１５．友情と愛情


　留学　８６日目　サラムン　晴れのちくもり

　ここ数日間、テストが目白押しだ。
　今日、小型パトロール艇の操縦テストをやった。酷く緊張したが、何とか合格点は取る事が出来た。僕は若い番号の方だったので、中庭の草原（芝生と書きたいのだが、あいにくバード星なので）に寝っ転がって、他の人達が飛ぶのをボンヤリと見ていた。
　「あーあ。アルマイトさんと、一度並んで飛んでみたかったな……」
　思わず僕は声に出して呟いた。すると、いきなり顔の上に顔が現れた。
　「やぁ、暇そうだね」
　ウィリー君だ。
　「アルマイトさんって、確か、君達の元リーダーの事だよね？」
　「うん」
　彼は、僕の脇に座った。
　「アルマイトさんは、“的撃ち”てもあったけど、パトロール艇の操縦も上手かったんだ。僕等も、何度もキリキリ舞いにさせられたもん」
　『まだまだ、腕が未熟だな（＊１）』
　『私の真似をするなんて、１０年早いぞ（＊２）』
　アルマイトさんの声が、僕の頭に甦った。
　「ところでさ、そもそも君は、どういう縁でパーマンになったんだい？」
　僕はドキッとした。ウィリー君には、前にも僕の情けない所を見られている。だから、僕が何故ここに来たのか不思議に思ったのだろうか？　でも彼の顔を見ると単なる好奇心から出ているようだった。僕はちょっとためらうと切り出した。
　「これを話すのは、君が初めてなんだ。出来れば秘密にして貰いたいんだけど……」
　「心配ご無用。君には借りがあるからね」
　ウィリー君は笑って言った。
　「そっか。じゃ、これはもう時効だから言っちゃうけど……」
　僕は、自分が選ばれた時の話をした。ウィリー君は、時々は笑いながらも、神妙に聞き入っていた。
　話が済むと、彼は感想を述べた。
　「ふぅん。確かに、こりゃ大っぴらには話せないよな」
　「だろう？」
　僕達は、笑った。
　「でも君は、それだけラッキーだったんだな。僕なんか……」
　「ウィリー君は、どうなの？」
　彼は一つ頷くと、話し出した。
　「僕はむろん天文学者になりたかったけど、パーマンにもなりたかったんだ。やっぱり、宇宙を股に掛けて活躍できるのは大きな魅力だからね。何度もパーマン達に頼んでみたのだが、ダメだった。でも、ついに僕の根気に負けたのか、ある夜、バードマンが僕の前に現れたんだ。僕は舞い上がったさ。でも、それは早とちりだった。彼女──そう、女性バードマンだったんだ。アメノンさんって言うんだけどね──は、僕に『検査をして合格したら、今度作るグループに入れることを考えよう』って言ったんだ。しかも、それから長く呼び出しは来なかった。僕は恥ずかしいけど、彼女に騙されたのかとまで思った。でもその間に、僕の適性検査は着々と進められていたんだ。もっとも、僕がそれを知ったのはパーマンになった後なんだけど。
　そして、ついに２年後再度アメノンさんが現れ、僕を『第１５グループのパーマン１号に任命する』と言ったんだ。その夜は、嬉しさと興奮で、一睡もできなかったのを覚えているよ」
　「そうか。僕なんかとはまるっきり意気込み方が違っていたんだな」
　僕はしみじみと言った。
　「まぁね。でも、それだけに仕事がきつくても弱音一つはけなかったし、リーダーとしての苦労もあったけど。こうやって、夢のバード星留学が出来たんだ、後悔はしてないよ」
　「ねぇ、ウィリー君」
　僕は、ためらいながら尋ねた。
　「あの決心、今も変わってないの？」
　「……」
　彼は、黙って空の彼方に目を向けただけだった。
　「これは、あくまで僕の考えなんだけど、僕なら、ターチェルに帰るな」
　「……」
　「だって、今の体制を誰かが変えようとしなきゃ、永久に変わらないんだよ！　きっと、君と同じように思っている人達がいるはずだよ。その人達と力を合わせれば、きっと変わるよ！　いや、変えられるんだ！！」
　僕は、力説した。が、彼はそれを見上げたままだった。
　「君らしくないよ！　そんな簡単に諦めるなんて。君は、粘ってパーマンの座を勝ち取ったって、さっき言ったじゃないか。やるだけやって、失敗したら、またやり直せばいいじゃない。君だって、永久にターチェルに帰らない訳じゃないんだろ？　第一、本当にターチェルの人達の事を思うのなら、自分一人だけ夢を叶えようなんて、思えないよ。だって……」
　僕は、後の言葉を続けられなかった。彼の空を仰いだ顔から、涙が一粒、二粒、こぼれ落ちてきたからだ。焦った。
　「ウィリーくん、ごめん！！　僕、僕……」
　「……あんまりだ！！　僕に、夢を諦めろと言うのか！」
　「違うよ！」
　「僕は、自分の道を行く。誰の指図も受けたくない！　なんだい、いい子ぶりやがって！！」
　ウィリーくんは、僕を睨み付けて、飛び去ってしまった。
　どうしよう……。


　留学９０日目　ミネムン　雨

　ここ数日、ウィリーくんは、僕を無視している。決して気持ちのいい物ではない。
　　僕は、本当にいい子ぶっていたのだろうか……？
　あの時の言葉は、前々から考えていた事を言ったというよりも、思いのままにほとばしり出てしまい、後で（しまった）と思ったのは、事実だった。だが、その中身は、どうだったのだろう……？
　ここで、あれこれ考えていても、進展はない。僕は、ウィリーくんの部屋へ行く！

　ウィリーくんの部屋は、２７号室だ。しかし、部屋を訪れるのは、初めてである。
　ノックをした。が、返事はない。ボタンを押すと、ドアが開いた。
　「入るよ」
　１歩足を踏み入れて、僕は呆然となった。壁一面に、天の川のポスターが張り巡らされていたのだ。確かに、部屋を汚したり、傷つけたりしない程度の飾り付けは、許可されているのだが（僕の場合は、スミレちゃんのポスターとパーマン達の大判写真を壁に貼って「この子が３号なんだ」と紹介し、みんなビックリするか、羨ましがるかするのを楽しむ程度なのだが……）ここまで凝った部屋は、僕も初めてだ。
　「誰だい？」
　突然、脇から声が飛んできた。僕は、顔をそっちへ向けた。
　「ウィリーなら、さっき出てったよ」
　隣室のパーマンが、ドアから顔を覗かせていた。黒いマスクに白いマントと、なかなか派手な出で立ちだ。
　「君、誰だい？　用があるんなら、言っとくよ」
　僕は、珍しく尋ねられた。
　「僕、３組のオカだけど、どこへ行ったか分かるかい？」
　「さぁ、また図書室にでも行ってるんじゃない？　それにしても、あいつに用事だなんて……」
　彼は、かなり腑に落ちないという顔をした。
　「ねぇ、ウィリー君って、普段どんな感じなの？」
　「どんな感じって言ってもなぁ……。俺、こう言っちゃ難だけど、ああいうのって苦手なんだ。そりゃぁ、ルームメイトだから、それなりに付き合っているけどさ。……あれ？　俺の名前、言わなかったっけ？　俺、３３星区、ヨグ星出身のキジマ＝ヒコ。キジマが名字。１組だから、余り顔なじみじゃなかったのかな？」
　「た、たぶんね」
　僕は答えながらも、ウィリー君の行き先が気になって仕方がなかった。
　「それじゃ、図書室へ行ってみるよ」
　「ああ」
　僕は、部屋を出た。

　図書室へ行った。ところが、ウィリー君はいない。映写室にも入ってみたが、いないので、僕は天文台へと向かった。ところが、そこにもいないのだ。
　（もう、人がせっかく会おうとしてるのに……）
　僕は、だんだんいらだってきた。
　窓の外では、相変わらず雨が降り続いている。ガラスを伝って落ちていく雨の雫を見ながら、僕はウィリー君の行き先を思いめぐらせていた。
　（しょうがないな……。一旦、部屋に戻るか……）
　僕は天文台を離れた。

　「ただいま」
　いつものクセでそう言いながら、僕はドアを開けた。が、そこで僕は思いがけない人を見つけた。
　「ウィリー君！」
　僕が叫んだのと、ほとんど同時にポスターに見入っていた彼が振り向いた。そして、物静かに言った。
　「……君がいないから、入らせて貰ってたよ」
　「うん……。僕も、君を捜してたんだ」
　僕は、ウィリー君の脇に立った。そして、例のポスターを見つめた。が、彼の目は写真の方に向けられていた。
　「君の、仲間なんだね」
　ウィリー君が、ポツリと呟いた。
　「ユニークだろう？　そうそう」
　僕が、いつもの“紹介”をやろうとした時だ。突然、ウィリー君が堰を切ったように、語り始めたのだ。
　「昨夜一晩、君の言葉が頭について、離れなかった。正直言って、あのまま絶交してしまおうとさえ、思ったんだ。でももう一度、君と話し合ってみよう、そう思ってこの部屋に来たんだ。そしたら、これを見つけてね……。気付いたんだ……。僕にも、僕の帰りを待っている仲間達がいるんだって……」
　僕は、初めてウィリー君と会った頃（ウィリー君にも、スターシックがあるはずだ）と思った。その言葉がもう一度、僕の脳裏に浮かび上がってきた。
　「みんなに、僕、何も言ってこなかった……。ラウエル、フィス、ジードン……」
　ウィリー君は、瞼をしばたかせた。そして、やや上を向きながら、語り続けた。
　「……分からないけど、僕、もう一度考えてみるよ。もしかしたら……」
　ウィリー君は、ドアに向かって歩いて行った。
　「お邪魔したね」
　「ううん、またおいでよ。美味しいココア飲ますから」
　「分かった」
　ウィリー君は、片手を挙げて礼をすると、部屋を出ていった。本当に、あのまま考え直してくれればいいのだが……。
　ホッとしたら、ココアが飲みたくなったので、僕はバックに入ってるココアを取りに行った。


　留学９６日目　ミネムン　晴

　今日が、バードで過ごす最後の日曜日だ。僕は、午後からアルマイトさん家に行った。
　レオドールさんのお腹も、だいぶ大きくなっている。
　「名前、何て付けるつもり？」
　僕が尋ねると、コピーは照れながら、こう言った。
　「まだ早いけど、一応、男の子だったら“キシャイト”、女の子だったら“ジュエル”って決めたんだ、２人でね」
　「パパになるって、どんな気分？」
　「んー。まだ、実感わかないっていうのが、本当の所かな？　でも、いざ生まれちゃえば、また違うと思うよ。僕としては、子供ん時、親を亡くしてるからね。その分可愛がってあげたいな」
　僕はエクタルさんの言葉を思い出した。確かあれは“嘆願書”を出してきた時の話である。
　『あいつ、早く親亡くしてるから、分かんないんだろうな。“親離れ子離れ”って言うのが』
　あの時には、聞き流していただけだったが、今思うと、何だか胸にジンと迫ってくる物がある。
　（そういえば、僕とアルマイトさんも“ガン子親父とダメ息子”って呼ばれたことがあったっけ（＊３））
　「ちょっと待っててくれ。お茶の用意をするから」
　僕の物思いは、コピーの声で破られた。彼が立ち去ると、また僕は思い出の糸をたぐり寄せようとした。
　（僕のピンチを救ってくれた時、アルマイトさんは僕の不甲斐なさではなく、『パーマンとしての任務を果たせ』と叱った。あれが、アルマイトさん流の愛の鞭だったのかも知れないな（＊４）。そう言えば、コピーにも言われたっけ。『とか何とか言って、本当は、心の中でそう思ってるんじゃないの？（＊５）』って……）
　確かに、僕も心の中では、密かにコピーに同意していたのだろう。アルマイトさんは、喜怒哀楽はストレートに出す割には、愛を表すのは苦手だったのかも知れない。
　そう言えば僕達は、どんなにあの人をけなしても、最後には決まって、あの人に頼っていた。そして、あの人も小言は言うものの、結局僕達の望みを叶えてくれた（その時でも、やたらカッコつけてたが……）。
　何だかんだ言いつつも、結局、僕等５人は、いい腐れ縁だったのだろう。
　僕はニヤッとした。すると、コピーの声がした。
　「お前、何ニヤニヤしてるんだ？」

　運ばれてきたお茶とお菓子は、とても美味しかった。お茶は、ミリゲルという木の葉を煎じて出す物で、色は黄緑色だったが、紅茶に似た味がした。お菓子も、ビスケットとスナックのような物が出て、なかなかの物だった。
　お茶が済んでから、僕達は時の過ぎるのも忘れて、ビデオを見たり、ゲームをしたりして、楽しく過ごした。
　「それじゃ、僕、そろそろ帰らなきゃならないんで……」
　時計が５時のチャイムを鳴らしたので、僕は、恐る恐る言った。２人とも、残念そうな顔をした。
　「そうか。もうお別れか。残念だなぁ、産まれた赤ちゃんを見て欲しかったのに……」
　「きっと、また来ます。今度の全体会議の時」
　「大丈夫かい、抜け出して？」
　「何とかします。４人揃って押し掛けますから、覚悟して下さいね」
　「おいおい。変な勘ぐり他人に入れられてはかなわん。お忍びで来てくれよ」
　「はーい」
　僕は、景気良く返事すると立ち上がった。
　「それじゃ、さようなら。おじゃましました」
　「送ってゆくよ」
　コピーは立ち上がると、ドアを開けた。

　僕は、ムガル７の屋上から、コピーに見送られて飛び立った。そして一路、シセル島に進路を取った。

　その夜。僕が食堂で夕食を食べていると、ウィリー君がやってきた。
　「僕、ターチェルに帰るよ」
　ウィリー君は、晴れ晴れとした顔をしていた。
　「どのみち僕達には、もう一度、留学のチャンスが与えられる。その時まで、僕と仲間達の力で、どれだけ今の状態が変わるか、試してみるよ」
　「そうっか、良かったぁ」
　「今度の本留学には、必ず来てくれよな。そうじゃないと、報告が出来ないから」
　「了解」
　僕は、ウィリー君が差し出した手を握って、それに応えた。
　ま、何はともあれ、良かった良かった。



＊１　　アニメオリジナル『コピーロボットを返して！』。１号がコピーを取り返そうと、
　　　　バードマンを追っかけたが、見事かわされた時の台詞。

＊２　　アニメオリジナル『出てこいＵＦＯ』

＊３　　アニメオリジナル『パーマンの親子ゲンカ？！』より。この後の回想部分も同じ。

＊４　　私自身は、この時（だてにバードマンやってないな）と思いました。

＊５　　この前の１号のセリフ「冗談じゃないよ。バードマンが親父だなんて」を受けている。