１２，「愛」に溺れた電子頭脳

　その時、何が起こったのか、パール星人達には分からなかった。しかし、この現象をいち早く理解した人間がいた。ケネスとアルマイトである。
　それを見た瞬間、ケネスは叫んだ。
「１号の体から、黄金色のオーラが！」
　また、アルマイトは目を開き、前を見ていた。その時、彼もオーラを見たのだ。そして、やはり心の中で叫んだ。
　（これが、１号の超能力なんだ！）
　その直後、二筋の光がアルマイトの方に向かってやって来た。その１つは、大きく外れて壁に当たった。しかし、もう１つは真っすぐリモコンスイッチに向かってやって来た。そして、見事にスイッチに当たった。ベルトが音を立てて外れた。
　一方、ケネスは事の次第をじっと見守っていた。そして、脇に居た隊長に報告していた。
「パール星人達は呆然としています。あ、ガレームンが動き出しました。壁の所へ……。スイッチを押しました。シャッターが下りて行き……あ、その動きが止まる……また、あの子です！」
　隊長は、顔を上げると呟いた。
「今なら、やれるかも知れん」
　そして、通信機を取り上げると、言った。
「先発隊、侵入開始！」

　ミツ夫がアルマイトの所に向かって駆けて来る。アルマイトは、反射的に椅子から立ち上がった。
「さぁ、早く逃げよう」
　ミツ夫がアルマイトの手を取った。アルマイトは言った。
「１号、お前、とうとうやってくれたじゃないか」
　ミツ夫はそれに答えなかった。そこで、アルマイトは、ふとある事に気付いた。
　（１号は今、無意識の内に行動してるんだ。私の声が、聞こえるはずはない）
　その時だ。どうやらパール星人達も、やっと我に返ったらしく、幾筋もの光線が２人目がけて飛んで来た。
「テレポートするよ」
　ミツ夫は短くそう言うと、一度離していたアルマイトの手をまた握り締めた。

　次の瞬間、２人の姿は分析室の中に現れていた。
　ここでも、１号の超能力は素晴らしかった。うろたえる隊員を後目に、透視でセットの在処を捜し出し、それが納められていた金庫を念力で壊して、セットを取り返したのだ。
　その一方で、アルマイトは隊員から銃を奪った。彼はこう思った。
　（これで、俺も活躍出来るぞ）

　ガレームンには、ミツ夫が突然こんな超能力を発揮したのが信じられなかった。彼は、いくらミツ夫がペンダント内のオーラを吸収していたとしても、それはたかが知れたものだと思っていたのだ。それは“大いなる母”も同じだったろう。なぜなら、この死刑方法（というより作戦）を命令したのは、彼女だったからだ。
「ともかく、この事を一刻も早く“大いなる母”に……」
　ガレームンが、そう呟いた時だ。腕の通信機が鳴った。彼は、マイクのスイッチを入れた。
「司令官、大変です！　奴等に制服を取られました！」
「司令官、大変です！　ポイント・ミラに、宇宙船の編隊が！」
「何？！」
　ガレームンは絶句した。あまりにも良く出来過ぎている。
　（もしかしたら、これは、奴等の作戦では無かろうか？）
という思いが、ガレームンの脳裏に兆した。しかし、ガレームンはその思考を断ち切ると、
「分かった」
と返事を返した。

　コンピューター室に入ったガレームンの目に写ったのは、丁度その瞬間、破壊されて真っ暗になってしまった画面と、その脇の画面に写っている宇宙船の姿だった。３０隻位はあっただろうか？
　ガレームンはそのまま通信機の所へ行くと、そこに居た隊員に言った。
「あの一番大きい船と交信したい。通信をセットしてくれ」
「分かりました」
　隊員は返事をすると、機械を動かし始めた。
　やがて、準備が出来ると隊員は、
「総司令官、どうぞ、」
と、ガレームンに席を譲った。彼は席に付くと、マイクに向かって話し始めた。
「君達に尋ねる。一体、何の目的で断わり無しにパール星に侵入しようとしているのだ？」
　しばらくして、驚きを隠しきれない様な隊長の声が返って来た。
「どうやら、我々の言語を理解しているようなので、私が答える。我々は、そちらに捕らわれている、２人の仲間の身柄を引き渡して貰う為に来た。もし、そちらが拒否するならば、我々は力を持って、２人を取り返す」
　するとガレームンは、更に毅然とした態度で言った。
「ならば、我々としては、君達にその２人を引き取って貰いたい。何故なら、君達が知っているか知らないかは別問題として、今、こっちはその１人、パーマン１号のお影で、大混乱の真っ最中なのだ」
「ほう」
　隊長は明らかに皮肉の意味を悟ったらしく、一言呟いただけだった。
「しかし、彼等を渡したら、ここから立ち去ると言う保証が出来るか　？まぁ、出来ないと思うがな」
「ガレームン君」
　隊長は顔つきを変えた。
「お互いに、そろそろ奥歯に物が挟まった様な言い方は止めて、単刀直入にやろうじゃないか？　まずは、私から言わせて貰おう。我々は、この大混乱を知っている。何故なら、君と対話した、あの女性が透視してくれていたのでな。しかし、それが我々の差し金だ等という考えは、捨てて貰いたい。我々はただ、この起こるべくして起こった１号の超能力の爆発で、君達が動揺している間に侵入すれば、被害も少なくなるだろうという、ごく単純な考えから、今、パール星に侵入しただけなのだから。我々は、この星を破壊しよう等という考えは、持ちたくもない。だから、再度、君に要求する。今すぐ、地球侵略を止めて貰いたい」
「二人の事は、いいのか？」
　ガレームンは、皮肉っぽく言った。隊長が答えた。
「今の１号の超能力なら、その気になれば、十分、我々の所へテレポート出来るはずだ」
「うむ」
　ガレームンは諾くと、背後を振り返った。そして言った。
「４分の１レム、時間をくれたまえ。そうしたら、返事をしよう。それまでは、我々は君達に対する攻撃は一切しない」
「よし。それならば我々も、４分の１レムだけ待とう。しかし、あくまで忘れないでくれたまえ。そちらに目覚めた１号が居る事をな」
「当り前だ！」
　ガレームンは、半ば叫び声で通信を切った。

　この対話の最中にも、２人とパール星人達との攻防は続いていた。
　とは言っても、１号はテレポーテーションを使って、彼等をからかうように逃げ回っていたので、彼等は、どうしても２人を追い詰める事が出来なかった。
「なぁ、１号。もうセットもつけた事だし、そろそろ司令船と連絡取っても、いいんじゃないか？」
　こう１号に尋ねて、アルマイトはハッとした。
　（そう言えば、今の１号とは会話が出来ないんだっけ）
　その時だ。１号が、ふと遠くを見るような目をした。
「おい。どうしたんだ、１号？」
　通じないと分かっていても、思わずそう呼びかけたくなる程、不思議な目だった。
　しかし、１号はその声が聞こえたかの様に、不意にアルマイトの顔を見た。そして、呟く様に言った。
「僕を誰かが呼んでる」
「ケネスさんの声か？」
　（もしかしたら、通じてるのかな？）と思いながら、アルマイトは尋ねた。しかし、１号はまた遠くを見つめながら言った。
「１人で来なさいって、言ってる……。僕、行かなくちゃ！」
「待ってくれ、１号！」
　アルマイトは叫んだ。だが、その言葉は１号の耳には聞こえようもなく、彼は、
「もう少ししたら、みんなが来るよ。それに僕、話が済んだら、すぐに戻って来るから、大丈夫」
と言い残すと、消えてしまった。
　後に残されたアルマイトは、呆然としていたが、やがて、こう呟いた。
「どうやら、ケネスさんではなさそうだ……。じゃ、誰が１号を……？　いや、それよりも、“みんな”とは、隊長達の事か……？　という事はあいつ、予知も出来るのか……？　結局、俺は、ここでただ待つしかないのか……」
　アルマイトは、この時程、自分の非力さを感じた時はなかった。

　１号がテレポートしたのは、真っ暗な部屋の中だった。しかし、そこに、彼は誰かが見ている様な、不思議な気配を感じた。振り向いた彼は、いくつかのランプがともっているのを見つけた。次の瞬間、１号は、あっと息を飲んだ。そこには、巨大なコンピューターがそびえていたのだ。
「お前ですか、パーマン１号というのは？」
　コンピューターから声が響いて来た。それは、明らかに、さっきの声だった。
「そうだよ」
　１号は、驚きを内に秘めながら、ハッキリとこう答えた。
「そうですか。私が“大いなる母”です」
　“大いなる母”は、しばらく沈黙した。そして、話を続けた。
「１号、お前に尋ねるが、お前はルウに会う前から、超能力に目覚めていたのか？」
「いいえ」
　１号は、かぶりを振った。しかし、“大いなる母”は強い語気でこう言った。
「嘘をつくのではない。いくらペンダントのオーラが大きくても、あれ程の超能力が、発揮出来る訳が無い！」
「でも、本当に僕が超能力に目覚めたのは、ペンダントを貰ってからなんだ。それに、それより僕、聞きたい事があるんだ。そんなに超能力が恐いのなら、何故、ピラミッド・ペンダントを作らせたの？」
　“大いなる母”は狼狽したらしかった。そして、吃りながら言った。
「そ、それは……。確かに私は超能力が恐い……。だから私は今まで、出来るだけ遺伝子を選別するようにし、万一、超能力者が現れたら、即、殺すように指示して来た。だが……。やがて私は気付いた……。超能力を引き起こす染色体は、どの遺伝子にも必ず含まれているという事、そして、それを無くす事は不可能であるという事に……。そこで、私は決意した……。それならばいっそ、その超能力を味方にしよう、そして、自らの恐怖を取り除こうと……。その為に私はルウを造り、超能力の研究を託したのだ……」
「そのルウという人が、僕にピラミッド・ペンダントを渡した人なんだね？」
「そうだ……。しかし、あれは私の期待を裏切り、逃げてしまった……。この“母”の元から……」
　“大いなる母”のこ声は、悲痛なまでになった。しかし、１号はその声をとどめた。
「ちょっと待って！　さっきから聞いていると、まるで“大いなる母”がルウさんを造ったような言い方じゃない？」
「この星の人間は、全て私の子供だ。何故なら、私が２つの精子と卵子を結び合わせる事を許可したのだから……」
　“大いなる母”の声は、もう一個の“母”の声だった。１号は、目の前のコンピューターが自分達の敵である事をややもすれば忘れそうになっていた。

　その頃、アルマイトは少しでも１号の行方を探そうと、走り回っていた。
　それは、まるで無我夢中という言葉がピッタリしているかの様な探し方だった。つまり１号が、どんどん自分の手の届かない所へ行ってしまうような、焦りを彼は感じていた。その為、彼は１号の幻影を追い求めながら、走り回っていた。
　アルマイト自身、その間いく人かの隊員達と接触し、それらをなぎ倒したような記憶もボンヤリとあるのだが、それらは皆、一緒くたになって、記憶と幻夢の境目の所に追いやられていた。否、それらよりも、１号のイメージの方が、彼にはよりリアルに感じられた。
　何はともあれ、アルマイトがいくらか冷静さを取り戻したのは、とある廊下のかなり奥まった場所であった。そこで彼は、１号の気配を感じたような気がした。今、彼の超能力は封じられているはずなのだが、何か体の内部で眠っていたものがうずき出すような感じがした。
　衝動的にアルマイトは、右手の壁を見た。そこにはドアがあり、読者には、もうおなじみになった白い文字が浮かび上がっていた。
　（この中に、あいつが居る！）
　アルマイトは確信した。
　しかし、アルマイトにはそこへ足を踏み出す事が出来なかった。
　彼は立ちすくんだまま、そのドアを見つめるばかりだった。

　ガレームンは時計を見た。約束の時間まで、後もう少しだ。
　これまで彼は、何度“対話室”へ行こうとしたか分からない。しかし、その度に内部の心が彼の足を引き止めたのだった。
　これまでガレームンは固くこう思っていた。
　（私は知っている……。遥か昔……、我々の先祖が、まだ故郷の星に居た頃には、人は皆、自分の判断だけで動いたという。その内に、コンピューターという物が作られ始めて、人はその意見を参考として動く事が多くなったという。しかし、核戦争が起こり、パール星は荒廃してしまった。生き残ったものは、科学者、技術者に巨大な衛星宇宙船を作らせ、故郷から脱出したという……。その時、もう２度とこんな悲劇が起こらないように、彼等を導く万能の電子頭脳を作り上げた。それが“大いなる母”なのに……。だから、彼女の導きに従えば大丈夫なのだ。現に、今まで我々は繁栄し続けて来たのではなかったか……）
　しかし、今は違った。最後の思いが、ガレームンの心の中で揺れ動いていた。
　（だが……。我々はあまりにも“彼女”に頼り過ぎてしまったのではなかろうか……？　確かに“彼女”は正確だ……。これはでずっとそうだった……。が、今度の事だけは、間違っていたのではなかろうか？　いや、そもそも“新たな故郷”を既に完成された星に求めたのが間違っていたのだ……。しかし、私は……。いや、我々全てが盲だったのだ……。人は誰しも“母”の元から巣立って行かなければならない……。そりゃぁ、時には“母”の懐に戻る事も必要だが、我々は大人だ……。独立した人間なんだ……。そうだ。今こそ“母”の懐から飛び立つ時なんだ……）
　ガレームンは、もう一度時計を見つめると、立ち上がった。

　一方、１号と“大いなる母”との対話は、どうなっていただろうか？
「お願い。地球侵略は止めて！　それから、他の星を侵略しようとするのも止めて！　他の人が住んでいない星で、資源を手に入れればいいじゃない」
　１号はこう頼んだが“大いなる母”は、沈黙していた。だが、気のせいか、“大いなる母”のライトが少し暗くなって来たような気がした。
「“大いなる母”なら、きっと出来るはずだよ！　そうすれば、僕等だってみんなの所に帰れるんだ。それに、みんなも、もう戦いなんかしたくないんだ。パール星人とも、他の誰とも、仲良くしたいんだ！」
　“大いなる母”は無言だった。しかし、１号にはコンピューターの苦悶するような声が聞こえたような気がした。
　やがて“大いなる母”はうずくような声で言った。
「私には、分からない……。自分が今までして来た事が、分からない……。私は”絶対”だった……。人間達は、私の導きを望んだ。そして、私はそれを与え続けて来た……。それが、こんな子供一人に揺らごうとしている……。ああ……いっその事、このまま止まりたい……」
　その途端、コンピューターから、すさまじい雑音が響いて来た。しかし、１号はその中に“大いなる母”の断末魔の叫び声を聞いた。
「私など、造られなかった方が良かった！　ああ……。私の体が、崩れて行く……」
　そして、彼は見た……。“大いなる母”のランプが消えて行き、雑音が酷くなり、やがて、崩れて行くのを……。
　次の瞬間、無意識の内に、１号はテレポートしていた。

　ドアの向こうから、すさまじい音が響いて来るのがアルマイトには分かった。
　もう、高ぶった気持ちを抑える事は出来なかった。彼は、ドアの横のキーボードに銃口を合わせた。その時だ。不意に、無数の光の粒が現れた。それは揺らめきながら、数秒後に一つの人形となって、アルマイトの前に立っていた。
「１号！」
　アルマイトは叫ぶと、駆け寄って彼を抱き締めた。その腕の中でアルマイトは、ふと１号の目が変わったのを見た。その刹那、彼はハッと気が付いたという様な感じで、アルマイトにこう尋ねた。
「あれ？　僕等、どうしてこんな所に居るの？」
「１号、お前何も憶えていないのか？　お前はな……」
　そう言いかけたアルマイトの頭に、ある考えが浮かんだ。
　（今の１号に、今までの事を話したって、何の得にもならないのだ。ならば、黙っていた方がいい）
　しかし１号は、その質問に答えるかのように、こう呟いた。
「僕、何だかもの凄い夢を見ていた様な気がする。その中で僕、エスパーになれたんだ。でも、もしかしたら本当の事かも知れない……。ねぇ、バードマンなら知ってるでしょ。ねぇ、どっちなの？　教えて？！」
「今は深く考えない方がいい……。疲れてるんだ……」
　アルマイトは１号から手を離すと、立ち上がった。その時、二人の脳裏にケネスの声が響いて来た。
　｛二人とも、遅れてごめんなさい。御苦労様。たった今、パール星は地球侵略を取り止めたわ。今すぐテレポートさせるから、手を握って｝
　二人は手を握った。互いに、喜びに胸を膨らませながら……。