１０，　俺もお前も雑魚同士

　朝が来た。カルストの穴から、光の束がいくつかのスポットライトになって射し込んでいた。その内の１つが、眠っている二人の所に射していた。
　その内に、１号の方に動きが起こった。彼は、寝袋の中から体を出して、伸びを１つした。そして、ふと脇を見た彼は、まだ眠っているアルマイトを見つけて、心の中でこう呟いた。
　（バードマンって、以外と朝寝坊なんだな）
　勿論１号には、昨夜のアルマイトの行動は分かるよしもない。
　１号は、アルマイトの体をゆすぶった。
「バードマン。起きて、起きてったら」
　アルマイトはそうされても、なかなか目を覚まさなかった。それから、ようやっと寝袋から体を出した。
　｛ねぇ、早く朝ご飯食べようよ｝
　１号に伝えられたアルマイトは、
　｛あれは朝ご飯と言うより、朝錠剤だな｝
と苦笑しながら、小瓶を出した。
　三色の錠剤と水を飲み干すと、食事はあっさり済んだ。二人は、少しずつずれて行く光の中で、軽く手をつないで互いの思いを伝え合った。あの時には途切れ途切れであったが、今では、ハッキリと声が響いて来た。
　｛ねぇ、やっぱりみんなと連絡取れないの？｝
　｛取れたら、何も苦労しやしないよ｝
　｛でも、パール星人は、僕らが死んじゃったと思ってるんでしょ？｝
　｛さぁな｝
　｛さぁなって……？｝
　｛奴等の科学力は未知数だ。もしかしたら、今頃はテレポートの後をつけて我々の生死を確かめてるかも知れないからな。ところで……｝
　｛え？｝
　｛お前、何故、こうやって会話が出来るか、分かるか？｝
　｛馬鹿にしないでよ。テレパシーじゃない｝
　｛いや、そうじゃなくて。どうしてテレパシーが使えるかって事さ｝
　｛それは勿論、バードマンが超能力を使えるからでしょ？｝
　｛いや。今の私は、超能力が使えない｝
　｛えっ？！　まさか？！｝
　｛私の超能力は、機械が無きゃ、働かない。つまり……｝
　｛それじゃ、僕が……｝
　１号は、かなりうろたえている様だ。
　｛その通り。だから、これからお前の超能力はどの位発達しているのか、それを調べたいんだが……｝
　｛あ、それ面白そう｝
　いささか浮かれ気分の１号をアルマイトが制した。
　｛面白半分で、やって貰いたく無いんだよ。もしかしたら、テレパシーで連絡が取れるかも知れないんだから｝
　｛ともかく、早くやろうよ｝
　｛分かった｝
　二人の手が離れた。

　二人はそれから、五つの基本超能力を総て試してみた。しかし、テレパシー以外には、目立った所は無かった。その結論として、アルマイトはこう言う言葉を引き出した。
　｛１号の超能力は、危機に陥った時に無意識に発揮される。今、テレパシーが働くのは、二人の間に言葉が通じ無くなっているからだ｝
　しかし、その後でアルマイトは、こうも思った。
　｛という事は、まだ可能性が残されているという事だ｝
　アルマイトは、その言葉を１号に伝えると、カルストの穴を見つめた。光がほぼ真下に射し込んでいた。

　パール星、対話室にて……。
「大いなる母、奴等の居所を突き止めました。ただ、今、捕獲隊が現場に急行中です」
「ガレームン、彼等を連れて来たら、即、検査をしなさい」
「分かっております、大いなる母」

　二人が昼食を食べ終って、間もない頃だ。不意に、穴からの光が影った。
　（雲、か？）
　上を見上げた二人の耳に、異様な音が入って来た。彼等は不安と期待の入り交じった表情で顔を見合わせた。
　｛大丈夫だよね？｝
　｛ああ｝
　１号の震えが、アルマイトに伝わって来た。
　しかし、もう片方の手でアルマイトは銃を握り締めた。ああ伝えたものの、やっぱり不吉な予感がしたのだ。
　（予知能力が、出て来たのかな？）
　あの日、隊長室を立ち去り際に行った言葉を思い出しながら、アルマイトは苦笑した。

　コンピューターがしきりに文字を打ち出している。それを隊員がガレームンに読み上げている。
「ガル−３５が生物反応をキャッチしました。カルストの北部です。ただ今反応地帯に急行中です」
「よし、分かった。対話室に通信をセットしろ」
　隊員に命令してから、ガレームンは呟いた。
「大いなる母、今度こそ奴等を捉えて参ります」

　戦闘機の影が、また頭上を通過した。しかも今度は数が多い。
　｛もしかして、ここが見つかったんじゃ……｝
　２人のテレパシーが、ほぼ同時にぶつかった。２人はハッとして顔を見合わせた。
　｛でもこっちには、１号、お前の超能力がある。いざとなったら、テレポーテーションで逃げればいいんだ｝
　｛そういえば、そうだっけ。……あれ？｝
　１号の目が、アルマイトの握り締めている銃に止まった。
　｛その銃、変身銃と違うね。何？｝
　｛あ、これはただのレーザーガンさ。変身銃じゃ、物はぶち抜けないからな｝
　この会話で、二人はまた、気が楽になった。

　パール星コンピューター室……。
「捕獲隊は、奴等の隠れているカルストの近くに集結を完了しました。総司令官の指示をお願いします」
　ガレームンは諾くと、通信機を取り上げた。
「全隊員に告ぐ。兼ねての通り、作戦を実施する。総員、即、行動を開始せよ！」

　戦闘機の影が通り過ぎてから、恐ろしい沈黙の時間がやって来た。
　しかし、その中に微かな物音がする。それが、自分の心臓の音だと気付くまで、１号にはしばらくの時間がかかった。彼は、闇の中に深い溜め息をついた……。
　その時だ。１号の脳裏を何かがよぎった。それが何かは彼には分からなかったが、
　（何か恐ろしい物、不安を呼び起こす物が、こっちへやって来る）
そんな感じがした。
　彼がそう思ったのとほぼ同時に、アルマイトが１号の手を離した。そして、音を立てずに立ち上がった。その手が、銃を構えていた。１号は慌てて立ち上がると、アルマイトのマントの端を掴んだ。彼も自分と同じ物を感じたのだろうか？　だが、１号には問いかける勇気がなかった。
　次の瞬間、鍾乳洞の中を一筋の光が貫いた。明らかに、外からの光ではない。その光は揺らめき、壁のあちこちを照らそうとしている様だった。
　二人の前には、一本の石筍があった。それが二人の姿を丁度隠す様な格好になっているのだ。だが、あの光りの照らし主がここまでやって来たら、どうしようもない。
　１号は後ろを振り返った。幸いにもそちらからは光は射してこなかった。しかし、前方からは、ザクッ、ザクッというような音がこだまとなって響いて来ていた。どうやら向こうはかなりの数らしい。光は、もう二人の隠れている石筍の側を照らし出している。１号はピラミッド・ペンダントを服の上から握り締めた。その時だ。アルマイトの銃から光が発射された。それは向こうの持っていたライトに当たったらしく、ガチャンという音が壁にこだまし、光が消えた。もの凄い声が沸き起こった。
　｛今だ、テレポートしろ！！｝
　痛い程に手を握られた１号は、慌てて念じた。しかし、ちっともテレポートなんかしない。その反対に、二人の存在に気付いた捕獲隊は、早くも別のライトを点け、二人の周りを取り囲んでいた。
「その銃を捨てて、手を上げるんだ」
　先頭に立っていた男が、ハッキリとした日本語でこう言った。１号はビックリして、傍らのアルマイトを見た。彼は、その言葉が分からないらしく、呆然としていた。そこで１号は相手が何を言っているのか、伝えようとした。だが、アルマイトはますます不思議な表情をした。１号は思わず心の中で叫んだ。
　（テレパシーが通じない？！）
「あんまり手荒な事はしないように、というのが総司令官の命令だったが、分からないのなら、行動で示すより他無いな」
　そうこうしている内に、二人を取り巻く輪が少しずつちぢまって来た。
　一方、呆然としていたアルマイトだったが、それを見るとハッと我に返った。そして、とっさに一切を了解すると、心の中で叫んだ。
　（こうなりゃ、やるっきゃない！）
　一度決意すると（負けるもんか。俺は“的撃ち”のアルマイトだ）という闘志がムラムラと彼の心に沸き上がって来た。彼は目にも止まらぬ速さで銃を構えて、パール星人達の手元目がけて連射した。
　今度は向こうが呆然とする番だった。銃はあっという間に彼等の手からもぎ取られ、それらは鍾乳洞の床に落ちて、すさまじい音を立てた。しかし、それは二人を取り囲んだ前方だけで、後方は慌てて銃を発射した。無論、アルマイトもそれは予期していた事で、彼は１号の体を抱えるようにして、前に倒れた。そのレーザーをやり過ごすと、アルマイトは近くの石筍の陰に飛び込んだ。そして、銃口をパール星人に向けた……。
　その時だ。アルマイトの目に一つの光景が飛び込んで来た。それは、首筋に銃を突きつけられた１号の姿だった。
　（あの馬鹿。グズグズしてるから、人質なんかに取られやがって……）
　アルマイトは、心の中でぼやいた。
「おい、銃を捨てて、手を上げるんだ」
　さっきの男がまた言った。勿論、言葉は彼には分からないが、仕草で何を言おうとしているかは分かった。アルマイトは、１号を見た。どうも、超能力が出そうな気配は無い。次に、銃のエネルギーカートリッジを見た。それは点滅していた。もうすぐ無くなる印である。
　アルマイトは、石筍の前へ進み出た。その手から、銃が滑り落ちて、虚ろな響きを立てた……。

　パール星、対話室……。
　“大いなる母”が言った。
「ガレームン、ペンダントの分析結果はどうでしたか？」
「はい。ペンダントは確かに奴の作ったものです。間違い有りません。しかし、オーラは見つかりませんでした」
「では、オーラは何処に……」
「残念ながら、１号の体の中です」
「そうですか……」
　“大いなる母”はしばし沈黙した。そして、呟くように言った。
「遂に、私の恐れていた事が起こってしまった……」
「しかし、御安心下さい。奴はまだ、自分の超能力をコントロール出来ません。その力は無意識下に置かなければ、発揮されないのです」
「そうですか……。ところで、もう一人の男は……」
「奴は、ごく普通の人間です。但し、あの制服は取り上げておきました。分析室で、１号の制服と共に分析しております。後、言葉を分析して翻訳機を作っています。後少々で完成するでしょう。そうしたら、彼等とのコンタクトも自由に出来はずです」
「分かりました。仕事を急ピッチで進ませなさい」
「分かりました、大いなる母」

　（手首が、冷たい）
　もうろうとした意識の底から、まずアルマイトが掴んだのはその冷感だった。
　アルマイトはハッと目を覚ました。まず彼は、手首の冷たさの原因を確かめようとした。しかし、手は上に持ち上げられていた。上を見上げたアルマイトは、自分の両手首が手かせにつながれているのを見た。そして、また一つ気付いた事があった。その腕が黒っぽい袖を通していた事だった。アルマイトは、またハッとして体のあちこちを見回した。いつの間にか彼の体は黒い服に包まれていた。足にも黒いブーツを履かされていた。しかも、その服はかなりダブダブしていた。少し考えて、アルマイトはそれがパール星人達の着ていた服とそっくりな事に気が付いた。
　（しまった、謀られた！）
　アルマイトは思わず前に飛び出した。しかし、かせがいやおう無く手首に食い込んで、彼はその痛さに飛び上がった。そこで、アルマイトは少し気を落ち着かせると、考え始めた。
　（ところで、１号の奴はどうしているんだ……。やはりこの中に捕らわれているんだろうか……？畜生、あの時に超能力が働いていれば、こんな目に合う事も無かったのに……）
　アルマイトは部屋を見回してみた。広さは四畳半位だろうか。天井がやけに高い。その上方の一点から、二本の鎖が伸びて、その先のかせがアルマイトの手首を捉えている。足にもかせは、はめられていた。そのお影で、ほとんど身を屈める事が出来なかった。
　（まさか、飯も食べさせて貰えないんじゃないだろうな……）
　アルマイトがそう心の中で呟いた時だった。不意に、外から複数の足音の様なものが聞こえて来た。彼は格子の付いているドアを見つめた。
　案の定、ドアが開いた。その内の一人がミツ夫を引っ立てていた。彼の手にも手錠がかけられていた。
「１号！　お前無事だったんだな！！」
　こう叫んでから、アルマイトは思わず呟いた。
「そうだった。言葉が通じないのに、叫んでもしょうがなかったんだっけ」
　だが次の瞬間、通じるミツ夫の声が返って来た。
「バードマン、そっちこそ無事だったんだね！！」
　そこで二人はハッとした。ミツ夫は驚きと喜びの入り交じった様な声を上げた。
「あれ、言葉が通じるよ？！」
　アルマイトがこれに追い打ちをかけた。
「おいおい。こりゃ一体、どうなってるんだ？！」
「そいつは、我々がやったんだ」
　今まで黙っていたパール星人の一人がこう言った。その男は、後ろに控えている二人とは違って、何処となく風格があった。
「我々は君を眠らせておいて、その言語構成を調べ、それを元にして翻訳器を作ったんだ。そしてそれを君達に取り付けたという訳だ。そうそう、申し遅れたが、私はパール星の軍総司令官及び大統領、ガレームンだ。しかし、君達をどうするかは私ではなく、“大いなる母”のご命令による。私は“彼女”のご命令を伝えるだけだ。アルマイト君、とか言ったな？　君の部下に合うような手かせはここには無いし、この子は特に我々の方で必要とするのでな。ま、捕虜として、丁重に取り扱わせて貰うから、この子の事は心配はしなくて結構だ」
　（アルマイト……。何故、この男が俺の名を……）
「アルマイト」という言葉を聞いた後の言葉は、彼の耳に入らなかった。彼の心は動揺していた。しかし、彼はようやくこう結論を出した。
　（そうか、言語構成を調べた時、分かったんだな）
「勿論、君も丁重に取り扱うつもりだ。それじゃ」
　ガレームンは、話し終えると部下に合図をした。そして、ミツ夫を連れて立ち去った。
　一人残されたアルマイトは、しみじみとこう呟いた。
「まぁ、俺もお前も（＊１）雑魚同士。仲良くやろうぜ、お互いに」