５，　開戦への道

　その頃、例の“対話室”では、一つの対話が行われていた。
「ガレームン、何の用ですか？」
　“大いなる母”が尋ねた。
「実は、奴等に気取られまして……」
　済まなそうな顔をしながら、ガレームンが言った。
「まぁ、いいでしょう。攻撃隊を出撃させれば、すぐ降参します」
　“大いなる母”は楽観している様だったが、ガレームンの顔はまだ晴れなかった。
「実は、地球の偵察隊から入った報告なのですが。パーマンの一人、３号にスパイカメラを仕掛けたのですが、すぐに見つかって壊されてしまったそうです」
「そういう事だったのですか。ガレームン、偵察隊に今後しばらく目立った動きはしない様に司令しておきなさい」
「分かりました」
　その時、何かの発信音の様な音がした。ガレームンは慌てて、腕にはめていた通信機を口元に近付けた。
「つい今、テレパシーで通信して来た者がいます。何でも司令官に、話がしたいという事です。どう致しましょうか？」
「その声は、どういう声だった？」
　不安を押し殺して様な声で、ガレームンが尋ねた。
「はい、若い女性の声でした」
「そうか、今行く」
　通信が切れた。“大いなる母”が話しかけて来た。
「あの時の、超能力者でしょう。多分」
「私も、そう思います」
「通信の内容を、後で私に報告しなさい」
「分かりました。大いなる母」
　ガレームンは、不動の姿勢をとった。

　ガレームンがコンピューター室に入ると、隊員達の動揺ぶりが手に取るように分かった。前方のスクリーンに若い女性の姿が写っていたのだ。
　女性は青い髪に、色白の膚、黒い瞳をしていたが、顔の上半分は白いマスクに隠されていた。それは“大いなる母”の言った通り、あの時の超能力者に間違いなかった。
「私が総司令官のガレームンだ。お前は誰だ？　私に何の話があるのだ？」
　かなり尊大な態度で、ガレームンは女性に尋ねた。
　｛私は、バード星特別警察隊（＊１）、略称バードマンの代表です。パール星の軍総司令官であり、また、大統領でもある貴方に、銀河系、つまり、この島宇宙に侵入して来た目的、及び、その目的如何んによって、私達の力が必要となるかを確かめる為に、この様なテレパシー通信を試みました｝
　女性の声が、ガレームンを始め、隊員達の心に伝わって来た。透き通る様な声である。しかしガレームンには、そんな事は感じられなかった。それよりも、この女性があまりにも詳しく自分の事を知っているのに驚異の念を抱いていたのだった。だが、ガレームンはその念を振り払うと、女性の質問に答えた。
「それでは、お答えしよう。我々は、我々に新しい資源を与えてくれる星を探しに来たのだ。バードマン、と諸君は自分達を呼んている様だから、私もそう呼ばして貰うが、君達や、銀河連邦の諸君に前もって予告しなかったのは、もし予告すると、我々の計画を阻止しようとする事になるだろうと思ったからなのだ。だが、ここでハッキリ言おう。我々は、諸君が地球と呼んでいる星に目を付けたのだ。資源もあるし、労働力もたっぷり有る。その上、豊かな自然に恵まれている。地球こそ、我々が第４の故郷とするにふさわしい星だと、“大いなる母”つまり、我々を導くコンピューターが判断したのだ。我々はその為に、手段を選ばないつもりだ」
　“第四の故郷”という言葉をガレームンが発した時、女性の画像が乱れた。それは、どうやら驚きの為らしかった。案の定、彼女は鋭い声で伝え返して来た。
　｛貴方方は、そんな恐ろしい事を３度も……。いい加減に目覚めて下さい！｝
　ガレームンは、冷やかに言い放った。
「あの星は素晴らしい。しかし、中の生物共はどうだ？　あれでは宝の持ち腐れではないか。我々はそれを、最大限に有効に使おうというのだ。貴様ごときに、口出しされる筋合いはない！」
　ガレームンのその言葉を聞くと、女性は、引き締まった面もちで答えた。
　｛分かりました。そういう事なら、私達も乗り出さなくてはならないでしょう。しかし、私達も無駄な戦いはしたくありません。これから、１レム（＊２）だけ待ちますので、どうかもう一度考え直してみて下さい。１レム経ったら、また通信します。それから、こちらの方で、パール星人のルウ＝エナジー氏を保護しております。彼は、パール星が、あくまでも地球侵略を決行するのなら、バード星に亡命すると仰っています。それでは｝
　画面が消えた。ガレームンは、女性の最後の言葉を反すうしていた。
　（ルウを保護している……。亡命を希望……）
　ガレームンもそうだったが、他の隊員達の驚きも相当なものだった。何しろ、“亡命”等という言葉は、パール星では死語に等しい言葉だったからだ。
「総司令官、『ボウメイ』とは、どういう意味でこざいますか？」
　ついに、隊員の一人がこう尋ねた。大統領だけあって、流石にガレームンはその意味を知っていた。彼は、こう答えた。
「それは、自分の星を捨てて、他の星へ逃げようとする、裏切りの行為だ！」

　丁度その頃、本部司令船からの通信が４２星区艇に入っていた。
「君達はこれから、そこのポイントから４５度前方にあるポイントに行って貰う。そこで先発隊の一員として活躍して貰う訳だ。詳しい事は、そこの指揮官のハーンから聞くといい。速やかにやってくれ」
「はい、分かりました」
「“的撃ち”の名に恥じぬよう、しっかり頼んだぞ。それに、君の優秀な部下も付いている事だしな」
　隊長はアルマイトを励ますつもりで言ったのだが、アルマイトはこれを聞くと何とも言えないという様な顔をした。隊長は尋ねた。
「どうしたんだね？」
　アルマイトは、ためらいながらもこう言った。
「あの、あんまり期待が大き過ぎるのも、困るんですが……」
　その途端、四つの「ヘコ！」が、アルマイトの耳に飛び込んで来た。（通信は、彼等の耳にも届いていた訳だ）
「何を言うんだ、今更。君が頑張ってくれなければ、困るのはこちらなんだぞ」
　隊長は、アルマイトにはっぱをかけた。
「しかし、隊長……」
「もう、よい」
　隊長はアルマイトの言葉を遮った。
「グズグズしてはいられないんだ。君は君のできる限りの事をすれば良いのだから」
　通信が切れた。すると、それと入れ替わりに、１号のこんな質問が飛び込んで来た。
「ねぇ、バードマン。“的撃ち”って何の事？」
　これを聞いたアルマイトは、ふと、こう思った。
　（どうやらこいつらに、一つ俺の偉大な所を見せなきゃいかん様だ。こいつらは何も知らないんだから）
　そこでアルマイトは、かなりもったいぶった調子で、話し出した。
「“的撃ち”っていうのは、我々の中での名射撃手に対する敬称なんだ」
　しかし、返って来たのは、こんな声だった。
「ふぅん」
　（この鈍感！）
　アルマイトはそう叫びたいのを我慢していた。と、いきなり素っ頓狂な声が聞こえて来たので、彼は思わず一声叫びたくなった。
「ええっ！　バードマンって、そんな名射撃手だったの？！」
　続いて、背後からこんな声も聞こえて来た。
「あらいやだ。バードマンがいつも変身銃を撃たないのは、てっきり射撃が下手なのを隠す為だと思ってたわ！」
「人を見かけで判断するんじゃない！」
　アルマイトは一喝した。

　話を少し端折ろう。ここは司令船である。
　隊長は、司令官の事に付いて考えていた。彼は出発前に既に昏睡状態に陥っていた司令官の手を握って来た。その時、医師は彼の耳に、こう聶いたのであった。
「残念ですが、アルバ様の御手がすぐそこまでいらっしゃってます」
　次いで彼の耳に、司令官の姿と声が蘇って来た。
「シャライ君、もし私に何かがあったら、君が全てを取り仕切ってくれたまえ」
　隊長、いや、実質的には今や司令官となった彼は、その責任の重さに身震いしていた。
「隊長」
　その時、女性の声がしたので、隊長は、思考を断ち切り、顔を上げた。そこには、先の代表が居た。
「そろそろ時間ですが……」
「ああ、宜しく頼むよ、ケネス君」
「はい」
　それだけ会話を取り交わすと、ケネスは一つの椅子に座った。そして、目を閉じ、そのまま動か無くなった。
　その時から、既に通信は開始されていた。無論、テレパシーでだ。
　彼女は心の目でガレームンを、そして、部屋の中を見る。そして、こう尋ねる。
　｛お約束の１レムは過ぎました。返事を聞かせて下さい｝
「その前に、ルウを出せ。話がしたい」
　ガレームンは、かなり苛立っている。ケネスは、それに動じず、こう答える。
　｛それは、お引受け出来ません。ルウ氏は、今、非常にテレパシーが弱まっています。遠距離での対話は、きっと彼にとって大きな負担になるでしょう｝
「それなら、」
　ガレムーンはなおも詰め寄る。
「君が彼とのテレパシーの仲立ちをする。これはどうかね？」
　しかし、ケネスは、なおもつっぱねる。
　｛それも、お引受け出来ません。貴方の話とは多分、ルウ氏にパール星に戻るよう説得する事でしょう。しかし、彼の決心は固いのです｝
「つまり、諸君はどうしても、私をルウと会わせないというのだな？」
　｛残念ながら、その通りです｝
「ならば、仕方がない。本題に行くとしよう。結論として、私の考えは変わらん。地球侵略を決行する」
　ガレームンは、キッパリと言う。
　｛ならば、いた仕方ありません｝
　ケネスの声が沈む。
　｛私達も、力で貴方がたを阻止します｝
　ケネスは、テレパシーを切ると、振り返って隊長に言った。
「ただ今から、私達とパール星とは、戦闘状態に入りました」

　４２星区艇は、すでに指示位置に付いていた。その中でアルマイトは、こう呟いていた。
　（ここまで盛り上がって、パール星が地球侵略を止めた何て言ったら、俺は怒るぞ）
　だが、すぐにアルマイトは、自分で自分を叱りつけた。
　（馬鹿、何事も無いにこした事はないじゃないか）
　その時、いきなり上部スクリーンに、隊長の姿が写った。アルマイトはまた心の中で呟いた。
　（そ〜ら、おいでなすった）
「諸君に告ぐ。先刻パール星は、あくまで地球侵略を決行すると言って来た。よって遺感ながら、今から我々とパール星との間に、戦闘状態が発生する事になった」
　気のせいだろうか。周りの船団から、どよめきの声が沸き起こった様にアルマイトには感じられた。
「おそらく敵、とあえて呼ばせて貰うが、は我々に攻撃を仕掛けて来るだろう。向こうの戦闘機は、コンピューターで動かされているそうだ。これは、信頼できる筋から得た情報だから、まず間違い無いだろう。つまり、我々は敵のミスを当てにする事は、まず出来ない。きっとコンピューターは、一分の隙も無く我々に襲いかかって来るだろう」
　（こりゃヤバイ。１号みたいなのは、すぐターゲットにされちまうぞ）
　アルマイトは、渋い顔をした。
「しかし、私は諸君に恐れるな、と言いたい。何故なら、我々はコンピューターには決して真似出来ないある力を持っており、そして、ある力に守られているからである」
　隊長はここで、一旦言葉を切ると、後を続けた。
「一つは、危機に接した際に発揮される、個人の予想以上の力の事だ。そしてもう一つは、正しい者には必ず報いて下さる“神”の力だ。それがある限り、我々の行き着く所には必ず“勝利”の文字が光っている事だろう。あえて、もう一度言う。恐れるな！　と」
　スクリーンから、隊長の顔が消えた。そして、アルマイトは叫んだ。
「ようし、やってやるぞ！」

　ケネスは医務室のルウ氏の傍らに座っていた。彼女はそこで、隊長の演説を、そして、それが終った後のどよめきを聞いた。そんな彼女に、ルウが話しかけて来た。
　｛ケネスさん。いま、隊長が仰った“神”とは、何を指すのですか？｝
　ケネスは少しと惑ったが、こう答えた。
　｛私達にとって“神”とは、私達の力では理解出来ない部分を操るお方です。このテレパシーも貴方が私達に助けられたのも、総て見えない“神”の計らいによるものだと、一般に私達は考えています｝
　｛見えない“神”か……｝
　ケネスはルウの心の溜め息を読み取った。が、それ以上深入りはせずに、
　｛どうか、安静にしていて下さい。まだ、体が弱ってらっしゃるのですから｝
とだけ伝えた。

　パール星、対話室……。
　カレームンは、マイクのスイッチを押すと、話しかけた。
「大いなる母……」
　だが、ガレームンの報告を待たずに“大いなる母”は話し出した。
「良くやってくれました。しかし、ルウを彼等から取り戻す事は出来なかったのですね？」
「はっ、誠に申し訳有りません。私も精一杯努力したのですが……」
　ガレームンは、直立不動の姿勢を取った。
　“大いなる母”は更にこう話しかけた。
「良いのです、ガレームン。もうすぐ私達の攻撃隊が、彼等のおごり高ぶった心を叩き潰す事でしょう。そうすれば、彼等もルウと機械を大人しく返すでしょう」
「全くその通りです。大いなる母」
　ガレームンは、また直立不動の姿勢を取った。

　所変わって、こちらは本部司令船。運命の時は、刻一刻と迫って来ている。
「隊長」
　レーダーを見つめていた通信員が微かに震える声で言った。
「来ました。総数百余機、距離３０万タイン、方向右四十五度、速度○・八ガマルク（＊３）」
「うむ」
　隊長は目を閉じたまま諾いた。そして、心の中で呟いた。
　（今、バードマン設立以来、最大の危機が訪れようとしている……）
　そうしてから、彼は手元の通信機（バッジ）を取り上げて言った。
「総員、第一次戦闘配置に着け！」

　アルマイトは、椅子もたれ掛かっていた。４２星区艇の居場所は、ポイントの最右翼である。
　（隊長、期待のし過ぎですよ。１号に超能力なんて出っこありませんよ）
　彼は心の中で、思わず呟いた。その時、３号の声がしたのだ。
「あらあら、大変！」
　アルマイトは、ハッと我に返ると、３号の方を振り向いた。彼女は、レーダーを指しながら言った。
「何だか、敵が来ちゃったみたい。ほら」
　３号の切実感の無い言葉をアルマイトは叱りつけた。
「そういう言い方じゃ、何の為に計器が有るのか分からないだろ！！　数はどの位、どの位の距離と速度、そして方向。それらをいちいちみんなが見なくても分かる様にするのが、お前の役目じゃないか！！　それにしても、司令船の連中は一体……」
　最後の愚痴は、最後まで言い切る事が出来なかった。何故なら、例の隊長の声が、この時船内に響きわたったからだ。
　アルマイトは、首を元に戻した。すると、それを見計らった様に、先発隊の指揮官の声がした。
「先発隊の諸君、聞いての通りだ。作戦に変更はない。各自の役割をしっかり果して貰いたい。そして、重ね重ねになるが、我々の使命は、一隻でも多くの敵を撃退し、後方の負担を軽くする事だ。では、諸君の健闘を祈る」
　通信が切れた。
　（やれやれ、とうとう始まりか。でも、相手がコンピューターなのが、唯一の救いだな）
　さっきまでは、張り切っていたアルマイトだが、今になって少しずつ気乗りがしなくなって来たのだ。だが、今更そんな事は言っていられない。その気持ちを振り払う様にアルマイトは、４人と戦闘前の最後の通信をした。
「みんな、準備はいいか？」
　四人の返事はこうだった。
「う〜ん、何とか」
「ウッキー、ウッキー！（諸手を上げて）」
「任しときって」
「ＯＫ。バッチリよ」（彼女とは、通信するまでも無い。背後に居るのだから）
　その時、また指揮官の声がした。
「敵が、射程距離に入った。これから、ダウ読み（＊４）を始める。１０、９、８、……」
　不思議な緊張が宇宙船を包む。数字は、次第に、０に近付いて行く。
「５、４、３、２、１、発進！」
　もう、後戻りは出来ない。戦闘の幕は、今、切って落とされたのだ。