６，　アルマイト式大脱出法

　４２星区艇は、一番しんがりに飛び出した。とはいっても、敵と戦う機会が少ないとは言えない。何故なら、両方共、散開攻撃に出たからだ。
「ねぇ、本当に、５人だけで戦うの？」
　どうやら、本気で不安になって来たらしい３号の声がした。
「何処だって５人だよ、心配するな」
アルマイトは、開き直ったせいで、元気な声だったが、３号はまだ心配そうだった。
「でも、他の所はみんなバードマンなんでしょ？　それに、この分じゃ、１号に超能力なんて出っこないわよ」
「パーマンもバードマンも関係無いよ。何せ実戦なんて、ここ数１０年無かったからな。それに、シュミレーターだってやらせたんだ、心配する事は無いよ」
「ふぅん……」
　そう呟きながらレーダーを見た３号は、ふと気付いたという様な声を上げた。
「あっ！　すぐ近くに、三隻の敵が迫ってるわ！」
　その声に釣られて、ひょいと顔を上げたアルマイトの肉眼でもハッキリ捕らえられる距離に、それらはあった。勿論、今まで見た事の無い形だ。
「馬鹿！　レーダーで見なくったって、一目瞭然だ！」
　アルマイトはそう叫びながら、丁度飛んで来たビームを避けた。
　５人の戦闘は、この３隻にダメージを与える事から始まった。かなり手こずったものの、４２星区艇は、他星区艇の協力を受けて、それに成功する事が出来た。しかし、その後は、みるみる内に数隻を撃破し、波に乗って来たのが、ありありと分かった。
　（こりゃ、行けるぞ）
　アルマイトは、秘かに心の中で思った。
　そしてその頃、司令船の中でも、隊長が戦線の状況を同じ様に思っていた。
　しかし、それは２人の思い違いだった。トラブルメーカーはまだ、その本領を発揮していなかったのだ。

　パール星、軍本部コンピューター室。通信員が攻撃隊からの通信を読み上げている。
「ええと、『敵は我々の攻撃に頑として抵抗し、損害もかなり出ている模様。至急救援頼む』という事です」
「甘ったれるんじゃない！　『そんな事で、いちいちうろたえるな！』と伝えとけ！」
　ガレームンは、かなり苛ついた調子で答えてから、ふとこう思った。
　（フン。相手は機械なのに、つい人間に対する様に言ってしまったわ）
　しかし、ガレームンはこう思いながら、なおも興奮していた。
　（敵は我々の半分のはず……それなのに……。ええい、攻撃隊め、何をグズグズ……）
　そう思った彼の脳裏に、一つひらめいたものがあった。しかし、彼はそれを慌てて否定した。
　（馬鹿な。１号の超能力なんて……。出るはずが無い！）

　しばらく、敵の攻撃は治まっている。それをいい事に１号は、物思いにふけっていた。彼は次第に、『自分が足手まといになっているのではないか？』という感を強めていた。何故なら、彼の撃ったビームはかすりはするが、決して命中はしないのである。さっきなどは、危うく殺られる所だったが、バリヤーによって命拾いした。その時彼は、アルマイトと次の様な会話を交わしたのだ。
「１号！　何ふざけてるんだ、もっと真面目にやれ！」
「そんな事言ったって、ビームが当たらないんだもの！」
「そんな事は無い！　“下手な鉄砲数撃ちゃ当たる”だ。やってみろ！」
　だが、その助言も１号にとっては、どうやら無駄だった様だ。何故なら、それからもビームは一向に命中しなかったからだ。その上、この思考は大いにまずかった。
　この時、４２星区艇の右翼では、秘かにある試みが行われていた。最初にこの目論見に気が付いたのは、やはり、レーダーを見ていた３号だった。この頃までには、流石に彼女も「大変！」の声を上げるのは遠慮していたが、この時ばかりは遠慮もためらいも無く、叫び立てた。
「大変、大変！　右９０度に、敵が集まって来ているわ！」
「大変、大変！」の声に驚いたアルマイトは、不安を感じた。
　（右翼か……。１号の奴、大丈夫かな……？）
　その時だ。３号が「あっ！」と声を上げたのとほぼ同時に、艇は酷い衝撃を受けた。
「バカモン！！　何やってんだ！」
　１号にこう叫んでから、アルマイトは我に返ってこう考えた。
　（今の１号には、あんなに多くの敵を倒す腕は、無い。しかし、窮地に追い詰められれば、ひょっとしたら……）
　その思考は、敵の第２弾によって遮られた。バリヤーは破れ、艇はまた一段と酷い衝撃を受けた。
「ええい、戦闘艇め！」
　アルマイトは、慌てて艇を９０度右転させた。そうしながら、３号に言った。
「今の攻撃で、何処に被害を受けたか調べてくれ」
　いざ敵と面に向かってみて、アルマイトは絶句した。敵は明らかに撃てども当たらぬ１号の射撃を見抜いていたのだ。その証拠に、１０隻程の戦闘艇がより集まって、ここを突破口にしようとしているではないか。
「こんな奴ら、俺が蹴散らしてやる！」
　アルマイトは、かなり興奮していた。だが、これは無理もない。自分の艇をターゲットにしたのは、根本的に間違っていたのだと、アルマイトは彼等に思い知らせたかった。つまり、こういう事だ。
「こっちには、この俺が居るんだからな！！」
　確かにそれは“的撃ち”の名に恥じぬものだった。かなりの敵がダメージを受けて、その勢いはかなり弱まった。
　その頃、ようやくダメージ箇所を捜し当てた３号がアルマイトに呼びかけた。
「ダメージ箇所が分かったわ。ワープのエネルギータンクよ」
　アルマイトは舌打ちすると、呟いた。
「チェッ。どうも、まずいなぁ……」
　すると、その声を見計らった様に、司令官の通信が入った。
「先発隊の諸君に告ぐ。敵が３分の２程、第１非常線を突破したので、第２非常線に移動する。繰り返す……」
「やれやれ、早速ご用命か」
「ご用命？」
　アルマイトのぼやきを３号が不思議そうに繰り返した。アルマイトが答えた。
「今の通信、聞いたろ？　第二非常線へ行くには、ワープしなくちゃならないじゃないか」
「それじゃ、合流出来ないじゃない」
「分からん。ともかく……」
　そこまでアルマイトが言いかけた時だ。いきなり、４号の声が飛び込んで来た。
「バードマン、何しとろるんや？！　みんなどんどんワープ始めとるで！」
「わ、分かった」
　そう言いながら外を見たアルマイトの目に写ったのは、いくつかの光がこっちへ向かって飛んで来る姿だった。危機は、まだ、去っていなかったのだ。
　（全くもう、急がしいったらありゃしない）
　そのビームを避けながら、アルマイトはワープ始動装置をセットしていた。だが、やはり正常にエネルギーが溜らない。その内にも、敵の攻撃は激しくなって来る。
　（ええい、もうやけくそだ。行ける所まで行ってやれ！）
　シートベルトを締めて、半分程しか溜ってない事を指すエネルギータンクの目盛りを見ながら、アルマイトは、ワープ始動のスイッチを押した。
　まさに、間一髪だった。その直後、敵の大部分は、４２星区艇に当たるはずだった味方のビームをまともにくらったのだった。

　ワープは成功したらしい。何故なら次の瞬間、４２星区艇は、数光年程離れた所に現れたからだ。但し、問題はその場所だった。周りに浮いている船の姿を見ながら、アルマイトはこう言いかけて、絶句した。
「やれやれ、どうやら仲間の所に……。ゲッ！」
　５人は自分の目を疑った。４２星区艇が飛び込んだ所は何と、敵のど真ん中だったのだ。慌ててバリヤーを張りながら、アルマイトは３号に声をかけた。
「３号、シートベルトを外せ。１号の所にテレポートさせる」
「分かったわ。……あっ！」
　シートベルトを外した瞬間、３号は床に投げ出された。どうやら、向こうも異物が飛び込んで来た事に気が付いたらしい。
　（畜生、バリヤーが不完全な内に……）
　だが、ここで愚痴ってる暇は無かった。アルマイトは慌てて３号をテレポートさせると、ビーム発射台を握った。

　それから数分後。右翼では、１号が主導権を完全に３号に握られていた。
「ほら、こんなに当たるじゃない！　１号、あなた今まで、何やってたの？！」
　しかし、１号は完全に腐りきって、返す言葉も無かった。無理もない。四方八方に居る敵に何とかダメージを与えようと、みんな一生懸命にやっている。それなのに、自分は何の役にも立たないのだから。
　（あ〜あ。あんなペンダントなんか、受け取らなきゃ良かったなぁ……）
　１号は、ポツリと心の中で呟いた。

　所変わって、ここは、第２非常線。隊長は、遥か彼方に交錯する光を見ながら言った。
「あの光は……。それより、集合状況はどうだ？」
　１人のバードマンが答えた。
「はい、完全に……。いや、（コンピューターを覗き込んで）１隻、行方不明の模様です」
「その１隻とは？」
「４２星区艇です」
「急いで探させろ！」
　こう言ってから隊長は、光を見ながら呟いた。
「どうも、嫌な予感がする……」

　いくら４人が奮戦しているとは言っても、所詮かないっこ無いのは目に見えている。バリヤーが無ければ、とっくの昔に、４２星区艇は蜂の巣になっていただろう。しかし、その時は刻一刻と近付いていた。そして、それを予告する様な３号の声が響いた。
「弾が、切れちゃったわ！」
　その声を聞いたアルマイトは、「ついに来たか」という様な顔をすると、いくつかのボタンを押した。
　数秒後、４人の姿が、椅子と共に現れた。アルマイトは、彼等に向かって言った。
「行くんだ！」
「何処へ？」
　４人の声が、いっせいに返って来た。アルマイトは
何も言わずに身を翻してドアへ向かった。４人は、慌ててその後を追った。

　５人がたどり着いたのは、船底の、パーマン達が見なかった部屋だった。そこには、アルマイトがいつも乗っているパトロール艇よりは少し大きめで、形も違う２隻の乗り物が置いてあった。
　アルマイトは、こう説明した。
「緊急脱出艇だ。定員は３人だから、悠々だな」
　１号が尋ねた。
「で、どんな風に分けるの？」
　アルマイトは、その１号を引き寄せて、言った。
「こうだ」
　これを見た３号は、傍らの４号に言った。
「あの２人は、史上最悪のコンビになりそうな気がするわ」
　だが、そんな無駄口を叩いている暇は無かった。アルマイトの方は、もう１号と一緒に脱出艇に乗り込んでいる。３人も慌てて、もう一つに乗り込んだ。それを待っていたかの様に、アルマイトが話しかけて来た。
「操縦は、私の宇宙船と同じだ。４号が経験者だから、大丈夫だろう」
　この言葉を聞くと、４号は呟いた。
「立体映像（＊１）動かしたからって、宇宙船が動かせるとは限らん」
　だが、４号の呟きにはおかまい無しに、アルマイトの話は続く。
「今、ハッチを開かせている。まだバリヤーは無事だが……。右手のワープエネルギー充填のボタンを押しておけ」
「あ、これね」
　３号が、ボタンを押した。アルマイトは、更に話を続けた。
「いいか。そのエネルギーの目盛りが最高に達したら、左のレバーを前に倒して、すぐ飛び出せる状態にしておくんだ。これからやる作戦は、タイミングを間違うと大変な事になるから、十分注意するように」
　そこで、レバーを倒す音がした。４号も、慌てて、目盛りを見て、レバーを倒した。
「ワープは、バリヤー内じゃ出来ない。しかし、モタモタしてたんじゃ、即お陀仏だ。じゃどうするかっていうと、つまり、バリヤーが破られる瞬間、我々は外へ飛び出す。外に出たらすぐ、ワープスイッチを入れる。そうそう、光年目盛りは３、方向は右９０度だ。シートベルトはちゃんと締めてるだろうな？」
　４号は、目盛りのダイヤルを回した。
　彼の声は、まるでこんな事を何度も経験した事のある人の様に、落着き払っていた。慌ててシートベルトを締めながら、３号が尋ねた。
「ねぇ、バードマン。今までに、こんな事をやった事があるの？」
　前と全く変わり無いアルマイトの声が返って来た。
「ある。成功率１００％だ」
　４人の心に、希望の灯がともった。しかし、次の一言は、その灯を容赦無く吹き消してしまった。
「ただし、シュミレーションでだ」
　だが、ここで落ち込んでいる暇はなかった。その時、艇内に衝撃が走った。ハッチは半開きになっている。
「行くぞ！」
「はい！」
　２隻の脱出艇は、ハッチ目がけて飛び出した。
　周りの船団は、船底から２隻の艇が飛び出して来たのを見た。しかし、気付いた時は既に時遅く、その姿は、彼等の視界から消えていた。

　こちらは、本部司令船。４２星区艇の捜索の為に、ケネスが呼び出されていた。
「ケネス君、どうだ？」
　ずっと目を閉じていたケネスは、その言葉で初めて目を開けて、隊長を見た。そして言った。
「隊長。４２星区艇は、約２．５光年前方に、残骸となって漂っています」
「それで、５人の行方は？」
「分かりません」
「捜索を続けてくれたまえ」
　重々しい声で、隊長は言った。しかし、その声には、何処となく悲痛な響きがあった。

　あのすさまじい戦いの場所から、ほんのわずか離れただけなのに、宇宙は何事も無かった様に静まり返っている。しかし、その宇宙に変動が起こった。空間が揺らぎ、色が変わった。そして、それが消えるとそこ
には、１隻の緊急脱出艇が浮いていた。
「静かだな、宇宙は」
　アルマイトは、ポツリと言った。しかし、このセンチな言葉は、次の１号のけたたましい声によって、かき消されてしまった。
「ちょっと、バードマン。もう１つは何処？！」
「もう１つ？」
　アルマイトは、夢から覚めた人という様に、ハッとして外を見た。しかし、何処にも連れの姿は見あたらなかった。彼は叫んだ。
「こりゃ、大変だ！　どうやら、ワープの途中ではぐれてしまったらしいぞ！」
「それじゃ、探しに戻ろうよ」
「バーカ。何処へ流れて行ったか分からないのに、探しようが無いじゃないか」
「それじゃ、向こうはどうなるの？」
「なぁに、あん中には、マニュアルだって入ってるし、こっちへワープするか、ＳＯＳを発信するかして、何とかするだろうよ」
　（楽天家も、ここまで来れば、表彰物だ）
　１号はそう思いながら、何気なくワープ装置の目盛りを見ていたが、ふと、ある事に気付いて、思わず心の中で、（ヘコ！）と叫んだ。そして、慌てて言った。
「ちょっと待って！　はぐれたのは、向こうじゃなくて、僕達だよ。ほら見て。光年目盛りが、３光年じゃなくて、３０光年を指してるよ！」
「何だって？！」
　半信半疑で目盛りを見たアルマイトは、呆然となった。そしてからすぐ、１号の方に顔を向けて、説教を始めた。
「駄目じゃないか。いつも言ってるだろ？　勝手に機械をいじくるなって」
「ち、違うよ。そうじゃなくて……」
　１号の声が吃った。
「そうじゃなくて、何だというんだ？」
　アルマイトの顔が、ずいと迫った。
「そうじゃなくて、バードマンが……」
「私が？」
「バードマンがやったんだよ！」
　するとアルマイトは、何度も目盛りを見つめると、突然、あの笑い声を艇内中に響かせた。
「アッハハハハ……。何だ、そう言う事だったのか。済まん、済まん」
「あのねぇ、『済まん』で済むなら……」
「警察は要らない」と、言おうとして、１号は言葉を引っ込めた。バードマン（バード星特別警察隊）に言ったって仕様が無いのである。
「それじゃ、改めてワープしますか」
　アルマイトはそう言いながら、目盛りに手を掛けた。その時だ。不意に、目の前の空間が揺れた。いや、それは前だけではなく、四方八方に揺れ動く物が現れた。
そして、それは瞬く間に、あの嫌と言う程見せつけられて来た姿を形作った。
「「し、しつこい奴ら……」」
　もう、驚く気力も無い二人の声がデュエットした。
「と、とにかく、何とかしなきゃ……」
　慌てるアルマイトの手が、バリヤーのボタンを押した。その判断の正しさを証明するかのように、一斉にビームが飛んで来た。大部分は避けられたものの、いくつかのビームはバリヤーを破り、脱出艇をかすめた。
「何でこんなに、しつこいんだよ！」
　このシャワーを受けて、完全に怒ったアルマイトは、３度目の合戦に飛び込んだ。そして、何とか突破口を見つけようとしたのだ。勿論、２人は圧倒的に不利だったが、やがて、その戦列に隙間が開いた。
「今だ！」
　その時を逃さず、脱出艇は囲みの外に踊り出た。そしてそのまま、最高速度で突っ走り始めた。
「ねぇ。向こうも、もしかしたら、僕がペンダントを持っている事を知っているんじゃない？　そうしじなかったら、何故こんなにしつこく追って来るのか、分からないよ」
　１号が、アルマイトに話しかけた。
「確かに、そうとしか考えられないな」
　１号の問いに諾いたアルマイトだが、いきなり、叫び声を上げた。
「や、あそこに見えるのは、惑星じゃないか！　助かったぞ！」
　１号は慌てて前方を見た。今、脱出艇が、そっちの方へ方向を変えたので、鈍い空色に光る惑星が、ハッキリ見えた。
「だが問題は、そこまでこいつが、持つかどうかだな。ワープ分のエネルギーも、もう無いしな」
　アルマイトは、皮肉そうに呟いた。何故なら、その姿は一瞬にいて、敵の船体に隠されてしまったからだ。
「もう僕等、おしまいだよ！」
　１号が、思わず声を上げた。
　その時、窓の外に金色の光が走った。それは、船体に強い衝撃と爆発音を与えて消えた。
「鷲が、小雀相手に、向きになっちゃって。なぁ、１号？」
　半ば自棄気味に言いながら、アルマイトは傍らの１号を見た。彼は、今の衝撃で気を失いかけているらしく、目を閉じて、グッタリとなっていた。
　（このままの方が、いいな）
　アルマイトは、心の中で呟いた。
　次に上方から、（今の一撃で、船体は反り返ったので、丸見えだったのだ）一筋の軟らかい光が射して来た。
「キネトスポット（＊２）か……。いや。何だ、これは？！」
　その時、アルマイトの目の中で、星空が流れた。