３，　パール星人の挑戦

　さて、この話を少し前に戻してみよう。今度の舞台は、例の黒い物体の内部である。

　やはり、ここでも“動路”の上を足早に歩いている一人の男がいた。しかし、その風貌は、アルマイトのそれとは全く違っていた。ちょっと、この男の素描をしてみよう。
　まず、全身は黒一色でまとめてあった。黒い制服に、靴、頭にも黒い制帽がしっかり乗っかっていた。しかし、制服の右胸の部分と制帽の前部に同じ形の記章が光っていた。顔付きは、第１章で出て来た男を思い浮かべて下さいと言えば十分だろう。唇をきっと結び、見るからに難しそうな顔をしているのは、性格から来ているという事だけではなさそうだ。
　やがて男は、一つの部屋の前で“動路”を降りた。プレートには“対話室”と書いてあり、黒いドアの部分には“関係者以外立入禁止”という文字が白く浮かび上がっていた。男は、ドアの脇にあるキーボードを慣れた手付きで押し、ドアが開くと、中に入った。
　室内は、かなり狭く、男が入ると同時に、明るくなった。男の正面には、大きなガラス張りの窓があった。彼は、その下にある機械の所へ行くと、いくつかのボタンを押した。すると、ウィーンというような音がしたかと思うとガラス張りの向こうが明るくなった。そして、そこには大きな黒い物体がそびえていた。あちこち、光が点滅している。
　男は、側のスイッチ　（おそらくマイクのスイッチであろう）を押すと、
「大いなる母、重大な事件が起こりました」
と、黒い物体に向かって、話しかけた。

「どうしたのです、ガレームン」
　今度は、向こうから声が帰って来た。明らかに女性の声だ。
「はい、誠に申し上げ難いのですが、ルウが逃亡したのです」
「何ですって！」
　“大いなる母”はかなり驚いた様だった。
「貴女が驚くのも無理ない事でしょう。あれは、貴女の御自慢の子供でしたから……しかし、事実は事実でございます」
　ガレームンは、誠に遺感ですという様な声を出した。
「一体、どうしてなのです？　詳しく説明しなさい」
　“大いなる母”は、いくらか落ち着いた様だった。ガレームンは、話し出した。
「はい。彼が、オーラを集める研究をしていた事は、貴女もご承知の事だと思います。それが、ようやく完成したという連絡が入ったので、私はそれを見に研究室へ行ったのです。ところが、彼の姿は無く、助手が倒れているのです。訳を聞くと、彼に連絡させている間に、ルウが完成品を持って逃走しようとし、彼は気が付いて追いかけようとした時、ショックガンを撃たれて、気絶してしまったと言うのです。私はすぐ後を追わせたのですが、もうその時は宇宙へ脱出した後で……。偽の認可証を作って、守衛の目を誤魔化したのです。しかし、彼の後を追わせる為に、特別機を発進させました。ですから、きっと連れ帰ってくれるでしょう」
「それは、適切な方法でした。良くやってくれました」
「御誉めの言葉、どうも有難うございます」
　ガレームンは、深々と礼をした。
「ルウが帰って来たら私に連絡して下さい。それから、罰は決めましょう」
「分かりました、大いなる母」
　ガレームンは、またボタンを押した。窓の向こうが、元の暗闇に戻ったのを見届けてから、彼は部屋を出た。

　それから、数日後……。
　ガレームンは、また“対話室”の中にいた。もう窓の向こうには“大いなる母”の姿があった。
「報告します、大いなる母。ルウの居所が分かりました。アセメント（地球）です」
「アセメント？」
「はい。特別機が、後一歩の所まで追い詰めたのですが、奴にテレポートされて……」
「結局、逃げられたのですね」
「はい。しかし、御安心下さい。そこには偵察隊も送り込んであります。それに、奴一人の力では、どうあがいても逃げのびられっこありません」
　自信たっぷりの声で、ガレームンが答えた。
「ところで、計画の方は、順調ですか」
　“大いなる母”が、その話はもういいと言いたげな調子で言った。
「はい。偵察隊の報告によると、調べれは調べる程、素晴らしい星だという事で……。勿論、住民は、何も気付いていないという事です。だが……」
　ガレームンの声が途切れた。
「何か、あるのですか」
　“大いなる母”が尋ねた。
「ルウが発見された、“ニホン”と呼ばれる列島に、パーマンと呼ばれる子供達がいるのです。まぁ、一種の超人とでも言いましょうか。その風貌が、この間、我々に近付いて来た異星人達と、そっくりなのです。しかもルウは、その中の１号と呼ばれる少年と接触していたらしいのです。だから、もしかすると、その少年に、発明品が渡ったのではなかろうかと……」
　“大いなる母”は、ゆっくりと話し出した。
「あの時は、何もせずに奴等のするがままにしておきましたが……あの中に乗っていた中の一人は、明らかに超能力者です。オーラが感じられました。ですから私は、下手に尻尾を出すと自滅すると考えて、一切出動命令を出しませんでした」
「その通りです、大いなる母」
　ガレームンが、相づちを打った。
「しかし、こうなったからには、もうグズグズしてはおれません。彼等は、ケナセルプ星系（＊１）の生物です。その子供達もきっと、彼等と関係があるのでしょう。もし、その１号とやらが、本当にルウから発明品を渡されたのなら、いや、そうでなくとも、彼等から私達についての警告が来たら、厄介な事になります。幸い、どうやらケナセルプ星系惑星人が、この島宇宙で一番優れた生物の様ですが、その力は、我々より遥かに劣っています。私達が、ちょっと力を出せば、すぐ降参するでしょう。ガレームン、計画の変更です。急いで最終準備をしなさい！」
　“大いなる母”の声が、対話室中に響き渡った。

　一方、こちらは地球。あの日の翌日は、日曜日だった。外では、雨が降っている。しかし、ミツ夫にとっては、これ以上申し分のない日はなかった。本当は富成町のチームと野球の試合をするはずだったのだが、中止になったのだ。元々、彼は野球が得意な方じゃない。だから出来ればやりたくなかったのも理由の一つだったが、今日はもっと別の理由があった。その理由とは、超能力の訓練をしたいという事だった。
　ゲーム盤から、小さなサイコロを二つ持って来ると、ミツ夫は、それを学習机の上に置き、自分は椅子に座った。勿論、首にはピラミッド・ペンダントが下がっている。そして、目をつぶった。
（こうやって、精神統一をしてからやるといいって、あの本には書いてあったもんな）
　ハル三に借りた本の中身を思い出しながら、ミツ夫は出来るだけ心を落ち着けようとした。
（もういいな）
　しばらくしてから、ミツ夫は目を開けると、サイコロを見つめた。右は３、左は２の目が上になっている。そして、強く念じた。
（１が上になれ。上になれ！）
　しかし、サイコロはピクリとも動かない。
（きっと、精神統一が足りなかったんだ。よし、もう一度）
　ところが、２度、３度、４度とやっても、サイコロは人を馬鹿にしたように動かない。
（今度こそ、５度目の正直だ）
　ミツ夫が、５度目の精神統一をし終って目を開けたその時、いきなり生暖かい風が吹き込んで来て、コロコロとサイコロが転がった。そして、３号の声がした。
「あなた一体、何やってんの？」
　ミツ夫は、ビックリしたという顔つきで、３号を見た。その側には、２号も居る。

「何だよ、パー子には関係無いよ」
ミツ夫はそう言って、サイコロに手を伸ばそうとしたが、それより一足早く、３号の声がした。
「分かった。超能力の訓練してたんでしょ？　止めなさいよ。どうせ無駄だから」
「無駄かどうか、やってみなくちゃ分からないじゃないか」
　ミツ夫は反論した。
「それに本部だって……」
「さぁ、どうかしら？」
　すると３号は、意味深な声を出したので、ミツ夫は言葉を引っ込めた。
「もし、これが全部、お芝居だって言われたら、あなた、どう思って？」
「え？　まさか、冗談だろ？」
　ミツ夫が慌てると、３号は含み笑いをして、
「って、笑って済めばいいのにね」
と、ポツリと呟いた。
「なぁんだ、やっぱり冗談か。思わず乗せられそうになっちゃった」
　ミツ夫の方は、これで一安心したつもりだったが、３号の難しそうな顔を見て、また不安になって来た。
「なんだい？　急にはしゃいだり、シュンとなっちゃったり。ハッキリしてくれよ」
　ミツ夫は問いかけた。
「実はね。どうやらこの事件、もの凄く大きな事件につながって行きそうなの」
　３号と２号は、ベットに腰を下ろした。ミツ夫は椅子を回して、二人と向かい合わせになった。３号が話し出した。
「ついさっき、私、恐ろしい物を見つけたの。私が仕事を終えて飛んでた時、昨日、ブレザーのポケットに飴を入れてた事、思い出したので、まだ残ってるかと思って手を突っ込んだら、変な手触りがしたから、何だろうと思って引っ張り出したの。そしたら、ほら、こんな物が」
　そう言って、３号は、手の中に握っていた物を二人に見せた。それは、小さな黒い塊だった。
「多分、スパイカメラだと思うの。でも、私が思いっきり潰しちゃったから、大丈夫よ」
「それじゃ、確かめる事が出来ないじゃないか」
　こう言いながらも、ミツ夫はその残骸を手に取った。そして言った。
「つまり、これを使って、僕等を見張ってた奴等が、何処かにいるんだ」
「一体、いつポケットの中に忍び込んだのか、私には分からないの。もしかしたら、私の正体を見られてしまったかも……」
「それ、いつ着てたんだい？」
「昨日の夜のパトロールの時。外は寒いからと思って、飴をポケットに入れて……」
「というと、僕が、バードマンと出会っていた頃かな？」
「多分、その頃じゃないかしら」
　その会話が途切れると、しばらく沈黙の時間が続いた。
（もしかしたら、この部屋にも、スパイカメラが有るのかも知れない……）
ミツ夫はそう思いながら、ペンダントを服の中にしまった。

　それから、地球時間で約２日後。バード星の本部、隊長室に話は飛ぶ。対話しているのは例によって、アルマイトと隊長である。
「隊長、いくらでも呼び出しをかけるのは構いませんが、この数日間というもの、三回も地球とここを超ワープで行ったり来たりしているんです。パトロール艇がいかれるのは時間の問題です」
　アルマイトはそう言うと、コップの水を一息に飲み干した。隊長が言った。
「通信で話すと、盗聴の可能性が高いのでな。特に、これからの話は君の部下達にも秘密にして貰いたいんだ」
「そうですか」
と、口ではさりげなく同意したアルマイトだが、その内心は、そろそろ飽和状態に達し始めていた。休暇もお預けで、時間外勤務をしたとて、その代償に何かくれる訳でも無い。この時程、アルマイトは、この職業に嫌気が差した事は無かった。
　しかし、そんなアルマイトの気持ちにはおかまい無しに、隊長は話し出した。
「この間、君が持って来たペンダントの作り主が、我々に保護されたのだよ」
（やれやれ、また厄介な事になって来た）
　アルマイトは、心の中でうめいた。
「第２５星区のパトロール艇が、彼を救助したんだが、かなり弱っていて、今、本部治療棟に入院中だ。だが、テレパシーで話しかけて来た所によると、何でも“ルウ＝エナジー”という、パール星─　それがあの黒い物体の名前らしいのだがな─の科学者でピラミッド・ペンダントと我々が呼んでいる発明品を作って、１号に託した張本人なんだそうだ」
「それで、結局彼は、何を希望しているのですか？」
　アルマイトが尋ねた。
「分からない。そこまで伝えた後、急に意識不明に陥ってしまったのでな。どうやら、かなりのエネルギーを使いきってしまっていたらしい」
　隊長は、やはり手元に置いてあった水を、一口飲んだ。
「ところで、そのパール星とやらは、彼がここにいる事を知っているのですか？」
　また、アルマイトが尋ねた。
「その辺りは良く分からんが、ルウ氏が地球に来た事は、君の話からすれば、当然知っているはずなんだ。問題は、ペンダントが１号の手に有るという事を知っているかどうかなんだ」
「もし、知っているとすれば、当然、彼等は１号を狙っていると見ていいですね」
「ああ。しかし、もしそうだとしたら、あれを１号に渡したのはまずかったのかも知れないな」
「隊長！　今更、そんな！」
　アルマイトは声を上げた。
「分かっている。もう後戻りは出来んだろう」
　隊長がそこまで言った時だった。突然、卓上の通信機（バッジ）が鳴った。彼は、それを取り上げた。
「こちら、隊長室」
「大変です。例の物体が動き始めました！」
「何！」
　隊長はそう言った後、しばらく考えていたが、やがて、こう命令した。
「よし。これから会議室で緊急会議を開く。すぐ役員を集合させてくれたまえ」
「かしこまりました」
　通信機を置きながら、隊長は、
「とうとう、やって来たか……。ただでさえ大変な時なのに……」
と、呟いた。アルマイトが恐る恐る尋ねた。
「隊長、司令官の御様子は……」
　隊長は静かに首を振ると、立ち上がった。
「君はここで、待機していてくれ。多分、また地球へ超ワープして貰う事になりそうだがな」
　隊長はそう言い残すと、部屋を出て行った。
　（やれやれ、予言的中（＊２）か……）
　アルマイトは、椅子に深々と背をもたれかけさせた。

　それから、しばらく経って……。
　部屋に入って来た隊長は、つかつかとアルマイトが腰掛けている椅子の所までやって来た。と、思わずその難しげな顔がほころんだ。待ちくたびれたのか、椅子の肘掛けの所に顔を乗せて眠りこけていたのである。隊長は、そっと、その肩をゆすぶった。目を覚ましたアルマイトは、寝ぼけ声で、
「あ、隊長。済みません」
と言った。
　隊長は諾くと、椅子に腰掛けずに言った。
「済まんがカラコルム君、さっきの言葉通りになってしまったよ」
「そうですか」
　彼の感性は、まだハッキリと目覚めてはいなかった。しかし、次の言葉は、その眠気をいっぺんに吹き飛ばしてしまった。
「今の会議で決まった事なんだが、彼等が地球をおびやかすつもりなら、やはり阻止しなければならないという訳で、パール星にまず話をして、それを向こうが拒否したなら、その時点から攻撃を開始するという事になったんだ。だが、あくまでもそれは、向こうが明らかに地球を攻撃すると見てからだ。君達にも、無論それに加わって貰う」
「でも、そうなったら向こうがガラ空きじゃ……」
「大丈夫。地球付近にもいくらか待機させるつもりだ。ともかく、詳しい事は、その時に話す事になるだろう。今、全星区へスクランブルを発している最中だ。君も、早く出発してくれたまえ。集合場所は、第４０星区のポイント・シャー５だ。分かったな？」
「はい！」
　アルマイトは、手を胸に当てると、勢い良く隊長室を飛び出して行った。