４，　４２星区、集合完了！

　地球時間、水曜日の丑三つ時……。
　バッジの呼び出し音で目を覚まさせられた四人のパーマンは、厚い雲の層を突き抜けた上空に呼び出されていた。ここから四人は、宇宙へ出発するのだ。
「それにしても、どうしてこんな時間に出発するのかしら？　どうせ雲がかかってるんだから、地上からは見えっこないのに」
　３号の呟きを、４号がからかった。
「でも、雲の上からは丸見えやで」
「まぁ、それはそうでしょうけど……」
　３号が答えかけた、その時だ。４人の目の前を一筋の光がよぎった。それは、あっという間に消えた。ところが、それと入れ替わる様に黒い物体が、光の消えた方角から４人の方に近付いて来た。そして、みるみる内にスッという音を立てて、４人の前に止まった。それは、一隻の宇宙船だった。
　４人はビックリして、ただ呆然とそれを見つめていた。なんてったって規模が違う。ちょっとしたアパート位の大きさだ。
（道理で、真夜中に出発する訳だわ）
　３号は、思わず心の中で呟いた。
　その時、宇宙船のハッチが開いた。そこには、アルマイトが居た。
「早くしてくれ。レーダーに引っかかって、自衛隊機でも飛び出して来られたんじゃ、折角、流れ星の真似事をしたのが、水の泡だ」
　アルマイトが４人を急き立てたので、４人は、慌てて中に飛び込んだ。しかし、中で一息付く暇も無く、アルマイトは、
「そんなものより、恐いのは、奴等に見つかる事だよ」
と呟くように言うと、身を翻して、奥に駆け込んで行った。４人も、慌ててその後を追った。
　次に、４人が見たのは、ブリッジらしき場所だった。
「適当に座ってくれ、その椅子に。あ、シートベルトもちゃんとしておけよ」
　もう操縦席に座っているアルマイトが、また４人に呼びかけた。
（まるで、何かに追いかけられてるみたいだ）
　１号はそう思いながら、手近な所の椅子に腰を下ろした。
　４人が、シートベルトを締めたのを見届けてからアルマイトは、宇宙船を発進させた。しかし、何故かブラインドは閉めたままだった。その代わり、スクリーンに外部の様子が写っていた。
　月が煌々と、照っている。満月だった。

　五人がホッとしたのは、大気圏を離脱した後だった。ブラインドが音を立てて開いた。そこにはさっきモニターテレビで見ていた月が、宇宙の中に光っていた。
「もう、シートベルト外してもいいでしょ？」
　１号が尋ねた。
「ああ」
　アルマイトはそう言うと、自分もシートベルトを外して、一つ伸びをした。何しろ、こんな物を操縦したのは、彼自身も久しぶりなのだ。しかし、それを見て１号は慌てた。
「ちょっと待って！機械から手、離しちゃって、大丈夫なの？！」
「馬鹿ね。もう、自動操縦に切り替わってるのよ」
　あさっての方向から、３号が答えた。彼女は、もうシートベルトを外して、窓の外を見ようとしていた。　そこには、縁の方が光った地球が写っていた。彼女にとって、外から地球を眺めるのは、初めての体験だった。
「ちょっと、みんな、こっち来てみて。地球が、青環食してる！」
　思わず、３号は声を上げた。その声に誘われて、３人が、そこへやって来た。そして、窓の外を眺めた。
　アルマイトは、その中には加わらず、星図とにらめっこをしていた。ともかく、集合ポイントを確かめておかなくてはならないのだ。
　一方、４人は、目を地球から宇宙へ転じていた。３号が言った。
「星座早見盤、もって来れば良かったわ」
「でも、あの星座はオリオン座だろ？　その下にあるのがシリウス」
「おい、そろそろ席に付いてくれ。今度はワープするから」
　そんな四人に、アルマイトが声をかけたので、４人はしぶしぶ元の体勢に戻った。アルマイトの方は、自動操縦を解除して、ワープの用意にかかっていた。
「ねぇ、どの位ワープするの？」
　１号が尋ねた。
「一万光年」
　アルマイトはそれだけ言うと、ワープ用のレバーを引いた。フッと窓に写っていた月が消えた。
　次の瞬間、（とは言っても、ワープ体験は初めての４人には長く感じられた事だろう）宇宙船は、ワープを完了していた。無論、窓の外は、４人にとっては、見知らぬ世界だ。
　ワープのショックが消え去ると、４人は、もう勝手にベルトを外してお喋りを始めた。
「何か、こう、体がグイグイ引っ張られて行く感じやった」
「それよりも私、目がおかしくなったゃった。だって周りが、灰色に見えたんですもの」
「テレポートの感じとは、またひと味違ってたな」
「それより、ここ、何処ら辺かしら？　ねぇ、バードマン」
「え、誰か呼んだか？」
　アルマイトが、４人の方へ振り向いた。
「ここ、何処ら辺か聞こうと思ったんだけど……」
「ああ、ここか。もうこの辺は４０星区に入っているよ」
「それじゃ、その、４０星区って、銀河系の何処ら辺？」
　（そうか。こいつらに、星区で説明したって、分からないんだっけ……）
　ふとその事に気付いたアルマイトは、こう答えた。
「太陽系の真下辺り、銀河系の縁さ」
「ふぅん……だって」
　３号は振り返ると３人に言った。
　（そうそう。今の内に、あいつらに詳しい事を教えておかなきゃならないな……）
　宇宙船を自動操縦にしながら、アルマイトは心の中で呟いた。そして、４人に呼びかけた。
「３号、ちょっとそこ、どいてくれないか。私が座るから。それから、みんなは私の所へ集まってくれ」
「え、はい」
　３号は立ち上がると、席を離れた。一方アルマイトは、３号の席に腰を下ろした。４人のパーマン達がその周りを取り巻いた。
　３号が座っていた所には、コンピューターのようなものがあった。アルマイトは、いくつかのキーを押して、画面に銀河系の図を写し出した。
「これが太陽系」
　アルマイトは、またキーを押した。今度は、青い印が付いた。その上にアルマイトは、続けさまにキーを押した。
「そして、これが４０星区だけの拡大図だ。集合ポイントは……」
　青い印は、隅の方に付いている。その前方に、黄色い印が付いた。
「ここになる。距離にして、７８０万タイン……あ、地球の単位に直すと、１万タインが、約１．２万キロメートルに当たるから……約９３６万キロメートルか」
「この調子で行くと、どの位かかるの？」
　３号が尋ねた。するとアルマイトは、またブツブツ言いながら計算を始めた。しかも、今度はかなり込み入っているらしく、手帳を引っ張り出して、そこに筆算を始めた。
　しばらくして、やっと顔を上げたアルマイトは、
「約１２分３７秒と出た」
と、誇らしげに答えた。しかし、４号はこう呟いた。
「そんな物、コンピューターに、やらせりゃええのに」
　アルマイトは、それならとっくにやっていると言いたそうな顔で言った。
「このコンピューターには、地球の単位はインプットされていないんだよ！」

「ところで、他に質問無いか？」
　それから、またいくつかの確かめや、説明を行った後で、アルマイトは尋ねた。
　すると、さっきからモジモジしていた１号が恐る恐る、
「あの……」
と尋ねた。
「おや、１号か。何だ？」
　思いがけない所から質問が出たのに、気を良くしたアルマイトは、機嫌良く尋ねた。
　その言葉に勇気づけられた１号は、こう言った。
「あの、トイレ、何処ですか？」
　次の瞬間、ブリッジ中に次の一声が響き渡った。勿論、アルマイトの声である。
「ヘコーッ！」
（この野郎、人の期待を裏切りやがって……）
　心の中は煮えくり返っていたアルマイトだったが、口に出しては、こう言った。
「トイレはここを出て、右の廊下の突き当りに有る。それから、中を見て回りたいんなら、これから自由にするから、好きな様に見て回れ。但し、私が呼んだらすぐ帰って来い。分かったな？」
「ハーイ！」
　その言葉を聞くやいなや、４人はブリッジを飛び出して行った。勿論、１号が先頭だったのは言うまでもない。
（全く、返事だけはいいんだから……）
　アルマイトは、心の中で呟くと、コンピューターのスイッチを止めた。

　結局、トイレに入ったのは全員だった。そんな訳で４人は、まとまって中を見て回る事にしたのだった。
　まずは、トイレのすぐ側にあるドアだ。３号が言った。
「私の勘だと、ここはきっと……」
　彼女がボタンを押すと、ドアが開いた。そこは、バスルームだった。
「ほらね、やっぱり」
　３号はそう言うと中に入って、あちこち見回していたが、他の３人は、別にどうでもいい様な表情でそれを見つめていた。
　次には、廊下の両側に４つずつ並んでいる部屋の一つを開けた。そこは個室になっており、ベッドと折りたたみ式の机、それに棚が付いていた。（彼等から見て）一番右奥の医務室を除けば、そこは全部個室だった。４人は各々どれを自分の部屋にするか決めると、今度は下へ下りて行った。
　下は、上とは打って変わった世界だった。ドアを開けて中に入ると、そこは機械室だった。そこと、その脇の部屋は簡単に済ましたが、その次の部屋は別だった。そこは、食糧室だったからだ。しかし、四人がそこを見て回っていると、バッジが鳴ったので、４人は、名残を惜しみながら上に戻った。

　アルマイトは、戻って来た４人に向かってこう言った。
「今、本部司令船と連絡を取ったんだが、それによると、次の連絡があるまで、現在我々が居る場所に待機しているようにという事だ。あ、そうそう、仲間もほぼこの近くに集結しているらしい。ところで、この時間を借りて、ちょっと教えておきたい事がある。３号を除いて、他の三人の座席の右側に、レバーが有るはずだ。それを前へ倒せ」
　（まるで、車のシートに付いてるやつみたいだな）
　１号はそう思いながら、レバーを前に倒した。途端に、体が宙に浮き上がる様な感じに襲われた。ハッと気が付いてみると、そこはもうブリッジでは無かった。
　そして、３号もビックリしていた。何しろ、３人があっという間に消えてしまったのだから。
　そんな彼女に、アルマイトが声をかけた。
「３号は、そこでしばらく待っててくれ。まず、向こうの方をやるから」
　そして、そう言いながら一つのスイッチを押した。すると、モニターテレビに、４人の姿が写った。それを見ながら、アルマイトは、それに向かって話し出だした。
「今、君達が居る所はブリッジの地下だ。目の前に機械が有るだろう？　そこの“ダッヘ”と書いてあるボタンを押してごらん」
「“ダッヘ”て何や？」
　４号が尋ねて来た。アルマイトは答えた。
「“シュミレーター始動装置”の略だ」
「そんな事言われたって、この変てこな字の内のどれだか、分からないよ」
　今度は、１号の声が返って来た。
「変てこな字？！」
　ここでアルマイトは一つの事実に気が付いた。そして言った。
「翻訳器のスイッチを入れるんだ。そうすりゃ分かる」
　確かにそうすると、今まで変な形にしか見えなかった文字が、三人の目に日本語となって飛び込んで来た。“ダッヘ”と書いてあるボタンを押すと、その機械の中の画面に“シュミレーター・スタンバイ”という文字が、大きく写った。アルマイトの声が、また響いた。
「やり方は、前を見れば分かると思うが、一応説明すると、そのスクリーンに写る照準と、敵が合ったら、スロットルの上の発射ボタンを押すんだ。もしかしたら、本当に敵を倒す事になるかも知れないから、真剣にやってくれ。分かったか？」
「はい」
　三人の声が返って来た。
「それじゃ、スタートして見ろ。もう一度そのボタンを押せば始まるから」
　それだけ言うとアルマイトはモニターテレビを切って、そのまま考え込んでいた。
　彼がさっき隊長から聞かされた話によると、４２星区のみが、パーマン達を乗り込ませているという事だったのだ。そして、脳卒中で倒れた司令官の具合いも、どうやら思わしくなさそうなのだ。だが、３号の声が、彼を思考の世界から引き戻した。
「バードマン、私はどうなったの？」
「あ、済まん、済まん」
　アルマイトはそう言って３号の方に振り返った。
「私も、ああいうのやってみたいな。面白そう」
　３号は羨ましそうに言った。
「見てる程、簡単な物じゃないんだぞ。それに、そこに座ったのが運のツキだ」
　アルマイトはそう言いながら席を立って、３号の脇に立った。
「ここに座った者の役目は重大だ。何しろ、全体の状況を把握しなければならないんだからな。だから、チャランポランな奴には任す訳にはいかないんだ」
　アルマイトは一息つくと、話を続けた。
「ええと、この右のボタンがレーダーのスイッチで、左のボタンが船内状況のスイッチ、それから……。まぁ、まずこれだけで用は足りるだろう。やり方は、そこの（と言いながらアルマイトは、コンピューターの脇に立てかけてある本を指した）マニュアルを見れば、分かるだろう。それじゃ、私は、３人の様子を見て来るから」
　アルマイトは、ブリッジの外に出て行った。１人取り残された３号は、こんな事を考えていた。
（あの位置からすると、右手が１号、左手がブービー、後方はパーやんって事になるけれど……。だとしたら、前方は、バードマンが操縦と一緒にやるという事かしら……。何だか不安……。でも、まずは、私に与えられた役目をきちんと果たさなきゃ……）
　３号は、マニュアルを取り上げると、中を開いて、読み始めた。

　一方アルマイトは、１号の所で立ち往生していた。彼自身は左手から回って来たのだが、どちらも、十分なものになっていた。それなのに……。
「１号、これで３度目のアウトじゃないか。もっと真剣にやれよ」
「そんな事言ったって……。僕ファミコンやってもすぐやられちゃうんだ。僕には素質、無いんだよ」
　半ば諦めムードの１号を見ながらアルマイトは、
（３号と交代する訳にもいかんし。第一、１号には覚えきれないだろうからな……）
と心の中で思案したあげく、こう言った。
「ともかく、根気良くやってれば、次第に上手くなるもんだから。ま、頑張ってくれたまえ」