８，　手探りの思いやり

　それから、どれ位時間が過ぎただろうか？　１号は、とある鍾乳洞の中に倒れていた。とは言っても、彼の意識は徐々に回復しつつあった。その証拠に、その手が少し動いた。次の瞬間、彼のまぶたが上がった。
　１号は、乳白色の石筍を見た。その時、何故だかは分からないが、とっさにこんな思いが彼の脳裏をよぎった。
　（ここは、鍾乳洞なんだ）
　１号は身を起こして、反射的にアルマイトの姿を探した。が、何処にも見あたらない。
　（おかしいな……。僕だけどうして、こんな所に……）
　１号は、心の中で呟いて、立ち上がった。そして、鍾乳洞の中を少し歩いてみた。しばらくして彼は、元の場所に戻ると、腰を下ろした。そして、また考え込んだ。
　（僕、どうやら助かったみたいだ……。でも、どうやって助かったんだろう……？　あの手から、滑り落ちたのかな……？　でも、それだけで諦めちゃうなんて、パール星人も以外と諦めが早いんだな……。それよりも、バードマン、あれからどうなったんだろう……？　もしかしたら、僕の代わりに、パール星人に捕まっちゃったのかも知れないな……。でも、あの一発で向こうは、バードマンが死んだと思ったんじゃないか……？　う〜ん、ますます分かんなくなっちゃった……。それにしても、ここは寒いなぁ……。空気の方には慣れて来たのに、今度は温度かぁ……）
　１号は、石筍に身を寄せた。

　パール星、コンピューター室……。
「総司令官、通信によりますと、攻撃隊は３分の２程がダメージを受け、隊が保てない状態だという事であります」
「『敵攻撃隊』の間違いではないか？」
　隊員の報告に、ガレームンは不満そうに言った。隊員が答えた。
「いえ。３回読み返しました」
　ガレームンは、苦い顔をした。
　（出直した方が、良さそうだな）
　ガレームンは、心の中で呟くと、隊員に言った。
「一時退却だ！　攻撃隊を戻らせろ！」
「それから、もう一つ、通信が届いておりますけど……」
　ためらうような調子で、隊員が言った。
「１号達の脱出艇を追って行った戦闘艇からの通信ですが……」
「早く言え」
　ガレームンは、かなり不機嫌そうだ。
「それが、１号はテレポートして、逃げ延びたそうです。これから、どういたしましょう」
「ウム……」
　ガレームンは、しばらく考えていたが、やがて顔を上げると、こう命令した。
「捕獲隊を編成して、その惑星に向かわせろ。そして、必ず１号を虜にして来るのだ！」

「駄目だ、やっぱり……」
　１号は、落ち込んだような声で、呟いた。今まで彼は（もしかしたら）と思って、もう１度パーマンセットの能力を試していたのだった。だが、やはりそれは無くなっていた。
「僕、これから一体どうすれば……」
　１号がここまで言いかけた時だった。うつ向いていた彼の視線が、例のポーチを捉えた。
「そうだ！　これが有ったんだ！」
　１号はベルトを外すと、ポーチを開いた。そして、中身を取り出して、床に並べた。しかし、彼がどのような目的に使うものか分かったのは、その内の２・３個だった。後は、雑多な塊となって、彼の目の前に転がっていた。
　１号は、また深い溜め息をついた。その時である。
　右手の方から、微かながら、足音のようなものが聞こえて来た。どうやらそれは、次第にこっちへ近付いて来るようだ。
　（もしかしたら、パール星人かも知れない……。それにしては音が小さいなぁ……）
　１号は、こう思いながら、ポーチから取り出した物をしまおうとした。だが、かき集める時に、慌てた１号は、いくつかの物を落としたので、それらは床に当たって大きな音を立てた。彼は、ビクッとした。しかし、ここでたじろいではおしまいだ。１号は、震える手を急がせていた。その背中で不意に、声がした。
「ワンダイン、パル？　《訳：１号か？》」
　振り返った１号の心中をここで説明するのは難しい。何故なら、彼の瞳の中に飛び込んで来た姿は、アルマイトその人だったからだ。
「バードマン？！」
　１号の叫び声は、こだまとなって、鍾乳洞の壁中に響き渡った。
「ワンダイン、サカシブカナニアンゾ！　《訳：１号、心配したんだぞ！》」
　しかし、駆け寄ったアルマイトが発したのは、こんな声だった。
「は？」
　１号は他人からみれば、ほとんど腑抜け同然のような顔で、問い返した。
「セル、ハバイブル？　《訳：一体、どうしたんだ？》」
　（この時には、もう１号の側まで来ていた）アルマイトは、１号の肩に手をかけて、何事かを尋ねたらしかったが、１号には通じるよしもない。
「バードマン！　一体、何言ってんの？！　全然、分かんないよ？！」
　今度は、１号の抗議を聞いたアルマイトが、腑抜けの表情になる番だった。しかし、彼は、ただ腑抜けになるだけではなかった。アルマイトは、どうやらこの非常事態の原因を突き止めたらしく、
「カナップ！　《訳：そうか！》」
と叫んだのだ。
「どうしたの？」
　１号の問いにアルマイトは、彼の顔を挟んで、自分の方に向けさせた。
　そして「良く見ろよ？」とでも言うような身振りをすると、自分のマスクの耳当ての右を触った。次に、かぶりを振って、両手をクロスした。
「それで？」
　１号がワクワクしながら見ていると、次にアルマイトは、ペコリと頭を下げた。
「ヘコ！」
　１号は、ズッコケた。
「アーバラ……　《訳：やれやれ……》」
　アルマイトは、かなり落ち込んだ様だった。だが、やがて気を取り直したらしく、
「ミラー、カラハルメヨカロメス　《訳：それじゃ、もう一度やるぞ》」
と言って、手を上げた。が、その時、
「わ、分かった！」
　１号がまたもや、すっとんきょうな声を上げた。
「分かったよ！　マスクの力が無くなっちゃったから、翻訳機の機能も無くなって、僕等の言葉が通じなくなっちゃったんだ。ね、そうでしょう？！」
　アルマイトは、（どうやら言いたかった事が伝わったらしい）と考えたらしく、その言葉に諾いた。
「ここへ座れば？」
　１号は自分の傍らを指さした。アルマイトはそこに腰を下ろした。
　積もる話はあるのだが、話せないというのは辛い。
だが、しばらくすると二人はジェスチャーで何とか話を出来るようになった。
　（これからの会話は、ある程度ジェスチャーを思い浮かべて読んで下さい）
「サーム、ピラミッド・ペンダント、ハン？　《訳：所で、ピラミッド・ペンダントは？》」
「あ、これね。ちゃんと持ってるよ」
　上着の中から、１号はピラミッド・ペンダントを取り出した。アルマイトは、それを手に取りながら、
「ア、ケサラヨル。ルッフ、ルッフ　《訳：あ、無傷だな。良かった、良かった》」
と言った。
「それより、僕、お腹すいちゃった。喉も乾いたし……。ねぇ、このポーチの中に、何か入ってない？」
「ハム、ムガルラナメルラ　《訳：ちょっと待ってろ、今出すから》」
　アルマイトは、ポーチの中から、二つのコップと、三色の錠剤の入った小瓶を取り出した。そして、
「アガン、オリーナレション、ミドルフル　《訳：地下水脈が、近くに有るかどうか、探してくる》」
と言ったかと思うと、立ち上がって、鍾乳洞の奥へと入って行った。
　やがて帰って来た彼は、空のコップを見せると、かぶりを振った。そして、コップを下に置くと、ポーチを取り上げて、中から一つのケースを取り出し、その中から、バラバラの部品を取り出して、組み立て始めた。
「バードマン、何、それ？」
「ハム、ムガル　《訳：ちょっと待ってろ》」
　アルマイトは、そんな１号を制すと、組立を続けた。やがて、その機械は組み立て上がったらしく、アルマイトはその機械の下にさっきのコップを置いた。
　１号は、息を飲んでこの一連の動きを見守っていた。
　（もしかしたら……）
　やがて、コップの上にある注ぎ口のような所から、最初はポトリポトリと、そして一筋の糸となり、遂には注ぎ口から、溢れ出さんばかりの流れになって、水が落ちて来た。
「やった！やった！」
　１号が、思わず叫んだ。
　しばらくすると、アルマイトはコップ八分目位に溜った水を１号に差し出した。受け取った彼は、半分位飲むと、上目使いにアルマイトを見た。そして、アルマイトにコップを差し出した。彼はかぶりを振ると、水が溜りかけているもう一つのコップを指した。そこで１号は、残りを一気に飲み干した。
　その間にアルマイトは、小瓶の中の錠剤を手袋を外した手に開けていた。
　色は、赤・白・黄の三色で、それを二個ずつ出した。そして、それらの色の中から一つずつより分けると、それらは小瓶の蓋に置き、残った三つを溜ったコップの水と一緒に飲み下した。
「なぁに、それ？　何かの薬？」
　１号が尋ねると、アルマイトは手を腹部に当て、オーバーな位に孤を描きながら言った。
「ムールノ、ハラゲルンッソ　《訳：こいつは、非常食なんだよ》」
　それを見た１号は、意味は分かったが、信じられないという風に、
「エーッ、これが食べ物！」
と叫んだが、アルマイトが慌ててその口を抑えた。そして、なだめる様に言った。
「ハラルウヌスレム、ハラゴムリャヨ　《訳：いいじゃないか、腹いっぱいになれば》」
　次いでアルマイトは、さっき取り分けて置いた錠剤を、自分が飲み残した水と一緒にして、１号に渡した。二人の手が触れ合った、その時だ。
　｛あ〜あ、こんな物食べたって、お腹いっぱいになるのかな……？｝
　まるで電光の様に、アルマイトの脳裏に声は響いて消えた。
　（ま、まさか！）
　アルマイトは、１号の手をギュッと掴んだ。そして、全精神を振り絞って、こう尋ねた。
　｛今、お前、何か思わなかったか？｝

　それから彼は１号の顔をじっと見た。
　すると、一瞬１号の顔に驚愕の表情が現れた。しかし、それがアルマイトの声が伝わったからなのか、いきなり手を掴まれたからなのかは分からなかった。が、次の瞬間、アルマイトは初めの推測が正しかった事を確信した。
　何故なら、さっきよりは、かなり微かだったが、またもや声が響いて来たからだ。
　｛バードマンのテレパシー……。一体、何が言いたいの？｝
　（もう、間違い無い。あれは……）
　そこまで思いかけて、アルマイトは慌てて手を離した。１号を無闇に動揺させてはまずいと思ったからだ。そしてからまた、思考を続けた。
　（機械の力を借りられないんじゃ、私の超能力もわずかしか動かないはず。現に、さっきテレポートだって出来なかったじゃないか。という事はつまり、１号の思いが伝わったのは、彼の超能力によるものなんだ。でも、まだあいつはそれに気付いていない）
　ここまで考えて、アルマイトはハッとした。不意に一つの考えが、彼の脳裏に浮かんだのだ。
　（そうか！あれは奇跡でもなんでもない、１号の超能力だったんだ！）
　その時、肩を叩かれたので、彼の思考は中断してしまった。振り向いてみると、１号がコップを差し出していた。
「ア、イルムロナム　《訳：あ、飲み終ったのか》」
　アルマイトは虚ろに言うと、コップ下に置いた。それが済むと、彼は１号の手を握った。彼は、「待ってました」と言わんばかりに、
　｛バードマン、さっきは一体、何だったの？｝
と伝えて来た。アルマイトは慌ててこう伝えた。
　｛あ、いや。何でもない｝
　｛でも、酷いよ。テレパシー使えるんじゃん｝
　｛いや、さっきは上手く行かなかったんだよ｝
　｛そうそう。それから、さっきから聞きたかったんだけれど、バードマンはどうして、ここまでやって来れたの？　それに僕、どうしてここにいるの？｝
　アルマイトは、少し考え込みながら、伝え始めた。
　｛あの攻撃の時に、私は爆風によって岩に体を叩き付けられて気を失っていたんだ。しばらくして、まぶしい光がパッときらめいたような気がして、ふと目を開けてみると、上空でもの凄い音がしたから、私はまた慌てて目を閉じたんだ。それから、戦闘機が総て飛び去ってしまうまで、ずっとそのままでいたんだ。そしてから、素早く岩の影に開いていた穴に飛び込んだんだ。そこから、ともかく歩いて行こうと思って歩いて行ったら、お前に運良く会えたんだ。どうしてお前がここに居たかなんて、私にも分からないさ｝
　｛ふぅん（＊１）｝
　こんな調子で、話はしばらく続いたが、やがて１号があくびを１つすると、
　｛あ〜あ、何だか眠くなっちゃった｝
と伝えた。アルマイトは、それに答えてこう伝えた。
　｛待ってろ。今、寝られる様にしてやるからな｝
　アルマイトは１号の手を離すと、ポーチを手に取った。そしてその中から、小さなパーマンセットに似た塊を取り出した。そして、指で揉む様にすると、それは細長くなって、彼の手からはみ出す程の大きさになった。
　アルマイトはそれを下に置くと、もう一つ同じ物を作って下に置いた。そうしてから、ポーチを１号に渡した。
　（どうやら、この中で寝るらしい）
　１号はそう思いながら、ポーチを腰に付けた。アルマイトが、また彼の手を握った。
　｛この寝袋の中に寝るんだ。やり方は、まぁ、やってみれば分かるさ。あ、マントは取っておくんだな。中は狭いから｝
　｛マスクはいいの？｝
　１号がこう尋ねると、アルマイトは複雑な顔で、
　｛それには、及ばん｝
と伝えた。
　やり方は、確かに教わるまでも無かった。１号は、マントを取ってから寝袋の中に潜り込むと、
「おやすみなさい」
と言った。そして、アルマイトを見つめた。彼はさっきの狙撃で開いた穴を見つめていた。
　その空は、ようやく濃紺色になりかけていた。高緯度なのか、自転周期が違うのか、ともかく、このおかげで灯りは要らなかったのだ。
「バードマン、まだ寝ないの？」
　こう呼びかけられて、やっと我に返ったアルマイトは、慌ててこう言った。
「ア、ムルカウシ　《訳：あ、おやすみ》」
　（バードマン、一体、何考えてるんだろう？）
　そう思いながら、１号は眠りに落ちて行った。

　やがて、１号の安らかな寝息が聞こえて来るのを確かめたアルマイトは、自分がやって来た方向へ向かって歩き出した。しばらく行くと、彼は立ち止まった。その天井には、大きな穴が開いており、なおも都合良い事に、その側には石筍の群衆が有った。アルマイトはそれらを上手く利用して、地上に上がった。
　元より、危険は承知だ。アルマイトは、四方を見回してみた。脱出艇の残骸が見えやしないかと思ったのだ。しかし、ただ草が風にそよぐだけである。地平線には、もう、夕闇が訪れており、空にはいくつかの星が瞬いていた。
　（本当に、俺は、あの宇宙を飛んでいたんだろうか……？）
　アルマイトは、地下で眠っている１号の事を想っていた。彼はまだ、自分の体内に変化が生じた事を知らない……。
　知らず知らずの内に、アルマイトの片膝は草を押しつぶしていた。片手は、胸に押し当てられていた。
　（アルバ様、どうか私に１号を守り抜く力をお与え下さい……）
　彼の心に、新たに生まれた慈しみの感情は、この宇宙でおそらくただ一人“彼”を見つめているであろうお方に、彼を一歩近付けさせたのだった。