１４．宇宙船の操縦


　留学７３日目　晴れのち雨（雨が降り出したのは、夜だった）　イグムン

　今日の【技術】の時間、ついに宇宙船の操縦シュミレーションをやらせて貰えた。
　今までは、宇宙船の動力の仕組みや、取り付ける計器の説明を受けていたが、今日からは、小型パトロール艇（要するに、アルマイトさんの愛機）を、実際に動かしてみようと言うのだ。
　「いい？　このパトロール艇の操縦法が、全ての基本よ。大型パトロール艇や緊急脱出艇も、これを覚えればＯＫよ。それじゃ、シュミレーション室へ行きましょう」

　シュミレーション室には、ずらぁっとあの２本棒が並んでおり、まことに壮観だった。僕は椅子の一つに腰掛け、レバーを握ってみた。なかなかいい感じだ。そういえば、これを操縦するのも僕の夢だった。ジャンプキットが羨ましくてたまらなかった時もあった。もう遙か昔の思い出ではあるが……。
　「私の説明では、多少わかりにくいと思いますが、前にあるパターン表を見ながら、少しずつ練習してごらんなさい」
　「はーい」
　かくして、僕達のにわか宇宙船教習が始まった。操縦パターンとは、こういう物だ。
　　　１，右レバーを前に─エンジン始動
　　　２，左レバーを前に─上昇
　　　３，左レバーを後に─下降
　　　４，右レバーを後に─ストップ
　　　５，右レバーを右に─右方向へ
　　　６，左レバーを左に─左方向へ
　確かに、これはゴーカートぐらい簡単だ。この僕でも、しばらくすると、一応自由に飛べるようになっていた。
　でも、これを手足のように使いこなせるようになるのが、普通なんだそうだ。
　（道理でアルマイトさん、上手かった訳だ。でも、パイロットが下手じゃ務まらないもんな）
　今日は、なかなか面白かった。いつもこんな授業だったらいいのだが……。


　留学７４日目　くもり　サラムン

　今日の宇宙船操縦シュミレーションは、もう少し本格的に航宙術を学ぶことに費やされた。
エスナ（本当は“エレクトロ・スペース・ナビゲータ”というのだが、長ったらしいので、みんなこう呼んでいる）の見方、エネルギー計器の見方、ワープの仕方などを習った。無論、少しずつ覚えていく訳だが……。
　僕が、一番困ったのは、“エスナ”だった。　何しろ、次々に変わる表示を見定めるなんて、よっぽど反射神経が良くなきゃできっこない。僕の結果は散々だった。

　（あ〜あ、今日は、散々な１日だったな……）
　放課後。僕は、１人ベンチで物思いにふけっていた。その背中に不意に手が置かれた。
　「どうした、１号？」
　ここで僕をこう呼ぶのは、ある人達だけである。すぐに分かった。
　「エクタルさん！」
　僕は振り向きながら叫んだが、すぐにそれだけでは済まない事に気が付いた。
　「インガさん！　ミナさんも！　お揃いで一体どうしたんですか？」
　「私は報告のために、ミナは産育休暇が終わったため、インガは休暇を取りに、それぞれ来たんだよ」
　「へぇー、珍しい事もあるんですね」
　僕はさっきまでの憂鬱な気分など、どこかへ吹っ飛んでいってしまった。
　「何だ１号。腐ってたようだが、あっという間に元気になっちまったな」
　インガさんは、陽気に僕の肩を叩いた。
　「うん。これで、アルマイトさんがいれば、最高なんだけど……。ま、いっか」
　「俺があいつの分まで騒いでやる」
　インガさんは、自信たっぷりに言ったが、ミナさんがチクリとたしなめた。
　「今でさえ浮いてるのに、これ以上バカ騒ぎしたって、虚しいだけよ」
　「チェッ、ミナさんの皮肉は、ちっとも治ってないな」
　僕達は笑った。
　「それにしても、もうここにも慣れただろ？」
　エクタルさんが、話題を変えた。
　「はい、もうすっかり」
　「今度は帰るのが辛いんじゃないか？」
　「あんたは、一言多いのよ！」
　また、ミナさんがインガさんをたしなめた。彼は慌てて、
　「と、所で、今どんな事をやってるんだい？」
　と尋ねた。
　「うーん。ま、色々と……。あ、さっき【技術】の時間にパトロール艇の操縦シュミレーションをやったんだ。ちょっと今日はへばったけど、なかなか面白いよ」
　「なぁ、“テレパシー型”は、やらせて貰えないのか？」
　「“テレパシー型”？　いいえ」
　「なぁんだ。　じゃあの噂、デマだったのかな？」
　「そんなこと無いわよ。ケネスさん『１号にも教えとく』って言ってたし」
　「そぉっか、ここにはケネスさんの友人がいたんだっけ」
　「あの……」
　僕は、無理矢理２人の話に割り込んだ。
　「それ、一体どういう事ですか？」
　「あ、１号は知らないんだったな。実は、我々の新基地落成を祝って、本部が最新型の宇宙船を配備してくれることになったんだ。それが“テレパシー型”って訳さ」
　エクタルさんが説明してくれた。でも、
　「新基地なんて、いつ作ったんですか？！」
　「アチャー。ほんと、情報不足だな」
　インガさんは、オーバーな振りをしながら言った。ミナさんが説明する。
　「こないだの事件で、本部が地球基地造営を許してくれたのよ」
　「へぇー。で、場所は？」
　「樹海地下、“元ガザン星人のアジト”よ」
　「えっ？！」
　「だって、あそこなら間違っても人は立ち寄らないし、設備も手直ししたら十分使えるわ。それに、パーマン達も来やすいし」
　「でも、もしガザン星人に見つかったら……」
　「大丈夫。ガザン星人だって、こっちがまさかこんな省エネ作戦に出るなんて、思わないわよ」
　いやはや、凄い思考回路だ。
　「ま、何はともあれ、恐らく１号も特別講習して貰えるだろうから。がんばれよ」
　「はい」
　僕は、自分が大型宇宙船のコックピットに座る姿を想像して、胸がときめいた。
　「おっと、そろそろ行かなきゃ」
　エクタルさんが、時計を見て言った。
　「それじゃ、我々はこの辺で失礼するよ。みんなには『元気だった』と伝えとくから」
　「はい、それじゃ、さようなら」
　僕は、挨拶をすると立ち上がって、立ち去る３人に手を振りながら思った。
　（それにしても、省エネ作戦だか何だか知らないけど、バードマン達も結構セコイな）

　今日の夕食に、なんとカレーライスが出た！！
　ってな訳で、今の僕はご機嫌だ。明日も、いい日になるといいな……。


　留学７５日目　ダリムン　夜中

　今、とんでもない夢を見た。
　バード星が、爆発したのだ。
　それを僕は、宇宙船のコックピットに座って、呆然と見ている。
　（全滅だ。コロニーも、本部も、そしてみんなも……）
　パー子の泣き声がする。パーやんが念仏を唱えている（＊１）。その時、僕は宇宙船が、爆風に乗って押し流されてるのに気が付いた。コンピューターが、必死になって叫んでいる。
　『爆風脱出不可能。ワープ体制を取ります！』
　安全ベルトが締まっているのを確かめた瞬間、宇宙船が揺らいだ。
　『ワープ開始！　終了地点不明！！』
　コンピューターの叫び声が、だんだん遠くなっていく……。

　そこで、目が覚めた。びっしょりと寝汗をかいていて、気持ち悪い。まるで金縛りにあった後みたいだ。
　（それにしても、何であんな夢なんか見たんだろう？　よりによって、あんなとんでもない夢を……）
　時計を見た。まだ４時だ。
　（チェッ、眠気なんて吹っ飛んじゃったよ）
　僕は、隣のケビン君を起こさないようにそっと電気をつけて、服を着替え、この日記を書くことにしたのだ。


　同日　雨のちくもり

　放課後、案の定、ケネスさんがやってきた。僕に宇宙船の操縦法を教えようというのだ。
　「この間の話は無視してちょうだい。この最新テレパシー型は、誰でも操縦できるわ。１５０以上なら、強化装置をつけなくてもＯＫよ。せっかく配属されたんだから、せめて、ここから地球まで行けるくらいには、上達してちょうだいね」
　「はい」
　そう答えたものの、僕自身がバードから地球まで航宙できるとは、夢にも思えなかった。
　「それじゃ、早速訓練を始めるわよ」
　ケネスさんは、僕をシュミレーターの前に座らせた。
　「この宇宙船を動かす役目は、あなたの前にいるコンピューターがやってくれるんだけど、コンピューター任せにするだけではなく、お互いに相談しあい、コンピューターの行動に疑問を持ったら、理由を聞いて、適切な判断を下すのが、あなたの重要な役目よ。コンピューターが、あなたの命令を遂行する忠実な部下であり、かつ素晴らしい友人であるようにするのは、あなたなのよ」
　「このコンピューター、名前ついてるんですか？」
　僕は、機械と一体化してしまっているらしいコンピューターを見ながら尋ねた。
　「“ホーネスト”って、私達は呼んでるけど……」
　「それじゃ……」
　僕は、シュミレーターのスイッチを入れた。すると、
　「シュミレーション開始。目的地を指示して下さい」
　という、男性の声がした。
　「あれ、喋ってる？！」
　僕が戸惑っていると、ケネスさんが説明した。
　「そうよ。普段は音声指示で、あなたがテレパシーで話しかければ、テレパシーで答えるようになっているの。テレパシー操縦の有利な点は、やはり声の届かない所からでも、命令できるって点でしょうね」
　僕は頷くと、試しにテレパシーで答えてみた。
　（バードから地球まで、最短距離で頼む）
　（了解）
　　コンピューターはこう言った（？）が、僕は本当にテレパシーが通じたのか、半信半疑だった。ところが、コンピューターは、ちゃんと働いて、ディスプレイにバードから地球までの航路が示されたのだ。
　（それにしても、コンピューターまでテレパスだなんて、バードの科学力は凄いな）
　僕がそんなことを呟いている間に、コンピューターは、離陸準備を行っていた。
　やがて、コンピューターが伝えた。
　（離陸準備できました。離陸します）
　「ＧＯ！」
　僕は、SF映画みたいにレバーでも倒しながら、カッコ良くやりたかったのだが、いかんせんレバーがなかったので、代わりに艦長よろしく腕組みして言った。
　僕の前方は立体映像になっており、臨場感ビンビンだった。窓の外の景色が次第に高度を増していく様子が良く分かる。
　コンピューターは、定期的に状況報告をしてくる。
　「高度１タインまで上昇。計器異常なし」
　「高度１０タインまで上昇。計器異常なし」
　「高度１００タインまで上昇。計器異常なし」
　だが、その声を聞いている内に、僕はある恐ろしい事実に気が付いた。立体映像の宇宙船の船内、そして何よりもコンピューターの声が、あまりにもあの夢とソックリだったからだ。
　ふと我に返ると、コンピューターはこう言っていた。
　「大気圏を離脱します。シートベルトをチェックして下さい」
　「は、はい」
　僕は、慌ててチェックしようとした。と、ケネスさんの声がした。
　「どうしたの、オカ君？」
　「い、いえ。何でもないんです」
　しかし、ケネスさんは僕の答えにかまわず、コンピューターに命令した。
　「一旦停止してちょうだい」
　「了解」
　そうしてから、ケネスさんは僕の方に振り返った。
　「私は、あなたが何か大きな物に気を取られているのが分かるの。話した方がスッキリするわよ。ね？」
　ケネスさんには逆らえなかった。僕は、あの夢の話をした。彼女は、しばらく無言の後、こう言った。
　「そう……。それはたぶん、予知夢ね」
　「嘘でしょ！」
　「『嘘だ』と言いたいんだけど……。実はね、私もバード爆発の夢を見てるの。そして、それはガザン星人の仕業だって事も……」
　ケネスさんは、目を伏せた。
　「だったら、なぜ、みんなに伝えないの？　“撃墜事件”の時みたいに……」
　「あの時とは、立場が違うわ。今それを知らせれば、大パニックに陥ってしまう……」
　「だって、知らせれば逃げ出すことが出来るじゃない！　そうすればガザン星人だって、諦めるかも……」
　僕は、必死になって反論した。
　「それは違うわ。それこそガザン星人の思うつぼよ。それに難民になった人達は、どうするの？　ルーガには、それだけの人々を受け入れる力はないわ。勿論、銀河連邦にも……。ならば、私達はこのまま犠牲になって、難を逃れたバード星人達に、将来を託そう、そう思ったのよ。でも、あなたに予知夢が与えられたのは、何らかの意味があると思うの。いい？」
　ケネスさんは、僕の肩を抱え込むようにしながら、かんでふくめるような調子で話しかけた。
　「宇宙船が、どこにワープするかは分からないけど、辿り着いた先で、あなたのなすべき事を意識して、それにふさわしい行動をしてちょうだい。決してヤケを起こしちゃいけないわ。いいわね？」
　「……はい」
　僕は胸が詰まって、それしか言えずに、ケネスさんの顔を見つめた。涙がどんどん溢れて落ちた。
　「そんなに悲しまなくていいのよ。物事には、“栄枯盛衰”という物があるわ。バード星の時代だって、いつまでも続く訳ないんだから。今度、銀河連邦のリーダーシップを取るのは、あなた達、地球人かも知れないのよ」
　「ケネスさん。それは、いつなんですか？！　いつ？！」
　「分からないわ。でも、これだけはハッキリしているわね。いつかは分からないけど、あなた自身がテレパシー型宇宙船を操縦して、バードに来る時……」
　僕の頭脳は、フル回転し始めた。僕が再度留学に来る時？……全体会議？……それとも……。
　「でも、そんな事、あなたは気にしなくていいのよ。その瞬間まで、あなたは何も覚えてないんだから……」
　僕は、ケネスさんの意図に気付いた。彼女は、僕の記憶からあの夢を消そうとしてるのだ！
　「でも僕、あの夢のこと、しっかり万年筆で日記に……」
　「あら、まぁ……」
　ケネスさんは、困ったような顔をしてしばらく考え込んでいたが、やがてこう言った。
　「その日記、持ってきてちょうだい」

　僕は、日記を持ってきて、さきのページを指し示した。
　「そのページを見つめて」
　ケネスさんが言った。僕は、じっとそのページを見つめた。見つめていると、何だか頭の中がジンジンしてきた。それは、次の瞬間に治まった。
　「ＯＫよ。これで、あなたがこの日記を閉じれば、その予知がかなえられる時まで、そのページの中身は気にしなくなるはずよ」
　ケネスさんは、心なしか疲れているようだった。
　「さぁ、シュミレーションを続けましょ」
　僕は、日記を開いたまま手近の椅子に置くと、改めて席に腰掛けた。

　かくして、僕は今、この日記を書いているという訳だ。これから僕は、日記を閉じる。これで僕の頭からは、悪夢の記憶は失われる。
　だが、本当にその日は来るのだろうか？　もし、来るとしたら、一体いつ来るのだろうか……。



＊１　　４号は、住職の息子である。