もあったはず……）
　僕は、例の【星区シリーズ】の“ガザン星”を見つけ、デッキに入れた。早送りをしていくと、僕の探していた物が映った。
　『チェイス海を見下ろすベスリー岬に、“バード航宙船撃墜事件”の犠牲者の慰霊碑がある……』
　しかし、ナレーターよりも、僕はその碑面に刻まれた名前に見入った。乗務員部の先頭に“ノウリス＝カラコルム”という名前を発見した時、僕はアルマイトさんが、種を植えている姿を見たような気がした。そしてその花は、きっと秋が巡ってくる毎に、咲き乱れるのだろう。
　僕は、あの時のハガンさんの言葉が、少し分かったような気がした。